7話 掃討作戦-6-
シルヴィアは壁に背をつけて地べたに座り、足を伸ばして休憩していた。
「シルヴィア、大丈夫?」
声をかけると気だるそうに首をこちらに向ける。
「さすがにちょっと疲れちゃったわ。ここまで来るのにすごく走ったし」
眠そうな答えに、それもそうか、と少し考えた。この魔法陣と思われる遺跡の広さはちょっとした街にも匹敵するのだ。そのうえで先ほどの大技を放ち、さらには負傷者の治療までやってのけたのである。
「来てくれて助かったよ。ありがとう」
そういうと、俺の横からブランジェさんがシルヴィアの横に出て膝をつき、俺の方を向いた。
「フレッド殿は本当に紳士であるな。素直な感謝の言葉はそう簡単に出るものではないぞ」
そういってシルヴィアの肩を肘で小突く。
「ラジ姉、疲れてるから今はからかわないでちょうだい…」
大きなため息とともに吐き出されたその言葉に、ブランジェさんの口角が大きく上がった。
「ほう…そんなに疲れているのなら私直々にほぐしてやろうではないか」
はっとするシルヴィア。
「あ、ちょっ!」
「ほれほれほれー!」
逃げようとしたシルヴィアにすばやく背中から手を回したかと思うと、その両脇の下に手を滑らせてくすぐり始めた。
「あっ!あっ!ひゃ、あん!やめ、やめああやめっ!」
静かだった通路に突如響き渡る嬌声。思わずその場にいた全員が振り返る。
「あっ!あっ!あっ!やっ!…んっ!だぁ…めっ!そこあっ!ああっ!」
それからしばらくの間、疲れで全く抵抗できないシルヴィアを容赦なくくすぐり倒すブランジェさんであった。
床に突っ伏してぴくぴくと震えながら大きく息をするシルヴィアを、つやつやとした満足気な表情で見下ろすブランジェさん。
「さて、シルヴィも存分に労ったことであるし、我々はジョカ殿のところまで戻るとしよう」
もはや反論もなにもできないのか、シルヴィアは動けないでいる。
「俺たちの班は戻らせてもらうぜ。負傷者もいるしな」
装備品をまとめながらバーシルさんが言う。
「お嬢さん方たちと別れるのは残念だが、俺もスコットを連れて戻るぜ。青犬だけでもやばいってのにあのでかいのがまた出たら次は命はないかもしれんからな」
ウッドも撤退するらしい。
「うむ、此度の掃討作戦は一時中断するのが賢明であろう。我々もジョカ殿を拾ったら深追いはせず戻るつもりだ。ナナビは最前線でも早々見かけるようなものではないが、再び遭遇すると厄介であるからな」
腕を組んでうんうんと頷く。
「フレッド殿は班長であるし、我々の方に来てもらえるかな。女ばかりで肩身が狭いかもしれないが、持ち帰る荷物が多いゆえ手伝ってもらえると助かるぞ」
要は荷物持ちであった。
「了解です」
俺がそういうと、やっと復帰したのかシルヴィアが床に手をついて起き上った。
「だ、大丈夫か…?」
こちらを見ずに頷く。
「…いい?フレッド…ラジ姉に余計なことを言うと目も当てられないことになるわ…」
―――
バーシルさんたちとわかれ祭壇へと戻ってくると、光源のある壁を見つめているジョカさんの小さな背中がみえた。ぺたぺたと壁を淡い光を放つ手で触る様子は、昔弟たちと路上で見た曲芸師のようである。
「ねぇ、なんか焦げくさくない?」
シルヴィアが鼻をつまむ仕草をする。そういえば確かに肉の焦げるような臭いがする。
「あ…あーあ」
出る前にスコットが準備していた串の肉が完全に真っ黒く朽ち果てた姿になっていた。
「ちょっとジョカ姉!お肉見ててくれるって言ったじゃない!」
シルヴィアの声に振り向くジョカさん。
「おおー遅かったのう。なんじゃ、みすぼらしい顔をして」
悪びれる様子もない。
「ジョカさん、戻りました」
俺の顔を見るなり身体ごと向き直って両手を腰にあてる。
「あー、まぁ、いろいろあって」
「ほう?」
頭をぽりぽりとかきながら、三人でジョカさんの近くまで歩いていく。
「ほら、フレッド殿。先ほどのを」
肘で小突かれて、腰のベルトに下げた布の小袋からナナビの体内にあった魔石を取り出す。
「ジョカさん、これ集めてるって聞いて」
差し出すとすぐに分かったのか、目を輝かせた。
「む!これはナナビの結晶じゃな?なんじゃ、この遺跡にもナナビがおったのか。なかなかの強敵であったじゃろう」
なかば飛びつくように魔石に駆け寄り俺の手から取り上げる。
「ジョカ殿、なかなかの強敵、で済ませられるのは我々だけであるぞ。フレッド殿が撃破したのだ、もう少し褒めてやってはどうか」
ブランジェさんの言葉にピンと来たような表情になる。
「ほほう、なんとお主が。てっきりブランジェが倒したかと思うておったぞ」
その言葉にブランジェさんが両手を軽く挙げ、お手上げのポーズをとった。
