14話 安息と動き出す物語の足音
死にかけたけどなんとかなりました。
「すぅ……ふれーっどーぉ……くかー…」
背中からコノコの寝言が聞こえる。泣き疲れたのか、あの後崩れるように眠ってしまい二人で慌てていた。
青い通路を静かに戻る。背中にコノコ、前に鞄、腰には道具をかけられるだけかけ、保護装具に頼りながらの移動。シルヴィアは鞄と槍とその他道具を持っているが、保護装具が壊れたため相当重そうだ。
「もし青犬に遭遇したらコノコを背負ってくれ。俺が戦うしかない」
そんなことを先ほど打ち合わせたものの、幸いここまで青犬たちは出ていない。
マッピングした紙を見ながら、時折シルヴィアが加筆していく。
「そろそろ、外周に着くはずよ」
外周、つまり俺たちが最初に進んでいた通路だ。あの通路の青犬は倒しながら進んだため安全地帯のはずだが…。
「復活とかしてないよな」
不安になる。というのも、そもそも青犬は生き物ではないような気がするからだ。これだけの大きな遺跡に、生態不明の存在が放たれているのは何かしら意味があるはず。
「もう、怖いこと言わないで頂戴」
そういいつつも、緊迫した表情は崩さない。
「先輩たちについていったときはどうだったんだ?」
以前に遭遇していたらしいことを思い出した。
「あの時は復活とかそういうのはなかったと思うわ。掃討作戦の後の完全制圧後は誰も見てないらしいし」
「なるほど」
それを聞いて、少し安心した。この状況で遭遇するとかなり面倒なことになるからである。避けようにも避けては通れない帰り道だ。
「外周ね」
そう言って、分岐の壁にそれぞれ張付いて通路をお互いに覗きこむ
青犬はいない。目で合図すると、シルヴィアも同様に目で合図を返した。
「こっちね」
戻る方向へ進む。もぞもぞと背中で動くコノコの横顔を肩越しに見て、少し先のことを考えた。
「コノコどうする?」
連れて帰ろうと決めたものの、その後のことは考えていなかった。見たところ人間に近い姿なので混乱とかはなさそうだが、そもそもうちは母と弟、妹、自分の4人家族だ。ギルドで仕事があるとはいえ、正直一人増えると生活が苦しくなりそうだ。
「そうねぇ…わたしも勢いで決めちゃったけど、どうしたものかしら。一応女の子みたいだからうちのギルドの空き部屋に入れてもよさそうだけれど、姉さんたちがおもちゃにしそうなのよね…」
生活費とかは気にする要素ではなさそうだった。
「俺の家だとちょっと厳しいかもしれない。一応母さんには聞いてみるけど、家族も多いし食費もかつかつだからなぁ」
そういうと、シルヴィアが不思議そうな顔をした。
「あら、もうお金のことならきっと心配いらないわよ」
その言葉の真意を知ったのは、およそ一週間後であった。
「ああ…太陽がまぶしい…」
途中で休憩をはさみながら順調に遺跡を脱出すること4時間半。森の中にある遺跡の入り口はぽっかりと穴が開いたように開けており、空からはさんさんと午後一番の太陽の光が差し込んでいた。
「おや、君たちは今まで潜っていたのかい」
外に出るなり話しかけてきたのは、この遺跡の門番の兵士兼試験官だ。
「あ、お疲れ様です」
そういうと、少し笑って崩した敬礼のような仕草をする。
「忘れ物は見つかったかい?」
あ、そうだった、と思い出した。
試験場に再度入るのに、試験中に忘れ物をしたと言って入ったのだった。
「ええ、おかげさまでちゃんと見つかりました」
シルヴィアが返事する。それはよかった、と兵士が言って、俺の背中のコノコに気付いた。
「あれ、その子は?」
しまった、なんと説明したものか。ここでの対応は考えていなかった。
「えっとー」
「ま、迷子です!中で見つけたので、連れて戻ってきたんです!」
慌てたものの的確にシルヴィアが補足。
「お?そうなのか?子供が入って行ったとは聞いていないが…まぁ、いたのならしょうがない、俺たちが気付かないうちに入ってしまったんだろう。自分たちの失敗を棚に上げてしまうが、お手柄だったな」
少し神妙な面持ちになりつつも、それで納得したようだった。
手を振って見送る兵士に軽く頭を下げて、帰路につく。
森を抜け、街道に出た。
「ここから先こういうのが多くなるんだな…」
肩からするようにため息をついた。
「説明が無難になりそうなところにとりあえず連れて行くのがよさそうだけれど…」
うーむ、と二人で首をひねる。
「やっぱり俺の家かなぁ」
事情を話せばなんとかなりそうなところが、そこしかなかった。
街道は乗合馬車が行き交っている。途中で乗せてもらい、俺の家にほど近い広場で降ろしてもらった。
「そっちもすぐに帰りたいだろうに、すまないな」
シルヴィアはローゼンクォーツの寮に住んでいるらしく、途中近いところを通ったのだが家まで付き合ってもらった。
「いいのよ。わたしもちょっと挨拶しておきたかったから」
そう言って荷物を槍に通し、肩に担いで歩き始めた。
「そういえばコノコ、全然起きないな」
