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グリーンベッドジャンパーズ  作者: 裏側の飛鳥
第三章 蟲籠の回廊
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11話 飛行と味覚と招聘

 人だかりができていた。

 巨大な葉に近づき、その手に触れてみる者、遠巻きに眺める者、上に乗って走り回る子供たち。いずれにせよ、興味に駆られて集まった民衆だった。

『あら、フレッドじゃない?』

『ふれっどー?』

 聞きなれた声とともに、民衆の中からこちらに大きく手を振る人影が目に入る。

「あれ、母さんだ。コノコもいる」

「オリヴィエさんとコノコ?」

 振った手の逆側には、手をつないで周りをきょろきょろしているコノコの姿があった。

『ほら、コノコちゃん、パパはあそこにいるわよ~』

『ぱぱー……?……!』

 手を振り返すと、コノコがこちらに気づく。

『あっ、コノコちゃん!』

『ふれっどーーーーーー!』

 気づくやいなや、母さんの手を振り払ってものすごい勢いで……具体的に言うと砂埃を立ち上らせ暴れ馬が馬車を引くような音とともにこちらに駆け寄って、いや、突進してくる。

「フレッド、なんかとってもまずくない!?」

 正直どういう状況なのかよくわからないが、混乱した頭で出した結論は声に出た。

「……こい、コノコッ!!!!」

 やべ、保護装具(ハーネス)ない。

「ふれっどぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 両足を肩幅に広げ地面にしっかりつけ、腰を落とし、右手を頭の高さに、左手を脇に添え、砂煙を背に猛進する我が子(?)をまっすぐに見据えて息を大きく吸い込んだ。

「うおおおおおおおおおお!!!!!」

「ふれーーーーっどぉぉぉぉおおおおおお!!!!!!」

 だっ、と地面を蹴った金毛幼女はその両手をまっすぐこちらに伸ばして限りなく直線に近い軌道で宙に飛び出す。

 すべての神経を尖らせて、迎えた刹那。

──抱き──

 飛び込んできた頭を胸に受ける。

────留め────

 構えが浅かった。あっけなく足裏から地面の感覚が消え去る。

──────る!!!!──────

「フレッ──!?」

 まるで魔法のような時間。

 滞空時間は1秒あっただろうか。

 シルヴィアの声が掻き消え、時計の建物の窓越しに中の人と一瞬目が合い、さらにそこから何件分かわからない街道を超えた。

 跳ねる。

 高速で動く壁と化した地面は俺を弾き返し。

 跳ねる。

 地面はその色を緑に変えなおも激しく俺を弾き返し。

 跳ねた。

 ようやくその勢いは衰えを見せ、小刻みに地面との激突を繰り返してごろごろと草の上をコノコを抱きしめながら転がり、なんとか止まる。

「フレッドーーーー!?大丈夫ーーーー!?」

 近くなってくるシルヴィアの声。

「うー、ふれっどー」

 理解が追い付かないが、とりあえず胸の中でぐずるコノコの頭を撫でると、手に頭を擦り付けるように返してきた。

「よし、よし……」

 全身の痛みで言葉が出ない。打ちどころはよかったらしく骨の痛みまでは特に感じないが、ひりひりする。

「……どうしたのその鼻」

 振り返ると、鼻を真っ赤にしたシルヴィアが駆け寄ってきたところだった。

「気にしないでちょうだい」

「あなたたちが飛んで行ったのを追いかけようとして派手に滑って転んでたわよ」

「オリヴィエさん!」

 遅れてやってきた母さんが補足。恐らく、シルヴィアも動転したのだろう、保護装具がないのを忘れて跳ぼうとしたに違いない。

「それにしても、コノコちゃんってそんなにパパに会いたかったのねぇ」

 家数件分を吹っ飛んだこの状況を見てなお暢気な母さんの考察に空を仰いだ。

「まぁでもそうよねぇ、ここ数日また家に帰ってこなかったし、寂しかったわよねぇ」

 そういいながら、半目で俺の方を見る。

「まったく、予定してた日を過ぎても帰ってこないし、連絡もないし、買い物してたらおっきな葉っぱが落ちてきて大騒ぎになってるし、かと思ったら子供ほったらかして彼女と二人でほっつき歩いてるし」

