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グリーンベッドジャンパーズ  作者: 裏側の飛鳥
第三章 蟲籠の回廊
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2話 闇の底に落ちて-2-

あんちゅーもさく。

「それ、使い方は慣れた?」

 シルヴィアがひと段落したのか、俺の腰に差してある禮鞘(らいさ)を指さした。

「できることが多すぎてまだ目が回るよ」

 貴重な精霊銀を凝縮し、ブランジェさんが俺の動きを観察して最適な長さと重量に調整し、ジョカさんが刻みこむ魔法を厳選したうえで精錬された棒だ。『開拓者』の称号取得祝いにと奮発してプレゼントされたのである。

「『必殺剣(クリティッカー)』以外はぱっと出てこないし、ジョカさんの説明書は分厚いし」

 恐ろしいことに、この禮鞘は表面だけでなく多重層に魔法式が組み込んであるらしく、そんなに太くない棒の中に即席魔道書(インスタントブック)を超える数の魔法が入っているとのこと。柄頭から最大で魔石を5つ同時に装填でき、持ち手と刃にあたるところの継ぎ目には再利用可能な魔石まで埋め込まれている。もはや棒の形をした魔道書である。

「でもこれがあって助かった。前の装備じゃ今頃蟲の腹の中だ」

 ホルダーから抜き出してたいまつの明かりにかざす。

「まぁ、ここに落ちたのがそもそもジョカ姉のせいなんだけどね…」

 恨めしげに苦笑いを浮かべるシルヴィア。

「どれぐらい落ちたかわからないけど、どう考えても停滞してる最前線より深くまで来てるわ。下手すると緑の大地(グリーンベッド)まで半分ぐらいのところまできてるかも」

 真っ暗で何も見えない天井を仰ぎ見る。暑いわけではないが、風すらなく、じわりと汗が浮かんだ。

 禮鞘を腰に戻し、懐中時計を取り出す。なかなか頑丈なようで、これも壊れてはいない。

「何時?」

「16時を過ぎたとこ」

 時間を確認したことで、ほんの少し心が落ち着いた。それはシルヴィアも同じようで、膝に頬杖をついて差し出した時計を眺めている。

「16時半を目処に動こうか。こちらから先手を打つ構えでいけば安全地帯の構築もできるかもしれない」

「了解。蟲退治は任せるわ」

 頬杖を解き、時計から視線を外したのを確認して懐に戻す。

 言うまでもないことなのだが、縦穴の発見というのは、緑の大地を目指す冒険者たちにとって最大の功績だ。攻略の困難な複数の層を一気に駆け下りることができ、その後の探索に大きく貢献することができる。

 しかしながら、構造の破壊において発見された縦穴は今回のように事故につながることが多く、実際の発見者は死亡や行方不明になることもしばしばある。要するに自分たちがその状況にあるということだ。

「(あわててもしょうがないとはいえなぁ……)」

 行動を起こすにも慎重に動かなければ、あっという間に手元の切り札はなくなってしまう。幸い、『灯光(トーチ)』と水の生成は、魔石を消費せずともシルヴィアの保有魔力で使用が可能であり、休憩しながらならば何度でも使うことができるらしい。

