5話 掃討作戦-4-
助っ人登場です。
精悍な風が吹き荒れ巨大青犬へと激突した。その巨体を大きく弾き飛ばし奥で交戦中だった冒険者と青犬を巻き込んでようやく止まる。
「やれやれ、もう少し冷静な娘だと思っていたのだが。判断は悪くないが少々熱くなりすぎであるな」
声の方を見れば白い影。
「ブランジェさん!」
こちらへ歩きながら軽く手を振って応える。その顔にはわずかに笑みが浮かんでいた。
「フレッド殿、遅れて申し訳ない。だが、シルヴィは責めないでやってほしい。あの娘はすぐにでも来たかったようであったからな」
視線を俺の後ろに移したためそれを追う。
「無茶苦茶やったなぁ…」
転がった青犬の額から槍を引き抜くシルヴィア。周辺にはめくれ上がった床の石材が散らばっており、巻き込まれた冒険者たちが砂埃に咳き込んでいた。
「やはり弱点を落とさねば致命傷にはならぬな。ナナビとは厄介なモノが紛れ込んでいたものだ」
俺の横をすり抜けて前に出ながら、ブランジェさんが双剣を抜き去った。
「フレッド殿、残念ながら私の力と剣技ではナナビの尾は切り落とすことはできない。見たところ数本落としているようだが、あれはどなたがやったかわかるかな?」
横目で俺の顔をちらりと見る。
「あ、えっと、一応、俺です。あそこに転がってる剣を使えばやれます」
そういうと驚いたように眉をあげ、すぐさま満面の笑みを浮かべた。
「なんと、素晴らしい成長ぶりだ。今度の手合わせは楽しみにしておくとしよう!して、その剣というのは…あのロングソードかな?」
通路の隅に転がっている剣に双剣の片割れを向ける。
「あれです」
「承知した。であれば私が回収しておくゆえ、スコット殿を向こうで気絶しているもう一人のところへ連れて行っておいてくれるか」
もう一人、というのは副班長のステイブラーさんのことだろう。
「わかりました。行ってきます」
頷いたのを確認してスコットを背中に担ぎ直し走った。
「フレッド、スコット!無事か!?」
横からウッドが駆け寄ってきた。ウッドもシルヴィアの技に吹き飛ばされたのだろう、身体中ほこりまみれだ。
「う…おう、こいつは、フレ坊の背中か。ほんとに、いつの間にかでかくなりやがって」
意識が戻ったのか、背中でスコットが呻いた。
「スコット、さっきは庇ってくれたのか?」
俺の言葉に答えたのはウッドだった。
「俺でもそうするだろうよ。さ、ここからは俺がスコットを連れて行く、フレ坊は急いで戻りな」
半ば俺から奪うようにスコットを担ぎ、手をひらひらさせて送り出す。
頷いて踵を返し、再び走り出した。
(そういえば)
保護装具の魔石残量を確認する。淡く黄色い光を返したため、すぐさまポケットから予備の魔石を取り出して交換した。
ナナビと呼ばれた巨大青犬は既に体勢を戻し再び暴れ回っている。その周囲をまるでじゃれ合うようにブランジェさんが飛び跳ね、さらにはお供の青犬を次々と撃破していった。
(やっぱすげぇなぁ…)
気がつけば、ナナビのみが残っている。
「シルヴィ、重症の者がいる。他のものと一緒に君は治癒魔法に向かってくれ」
「っ!わかったわ!」
すでに先ほどの技で保護装具は使えなくなっているのだろう、大人しく支援に戻るシルヴィアたちと入れ違いに俺がナナビの前に立ちはだかる。
「剣はそこに刺しておいたぞ!」
ブランジェさんの声に慌てて周囲を見回すと、通路の脇に立ててあった。駆け寄って柄を握ると、すぐさま赤紫の光が刀身を包みすんなりと抜ける。
「冗談だろあの女!?」
バーシルさんの声に振り返ると、ナナビの頭の上に踵を揃えてピンと背筋を伸ばし、姿勢良く立っているブランジェさんがいた。余りにも静かに立っているせいか、ナナビは頭の上に乗られていることにすら気づいていないように見える。
「ふむ、本意ではないが私に決定打がない以上、こうしてじゃれ合うのが精一杯なのだ」
バーシルさんに答えるように呟いた。
「フレッド殿、準備が良ければ仕上げと参ろう」
その言葉に頷いて剣を水平に、顔の高さに構える。
「いつでも」
「承知した」
ブランジェさんがブーツでナナビの頭を強く踏み、それに反応して噛み付こうとするのを後方への宙返りでかわす。着地を狙うよう完全に振り向いた瞬間、それに合わせて走り込んでいた俺の目の前に炎の尾が垂れ、すぐさま一本を走り抜けつつ振り抜く。止まらずに体を翻しもう一本。
(ここで!)