 ぶつぶつ呟きながら今度はシルヴィアの方を見て何か察したような顔をする。

「……さすがにもう彼女よね?」

「あ、えっとその……」

 みるみる真っ赤になっていく顔の前で両手を振るシルヴィア。

「ふーん。ふーーーーーーん……!」

 頭のてっぺんから足の先まで舐めまわすように眺めた後、両手で必死に隠す顔を覗き込みながらその周りを一周する。

「シルヴィアちゃん!」

「は、はいっ!?」

 急に名前を呼ばれて背筋をピンと伸ばす。

「今から一緒にお肉買いに行きましょ!牛肉!あとさっき行商来てるの見かけたからお酒も!フレッドはコノコちゃん連れて先に帰って準備なさい。今夜は宴会。え・ん・か・い・よ!さかもり!!!」

「は、はいぃぃぃぃぃ!?」

 早口にそうまくし立てたかと思うと、あっという間にシルヴィアの手を引いて街角に消えて行ってしまった。

 コノコを撫でながら呆然と草の上で過ごすこと数十秒。

「あ、甘い飲み物買い足しとこう」

 ぽんぽんとコノコの頭をたたいて起こし、埃を払いながら立ち上がる。

「お店開いてるかな……」

「ふれっどー?」

 当然のように手をつなぐコノコを連れて、再び広場の方へと向かうのであった。


 人が風のように吹っ飛んだことよりも、巨大な葉が覆う広場のほうが民衆の関心は高い。

「あ、もしかしてさっきの!」

 声の方を振り向くと、窓越しに目が合った眼鏡の男性が立っていた。コノコが背中にさっと隠れる。

「度し難い速度で飛んで行ってましたけど大丈夫でしたか!?」

「ど、どし?えっと、はい、なんとか?」

 関心がないわけではなかった。

「目こそ奇跡的に合ったものの、あの速度は尋常じゃありませんでした。何が起こったのかわかりませんが、無事であったのならばよかったです!」

「は、はぁ」

「あなたが飛んで行くのを見て慌てて外に出て見れば、広場が全部緑色になっててもう何事かとパニックですよ」

 視線を広場の方に向ける男性。自分もつられてそちらを見ると、後ろに隠れていたコノコが顔を出し、匂いを嗅ぐような仕種をした。

「どうした、コノコ」

「うーんー?」

 首をかしげながら、つないでいた手を解いてふらふらと巨大な葉っぱに向かって歩いていく。

「コノコ―?」

「妹さんですか?」

「ええ、まぁそんな感じです」

「?」

 そして。

「え?」

「なんと」

 何を思ったのか、コノコが地面に膝をつき、巨大な葉に噛り付いたのである。

「コノコ!?多分おいしくないぞ!?」

「うー?」

 慌てて駆け寄り、不思議そうな表情のコノコを引きはがす。

「はがいたいー」

「だろうね!?」

 多分顎も痛いのだろう、抱き上げられながらも顎の骨の付け根を指でもみもみしている。

「何で噛みついたの!?」

「へんなの、あれ、おいしそうなのにー」

「……えー」

 ざっと思いつく限りの料理方法を巡らせてみたが、不愉快ではないにしろ独特の匂いのするこの葉をおいしく食べる方法は思いつかなかった。

「いやはや、元気な妹さんですね……おや、あれは警備隊の方々」

 後ろから眼鏡の男性の声がして周りを見回すと、ドーニゲッツ自治領警備隊の姿が目に入る。

「あれは」

 その中になんとなく見覚えのある女性の顔があった。

「……では、散開して情報の収集を。内容にかかわらず、30分後にここに集合して報告してください。あら?」

 硝子のような美しい翡翠色の長い髪を首の後ろで束ね、飾り気のないマントに身を包んだ女性がこちらに気づき、会釈する。

「フレッド様、このような場所でお会いできるなんて」

「えっと確か、リ、リ……」

「あらぁ、ふふふ。この間はちゃんとご挨拶もできませんでしたのに、覚えていただけて光栄ですわ。フレッド様」

 裏表を感じさせない自然な笑顔を見せる彼女に、眼鏡の男性が跪いた。

「リミカ様、偶然にも御拝顔に賜りまことに光栄にございます」

「あら、あら。今は公務外の臨時で動いているだけでございます。そんなに畏まらないでくださいな。私が困ってしまいます」

「はっ、で、では私は御友人とのお時間を邪魔するのも心苦しく存じますので、ここで失礼いたします……!」

 眼鏡の男性は顔を上げずにそそくさとその場を去って行ってしまう。

「あらいやだ、もう。これでは私が悪者に見えてしまうではないですか。ねぇ、フレッド様?」

