8話 掃討作戦-7-
ジョカさんの少年のような遊び心。
石板の位置で魔力を送りながら、横のシルヴィアに指示を送るジョカさん。シルヴィアはその指示に従って床に広げた羊皮紙に黒鉛で紋様を描いていく。
「ふむ、これは回路の終点じゃの。始点がわかれば起動できそうじゃな」
「ここってこの形で合ってるかしら」
「ふむ、もう少し大きめの手のひらぐらいの大きさのカーブじゃろう。そこから右上に向けて逆の方に少し小さめに返して…そこで直線じゃ」
「あー…こういうことかしら」
「ほほう、お主も少しわかってきたようじゃの」
二人で楽しそうに作業を進めているのを、あのやたら甘い棒のお菓子を食べながらブランジェさんと後ろで眺めている。
「あれって何してるんですかね」
口の周りにお菓子のかけらをくっつけながらこちらを見た。
「うむ、あれは魔力を飛ばして反応がある点を描き起こしつなぎ、壁の向こうにある魔方陣を再現しているのであろう。壁の厚みはわからぬが、本来ならば直属魔法使いが数人で大掛かりな装置をもちこんでやるようなものであるぞ」
自分のことのように自慢げに説明してくれる。
「ジョカ殿が最前線の探索隊にお呼ばれしたのは主にあの解錠能力を買われてのことであるからな。あれだけで隊員の数は大幅に減らせるうえ、装置も不要になる。大魔法での魔物殲滅力は余りあるおまけのようなものだ」
「はぇー」
むせるほど甘いお菓子と交互に水を飲みながら、作業を眺める。
「ジョカさんって何者なんですか?」
ふと思ってそういうと、にやりと笑った。
「わからぬ」
小さく首を横に振って簡潔に答えられた。
「うむ、始点、終点、作用点。ちゃんと揃っておるな。軽く走らせて魔力の動きをみるかの」
壁から手を離し、両手を腰に当ててシルヴィアの描いた紋様を見下ろしながらジョカさんが言う。
「何か手伝える?」
ジョカさんを見上げながらシルヴィアが聞いた。
「まぁ見ておるがよい。ちょっとした勉強になるじゃろう。ほれ、離れた離れた」
両手で追い払うような仕草をし、シルヴィアを離れさせる。
「個人的に研究しておる古代の魔法陣の仕組みとおおよそ同じじゃ。わらわの作った魔道具の中にもいくつか取り入れておるぞ」
そう言いながら、腰に下げた魔道書の背表紙の隙間から手のひら二つほどの長さの細長い木の棒を取り出す。
「じゃが、困ったことに一部の言語起動は古代語しか受け付けぬ。いくつか翻訳装置を試作してみたがどうにもの。古代語にしかない表現もいくつかあるゆえ発音がちと難しい」
手にした木の棒をひょいひょいと手首で振ると、空中に光の球体が膨らんでいく。そして、そのままその球体を上からぽんと叩くように木の棒を振り下ろすと、シルヴィアの描いた魔方陣に落ちていった。
「おお…」
思わず声が出た。光の球は魔法陣の中心に着地すると、その部分からものすごい速さで線をなぞるように光が伝わっていく。ジョカさんはその光の動きをじっと凝視していた。
「ふむ…なるほどなるほど。この端の部分は壁の外周へと向かっているようじゃな。つまりは壁の一部が開くのではなく、この壁全部が動くようじゃ。ここの天井が高いのはそれゆえか」
ぶつぶつと呟く。おおよそ魔法陣の仕組みはわかったのか、木の棒を再び本の隙間に挿しこんでしまった。
「では皆の衆、この壁を開けるぞえ。まぁ、お主らの出番はないと思うんじゃが、少し構えておくがよいじゃろう」
そう言われて、俺たち3人は祭壇の後ろまで下がり、武器を構える。
「よいかの」
俺たちを確認して、石板の方へ向き、両手を開いて壁に向けて伸ばした。
斜め後ろからジョカさんの様子を見守る。ジョカさんの両手から紫電が走り、電光が壁に一直線に向かっていき、それが激突すると風が舞い起こり、同時に強い光があたりを包んだ。
「あまり直視せぬ方がよいぞ」
いつのまにか横にいたブランジェさんが耳元で囁く。
「壁の向こうまで有効な起動用の魔力を注ぐの。余波に気をつけて」
反対側の耳元にシルヴィアの声。なんか挟まれてしまった。
「ここじゃな。……『ムェルトゥォル』!」
発音が難しいというのはこういうことなのか。早口で言語起動を唱えると遺跡が揺れ、ゆっくりと振動しながら『周囲のすべての壁が』上へと持ちあがっていった。
「ちょ、そっちの壁だけ開くんじゃないのか!?」
予想外の展開に俺は声を上げた。
「これはわらわも予想できておらんかったわ」
もう魔力は注がなくていいのか、いつもの両手を腰にあてた姿勢で段々と開いていく壁の下をみつめている。
すると。
「きゃっ!」
シルヴィアが声を上げた。
「どうした!?」
剣を抜き構える。