しかし、精一杯伸ばした剣はわずかに二本落としきれず一本を落とした。それでも合わせて三本を一度に切り落とす。
「素晴らしいぞフレッド殿!」
見事な体捌きで破れかぶれのナナビの前脚、噛みつきをぎりぎりでかわしながら賞賛してくれる。
もう一本。だが、尻尾を立てられて若干高さがつらい。
「『炸華』!」
影からバーシルさんが飛び出してナナビの後脚の関節に手甲を叩き込んだ。
「フレッド!」
関節を砕かれ、体勢が崩れたナナビの最後の尾が目の前に下がってくる。
「らぁぁぁぁぁあああ!」
頭で考えるよりも先に体が動いた。赤紫の剣閃が弧を描き炎の尾を切り落とす。
「──────ッ!!!!???」
床に落ちた尾が全て霧散すると同時に、ナナビの全身から青い霧が噴き出し始めた。
「危険だ!離れたまえ!」
ブランジェさんが叫ぶ。俺とバーシルさんが慌てて振り返り走り出す。
後ろを見ながら走っていると、ナナビは体の中心から熱を持つように真っ赤に染まっていって強い光を放ち、遠吠えするような姿勢で固まった。
「じきに爆発する。この辺で背を向けてしゃがんでいたまえ」
「うお!?いつの間に!」
あっという間に真横まで追いついてきたブランジェさんに、バーシルさんがびっくりして転びそうになる。
そうこうしているうちにあたりが暗くなった。
「くるぞ、頭を守ってしゃがみたまえ」
その言葉を合図に3人でしゃがむ。少し下がってブランジェさんを庇うように座ると、次の瞬間後方から強烈な爆音と衝撃波、そして周囲が火の海になったのではないかと錯覚するほどの真っ赤な光が放たれた。背中や後頭部にパラパラと小さい石が当たるのを感じる。
時間にして十数秒、光が収まり再び青い灯りの通路に戻った。
風が収まるのを待ち、振り返りながら立ち上がる。すると、ブランジェさんがいきなり顔を近づけてきた。
「フレッド殿は随分紳士なのだな」
耳元で囁く。すっと離れて、柔らかい笑顔をこちらに向けていた。なんだか恥ずかしい。
「あのでかい青い犬は倒すと爆発まですんのか…厄介なことこの上ねぇな」
バーシルさんが服をはたきながら振り返る。そこそこの規模の爆発だったらしくあたりの石壁にはびっしりとヒビが入っている。
「我々はあれをナナビと呼んでいる。単純に七つ尾を持っているからそう呼んでいるだけなのだが、最前線でもごく最近見かけるようになったばかりの魔物ゆえまだ詳しいことはわかっていないんだ」
説明をしながらブランジェさんが俺の後ろに回り込み、肩と背中をはたいてくれた。
「おいおい、最前線でも出たばっかみたいなのがなんでこんな浅い層にいやがんだよ」
腰に手を当てて一気に吐き出すようにため息をつくバーシルさん。
「うむ、本来ならば今回の編成ではナナビを見かけた時点で退却するのが当然の判断であっただろう。負傷者もいたゆえ、私が囮となって全体を逃すのが最善策、と考えるのが妥当なのだが、ただでさえ切り落とすのが難しい尾がすでに数本切られていたのでね。私が補助に回って撃破するほうが後々のことを考えると良策であると判断した」
そう言って俺の顔を見るブランジェさん。
「あ、そういえばこの剣返します。助かりました」
ふと思い出して必殺剣をバーシルさんに差し出す。
「お、そうだったそうだった。こいつは俺と死線をくぐり抜けた相棒だからよ。ほかの剣だったらくれてやってもいいんだがな」
嬉しそうに受け取り、柄頭をひねって外して中の魔石を取り出した。
「殿方、また随分使い込んだ剣であるな」
皆が避難した先へ向かいながら、珍しそうにブランジェさんがいう。
「こいつはちょいとでかい報酬を初めてもらった時に奮発して買ったやつでね。まだ武器にいろいろ細工するのが流行る前に、知り合いの直属魔法士を志願してたやつと鍛冶屋のおっちゃんに頼み込んで作ってもらったのさ」
愛着のある一振りなのだろう。鞘に収めて背負った。
「さーて、テッブの野郎くたばってねぇよな」
少し離れたところで集まっている冒険者たちに向けて、俺たちは足を速めた。
無事撃破できました。
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