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グリーンベッドジャンパーズ  作者: 裏側の飛鳥
第三章 蟲籠の回廊
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1話 闇の底に落ちて-1-

お待たせしました、三章の開始です。

挿絵(By みてみん)


 数え切れないほどの真っ赤な点が闇に浮かぶ。それはまるで、赤色の星しかない夜空のよう。今までに経験しなかったその異質な光景が、自然とマントに手を伸ばさせた。

 たいまつを前に掲げ少しでも状況を把握しようと努めるが、時折り揺らめくような動きを見せるだけで、その実態はつかめない。

「…シルヴィア、何かわかるか?」

 目を合わせず、小声で問いかける。

「…シルヴィア?」

 しかし、返答がない。それどころか、すぐ後ろにいたはずの彼女の気配すら感じなくなった。

 赤い点が回りこむように動く。まるで何かに閉じ込められたような感覚。

 いや。

「(取りこまれた!?)」

 直感が脳を叩いた。

 とっさにたいまつを放り投げ、腰に下げた精霊銀の棒に手を伸ばす。

 その瞬間を隙とみたのか、赤い点が正面から一気に押し寄せた。

「『解放(アンロック)紫電陣(スタンスクエア)!』」

 頭上に掲げて叫ぶと同時、精霊銀の棒の先を頂点に紫の電撃が(ほとばし)り、四角錐の辺をたどるように展開する。赤い点たちが紫電に触れると一瞬怯み、弾けた光にその姿を(さら)した。

「『魔道回路連結(アドサーキット)禮鞘(らいさ)!』」

 マントに角ばった魔方陣が浮かび上がり、精霊銀の棒と同調するように光を放つ。

「『必殺剣(クリティッカー)』ぁぁあああああ!」

 精霊銀の棒が眩い白光を纏い、そのまま赤い点の集まる方へ向かって振り下ろした。

 闇を切り裂くように、剣と化した光が赤い点たちの中央を真っ二つに両断する。

 瓦礫が崩れるような派手な音と振動、錆びた重い鉄が擦り合うような断末魔の鳴き声とともに、赤い点たちは光を失いながら地面に伏した。

 再び暗闇に沈んでいく周囲に漂うのは、腐った肉が焦げたような臭い。

 背中に赤く揺らめく炎の気配がして振り向くと、先ほどまで気配を感じなかった涙目のシルヴィアの姿があった。

「フレッド!大丈夫!?」

 外側からなにかしらやってくれていたのか、右手には新調された槍と即席魔道書、左手にたいまつを掲げている。

「なんとか」

 安堵したせいか、荒いため息を床にこぼす。

 違和感。

 即断力。

 直感。

 そして、躊躇わないこと。

 この層に落とされて、嫌というほど叩きこまれた生への執着力。

「やっぱり、引き返した方がいいんじゃない?」

 そう言って、腰のホルダーに即席魔道書を戻す。

 俺は倒した化け物の残骸に目を落とした。

「まずいよなぁ…連発しすぎて魔石の残りが心もとない」

 ショートソード程の長さの、びっしりと文字の刻まれた精霊銀の棒、『魔刃・禮鞘(らいさ)』の柄頭をずらし、中から使い捨ての魔石を取り出して投げ捨てる。

 見回すと、先ほど放り投げたたいまつが弱い炎をくゆらせながら床に落ちていた。

「取りこまれるなら、いっそ二人一緒の方がいいわね。私の力じゃ、外からは何もできなかったわ」

 難しい顔をして、残骸にたいまつを向ける。その姿は、目玉のたくさんある巨大なミミズといったところか。それに羽の様な大きな殻をまとっている。この殻が、先ほど俺を暗闇に引きずり込んだ正体だ。

