4話 掃討作戦-3-
巨大な青犬がいました。
まるで猫が玉にじゃれるような動きで前脚を振る。巨体ゆえその動きは遠目には随分と緩慢に見えるが、かわしきれなかった冒険者がバックラーで受け吹き飛ばされ壁に激突した。
「大丈夫ですか!」
ほかの冒険者が巨大な青犬を囲み追撃を阻止する中、俺たちは吹き飛ばされた冒険者の元へ駆け寄る。
「…!ステイブラーさん!」
顔を確認すると、こちらの班の副班長だった。今ので相当なダメージを受けたようで朦朧としている。
「うぅ…おお?フレッドじゃないか…!ここは危険だ、逃げろ…!」
口の端から血を流し、咳き込んだ。
「大丈夫かテッブ!フレ坊、すまねぇがちょいと安全なとこに担いでってくれや!」
スコットがそう言い残して巨大な青犬へと駆けていく。暴れまわるその巨体に手を焼く冒険者たち。
「スコット!どうしてここに!?」
その姿を見た一人が声を上げた。その声に反応したのか、巨大な青犬が嚙みついてくる。
その瞬間、俺の後ろから青犬の顔面へと青い閃光が走り、その頭をぐらつかせた。
「よそ見はいかんぜーよそ見はー!」
「ウッドか!?」
放たれたのはウッドの魔導弓だ。よろめく青犬にすかさずスコットが飛び上がる。
「ほーらよぉ!っと!」
空中で横に構えると大鎚に彫られた文字が光り、スコットの体を軸に急加速してスウィングスマッシュを打ち込んだ。巨体はバランスを崩し横倒しになる。
「今だ!尻尾を落とせぇ!」
着地したスコットがそう叫ぶと冒険者たちが尻尾に集まっていく。
「やべ、硬え!」
しかし、数人が剣で切りつけるが、まるで歯が立たない。その間に巨大な青犬は起き上がり、尻尾を大きく振り周辺の青犬ごと冒険者たちを薙ぎ払った。
「…っくそ!どうしようもねぇな」
地面に転がされたものの、幸い全員軽傷で済んだようだ。だが、青犬の弱点に安易な攻撃が通らないという新たな問題が発生する。
「ステイブラーさん、ここで待っててください」
少し離れたところに副班長を担いで行き、ゆっくり下ろす。
鞘からショートソードを抜き、青犬の正面に向かって駆ける。
「何するつもりだフレ坊!」
すれ違いざまにウッドの声。
捨て身ではない。単純にまっすぐ突っ込む動きに巨大な青犬はタイミングを合わせて前脚を振りかぶった。
その瞬間、保護装具の力で地面を蹴り、前方に一気に転がりこむ。背中をかすめる前脚を抜け、更には後ろ脚の間まですり抜け背後を取った。
「はぁぁぁあ!」
立ち上がりながら尾の一本をショートソードで切りつける。
「───!?」
ばさっ、と千切れ飛ぶ尻尾に、振り向いた巨大青犬が初めて苦々しい表情を見せた。
(やっぱ保護装具すっげぇ!)
それでもかなり腕に負担がかかるほどの硬度だ。今の一撃で腕が痺れているうえ、何度も切りつければこのショートソードも持たないだろう。
「──っ!うおっ!?」
余韻に浸る間も無く後ろ脚で繰り出してきた蹴りをぎりぎりでかわし、慌てて転がるように距離を取る。床に落ちた尾が霧散すると、歓声が上がった。
「こいつは驚いたぜフレ坊!いっちょ前にやって見せるじゃねぇか!」
スコットは嬉しそうに、襲いかかってくる通常サイズの青犬を大鎚で吹き飛ばす。ウッドは数回、正確に青犬の頭を狙って矢を射続けながらスコットの後ろまで移動してきた。戦闘中の二人を見るのは初めてだが、前衛後衛をきっちりこなす息の合った連携である。
「今のは強化魔法か?」
弓を構えて巨大青犬を威嚇しながらウッドが聞いてきた。
「ジョカさんの魔導具だ」
俺も剣を構え直す。
「はっは、それなら間違いねぇだろうな!あと6本、いけるか?」
正直、今の一回で腕が震えている。脱出の時のこれでもかと槍を振り続けたあの戦闘でさえなんともなかったのにだ。魔石の魔力が切れたのかと思ったが、今のところ枯渇信号は出ていない。
「全部落とすのはきついかな。剣も持たない気がする」
「あーそういうのもあるか」
二人とも、危機的状況でもいつもの調子を崩さない。やはりベテランである。
よほど矢が煩わしかったのか、巨大青犬は周辺の冒険者たちを他の青犬に任せウッドの構える矢の先端に集中している。
どうにかして隙を作って退却したいところだが、重傷を負っている者がいるため困難だ。
「フレッド!こいつを使ってみろ!」
声がしたかと思うと、青犬の向こう側からきらりと光が跳ね、一直線に俺の横に何かが飛んできて石壁に深々と刺さった。見れば十字の形をした剣の柄。
「あっぶね…!バーシルさん!投げないでくれよ!」
声の主はこちらの班の班長だった。武器集めが趣味のギルド内ではちょっと有名な人だ。
「わりぃな!今はちょいとそっちには回り込めそうにないから…よっと!」
グッドラックの冒険者は揃って度胸が据わっているようである。
飛んできた剣の柄を握って引っこ抜く。長さの割に軽いロングソードで、刃は薄く表裏共に魔法文が彫られていた。
「長いこと連れ添ってる相棒だ!壊さないでくれよ!」
