10話 反省会-2-
お料理会です。
「え、誰がこんなに食べるの」
キッチンのテーブルには山と積まれた食材。いくら子供含む八人分の食材とはいえ明らかに作りすぎのような気がする。
「ブランジェちゃんはナイフの扱いがとっても上手なのねぇ~」
「ふふふ、母上殿、私のナイフ術はまだ真髄をお見せしていないぞ。次はこの魚の三枚下ろしを御覧に入れよう」
楽しそうに籠から生魚を引っ張り出して、慣れた手つきを通り越してまるでそうとしか動けないように仕組まれたからくりの様に魚に刃を滑らせていく。わずか数秒で三枚に下ろされた川魚が三匹、まな板の上に並んでいた。
「いや、だから誰がこんなに食べ…」
「あらーすごい!きっといいお嫁さんになるわ!」
お嫁さんというより神速の料理人といったところではないだろうか。
そんなことを思っていると、乗せられたブランジェさんがあれもこれもと曲芸師のように野菜を空中で切り刻み始める。
「すごーい…」
「あああ…あー」
俺の横できらきらとした瞳で呆然と眺めるニッキーとリビィ。ざっと見積もっても3日分ぐらいの食材がテーブルの上に所狭しと並んでいる。
「あら、フレッド。串はここにあるからお外で焼いてちょうだい」
思い出したかのように母さんが手元の大皿に積まれた肉の串を見て片眼をパチンと閉じた。
「ほどほどにしといてくれよ母さん…」
楽しそうにしている二人に悪い気はしないものの、食材は無駄にしないでほしいなと心の中でつぶやいた。
「フレッド、お主なかなか罪な男じゃのーう」
裏口に向かう途中、ジョカさんが魔法で桶に飲み水を作りながらそんな言葉をかけてきた。
今までほとんど帽子を脱いだことがなかったので気付かなかったが、耳の周りの髪の毛は編んだ髪を渦巻状に巻いて耳が完全に見えないようにしてある。
「何がですか?」
「わかっておらんからなお性質が悪い」
かっかっか、と楽しそうに笑う。
「癖の強い女ゆえ苦戦せぬようにな。ほれいったいった」
「おおっ!?っと!っと!」
冗談を言ったつもりなのか、小さい手でばんばんと俺の背中を叩いた。慌てて膝で皿を押さえ、体勢を立て直す。
「おーいリビィ、裏口開けて~」
「はーい」
ブランジェさんの終わらない食材切り刻み芸に釘付けになっていたリビィを呼ぶ。
「どーぞ!」
とととと、と小走りで裏口の扉を開けに来てくれた。
「ありがとう」
「ふふー!」
頭をなでてやりたいが、両手がふさがってるので笑いかけてあげると嬉しそうに笑い返してくる。
裏口を出て、再び鍋の火加減を見ているシルヴィアの横にまで歩いて来た。
「沸いた?」
「もうちょっとかしら…あっちゃー、これラジ姉が作ったわね」
振り向いて俺の抱えている大皿の巨大な串肉を見て即座にシルヴィアがつぶやく。
「ほっとくと食材全部切っちゃうのよねぇ…いつもはクレア姉さんとガチャコ姉が止めに入るんだけど」
呆れた顔で皿と俺を交互に見る。
「あーどうりで。今母さんが乗せちゃってるからもっとひどいことになってるかも」
うわぁ、と言いたそうな顔で苦笑いを浮かべる。
「とりあえず、こっちの方も火をつけてもらえる?」
端に置いた石と石の間に串肉を渡す。
「さすがラジ姉ね…大きめに切ってるけど全部切りこみ入ってるから火が通りやすいわ」
そう言いながら魔法陣に木の棒をあてて炎を立ち上げる。
ほどなくして、炎に脂が落ち始めて香ばしい匂いが広がった。
「この魔方陣って落ちた脂で崩れないのか?」
ぽたぽたと、光を放つ魔法陣の上に脂が落ちて行く。
「水溶魔昌は魔力を通すと固まるから、強い力で叩いたりしない限りは簡単には崩れないわ」
時折脂で大きな炎があがる。
「いい匂いだ…お腹すいて来た…あ、鍋沸いてないか」
シルヴィアの方を向くと、鍋の蓋がカタカタと揺れ始めたところだった。
「灰汁取らなくちゃ。味付けはいつも何にしてるの?あちっ!」
