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グリーンベッドジャンパーズ  作者: 裏側の飛鳥
第三章 蟲籠の回廊
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5話 水の塔-1-

ようやく塔に入ります。

 父さんのことを思い出していた。

 いや、思い返していた。

 ふとコノコのことが頭をよぎったからだ。

 可愛い子供のような存在を危険にさらしたくない。

 それはきっと父さんもだったのではないか。

 俺を冒険者にするのをおやっさんが半分止めていたのは、きっと父さんに頼まれていたからでは。

 けれど、みんなは俺が冒険者になるものだと思って、色んな事を教えてくれた。

 みんな気付いていたのかもしれない。

 いずれ父を求めて、遥か眼下の緑の大地(グリーンベッド)を目指すであろう少年の決意に。

 闇の底。

 前人未到の扉。

 心臓を突き破るほどの危機感が、改めて襲ってくる。

「ふむ、これからここで、こうじゃな」

 灯光(トーチ)の光に照らされながら、両手を縦横無尽に動かし手際よく文字列を青く光らせていく。

 最後のひとつを(とも)したとき、扉の中から石の塊が動き回るような擦れる音が重々しく響き、横を向いていた扉の取っ手が縦に向きを変え、開きやすいように二つに分かれて少し飛び出した。

 かつてないほどの数の古代語の文字列が細かくひしめく塔の入り口の石扉を、グリッチさんが解読し、そして解除してみせたのである。

「おじいちゃん、すっごい!」

 シルヴィアが素直な感想をこぼした。

「ほっほっほぉ、なに、この手の扉はいくつか見てきたからのぉ。少しばかり複雑じゃったが簡単なもんじゃよ」

 謙遜している割には得意げな表情で髭を強く握り、数度引っ張って見せる。

「さて、フレッド君。開けてくれるかな?」

 そういうと、グリッチさんが俺に正面をゆずって扉から離れた。

「え、俺?」

 戸惑っている俺の様子に何かを納得したような顔でにやりと笑う。

「フレッド君、君のお父さんの言葉を一つ伝えておこうかのう」

 咳払いを一つして、声の調子を整える。

「『過去を切り開いたのは私たちだ。そして、未来を切り開くのはお前たちだ』」

 しゃべり方を真似するようにそう言って、俺の背中をぽんと叩く。

 思いがけずに父さんの言葉を受け取り、そして胸の奥の方にずしりと重みを感じた。

 未知との邂逅を前に、浮足立つ自分を落ち着けるには十分すぎた。

「グリッチさん、たいまつをお願いします。シルヴィア、灯光(トーチ)を下げて、戦闘の構えを」

「了解」

 目配せすると、頼もしく笑うシルヴィアと微笑むグリッチさん。

 明かりがたいまつと扉の青い光だけになり、俺は大きく息を吸い込んだ。

「いくぞ」

 取っ手に両手をかけ、一気に力をかけて引く。

 かなりの重さなのか、保護装具(ハーネス)の魔石が全開出力を示す赤色の光を放つ。

 そして、長く開かれていなかった扉からは砂埃がこぼれ舞い上がり、周囲の視界を真っ白に埋め尽くした。

「せぇ……のぉぉぉぉ!」

 わずかに扉が動く。

 その瞬間、止め具が外れたように石の扉が一気に開かれ、その隙間からまばゆいほどの青白い光があふれ、砂埃を染めた。

「けほっ、こほっ……!」

「ぶぇぇぇぇっくしぃぃぃぃ!」

 咳き込む二人を尻目に、呼吸を止めて腰の禮鞘(らいさ)に右手を伸ばし、光の先を見据える。

「……すっげぇ……」

 最初に思い浮かんだのは、遺情院の鏡のように磨かれた内装。

 晴れてきた視界に飛び込んできた塔の内部。

 紫の床には巨大な幾何学文様。

 見知った建築物で言えば、五階建ての屋根ほどの高さの天井までの柱が、はるか向こうに見える反対側の内壁まで一定間隔で並び、そのひとつひとつに四方に向かって水色の光を放つ炎の燭台が取り付けられている。

