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グリーンベッドジャンパーズ  作者: 裏側の飛鳥
第一章 緑の大地へ
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-外伝- 先輩として 

「シルヴィ、あなた御指名の単独の依頼が来てるわよ。し・か・も、遺情院公式、の!」

 少しがさつだけど、ギルド内によく通るクレア姉の声に、思考停止から理解まで数秒。

「え!?うそ、本当に!?ちゃんと遺跡探索関係の!?」

「ええ、もちろん。とっても重要な依頼ね。きっと未来に残る仕事よ」

姉たちが立ち上げたギルドに登録して約半年。幾度か遺跡探索に参加はしたものの、そのすべてが姉たちの荷物持ちが主で、新規開拓や戦闘などは全く触れさせてもらえなかったのだ。

「大抜擢よ。なんせ、冒険者に登録して半年でこの役を依頼された人なんて聞いたことないもの」

「そ、そんなに?」

大げさにのたまう姉の言葉に狼狽えていると、ふと違和感のある単語がちらつく。

「……役?」

 遺跡探索関係で、役?

「そ。あなたは遺跡に一人で入って、迷って、音信不通になって」

 にこにことカウンターから書類を片手に、こちらに詰めてくる。

「助けを求めることもできないまま遭難するの♪」

ひらり、と渡された公文書にあったのは、私を名指しの『最低ランク付与試験協力依頼』の文字。

「ええぇぇ~~~!!??」

 こうして私、シルヴィア・ウェイカーは新規開拓の芽が摘まれた行き止まりの遺跡で、見知らぬ誰かを待つという、生産性も何もない初の単独依頼に臨むことになったのだった。


◇◆◇◆◇


「何よ!本当に何もないじゃないのよ!」

 待機場所も特に指定されておらず、自由に動き回っていいとは言われたものの、そもそも実質的に閉鎖された遺跡である。散々探索し尽くされ、これ以上先はない。だからこそ、新人の冒険者の試験として使うことができるのだが。

「あー、暇……」

 試験内容は冒険者が遭難していて、それを捜索する。

 かなり形式的なものだ。

 というのも、この試験、『冒険者の申請をした実態があるかどうか』のほうが主な目的であり、難易度もあってないようなもの。志す者ならば当たり前に鍛えているであろう最低限の体力と知識があれば、あとは根気だけでいい。