 多少落ち付いていられるのは、ジョカさんとブランジェさんも恐らく同じ層まで落ちているだろうという希望があるからだ。

 いかに合流するか。ただ合流するだけではなく、可能な限り温存し、可能な限り無傷でいること。

 あの二人と合流さえできればなんとかなる。そんな甘い考えが俺たちの支えになっていた。

「さて、そろそろ行こう」

 懐中時計をちらりと見て、少し早いが動くことにする。

 辺りを照らさなければ向いている方向すら定かではない。

 俺の声にシルヴィアが頷き、即席魔道書の最初のページを開いて背を向けて立ち上がる。

「照らしてる間は他のことができないわ。ちゃんと守ってね」

「任せろ」

 俺も気合いを入れて腰を上げ、シルヴィアに背を向けて立つ。

 禮鞘をホルダーから抜き出し、たいまつを床に置いて臨戦態勢をとる。

「いいよ」

 肩越しにシルヴィアに視線を送ると、彼女は無言で頷いて即席魔道書を頭上に掲げた。

「『灯光(トーチ)』!」

 声と同時、即席魔道書から枯れ葉を踏み散らすような音とともにまばゆい光が発せられ周囲を照らした。

 まるで池に張っていた水が引いていくように、自分たちを中心に遠ざかっていく闇。

「ここは……」

 白光の下に露わになった光景は、白い石畳みに縦横無尽に張り巡らされた植物の根と、遠くの壁の太い根の影に光を嫌うように隠れる蟲たちの姿だった。

「フレッド、こっち!」

 シルヴィアの声に振り向く。シルヴィアの視線の先には、明らかな建造物がある。

「上の方も照らせるか?」

「光を強くしてみるわ」

 いうなり、光度を上げて建造物の上まで照らし始める。あまりの眩さに光源を手で隠しながら、建造物の上部を見上げた。

「すっげぇ……地下なのにこんなのがあるのか」

 今自分たちのいる層の幅がわからないものの、緩やかな螺旋のような構造がはるか上部まで伸びていく、仄かに青を返す巨大な建造物。

 そこには、『塔』がそびえたっていた。

「シルヴィア、そのまま『灯光(トーチ)』をしばらく続けててくれ」

「腕が疲れるからはやくしてね」

 蟲たちが逃げるのを確認したからか、軽い冗談で返してくる。

 周囲をざっと見回す。みたところ、でこぼこに荒れ果てた真っ白な石畳と細い何かの植物の根以外には特になにも見当たらない、だだっ広い空間のようだ。壁には一定間隔で様々な紋様の装飾が施されており、そのどれもが不気味な生き物を模したようなものだった。

「助かった。蟲も逃げたみたいだからたいまつに切り替えて安全地帯の探索を開始しよう」

「了解」

 禮鞘を腰に戻し、足元からたいまつを拾い上げて高く掲げる。

「落ちる時に分岐したのがこの塔のてっぺんの屋根かしらね」

 そう言いながらシルヴィアが即席魔道書を閉じると、再び周囲は暗闇に沈んでいった。

「落ちた時の穴の幅からすると、塔のてっぺんまでいけばさらに上に行く道があるかもなぁ」

 何も見えなくなった宙空を二人して見上げる。

「登るにしても、まずは入口がみつからないとね」

 シルヴィアの言葉に小さく首を縦に振った。

 ここまで手探り状態だったが、ある程度目標が見えてきた。

 安全地帯の確保。他の二人との合流。目の前に現れた塔の攻略。

「さすがに塔の外壁から蟲が出てくることはない……よな?」

「壁伝いに行こうと思ってるなら賛成。術式の紋様がちらほらあったし、雰囲気からして防壁系っぽいのだから近づいても大丈夫だと思うわ」

「よし、じゃあそれで行こう」

 襲われる方向が一つでもつぶせるならそれだけで相当楽になる。

 蟲の気配はなくなったものの、はやる気持が足取りを急かした。

 植物の根に足を取られながらも、最短距離で塔の外壁へと到達する。壁に手を当てて見ると、不思議な力で押し返されるような感触がした。

「まぁ外から見てわかる術式だし、危ないものじゃないとは思ってたけど。あんまり不用意に触らないで頂戴」

「あ、ごめん」

「……ジョカ姉ならさくっと見分けられるのかしらねぇ」

 そう言いながら、シルヴィアも難しい顔をして塔の外壁に手を当てる。

『もし、そこにいるのは人間か?』

「っ!?」

 背後から突然話しかけられ慌てて振り返る。二人とも完全に気の抜けている状態で、警戒をおろそかにしていた。

「だ、だれ……っ!?」

 たいまつを足元に放り投げて武器を構える。視線の先には、『灯光(トーチ)』と同じ魔力の光が頭の高さで揺れていた。

『ほっほっほぉ、なんと、こんなところで、人に会えるとは、思わなんだぞぉ。安心するがよい、わしもお主らと同じ、普通の人間じゃあ』

 植物の根を踏みしめる音が近付くとともに、強い光がほんのりと弱くなっていく。

 そこから顔を出したのは、胸ほどまでひげが伸び頬の痩せこけた初老と思しき男だった。

「どういうこと……?なんでこんな深い所に冒険者が……」

「おじさん、あなたは……?」

 思い思いに疑問を口にする。そんな俺たちを見て感極まったようににんまりと笑い、隙間の見える歯を見せた。

「あー、はっ、はっはぁ。そう慌てなさんなぁ。わしも、人と話すのは久々すぎてなぁ、うまく舌がまわらんのじゃあ」

 本当に嬉しそうに、空いた右手の指先でその長いひげの先をじりじりとねじりながら笑う男。その姿は裾がことごとく無残に破れ、もはや原型のわからなくなった服に身を包み、伸び放題の眉、もみあげ、ひげが笑うたびにゆらゆらと揺れていた。

「おお、そうじゃそうじゃぁ。感動のあまり礼儀がなっておらんかったのぉ。まぁ、大層なもんでもないがぁ、自己紹介をせねばなぁ」

 思いついたように改まって咳払いを一つ。肩を回して首を左右にこきこきと鳴らし、男が姿勢を正す。

「……わしの名は、グリッチ。グリッチ・ストラストじゃあ。ほっほっほぉ、ちゃんと覚えるんじゃぞぉ?いずれ、後世に名を残す偉大なる冒険家じゃあ」

 冒険家、とりわけグリーンベッドジャンパーズならば誰もが知るその名を、それはそれはとても自慢げに名乗ったのであった────

まさかの人間に出会いました。


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