取り巻きの青犬と交戦しているのだろう、金属音が響く中、念を押された。
「あいつの必殺剣か!ただのショートソードでぶった斬れるんならバターみたいに斬れるだろうよ!」
スコットが青犬を転がして尾に大鎚を落として一匹撃破する。
見る限り刃はそれほど鋭くはない。つまりは刻まれた魔法で鋭利な刃を発生させて斬る魔導具の剣だ。石壁に深々と突き刺さるあたりかなり強力なものが入っているのだろう。スコットはこの剣の性能を知っているようだ。
「使い方は!?」
「柄を持ったら自動起動だ!魔石の残量に気をつけろ!」
ショートソードを鞘に収め、必殺剣を両手で正面に構えると、ぼんやりと赤紫色の光が刀身を包む。僅かにしなるが、これならうまく戦えそうだ。
「みんな!あれに突撃するから周辺の青犬を頼む!」
交戦中の全員に届くよう声を張り上げる。
「俺たちで援護する。行け!」
ウッドの声を合図にするように、俺が右手に、遅れてスコットが左手に回り込むように走り込む。巨大青犬の腕の範囲に入る直前、意識がこちらを向いた瞬間にすかさずウッドの矢がそれの顔面を捉えた。視界を奪うように青紫色の閃光が炸裂する。
「正面頼んだ!」
「あいよぉ!」
左後方のスコットに合図を送り俺はそのまま背後を取るべく加速する。向きを変えながらスコットの方を見ると巨大青犬の顎に下から飛び上がりつつ大鎚で打ち上げていた。
(チャンスだ!)
よろけてさらに動きの悪くなる巨大青犬の背後を取り、いくつか下に垂れていたうちの二本の尾を走り抜けつつ一振りで斬りつける。
「───ッ!!!???」
赤紫色の剣閃が三日月のような弧を描き、炎の尾が宙に千切れ舞った。
巨大青犬が痛みがあるかのように後ろ脚をばたつかせて暴れる。ぎりぎりでかわし離れつつ剣を正面に構え直し、息を整えた。
先程のショートソードの時とは比べ物にならないほどの斬れ味である。ほとんど抵抗もなくあっさりと振り抜けた。
「どうだい俺の相棒は!」
近くなったバーシルさんが声をかけてきた。金属の棒がくっついた不思議な形状の手甲で応戦している。
「これならいけそうです!」
返事をするとちょうど手甲で青犬の頭を殴りつけるところだった。
「『炸華』!」
そう叫ぶと破裂音とともに青犬の頭が吹っ飛んだ。手甲についていた棒が拳の先の方まで移動している。
「っし、ならあのでかいのは頼んだぜ!周りは任せな!」
頭部を失い崩れ落ちる青犬の尾をナイフで切り落とした。
巨大青犬に視線を戻すと、俺とスコット、ウッドに囲まれる形で警戒しているようで、その目は真っ赤な攻撃色になっており明らかに最初と様子が違う。
「あー、一応言っとくが、その剣で防御すんなよ。もし押されて体まで持ってかれたら大惨事になるからな!」
そこまで言って笑いながら次の青犬へと飛び込んでいった。
「最初に言ってくれよ…」
つまりこうだ。剣技で斬るだけではなく、この刃に触れるとそれだけで切断される。超取扱注意の剣らしい。
「フレ坊!行けるか!?」
スコットとウッドが目で俺に合図を送ってくる。走り出しやすいよう腰を落として剣を水平に顔の高さで構え直し、合図を返す。
同時に走り出す。スコットとウッドが陽動、そして俺が弱点を狙う、ただそれだけの大雑把な作戦だ。
「───ッ!」
だが、巨大青犬が急にこちらに向きを変え噛み付いてきた。予定より早い接触に対応出来ず身をよじってかろうじて回避するも、顎が右手をかすめ衝撃で剣を落としてしまう。体勢を崩した俺を逃すまいと再び噛み付こうとするところを、横からウッドの矢が割り込んで隙を作った。倒れこみつつ後方へ横転し、すぐに立ち上がろうとすると、スコットが既に俺の前に走り込んでいる。
「剣を取れフレ坊!」
よろけた隙に追い打ちをかけるよう飛び込むスコット。それに合わせ姿勢を低くして床に転がった剣へと駆け寄り、飛び込んで転がりながら回収する。
「フレ坊ぉぉぉぉ!」
声に驚いて顔を上げた先に、青犬の前足があった。
衝撃に備え目をつぶったが、次にあったのはすぐ横の床への激しい衝突音。
「──っ!?スコット!」
目を開けると俺の横にスコットが倒れていた。
「フレ坊!ちょっと伏せてろ!」
ウッドの声。よくわからないままスコットをかばうように伏せる。すると、背中に凄まじい風と風切り音が通り過ぎた。
「今だ!スコットを連れて離れろ!」
顔を上げ振り返ると巨大青犬が少し離れた位置にいる。床には爪痕が残っており、ウッドが何かしらの方法で吹き飛ばしたようだ。慌ててスコットを担ぎ距離を取るため走り出す。しかし、これを好機とみたか、首を一度振っただけで体勢を戻し、突進して追いかけてきた。
(だめだ、追いつかれる!)
そう思った次の瞬間───
「『錐刃風』ぁぁぁぁあ!!!」
空間が歪んで捻れるような感覚の直後、風の渦が俺の頭上を通り越していった。
もうおわかりですね。
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