10話 落葉
向かいの管理小屋の扉の上に設置された時計を見る。おおよそ13時半。
「うー」
噴水の縁に二人で腰かけてから半時。
空を仰ぐ自分と頭を抱えてかがむシルヴィアを、通りがかる人たちが変な顔で一瞥して去っていく。
「誰にも信じてもらえなかったぁ……」
さっきから同じ言葉を繰り返していた。
「ジョカさんとブランジェさんも半信半疑って感じだったからなぁ」
あの二人に関しては、最前線でグリッチさん本人の遺体を見ているのだ。少しばかり信じてくれるだけでもありがたい。
「おじいちゃんの日記帳見てやっとだもの」
とてもゆっくりと揺れるはるか上空の大樹の葉の隙間から、柔らかい陽が差し込んでいる。
「早速持っていかれちゃったけど。あの石板の文字が解読できるって張り切ってたわね……あとで覗きに行ってみようかしら」
頬杖をついて髪をいじりながらつぶやく。
「そういえば遺情院の人は何か言ってた?」
「通った経路とか、見かけた魔物とかそういうのを根掘り葉掘り。多分あなたも後で聞かれるわよ」
思わず苦い顔を返した。記録用の紙は全部水に濡れて何も残っていない。あの塔で起きたことはまるで夢でも見ていたかのようで、正確に思い出せるか不安である。
「あと、縦穴の発見だからまた報奨金出るって話ね。今回は救助隊が絡んだりいろいろあって満額じゃないみたいだけど、その代わり遺跡内事故災害遭難者向けの保障の手続きしたらちょっともらえるって」
「そんなのもあるんだ」
「ギルドにそのあたり詳しく書いてある本が置いてあるはずよ。暇なときなんにもなくて読んでたら結構覚えちゃったわ」
遺跡の攻略に役に立つことばかりでそういったのには全然知識を付けてなかったな、と感心する。
ふと強い風が吹いた。
それは噴水の水を駆け抜け、冷ややかな空気となって周囲を包む。
「もうすぐ暑季ね。遺跡内は暑くなりにくいけど、雨期になっちゃったら蒸すから、今のうちに対策考えとかないと」
「雨期の遺跡入ったことある?」
「あれもう最悪よ」
凄まじいしかめ面をした。
「もうほんと汗は引かないからべたつくし変な虫とかなめくじとか出てくるようになるしトカゲもでるし、苔は滑るうえに帰りには増えてるし。ちょっとでも湿気を取ろうと思ってひたすら水の生成しても全然なくならないの。あといくつか持って行ったタオルも途中で湿ってて気持ち悪かったし。初めて参加した時が雨期の終り際だったからまだマシだったんだけど、あれでしばらく参加するの遠慮してたわ」
早口でそうまくし立てると、お手上げの仕種で軽くため息を吐く。
「スコットとウッドに聞いてみよう……」
季節関係なく遺跡に入ってる二人なら何かいい方法を知ってるかもしれない。
「ところで────」
ふっと、頭の上を通ったような気がした。
「何?」
「あ、いや、今何か」
直後、急にあたりが暗くなったと思うと、空気が重くのしかかるような感覚。
慌てて見上げると、闇が、そこにあった。
「シルヴィア!」
「え、なによ!?」
何が起きているのかわからないまま、とっさにシルヴィアの腕を取って引き寄せ、噴水の縁に背中を預けるように地面に伏せる。
全身から空気を押し出されていくような圧迫感とともに闇はあっという間に俺たちを飲み込み、驚くほど静かに動きを止めた。
「シルヴィア、大丈夫?」
完全な闇となった腕の中でもぞもぞと動く気配。
「大丈夫よ。それより、なんなのかしらこれ。つやつやしてるけど、あんまり嫌な感じはしないわね」
言われてみて、改めて自分でも触ってみる。
「うーん、俺も悪いものじゃない気はする」
「えーっとこういうときは……『投光!』」
出力を抑えたのか、それでも少しばかり痛い光に目が眩む。視界が戻ると、シルヴィアの腰の鞄から出ている光が状況を照らし出していた。
「なんだろうこれ」
「魔物とかそういうのじゃなさそうね。押せるかしら」
そう言って腕の中から這うように出て、寝ころんだまま足裏で押して見せる。
「おっもい……けど一応動くわね」
「保護装具はジョカさんに渡しちゃったな」
「壊れてたでしょ」
「まぁそうなんだけどね」
一応押せば少し伸びるような手応えとともに動く。水のたまったテントを裏から押し上げたときのような感覚に近い。
「ちょっとずつ押して進んでみましょう。出られるかはわからないけど」
「わかった」
方針が決まり、しゃがんだ状態で少しずつ謎の物体を押し上げながら進むことになった。
試行錯誤を繰り返して進むこと数十分。
終わりが見えず諦めかけたそのとき、かすかに自然光が足元に差し込んだときには涙が出そうだった。
「っっっっぷはぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「はぁぁぁぁすずしぃぃぃぃぃ!!!」
汗だくの二人を労いの風が撫でていく。
真上の管理小屋の扉の上に設置された時計を見る。おおよそ14時50分。
「これは……?」
肩で息をしながら振り向いた目に映ったのは、噴水広場をまるまる覆うほどの巨大な一枚の物体。
拳以上の厚みを持ち、ふちは黄色く変色しているが全体的に濃い緑。
形に種類は数多くあれど、その構造は誰もがよく知る、紛れもなく植物のそれ。
すなわち。
「……は?」
「……葉?」
あまりにも巨大なひとひらの葉が、まるで最初からそこにあったかのように広場に収まっていたのであった。