「暗いから本も読めないじゃないの……」

 灯が、独り言に揺すられてひらひらと踊る。

 魔力節約で何本か持ち込んだ蝋燭も、すでに3本がその役割を終え、石の床に焦げた跡を残していた。

 膝と槍を抱えて、鞄から掌大の書を取り出す。

 即席魔導書。

 偉大なる姉の一人が作った傑作の一つ。

『ほれシルヴィ、お主は水が精製できんじゃろう。遺跡探索では致命的じゃからの。絶対に失くすでないぞ』

 ちっこくて尊大な姉の顔と声が自然と浮かぶ。

 早く一人立ちしたかった。

 あまりにも規格外な姉たちに、自分がこの先役に立つことはないのではなかろうか。

 それでは、願いは叶わない。

 焦っているのは間違いなかった。

 荷物持ちで後ろで眺めながら、自分ならあの魔物をどうやって倒していただろう、とか、さっきの罠は私じゃ解除より回避するしかなかったな、とか。

 私でもきっとやれる。

 あんなに化け物じみた能力なんかなくても、きっと。

 わかっている。

 それが、甘い考えだなんて。

 闇の中でたった一人、灯を頼りに空いた時間で考えを巡らせる。

 一人きりになったのは久しぶり。

 いつも姉の誰かが私のそばにいて、私のことを気にかけてくれていた。

 気付いてないふりを続けてるけど、さすがにあそこまで露骨に気を遣われていると嫌でも気付く。

「お父さん……」

 大開拓令。

 あんなものが発令されなければ、きっと私は貧乏ながらも、そういう幸せがあったのかもしれない。

 姉さんたちは優しいし、頼りになるし、不満も……なくはないけど、それでも。

 本当の家族じゃ、ないから。

 血の繋がりなんてそんな大層な話じゃないんだけど。

「男って勝手よね」

 こうも時間が余ると、独り言が増える。

 無音の闇に、何かを投げ込みたくなる。

「行かないでって、何度も言ったのに」

 冷たい柄の場所を探すように、槍先へと手を伸ばしていく。

「これが本当に私の幸せなの?お父さん」

 夜空を思わせる石の天井からは、返事はなかった。


◇◆◇◆◇


「あーーーーーーーーーもう遅い!遅すぎる!何なのよ!お腹すいたじゃなーーーーーい!」

 暗闇、閉鎖空間、ぼっち。

 あるのは自由だけ。

「いくらなんでも遅すぎるわ!試験中止の連絡もないし!その新人とやらはどこかでくたばってるんじゃないの!?」

 勢いをつけて立ち上がる。

 自由だけならある。

 助けてもらえ、とは言われたが、助けたらだめとは言われていない。

「待ってなさい新人……!!」

 そう。

 ならば、この退屈だけしかない依頼など。

「待ち合わせでこんなに女を待たせるなんて、絶対後悔させてあげるんだから!!」

 こちらから終わらせに行ってしまえばいいのだ。

 そうして気合を入れて潜伏……待機場所から飛び出すこと数分。

「新人ーー!聞こえてるならさっさと返事なさーい!」

 帰ると決めたなら魔力の節約などもう考える必要はない。

 即席魔導書経由で停滞光弾を四方八方に飛ばし、通路の燭台に片っ端から蝋燭を突き立て、反響抑制の魔術で声を遠くに飛ばす。

「まったく、どこいったのかしら」

 陰鬱な感情は発散先を見つけて吹き飛び、今はむしろ軽快なぐらい。

「まぁそこそこの広さがあるって言っても、せいぜいが数時間で全部回れるのよね。だって魔物もいないはずだし」

 マルゼ遺跡はとうに討伐作戦も測量作戦も完了している。要するにただの迷路だ。

「どんだけ方向音痴なのよ……」

 絶えず光弾を飛ばし、誰かいてくれと願いながら誰もいない通路の先を睨みつけて進む。

 出てくるなとも言われていないので、依頼不履行になる可能性もあるが、内容が内容だけに勝手に帰っても問題はない。試験官も入り口にいるし。

「でも後味が悪いのよねぇ」

 実際二次遭難になっていたらそれこそ問題だし、状況をある程度把握している自分はその場で再捜索の二度手間に襲われる形になる。ならば、不確定要素を減らしながら帰るのが理想だろう。

 とはいえ、これだけ光も声も飛ばしているにも関わらず反応がないと最初の威勢も段々しぼんてくる。

「何なのよ、これ絶対おかしい」

 確率は低いが、見事に運が悪すぎてほかの分岐全てを周ってからこちらにきたとしても時間が余り過ぎる。

 まさか、事故?

 よぎる考えは、その時まさに確信に変わった。

「この燭台!」

 真新しい蝋の燃え滓が残ったそれに気づき、通路の先を見渡す。

「あっち!」

 心臓が早鐘を打つ。

 この先に、新人の冒険者がいる。

 階段で転んで足を挫いたのだろうか。

 迷って、疲れて、へたり込んでしまったのだろうか。

 きっと心細いはず。

 こんな暗闇の中で一人でいるなんて。

「新人ーー!いたら返事しなさーい!」

 燭台の跡を頼りに、足早に通路を進む。

「光!」

 明滅する光が漏れる階段を見つけて駆け込む。

「いた!新人冒険者!ほんっと探したんだから──」

 目に入った光景に思考は停止する。

「え、なにこれ、どういう……」

 床に落ちその灯を徐々に弱めていくたいまつ。

 それに手を伸ばすようにして倒れている少年。

 その横に転がっている、大きな毛玉。

「ちょっと、しっかりして!」

 少年に駆け寄り仰向けにすると、体中血まみれ。

 慌てて傷跡を探るが、深い傷も見当たらないことに少し安堵した。

「(息はあるわね、心配させて──!)」

 鞄から布を取り出して引きちぎり、獣臭のひどい血を拭き上げて傷の確認と、外から見えていない傷を探る。

「肋骨と肘と……あと腰かしら。ジョカ姉なら全部わかるんだろうけど!」

 即席魔導書から付箋のついた所定のページを片手で開き、開き……

「……!!落ち着け……!」

 指が震えているだけだと思った。

 腕が震えているだけだと。

 肩が。

 唇が。

 奥歯が。

 喉の奥が。

 背筋が。

 脚が。

 ────全身が。

 違う。

「怖くなんか、ない!」

 理解はできている。

 目の前の少年は傷も深くないし、息もしているし、応急処置も簡易で十分、死ぬことなんてまずない。

 なのに。

「怖くなんか……」

 震える指を気合で動かしてページを開く。

「どうしてこんなに……」

 震える書に魔力を通していく。

「怖いのよ……!」

 冒険者としての経験はまだ半年で。

 ひよっこもいいとこで。

 けれど、優秀な姉たちに囲まれて変な自信だけがついている。

 そんなことはわかってる。

 わかってるはずなのに。

 頼れる他の物がなくなって初めて気づくのは、責任。

 力なく倒れている少年を救えるのは、自分だけ。

 生きるも死ぬも、自分次第。

 それを突き付けられて。


 私の心が怯えて、どうしようもなく震えていたのだ。


◇◆◇◆◇


 どれだけ時間が経っただろうか。

 動悸を抑え込んで見様見真似の処置を施し、少年の息が穏やかになったのを見届けて床にへたり込んでいた。

 自分の息が整いつつあるなかで、毛玉の方に目をやる。はじめは少年の持ち物かと思ったが、こんなに大きなものを持ち込むのもおかしな話。

「まさかね……」

 槍を杖代わりに立ち上がって近寄り、毛玉を矛先で転がしてみる。

「……え?これって」

 見覚えのある姿に目を疑う。

「本当にウェアラット……?こんなに大きいのなんて、初めて見た」

 遺跡探索の初期の頃こそ強敵扱いだったが、今となっては遺跡内の食料担当の魔物だ。

「美味しそう……」

 日持ちもしないため地上に持ち込まれることはほとんどないが、一度遺跡内で貴重な生肉を味わったことがあるならば当然の思考である。

 矛先の留め具を外し、特に美味とされる部位を解体できるよう血抜きの準備をする。

「……よくわかんないけど災難だったわね」

 鞄からいくつかの魔道具を出して床に広げ、簡易の休憩所を設営。

「『いつまで待ってても来なくて逆に探しに来たら気絶して倒れてた』新人くん。目が覚めたら、私のとっておきの料理をお見舞いしてあげる」

 少年の頭を撫でて、静かに上下する胸にため息を吐いた。

「……私が先輩。先輩なんだから」

 だから。

「私は、『もう』先輩なんだから!」

 胸を張って、両手を握りしめて、気合を入れ直す。

 まだ名前も知らない、声も知らない、新人冒険者。


 私、シルヴィアがフレッドに初めて出会った日は、不安や恐怖をあやふやな覚悟と自信で押し込むことができるようになった、初めての日なのでした。

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