 思い出した。

 称号『開拓者』の授与式の帰りに案内をしてくれた、ドーニゲッツ領主の妹。

 リミカ・なんとか・ドーニゲッツ。さん。

「こちらのお嬢さんは、フレッド様の妹さんですか?」

 首を傾けながらコノコに笑いかけるリミカさん。

 すると、いつもならすぐ後ろに隠れるコノコが怖がらずにその目をまっすぐに見つめ返していた。

「とっても綺麗な目……」

「あ、この子はコノコって言います」

「??????」

「えーーーーーっと」

 久しぶりに頭を抱える。

「『コノコ』っていう名前です。紛らわしくてすみません」

「……あーーーーぁ!」

「あ♪」

 ピンと来たのか、目を真ん丸に見開いて大げさに納得してくれ、それに反応して両手を挙げるコノコ。

「本当に本当に珍しいお名前ですわね!」

「ね♪」

「よく言われます……」

「ますぅ」

 名前変えたい……。

「そういえば、どうしてこんなところに?」

 妹とはいえ、自治領を任されている貴族である。文字通りこんなところにいるのは不思議だ。

「ええ、ちょっと公務で遺情院に。連れの者たちもいたのですが、伝達から事態を聞いて早馬に乗り換えてこちらの臨時の指揮に馳せ参じましたの。あ、そうそう、ちょうどよかった」

 そういうと、懐から仰々しい装飾の便箋を取り出す。

「こちら、本来であればもう少し回りくど……こほん。総務を通してギルド経由でフレッド様に内容の通達をするのですが、ドーニゲッツとしての裁量や介入はございませんので内容は事前に知らせても問題ないと思います」

 すでに封蝋の崩れた便箋の中から書状を取り出して読み上げた。

『前文省略

 これはフレッド・グレンゼル、並びにシルヴィア・ウェイカーの両名、及び連なる者たちへの王都招聘(しょうへい)状である。短期間で目覚ましい活躍をされた貴殿たちを讃え、謁見の場を設けたく推薦し、これに叶い受理された。ぜひともこの機会を逃さずに活用して頂き、貴殿らの益々の活躍と成功をつかみ取れることを願う。

 遺跡情報院ドーニゲッツ支局長 フラムス・メルディカルト』

「しょうへい?」

「へーい♪」

 難しい言葉が並んで首をかしげる。

「あら、あら。簡単に申しますと、王都へのお招きと、現国王への謁見……えーっとなんて言ったらいいかしら……そう!王様に会える!ですわ!」

「ですわぁ♪」

「へぇー」

 なおのことよくわからないまま生返事を返す。

「興味なさそうですわねぇ。困りましたわ」

「会えるとどうなるんですか?」

「あら、あらぁ。むむ」

「むむん♪」

 リミカさんが頭を抱えて真似をするコノコ。

「えっとそうですわねぇ。ただの謁見ですとそこまでではないのですが、今回は功績を認めていただいた上での正式な謁見、つまり王様に『すごい冒険者です!』と認めてもらえて、王都含め各地の遺情院に周知……知ってもらえるということです。すごくすごーく名誉なことなんですよ!」

「……なるほど」

「とっても興味なさそうですわぁ困りましたわぁ」

「わぁ~♪」

 書状と便箋を両手で挟んで体をクネクネさせるリミカさんと真似をするコノコ。

「こほん。お見苦しい姿を失礼しました」

「あ、いえすごく可愛かったです」

「可愛かったですわぁん!?すごく!?」

「わぁんーん?」

 今度は両手で頬を押さえて目を丸くするリミカさんと真似しきれなかったコノコ。

「こほん。二度も失礼しました。今回の招聘は支局長の推薦によるもので直接私共は関与しておりませんが、自治領から公式に謁見できる者が出るのは極めて誉れ高いこと。それも今回は複数名に渡ります。書状にもありましたが、私共からも皆様にはぜひ王都で謁見し、我らがドーニゲッツ領を世に知らしめて頂きたいのです」

 身を正して書状を便箋に入れ、懐に戻す。真似をするコノコ。

「それと、これは私の個人的な願望なのですが」

 両手を揃えて顔の横で傾けてこちらに笑いかけた。

「フレッド様にはもっと目立っていただきたいのです♪」

「すー♪」

 真似をするコノコ。

「…………はい?」

 なんだか背筋が凍る感覚を覚えながらも、俺は呆然と二人のことを眺めるしかできないのであった。

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