「ウェアラットが…!」
壁の隙間から以前見かけた大きさのウェアラットが次々と飛び出してきた。
「む、こやつら人間を恐れないぞ!」
徐々に攻略された遺跡ではない。急に表れた人間に本来の本能をあらわにする。
習性なのかあっという間に取り囲まれ、襲うタイミングを窺っているように見える。
「小さい魔力反応はこやつらであったか。さすがに食いきれんのう」
まったく慌てる様子のないジョカさんの声。これでもかと増え続けるウェアラットの数に対処法が思いつかない。
「フレッド殿、シルヴィをしっかり守ってくれるか」
ブランジェさんはそういうと双剣を逆手に持ちかえ腕を胸の前で交差し、前かがみに構えた。
「『迷宮戯曲』」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「『合図』」
その瞬間、ブランジェさんは音もなくそこから消えた。直後、部屋中のウェアラットが悲鳴を上げて血しぶきを撒き散らし始める。
「(もしかしてブランジェさんの本気か!?)」
まったくその動きは捉えられない。どこをどう移動しているのか、そのほとんどが無音のステップで、触れたと思われる草花が踏みつぶされて千切れ飛ぶのが後になってわかる程度だ。
「!?」
異変にも関わらず、ブランジェさんの剣を免れたウェアラットたちがこちらに飛び込んでくる。
青犬たちの猛攻に比べればそれほど危険ではないが、使える保護装具がなくなったシルヴィアを守りながらの立ち回りをしなくてはならない。
と、思っていたのだが。
「『雷光』!」
後ろからシルヴィアの槍が飛び出し、稲妻が飛びかかってきたウェアラットたちを黒焦げにする。びっくりして一瞬振り向くと、左手に即席魔道書を広げ、右手で槍を杖代わりに出したようだった。
「フレッド!前!」
シルヴィアの視線に促されて振り向きざまにウェアラット2匹をまとめて剣で薙ぐ。
「多すぎじゃないか!?」
ブランジェさんの剣技であっという間にあたり一面に積み上がっていくウェアラットの残骸だったが、それでもまだ増え続けて行く。
「ジョカさん!」
一人離れているジョカさんに視線を移すと、帽子の先がちょっとしか見えないほどにウェアラットの残骸が積み上がっている。その帽子の先がもそもそと動いて時折強い光がウェアラットを吹き飛ばしている。大丈夫そうだ。
シルヴィアの魔法をかいくぐってくるウェアラットを連続で切り落としていく。何体倒しただろう。気がつけば、外周の壁がかなり上まで上がっていた。
「おー、ブランジェ!馬首じゃ!馬首が出てきおったぞ!」
かっかっか、と楽しそうなジョカさんの声が響き渡った。
「ジョカ殿!何か手伝いは要り用か!」
まるで部屋全体から聞こえるようなブランジェさんの声。
「別になくてもよいがやるというなら30秒守ってくれると早いぞえ」
「承知!フレッド殿、頼んだぞ!」
俺たちの周囲を満遍なく掃討していた目に見えない剣がなくなり、どっと押し寄せてくる。
祭壇を背にあらゆる場所から狙ってくるウェアラットを叩き斬っていくが、その勢いはとどまることがない。
「『―――1の1から6行
―――3の5から3行
―――7の2から4行
―――12の8から2行
―――68の17から5行
―――積れし無戒の民よ、蝕すがいい』」
ジョカさんの声が聞こえると同時、地面がぐにゃりとゆがんだような感触がした。次の瞬間、ウェアラットの死骸が急激に白く染まっていき、そして粉となって崩れていく。そして、粉は風に巻き上げられるようにジョカさんの頭上へと集まって行った。
「ふむ、これで見晴らしが良うなったの」
見れば、巨大な魔道書を広げつつ木の棒を天上に向けぐるぐると掻きまわすように振っているジョカさんがいた。その木の棒の動きに合わせるように粉は渦を巻き、段々と球体を形作っていく。
「ってなんだあれ!」
ジョカさんの向こうには、俺の身体の10倍はありそうな、巨大な人型の、鎧を着た馬の頭を持つ化けものが二体いた。
「もうよいぞブランジェ。久々に泥人形で遊ぶからの」
ゆっくりとした動きで二体の巨大な化け物がジョカさんに向かっていく。
「少なくなってきたとはいえ、あまりよそ見をしていては危ないぞ、フレッド殿」
いきなり耳元でささやかれて背筋が伸びた。
「『―――ころころころ、新たに生まれるならば
―――ころころころ、死を食らうが節理
―――ころころころ、陽を身に受けよ
―――ころころころ、さすれば与えん
―――土偶闊歩』」
詠唱が終わるのとほぼ同時に、二体の化け物がその手に持った槍をジョカさんに向けて振りかぶる。
「危ない!」