おたまを取り出し、鍋の蓋を外して横に置く。
「いつもはきび練りと鶏がらと塩かなぁ。香草は旬のがあれば使うけど」
「ふーん」
浮いた灰汁をおたまで取るのを見守る。
「ねぇフレッド」
脇の砂の上に灰汁を捨てながら、シルヴィアが横目で俺を見た。
「あなた、どうして冒険者…グリーンベッドジャンパーズになろうと思ったの?」
そういえば話したことはなかった。
「俺は…」
ギルドに登録して冒険者になること。それは単純に子供の頃から憧れていたり、他に仕事のあてがなかったりと、人によって理由は様々だ。
「父さんを探しに行こうと思ったんだ」
おそらく、俺の理由と同じ冒険者も多いだろう。
俺の言葉にシルヴィアが小さく頷いて納得した表情をする。
「あなたのお父さんも最初のグリーンベッドジャンパーズだったのね」
俺も小さく頷き返した。
灰汁を取り終えたのか、おたまをさかさまにして鍋のふちにかけ、野菜の横に積んであった肉を入れていく。
「ニッキーもリビィも父さんの顔見たことないんだ。あんな風に元気そうだけど、時々母さんが寝室で泣いてるのも見てるし。生きてるか死んでるかわからないけど、どっちにせよ父さんをみつけないとこの先ずっともやもやすると思ってさ」
肉汁がぽたっと炎に落ちて鮮やかな火花を散らした。
「グッドラックのおやっさんたちはまだギルドができる前からの父さんの知り合いでね。父さんがいなくなってからずっと自分の子供みたいに可愛がってもらっててさ。俺が冒険者になるって言い始めてからずっと止められてたんだけど、『お前の親父は強かったんだぞ』って時々剣の稽古に付き合ってくれたりしてたんだ」
串肉をひっくり返して空を見上げると、満天の星空から一つこぼれるように流れ星が横切った。
「だからグッドラックに入ったのね」
「ああ。いざ登録ってなった時は浮き足立っちゃってさ、おやっさんもできれば冒険者にしたくなかったみたいだけど」
苦笑する。
「シルヴィアは?」
同じ質問を返した。
「私もそっくりそのまま同じね。子供のころにお母さんが病気で死んじゃって、お父さんと二人で暮らしてたんだけど、仕事もお金も失くなって途方に暮れてたとき、あの『大開拓令』が出たのよ」
肉を入れ終えると沸騰していたお湯は一時的に収まり、それを見て鍋の蓋を被せる。
「お父さん、一も二もなくその話に飛び付いちゃって。クレア姉さんに私を預けて、真っ先に落下傘で飛び降りちゃったのよ」
呆れたような悲しそうな顔で遠くを見つめる。
「貧乏でもいいから、一緒にいてほしかったなぁ、って。クレア姉さんがいい人でよかったけど、グリーンベッドジャンプの遺族補助金もそういう子供の受け取り人が多くて、代理の保護者が持ち逃げするなんてのがすごく多かったらしいから」
グリーンベッドジャンプの補助金は当時かなりの大金だった。うちのように女手で子供三人を育てられるほどで、家畜を飼って細々と生活するには不自由のない額である。そこに付け入る悪人も多かっただろう。
「クレア姉さんが『若い女性の冒険者の拠り所を作ろう!』ってギルドを発足してから、すぐに入ってきたラジ姉と一緒に訓練したりしてて、いずれ冒険者になるのが当たり前みたいな日々が続いたわね」
一度冷めた湯がまたカタカタと鍋の蓋を揺らす。
「それで、漠然と『お父さんを探しに行こう』って思ってたの。もう生きてないだろうなって、今はちょっと思ってるけどね。お父さんのこと大好きだったから、いなくなったままなのはすごく嫌だから」
蓋の端から噴き出す湯気を魔法の炎の明かりが照らす。シルヴィアがまた蓋を取り、おたまで灰汁を取り始めた。
「私たち似てるかもね」
そう言って俺を見て笑うシルヴィアは少し悲しそうな色をしていた。
短めですが、一旦ここで区切ることにしました。
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