名前を出すたびにぴくぴくと反応はするものの、全く起きる気配がない。背中で寝言を言うだけで昨日の夜や今朝のような活発さはない。寝顔だけは幸せそうである。
「昨日もだったけど、もしかしてあの強力な魔法は消耗が激しすぎるんじゃないかしら」
言われてみれば、と考える。謎の存在ではあるが、少なくともこの小さな体からあれほどの強力な力を放出したのだ。加減ができなくて文字通り全力を出し尽くしてしまったのかもしれない。
「もし今後…」
そこまで言いかけて、やめる。どれだけ強い力をもっていようと、それをあてにしてコノコを遺跡探索に連れて行くのはだめだ。
「いや、なんでもない」
何を言おうとしたのかわかっているのか、シルヴィアが小さく頷く。
「自分たちが強くなりましょ」
コノコは連れて行かない。そういうことでひとまず意見は一致した。
それから少し歩いて、村の外れに小さい家が見えてきた。
「あれが俺の家だよ」
家の壁から野に向かって柵が伸びており、その中には牛が一匹と数匹の鶏が放されている。
その柵の中に、走り回る二つの影があった。
「ニッキー、リビィ、帰ったぞー」
そう呼び掛けると、鶏を抱えた女の子と木の枝を持った男の子がこちらに気付いた。
「あ!おにいちゃん!おかえりー!」
「お、兄さーん!おかえりー」
女の子は捕まえていた鶏を放り投げて、男の子と一緒に柵越しに走って寄って来る。
「紹介するよ。こっちが次男のニック、こっちが長女のリビエラだ」
背中から手が離せないので目と頭で示す。
「こんにちは、お二人さん。シルヴィアよ」
肩に担いでいた槍をおろし、二人に握手しようと手を差し出す。
「兄さんこの美人のねーちゃんだれ!?彼女!?」
「うー、おにいちゃん取られるぅ…」
残念ながらちょっと教育が追い付いていなかった。
苦笑する俺の顔を横目に、握手の文化が伝わらなくて所在なげな手を引っ込め、照れ隠しに髪をかき上げるシルヴィア。その仕草に、ニックが感嘆の声をあげていた。
「母さんは?」
そう聞くと、二人が答える。
「さっき買い物に行った!」
「おにいちゃん帰ってきたらパンあるよって言ってって言ってた!」
つまるところお留守番をしていたようだ。
「わかった。じゃあとりあえず家に戻るか」
シルヴィアに目で合図して家の入口に誘う。
「まぁ、いつも通りなら恐ろしく散らかってるよ…」
ひたすら苦笑いを向けるしかなかった。
「これで散らかってるの?」
扉を開けてもらって中に入ると、そこにはものすごくきれいに掃除されたリビングがあった。
「な、なんじゃこりゃ…」
普段ならば弟と妹が散々に散らかし倒した部屋が広がっているのだが、今日は塵一つないのではなかろうかというほどにしっかりと片づけられている。
「うーん、母さんが片づけた直後かな」
そう言いながら、我が家の最大で唯一の娯楽品であるソファにコノコを寝かせる。
「この子だーれー?」
裏口から入ってきたリビエラがソファを覗きこんでいた。
「この子はコノコだよ」
「このこ…?」
やはり紛らわしい名前だった。すやすやと寝息を立てながら眠るコノコの寝顔をじっと見つめるリビエラ。
「起きたら仲良くしてくれよ」
「はーい」
右手をいっぱいに伸ばして返事すると、そのままキッチンに走っていく。
「パンとスープ!パーンとスープー!」
歌うようにかちゃかちゃとキッチンで支度をするリビエラ。
シルヴィアから荷物を預かってテーブルに案内した。
「兄妹に随分好かれてるのね」
ふふ、と椅子に腰かけながら笑う。
「うち、父親がいないからさ。あの二人とは年が離れてるから代わりみたいなものなんだよ」
そういうと、シルヴィアの顔が曇った。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの」
目を伏せるシルヴィアに手を振って笑いかける。
「いや、気にしないでくれ。親父のことはもうみんな何とも思ってないからさ」
「パンとスープ!」
横からドンとパンの皿が置かれ、温かい湯気のたつコーンスープの入ったコップが置かれる。
ふんす、と鼻息を荒くしてリビエラが腰に手をあてて胸を張る。
とろけそうな顔をしたシルヴィアがリビエラの頭をなでた。
「…はっ」
我に返るシルヴィア。
(小さい子が好きなんだな…)
そんなことを考えながら、シルヴィアの向こうで眠るコノコとリビエラを見比べ、パンを取ってかじった。
「あら、おかえりなさい」
パンとスープをたいらげたあと、ちょうど母さんが帰って来た。リビエラはニックと家畜の世話があるといって先ほど外に出て行った。
「あ、初めまして。シルヴィアです」
慌てて立ち上がったシルヴィアが軽くお辞儀をする。
「あら。あらあらあら。あらーまぁ!」
両手で口を覆いながら目を輝かせる母さん。
「やっぱり部屋を綺麗にしててよかったわ。私の女の勘もまだまだ捨てたもんじゃないわね」
うんうん、と納得しながら、買い物かごをキッチンのカウンターに置いて、改めてシルヴィアの方に向かう。
「初めまして、シルヴィアちