4話 闇の底に落ちて-4-
塔に突入前に休憩です。
「あ、そうそう、フレッド」
思い出したようなシルヴィアの声に振り向くと、彼女が腰の鞄をぽんぽんと叩いて見せた。
「今日はサンドイッチ作ってきたの。どうせ日持ちはしないから、食べちゃいましょ」
そう言って鞄の蓋をあけて、中から竹細工の籠を取りだした。
「ほう、サンドイッチとな!」
「きゃっ!?」
誘われた俺よりいち早く反応したのはグリッチさんだった。
気付けばいつのまにやらシルヴィアの近くに寄って彼女の手の籠をまじまじと見つめている。
「あ、あの、よろしければおひとつ……!」
「おお、なんとなんとこれはこれは、よくよく嗅げばほのかに香るハムとチーズ、そしてパンの匂い……!」
うんうんと唸りながら目を閉じて籠の前で頭を上下させるグリッチさん。
「おお、わしのことは気にせずともよい。フレッド君のために丹精込めて作ったのじゃろう、それを横からわしが掠め取っては申し訳ないからのぉ」
「い、いえ、そんなお気遣いなく……!」
唐突な食いつきにたじろぐシルヴィア。
「ここしばらく木の根と水しか口にしておらんかったからのう、わしはこの匂いだけで十分じゃぁ」
すんすんと香りを嗅ぐグリッチさん。
「あの!ですから!おひとつ差し上げますって!」
さすがに鬱陶しかったのか、半笑いで怒鳴る。
「お、おお……」
グリッチさんも固まる。
「ははは、シルヴィア、何作ってきたの?」
ようやく俺も口をはさむ余裕ができた。彼女もはっと我に返る。
「あ、えっとね。今日のはオーソドックスな鶏のハムとスクランブルエッグとトマトとチーズのサンド。ガチャコ姉が取引先からハムとチーズ大量にもらっちゃったらしくってさ、いいモノらしいんだけど食べきれないから、早々に使いまくってくれってお達しがあったのよ」
そう言いながら、たいまつを地面に置いて籠を開けて見せた。
「……あー、あはは、まぁ、そうよねぇ……」
苦笑いしながら落とした視線の先には、ぐちゃぐちゃに潰れた元サンドイッチの塊。
「いくら防御魔法があったとはいえ、すごい高さから落ちちゃったんだからしょうがないわ……はぁ」
なんだかひどくがっかりした様子で肩を落とすシルヴィア。
そんな彼女をよそに、グリッチさんがひょいとその籠の中に手を伸ばした。
「ほっ……ほう!ほむ!おお……!おおおおおお…………!!!」
元サンドイッチの塊を口いっぱいに頬張り、噛むたびにその目に涙を浮かばせていく。
「だ、大丈夫ですか?」
ふとその様子が心配になり声をかけるが、状況的に変な意味になってないかと慌ててシルヴィアに目配せをする。口角を上げてにこにこと無言の圧力をかけながら籠を差し出された。
「ああ……なんと幸せなことじゃ。もはや諦めておった食の幸福にありつけるとは。毎日のように食べていた妻のあのサンドイッチがどれほどの幸せであったか。この闇の底に落ちて、初めてその幸福に気付くなど、思いもせなんだわ……」
隙間の空いた歯からこぼれおちるパンくずを慌てて空中でかき集めるグリッチさんを見ながら、俺も差し出された籠の中から一つ取り出して口に運ぶ。
「……うん、美味しい」
トマトの酸味とハムとチーズの塩味が顎をくすぐり、思わず顔がほころぶ。
もう少し気の利いた感想をしたほうがよかったのかと思ったが、シルヴィアは先ほどの落ち込んだ表情から復活したようで、満足そうな顔を向けていた。
「ふむ、ふむ、これはよいハムじゃな。王都に出かけた妻がよく買っておったハムに味付けが似ておる。なんとも懐かしい気分じゃ」
楽しそうに食べ進めるグリッチさんを横目に、シルヴィアも籠から一つ取り出して食べ始めたのであった。
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「ふーむむむ。水、根源、左、箱、建物、先。ふむぅ?」
日記帳に加筆しながら、グリッチさんが呟いた。
「解読できたんですか?」
たいまつの明かりを彼の手元に寄せて日記帳を覗き込む。
「ふむ、まだ読む順番がわかっておらんがぁ、おおよそは読み取れそうじゃのぉ。ほれ、ここを見てごらん。この文字列の書かれていた場所の周りの状態と、先ほどの文字列の場所は近いところが多そうじゃろう」
そう言いながらペンの先で指し示した文字列とそのメモを読むと、なるほど、なんとなく近いものが見えてくる気がした。
「水の根源って水源か何かですかね?あと箱ってなんだろう。建物って言葉だけで足りそうなのに」
俺がそう言うと、グリッチさんが驚いた顔をして、そしてにやりと笑った。
「ほっほう、なかなか鋭いのうフレッド君。わしもそこで解読が難儀しておるところじゃ」
ひげをじりじりと捻り、日記帳に視線を落とす。
「水源のある場所は、そのほとんどが水の文字列だけで、それ以上は詳しく書かれておらぬ。じゃがこの文字列には、正しいかはわからぬが『根源』に近い意味合いの言葉が含まれておる。これが意味するところは何なのか、直接見て確認するしかあるまいて」
覗きこむ俺の顔に振り向く。
「そして何よりこの『箱』じゃな。塔を表す『建物』とは別に書かれておる。ここまでいくつもの文字列を見てきたが、あまりこの言語は『詳しく表現はしない』ようじゃからの。『箱』にあたる文字列はきっと、別の意味があるのじゃろうな」
その瞳は眩しいように輝いていて、まるで宝物を見つけた少年のように見えた。
「さて、そろそろ行くとしようかの、若き冒険者たち」
腰を上げてパタパタと埃を払うと、グリッチさんが俺に日記帳を差し出す。
「?」
意味がわからず首をかしげると、にやりと笑って俺の胸にぽんと日記帳の端を当てて押しつけた。
「これはお主にやろう、フレッド君。あのニールのせがれじゃぁ。お主ならきっと役に立ててくれるじゃろうて」
そう言われて、呆気に取られながら受け取る。
「……って、え、あれ!?これすごく大事なものじゃないんですか!?」
はっとして慌てて返そうとするが、グリッチさんは軽く片手を挙げると背を向けてシルヴィアの待つ方へと歩いて行ってしまう。
「フレッド、行きましょ。おじいちゃんが一緒ならきっと大丈夫よ」
槍を軽く挙げて合図をするシルヴィアに、こちらもたいまつを掲げて応えた。
駆け寄りながら、闇の中そびえる塔を見据える。
受け取った日記帳を腰の鞄にしまい、前を歩く二人の元へと急いだ。