 そして円を描く内壁に沿って、台座に乗った魚の尾と動物の胴体がくっついたような石像が並べられていた。

 それはまるで、話に聞く王宮のような空間。

「すごい……綺麗……」

 戦闘態勢も警戒も解き、ただその美しい空間にため息を漏らすシルヴィア。

「ほう~~~~、ちと色は薄いがぁ、久しぶりの明るい場所じゃぁ」

 遠くを見るように目の上に手を翳すグリッチさん。

 禮鞘からは手を離さずに、左右を警戒しながら進入する。見たところ(うごめ)(たぐい)のものは見当たらないが、明らかな危機感が背中を突いていた。

「どう?フレッド?何かいそう?」

 俺の警戒を見てか、慌てて槍を構え直しながら横に踏み出してきた。

「今のところ何もなさそうだけど」

 視線は合わせず、内部の状況を観察する。

 外をぐるっと回ってきたのもあり、内部の広さはある程度予想はしていたが、ここまでだだっ広い空間が広がっているとは思っていなかった。

 天井を見上げれば、そこにも幾何学文様。紫色の硝子のような透明度の天井に、恐らくこの床とほぼ同じ文様が描かれており、そのさらに上にはまた同じような天井が透けて見えている。

「ふーぅむ、女性の胴体とぉ魚の尾、こっちは馬の前半分と魚の尾、向こうには蛇の……」

「……えっ!?おじいちゃん!?」

 俺たちの警戒をよそに、いつの間にかグリッチさんが内壁に並ぶ石像を小走りで調べて回っていた。

「ちょ、ちょっと待って!グリッチさん!?まだ安全かどうか──!」

「おお?この細い赤い光はなんじゃろうな」

 制止する俺の声もかまわず、グリッチさんが石像から出ている赤い光に手をかざした次の瞬間──

「フレッド!」

「うっそだろぉぉぉぉ!」

 柱の水色だった炎が、唐突に赤い光に変わり空間を真っ赤に染めた。

 そして、台座の上の石像たちの表面に、ぴしりと亀裂が走っていく。

「しまったのう、トラップじゃったか」

「そんな落ち着いて言わないで!」

 目の前の石像をぼんやり眺めながら呟くグリッチさんに思わず突っ込むシルヴィア。

 やがて石像の一つが完全にその外皮を破った。

「ほっほ!面妖な生き物が出てきたものじゃなぁ!」

 さすがに危険を感じたのか、中央に向かってグリッチさんが走りだす。

 それを追うように俺たちも中央に向かう。

 まるで卵の殻をつぶしたような音とともに、次々と石像のなかから、その姿のままの異形の魔物たちが姿を現していく。

「いわゆる侵入者に対する罠ってやつよね!?」

「防犯対策ってやつじゃないかなぁ!?」

 異形の魔物の一体が、どさりと音を立てて床に落ち、前足でこちらに這い寄り始めた。

 それを皮切りに、あちらこちらから床に落ちる音が響いてくる。

「ど、どうする!?──青犬みたいに弱点があるのか──!?」

 禮鞘を腰から抜き去り、牽制するように向かってくる魔物たちに構える。

「普通に叩いて効くならいいんだけど!」

 魔物たちと交互に見ながら即席魔道書(インスタントブック)を必死にめくるシルヴィア。

「赤い光だと読みづらーい!」

 半分涙声で叫ぶ。

「どうだ、明るくなったじゃろう」

 グリッチさんの額のあたりから灯光(トーチ)と同じ光が放たれ、シルヴィアの手元に注がれた。

「あ、ありがとう……ってあれ?おじいちゃん……?」

 こちらからグリッチさんの表情は見えないが、何かに違和感を感じたようなシルヴィアの顔が見える。

「……くっ、とりあえず!『単独起動(アローンブート)禮鞘』!『魔導剣(ナイトハンダー)』!」

 声に反応するように、禮鞘が銀色の光をまとい、ショートソードのような刃を(かたど)った。

 少しずつにじり寄ってくる魔物たちの音が恐怖を煽る。

 対策の思いつかないまま構えること数十秒。

 最初に寄ってきた魔物が、ぴたりと動きを止めた。

 それに倣うように、ほかの魔物たちも一定の距離を取ってぴたりと動きを止めていく。

「……?」

 わけのわからないまま眺めていると、気がつけば全ての魔物に完全に円になるように囲まれていた。

「ああっ!フレッド!足元!」

「え────はっ!?」

 シルヴィアの声に、思わず息をのむ。

 床の幾何学文様。

 魔物たちが立ち止まったのはそれの要所にあたりそうな文様の上。

「しまっ──」

 気付いた時には既に遅かった。

『フオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ────!!!!!!』

 甲高い魔物たちの声が一斉に空間を引っ掻いた。

 そのあまりの耳障りな声に思わず腕と片手で耳を塞ぐ。

 顔をしかめて床に目を落とすと、幾何学文様が金色の光を纏って輝き始めていた。

「シルヴィア──ッ!」

「フレッドーー!」

 お互いの名前を呼ぶ中、空中にいくつもの魔法陣が浮かぶ。

 そして次の瞬間。

 まるで滝のような大量の水が魔法陣から流れ出し、激しい轟音とともに塔の内部を水で満たし始めたのであった。

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