 たいまつを拾い、腰の瓶から油の染み込んだ布を巻きつけ直す。

「戻るって言ってもなぁ…」

 ひとつ前の会話に戻しながら、たいまつをめいっぱい高くまで掲げてみる。

 天井は見えない。声の反響からしてかなりの広い空間のよう。足元は植物の根が石畳がちらほら覗く程度に張り巡らされており、非常に歩きづらい。

「どっちからきたっけ」

「まぁ、そうなのよね」

 正直、唐突なことばかりで基本中の基本すらやる余裕がなかったのだ。

「みんな無事だといいんだけど」

 腰のホルダーに禮鞘を戻し、はぐれた仲間を思い浮かべて暢気につぶやく。

 無事に違いない。なにしろ、自分たちが苦戦しているところでも戯れ言を交わしながら渡り歩くような二人である。むしろ危険なのは自分たちなのだ。

「早く合流したいところだけど、安全地帯の確保が先決ね。さっきみたいに音もなく近付かれたら対処しきれないし、いつ襲われてもおかしくないわ」

 結界を使うにも、最低4つ、もし眠るなら8つは魔石を使うことになる。ここまでの連戦で体力も限界が見えてきていた。

「そっちは魔石いくつある?こっちはあと…13個だ」

「ちょっと待って…うーん、15個」

 保護装具(ハーネス)に使う分、とっさの切り札、結界用と考えると非常に心もとない。

「この殻で覆ってくるやつといい、さっきの壁から飛び出してくるのといい、危険度が段違いだ。二人合わせて28個じゃ無事に帰れるか難しいな」

 遺情院で見た資料にも一切載っていなかった、完全なる未知の化け物。その姿のほとんどが硬い外殻と骨格を持ち、恐るべき速度で襲いかかり、そして強靭な牙や爪をもつ。

 そう、蟲だ。

 青犬や馬首といった明らかな古代人の創作物とは違う、地中で独自の進化を遂げた蟲たちが、俺たちの前に捕食者として現れたのである。

 どれほどの深さを落下したのかはわからないが、ジョカさんの大魔法で崩落した床の下に巨大な縦穴があった。まさかの事態に成す術もなく落下する俺たちに、ジョカさんがとっさの判断で強力な保護魔法をかけてくれ、無傷で済んだものの、縦穴が途中で分岐し、俺たちとジョカさん、ブランジェさんは別の方向へとはぐれてしまったのである。

「水はなんとかなるでしょうけど、問題は食糧ね。ずいぶんと長く落ちたから、普通に上がったんじゃ2、3日じゃきかないでしょ」

 先ほどの蟲の残骸をちらりと見るが、すぐに目をそむける。

「好き嫌いは置いといて、絶対に食ったらダメなやつだよなぁ」

「…その意見には賛成よ」

 しかめ面で手を挙げた。

「そもそもどこから登ったもんか」

 危険な蟲が蔓延(はびこ)る、完全な闇の空間。壁伝いに歩けば、また蟲に襲われる可能性もある。

 幸い、ここまでに遭遇した蟲は個体が大きいためか群れを成しておらず、基本的に単体で行動していた。加えて、動きを止めている時に襲われてはいない。恐らく、蟲の縄張りのようなものに踏み入れた際に攻撃されているのだろう。もし周辺の蟲の行動がそれに準ずるのならば、単に動かなければ安全となる可能性はある。

 あれこれと考えていると、シルヴィアがじっとこちらを見つめているのに気付いた。

「あれ、どうかした?」

 俺の言葉にはっとするシルヴィア。

「あ、ううん、なんでもない、っていうか、その。こんな状況なのに、すごく冷静なのね、って思って。私一人だったら、今頃これの餌になってたわ」

 言われて改めて思う。いや、何度も思ってはいるが。

「混乱も一周回ると冷静になるしかなくなるんだよな、きっと」

 返事をしたというよりは、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


───


 依然、状況は掴めていないが、『動かなければある程度安全かもしれない』という仮説を確認するべく、動かずにいること1時間と数分。実際襲われることもなく、それぞれ警戒しながら飲み水の生成と簡易マッピングに取りかかっていた。

「これ飲んじゃって。もう一本余分を作っておきたいから」

「わかった」

 半分ほど入った水筒を受け取り、一気に飲み干す。

 一人でいれば不安と恐怖で狂いそうになる暗闇だが、話し相手がいるというだけで相当気が楽になる。

「『灯光(トーチ)』って明るさ調整できる?」

 即席魔道書を広げてせっせと霧の渦を作るシルヴィア。

「もともと眩しいけど、多少は弱くしたりできるわね」

「なるほど」

 とにかく周辺の状況の把握がしたかった。

 たいまつこそ掲げてはいるが、十分な明るさではない。かといって、下手に照らし過ぎれば、蟲を呼び寄せることにつながるかもしれない。地上付近であれば多少の無茶はできるが、ジョカさんたちでもあるまいし、無駄な交戦を重ねて魔石と体力を浪費するのは避けたいところだ。

「じゃあ、水を作って少し休憩したら、灯光(トーチ)で徐々に明るさを上げながら周囲を照らしてもらっていいか?次に移す行動をその結果で決める」

 俺がそう言うと、シルヴィアが一瞬目を丸くして、そして静かにほほ笑んだ。

「…っふふ!一応、私の方が先輩なんだけどね。頼りにしてるわ、フレッド」

 その表情にどきりとして、慌てて視線を逸らす。

 その先には、いくら目を凝らしても何も見えない暗闇が、息を潜めるようにこちらを睨んでいた。

まさに暗中模索のスタートです。


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