「ジョカ殿、私が止めを刺せないことぐらい知っているだろう?」
思い出したように二度頷く。
「おー…そういえばそうじゃったな。お主の剣ではあのナナビの尾は切れぬ。フレッドはあれを切り落として見せたのか」
頷いて返事をする。
「保護装具のおかげです。ショートソードだけだと一本斬るのに精いっぱいだったけど、向こうの班長から借りた剣とブランジェさんの支援で一気に倒せました」
そこまでいうと、またもブランジェさんが脇を肘で小突いてくる。顔を見ると、シルヴィアの方を横目でちらりと見た。
「あ、壊滅しかかってたんですけど、シルヴィアが間一髪で割り込んで、その後負傷者の治療までやってくれました」
恐る恐るシルヴィアの方を横目で覗くと、唇を尖らせて恥ずしそうにそっぽを向いていたがまんざらでもなさそうだった。
まるで講義を受けるようにジョカさんの前に三人で座る。
「それで、ジョカ姉はせっかくのお肉が台無しになるほど何をしてたのかしら」
ぐうと鳴るお腹を鎮めるように乾パンをかじりながら、シルヴィアの槍のような言葉がジョカさんに飛んだ。
「おお、そうであった。お主らはこの祭壇の位置からして何か不思議に思うことはないかの」
わずかにも罪悪感はないようで、言葉の槍はひょいとかわされる。
「というと?」
特にピンとこなかったのでそのまま返すと、ジョカさんは口をへの字に曲げた。
「なんじゃ、せっかくわらわが考える機会を与えたというに、もう少し考えぬか!脳みそが溶けて鼻から出てくるぞえ」
想像したら鼻水が出そうになった。
「まぁ、本題じゃが、簡潔にいうと、この壁の向こうに広い空間があるのじゃ」
その言葉に三人の視線が集まる。ジョカさんが満足気に笑った。
「ふむ、よろしい。そこの肉が真っ黒焦げになるまで集中しておったのはこの先の空間に魔力を飛ばして形状把握をしておったからじゃ。予想した通り広い空間らしきものと、いくつか魔力の反応を検知したぞえ」
自慢げに語るジョカさん。
「ではジョカ殿。その魔力の反応とは?」
ブランジェさんが手を挙げて質問する。
「よくぞ聞いてくれた。一つはこの石板のちょうど反対側で、魔力の反応を追っていくと恐らくこの壁を開閉するためのいわゆる施錠用の魔方陣じゃの。あとは不動の魔力が大きいのが二つ、ちらほらと小さいものがいくつかあるといったところじゃ。配置からして大きい二つはトラップ、もしくは門番の類の魔物かもしれんのう」
人差し指で位置を示しながら説明する。
「じゃあ、こっちから開いたりはできるんですか?」
俺も手を挙げて質問してみた。
「残念ながら普通にはできんの。こちら側には対となる解錠用の魔法陣が見当たらぬ。これも恐らくとしか言えぬが…」
一度言葉を区切った。
「この遺跡、わらわたちは本来の侵入方法では入っておらぬのではないのかと思うのじゃ」
再び少し考える仕草をする。
「どういうこと?」
シルヴィアが首をかしげた。
「この壁…というより仰々しい扉じゃな。これは『あちら側が入口』で、わらわたちが入ってきたマルゼ丘陵遺跡のあの壁は『後付けの出口』であるような気がするのじゃ」
真剣な顔で続ける。
「非公開の情報じゃが、最前線の仕掛け扉もいくつかその性格が見られるでの。この遺跡がそもそも何のためにあるか。前々から考えてはおったのじゃが、わらわが思うに、この遺跡は『上から下』に作られたのではなく『下から上』に作られたもの、つまりは、いわゆる地上に出るための通路じゃなかろうかの」
幾度か遺跡の存在理由を考えたことはある。しかし腑に落ちる解答というのにあたらず半ば放置していた内容だったが、ジョカさんの言葉がすんなりと頭に入ってきた。
「じゃあ遺跡にいる魔物とかは…」
「ずばり、番犬じゃの」
ずいぶんと容赦のない番犬である。
「じゃが、この遺跡においては増築の後の整備が中途半端であるからの。遺跡の中でもかなり新しいほうで、しかもナナビが配置されておるあたり重要かつ突貫で作った施設じゃろうと推察できるぞえ」
青犬の位置がまばらであったり、唐突にナナビがいたりというのはそういうことだろうか。
「そして、コノコがここに安置されて間もなくに古代の文明は消滅したのじゃな」
ジョカさんはそういって締めくくった。
「それで、これからどうするの?」
シルヴィアも手を挙げて質問する。
「ふむ、この扉を開けて遊ぶのが面白そうなんじゃがの。ここから先は最前線と同じ気配がするゆえ、ちと準備したほうがよいかもしれぬ」
「つまり、撤退でよろしいか?」
ブランジェさんの言葉に不思議そうな顔をするジョカさん。
「開けて遊ぶに決まっておろう」
ジョカさんはだいぶずれた人です。