しかし、その攻撃はジョカさんの頭上の粉の塊から滑り落ちるように前に現れた、こちらもまた巨大な首のない真っ白な人形が受け止めた。
「ひさびさにしてはまぁまぁの出来じゃの。こやつらはいちいち回りくどくて面倒じゃ」
ジョカさんの身体から人形に向けて七色の細かな光の球が送られ続けていた。ぱたん、と魔道書を閉じ、本の隙間に棒を差し込んで、背中の腰のベルトにひっかける。そして徐に拳を握り、ゆっくり振りかぶって虚空を殴りつける仕草をすると、その動きを真似するように、真っ白な人形が拳のようなものを作って化け物の片方を殴りつけて吹き飛ばす。
「…すっげぇ…!」
呆然と見ていると、先ほどのブランジェさんの言葉を思い出して慌てて周囲を見回す。そこには、腕を組んでジョカさんを見守るシルヴィアとブランジェさんの姿があった。
「あ、あれ、もう片付いたのか?」
気まずくなってそう聞くと二人ともにやりと笑った。
「数が多いと言ってもウェアラットであるからな。残りは逃げて行ったぞ」
「あれは食べる分よ」
シルヴィアが指さした方には2匹分の残骸が槍に貫かれて吊るしてある。
「あのでかいのは馬首と我々は呼んでいる。仕掛け扉を解錠した時に何度か見ているが、ここまで巨大で二匹同時にみることは初めてだ。とはいえ、既に特徴の捉えている相手であるから心配することはないぞ」
ブランジェさんが指さした先ではジョカさんの動きに合わせて馬首をぼこぼこに殴りつける真っ白い人形。
「魔法で直接攻撃しないんですか?」
普通なら前回のように強力な魔法で一掃しそうである。
「馬首は全く魔法が効かないようなのだ。打撃でしか倒せぬ上に、見ての通りのあの巨体だ。ナナビの比ではない硬さを持っている。ゆえに、巨大な人形を作って打撃で殴りつけているのだ」
「私が手伝いで行ったときに初めて見たらしいのよね。あの時はジョカ姉の魔法すら通らなくて壊滅しかかったのよ」
シルヴィアもすでに見たことがあるらしい。
そうこうしていると、真っ白な人形が片方を吹き飛ばし、もう片方の頭をつかみ床にたたきつけた。そしてそのまま首を折り引きちぎる。
「うえぇ…」
首筋がむずがゆくなった。やり方が残酷だが、ああしないと倒せないのだろう。馬首は動かなくなり、人形がもう一体に向かっていって同じように床に抑え込み、首をねじ切った。
「ふう、全く面倒なもんじゃ」
そうは言うものの、なぜか満足気な表情のジョカさん。そして、人形は役目を終えたのかばさりと砂の山へと崩れ落ちた。
「ジョカさん、大丈夫ですか?」
駆け寄ると、そこは上がった壁より少し前に進んだところだった。
「わらわはなんともないぞえ。身体も動かしたしすっきりしたものじゃ」
本来なら相当まずい状況だったはずである。しかし、ブランジェさんの殲滅力とジョカさんの多彩さであっという間に攻略してみせた。
「ふむ、少々暗くて見えづらいが向こうに階段が見えるのう」
ほれ、とあごと指で示した先に下へ続く階段が見えていた。
「まぁ、普通の探索ではここまで来れぬじゃろうな。じゃが、さすがにここから先を攻略するのはわらわでも骨が折れるでの。この発見を以て戻るとするのがよかろうて」
そう言ってあっさりと踵を返し他の二人のところへ戻っていく。
「ジョカ殿、満足いただけたか」
「そうじゃな。しばらく退屈せずに済みそうじゃの」
その会話をぼんやりと眺めて、新たに見つかった階段を振り返る。薄暗い中の入り口はまるで獲物が罠にかかるのを待っている食虫植物のようで、妙な胸騒ぎがしていた。
「ねえ、フレッド。初めて会ったときにいたあのウェアラットだけど、もしかしてここのじゃない?」
気がつくと横にシルヴィアがいた。
「大きさとか、凶暴さとか。でも、どうやってあっちまで出てきたのかしら」
そういえば忘れていたが、確かに試験で死にかけた要因のウェアラットに大きさが似ていた。
「嫌な予感がする」
「え?」
ふと漏れた言葉にシルヴィアが不思議そうな顔をする。
「あ、ごめん、なんでもない。今回はここまでで帰るみたいだから、支度して帰ろうか」
俺はそう言ってシルヴィアの手を取って踵を返した。
深いことは考えていなかった。
「あっ…うん」
シルヴィアが俺の手を強く握り返してついてくる。
「おやお二方、見せつけてくれるな」
「はっ」
ブランジェさんの言葉で仲良く手を繋いでいることに気付いて慌てて手を離したのだった。
そして、俺たちは地上へと戻ったのだった。
やっと地上に参りまーす。
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