3話 闇の底に落ちて-3-
超有名人(?)に会いました。
「ほ、ほんとにグリッチさんなんですか!?」
思わず大きな声が出てしまった俺に、グリッチと名乗った初老の男が人差し指を口に当てて制す。わずかに見えた、ところどころ欠けた歯並びを、たいまつの明かりが撫でた。
「おお、若いのにわしを知っとるのか。ふぉっふぉ、ほんとじゃよ。こんな地下でわざわざほらを吹いてどうする」
にこにこと笑顔を作り、しかし一瞬真剣な顔をしてそう言う。
「ほれ、とりあえず探索しながら話すとしよう」
彼に促されるまま、巨大な塔を右目に、壁伝いに歩いていく。
「はてぇ。どこから話したものか」
指でひげをねじりながら首をかしげた。
「そうじゃ。あれは王都の最前線探索隊に招かれたときじゃな。途中は省くがぁ、要するに古くなった通路が陥没して、探索隊の大半が地下へと落下したんじゃよ。わしは幸い軽傷じゃったが、他の者はほとんどが即死じゃった」
難しい顔がたいまつの火に揺らめく。
「救助も来ず、わずかに息のあった数名も力尽きてなぁ。わし一人残して、落下した者は全滅してしまったんじゃ」
まるで昔話をするようにグリッチさんは語る。
「出口を探して歩き回り、ひと眠り、ふた眠り。気がつけば時計を見ても昼か夜かわからなくなってしまってのう。あれからどれだけの月日がたったかはもう覚えておらぬ。じゃがな、日記だけは、しっかりつけておったぞ」
そう言って、自慢げに腰の鞄から日記帳を出して軽く振って見せた。
「しかし、随分若い冒険者たちじゃな。夫婦で探索しとるのかの」
急にそんなことを言われて、シルヴィアがわたわたと小刻みに槍とたいまつと首を振った。
「え、あ、ちがいます!夫婦とかじゃ……!」
「あー、いや、俺たちは色々あって一緒に遺跡探索をしてるんです。四人で探索してたんですけど、あとの二人とはぐれちゃって」
「ほう、ほう」
半目でにやりとしたかと思うと、グリッチさんが急に俺の顔を覗き込んだ。
「そう恥ずかしがらずともよいよい。わしも昔は妻と二人でよく探検しておったもんじゃ」
変に勘違いされたままグリッチさんが笑う。
「んー……若いの、なんだか見覚えのある顔じゃのう。名前はなんという?」
そう言われて、こちらの自己紹介がまだだったと気付く。
「俺は、フレッド。フレッド・グレンゼルです。こっちはシルヴィア」
小さく身ぶりを加えて、簡単に説明する。
「シルヴィアです」
「ふむ、なかなか珍しい、礼儀正しい若者じゃ。それはそれとて、はて、グレンゼル」
んー、と小さく唸ると、何かを閃いたように頭を縦に振った。
「おお、そうじゃ、あれは二ールと言ったか。せがれがいると言っておったが、もしやお主のことか?」
思いもしないところで、父さんの名前が出た。
「父さんを知ってるんですか?」
「ああ、知っているとも、知っているともさ。なんとも朴念仁を絵に描いたような男じゃったが、自然と人を集める魅力を持った男でもあったなぁ。よもやこんなところでその息子に出会うとは、人生何が起こるかわからぬものじゃぁ」
眉根をくいくいと上げる。
「フレッドのお父さん、会ってみたかったわ」
シルヴィアがつぶやいた。
「出立の日には立ち会わなかったがの、なんだかんだで初代降下組のリーダーをやっておったわい。貴族の末弟やら素性の知れぬ者まで多様におったが、それでもうまくまとめておった」
父の知らない姿を、初めて会った人から聞く。そんな不思議な体験をこんな地下でするとは夢にも思っていなかった。
歩くこと小一時間。
「おや」
グリッチさんが塔の紋様に気がついて足を止めた。
「どうかしましたか?」
前かがみになり髭を左手でいじりながら、右手の人差指で紋様──真四角に整えられた古代の文字列を右回りにくるくると指す。
「ふむ、間違いない。『水』と書いてあるのぅ」
さらりと、とんでもないことを言った。
「え、読めるんですか!?」
これはシルヴィア。石板の文字列がジョカさんですらまだ解読できていないのである。
「少しじゃがな。最初は読む順番に苦労したもんじゃ」
「読む順番……?」
俺が首をかしげると、グリッチさんが真四角の文字列の中心の文字を指さす。
「この文字がおそらく『読まない』文字、つまるところ『文が始まる箇所』じゃ」
そして、そこから左、上、右、右、下、下と文字を指で追っていく。
「この古代の文字はの、中心から右回りに読んでいくようなのじゃ。この地下空洞のいたるところに四角い文字列があっての、メモにとって比べていったらいろいろと見えてきたんじゃよ」
そういいながら先ほどの日記を取り出して、葉っぱの挟んであるページを開く。
そこには、びっしりと古代文字列、そして書かれていた場所の特徴が書かれていた。
「必ず真四角になるように書いてあってな。例えばほれ、この外周のこの四文字。これは『詰め文字』じゃ。真四角にするために、その隙間を詰めるためだけの文字で、順番が決まっておる」
とんとんとんとん、と文字を指で叩いていく。
「それで、わしが『水』だと言うた文字列はここからここまでじゃ。読み方はわからぬが、五文字使って『水』を表しておるはずじゃ。これを含む文字列の近くには必ず水源があったからの」
「すっごーい……!」
シルヴィアが半分口を開けて目をきらきらさせて見ている。
「他には?他には!?」
「んー、まだ解読が全部できているわけじゃないからのう。おそらく、としか言えんが……」
ふむ、と一息。
「『水、なんとか、左、なんとか、なんとか、入口』といったところかのぅ」
「!!」
感極まったようにシルヴィアがたいまつと槍を高々と掲げる。
「おじいちゃんすごい!」
はっはっは、と笑うグリッチさんであった。
その後さらに歩くこと数分。
「ねぇ、あれ」
シルヴィアが暗がりの先に見えた変化に反応した。
「入口……っぽいね」
近づくにつれ、その全容が見えてくる。
向かって右手に塔、正面に見えてきたのは丸みを帯びた建造物が塔の根元から横に飛び出したような形、そしてその先に続く並びの変わった石畳、さらにその石畳を一定間隔で挟むように立ち並ぶ石柱。
さながら、大きな祠の入り口のようである。
「蟲は近くにいなさそうね」
辺りをきょろきょろと見回すがこれといって気配はない。
「ふうむ、長く地下を彷徨ってはいるが、これは初めて見たのう。水源も見当たらなんだし、さっきの文字はこの塔のことを書いてあったのかもしれんなぁ」
日記を取り出し、文字列のページを首をかしげながら覗きこむグリッチさん。
「ふむ、ちょっと待ってくれるか。忘れぬうちに書き足しておこう」
「わかりました」
盛り上がった石に腰かけ、ペンを取り出してページに書き込み始めた。
シルヴィアに目で合図して、俺たちは周囲の警戒に入る。
「ほーほー、いやでもそうじゃな、しかしこれは場違いじゃぁ……」
楽しそうな独り言が始まり、思わず俺たちは目を合わせたのであった。




