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グリーンベッドジャンパーズ  作者: 裏側の飛鳥
第三章 蟲籠の回廊
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9話 彼の名は

 普通に考えればそう。

 錯乱していた。

 けれど、諦めたくない一心で、折れた腕を庇いながら瓦礫をあさった。

 爆心地にあったモノは跡形もなく消し飛び、空間を照らしていた明かりは消え、禮鞘による『灯光(トーチ)』の弱々しい光だけの視界。シルヴィアの放った一撃で穿たれた穴から、ここが最上階であることが窺えた。

 意味がないとは言えないが、意味があるとも言えない、静かで、冷たい時間が、ただ過ぎていく。

「っ、ああ……!」

 瓦礫が手から滑り落ちて転がっていくのを見送ったとき、体の中の張っていた最後の一本の糸が切れた気がした。膝から崩れ、果てしない瓦礫の山に倒れこむ。

 呼吸する音は二つ。

 シルヴィアは気を失ったが、穏やかな寝息を立てていた。大きな怪我もなさそうで、眠らせてあげようとそっとしている。

 ──やっぱりだめか。

 どれだけの時間こうしていたかわからないが、折れた腕から時折痛みが走る。痛覚遮断に使われている魔石がそろそろ切れるようだ。

 冷静でいるようで、冷静でいられない。

 やるべきことに優先順位をつけて、的確に動かなければ危険な状況で。

 今は何も、できる気がしなかったのだ。


 ◆ ◆ ◆


「……殿、フレッド殿。恐らくだが目を……したのでは……か?」

 ぼんやりとした意識に語り掛けてくる声。

 ゆっくりと目を開くと、焦点の合わない視界いっぱいに人の顔があった。

「……あ、あの……」

「ふむ、私の勘は間違っていなかったようだ。気分はどうかな?」

「それより、その……」

 ぼやけた人の顔が首をかしげる。

「顔、近すぎじゃないですか?」

 一瞬の沈黙。

「……そうか?いや、失敬、近すぎたかもしれない。失敬、失敬」

 次第にはっきりしていく視界と、遠ざかるブランジェさんの顔、代わりに差し込んでくる柔らかな光。

「なーにが『私の勘』じゃ。さっきからウロチョロうろちょろ行ったり来たりしながら何度も何度も同じ台詞ばっかり聞かされて耳にたこ(・・)ができるところじゃったわ」

「ジョカ殿、そこは私の威厳というのを尊重して頂けないか」

 部屋の隅に置かれた小さな丸椅子に腰かけながら壁に背を付けてふんぞりがえっているジョカさんと、いつものように腕を組んで優しく微笑んでいるブランジェさん。

「まったく、素直に心配しとったと言えばよかろうに。そもそもわらわが看てやったのじゃ、全身の骨が砕けて軟体動物になっても元に戻るに決まっとるじゃろ」

「い、いやしかしだな……」

「ええいこの際はっきり言うておくがの!目覚めた瞬間に泣きながら抱き着くぐらいせんと近頃の男子はピンとこぬわ!」

「わ、わわ、わたしはそうい」

「あーもうよいもうよい。本人も頭が回っとらんじゃろうから今何を言うても気にせんであろ。どうせ先約がおるのじゃ。引くか押すかさっさと決めればいいのじゃ」

 頭がガンガンするようなジョカさんの大声に、二人が何について話しているのかよくわからないまま、ブランジェさんと目が合う。

「……あ、あれ、シルヴィアは……?」

「ほれみるがいい」

「ジョカ殿は少し黙ってくれるか」

 笑顔ではあるが珍しく怒気のこもった声だったが、ジョカさんは気にも留めずニヤニヤと笑っている。

「シルヴィは先ほどまでここにいたのだが、体調に異常はないとして早々に遺情院の担当に連れていかれてしまったよ。応接室にいるはずだ」

 とりあえず無事であるらしい。

「フレッド、ざっと13ヵ所ほど骨折しておったが体調はどうじゃ?」

 そういわれて、体を軽く動かしてみる。

「大丈夫です」

「なら良い。なんなら前より少しばかり強い骨になっとるじゃろうがの。回収した保護装具(ハーネス)も対衝撃緩和術式の(ことごと)くも見事無惨に木っ端みじんであったわ。よく生きておったのう」

 不思議そうにこちらを見るジョカさん。

「さて、フレッド殿。状況が飲み込めていないであろうから説明するとだな」

 咳払いをひとつ。

 要約すると、ここは地上の診療所。

 ジョカさんとブランジェさんはそもそも自分たちが落下した層まで降りておらず、途中で体勢を立て直して浮上し、広域の探索救助を行うためにギルドに連絡。

 その後、巨大な縦穴を降りたところ分岐部分と思われていた場所、すなわち自分たちがいた塔の頂上に空いた穴を確認。

 その穴から侵入したところ自分たちを見つけて引き上げ、帰還したとのことだった。

「わらわ達も急いで戻ってきたんじゃがの。一体何をしておったんじゃ」

「フレッド殿。ジョカ殿は今でこそこんな調子だが、当時はまれにみるほど焦っていたのだぞ」

「これブランジェ!小声でささやいたところで全部聞こえておるわ!」

 耳元でこっそりささやいたブランジェさんだったが、小さく舌をぺろりと出してウィンク一つで誤魔化す。

「失敬、ジョカ殿は耳がとても良いのを失念していた」

「まったく。わらわとて二度目ともなれば小さい心臓も早鐘を打つのじゃ」

「二度目?」

「うむ。苦い経験じゃが、こちらに戻ってくる少し前、首都付近の最前線組に参加しておっての。まぁ、今回の状況によく似ておる。簡単に言えば、わらわの魔術で通路が崩落して多大な犠牲が発生したのじゃ。魔物の群れが押し寄せ、状況的に最善の手だったとして、その場にいた者は責めずにいてくれたんじゃがの」

 深くため息を吐くジョカさん。

「遺された家族はそう簡単に納得してはくれなくての。なんじゃ、有名な探検家も失って最前線組は実質崩壊、わらわもほとぼりが冷めるまでいったん帰るよう通告されたというわけじゃ」

 中止になった理由はそうだったのか。

「ブランジェさんは知ってたんですか?」

「詳細は聞いてなかったが、見ていればおおよそ見当はね。あれで落ち込むときは隠しきれない性格なのだぞ」

「ブランジェ!おぬしそんな目で見ておったのか!」

 再び舌ペロとウィンクで誤魔化す。

「そういえば……」

 有名な探検家、という言葉で胸がざわついた。

「あの、グリッチさんの……遺体、見つかりませんでしたか?」

 遺体、という言葉を出すのに逡巡する。

「おお、あの探検家、そういえばグリッチという名前じゃったな。わらわの魔術書を勝手に開いてあれこれメモを取っておったわ。ふむ、遺品の一部は瓦礫で埋まった穴の隙間に落ちたが、本人の遺体はそのまま引き上げられたのう」

 そこまで言って、ジョカさんが首を傾げた。

「はて、なんでお主が最前線組にあやつがおったことを知っておるのじゃ?」

「えっと。あれ?」

 話がかみ合って、いない。

「いえ、あの、俺たちを引き上げるときに、グリッチさんの遺体が……」

「フレッド殿?」

「ん?どういうことじゃ。わらわの知るグリッチとは違う誰かのことかの?」

「グリッチ・ストラストさんです。あの大陸の端から遺跡を見つけた」

 顔を見合わせる二人。

「フレッド」

「フレッド殿」

 こちらを同時に振り向く。

『それはおかしい』

 そう二人が口をそろえたのだった。

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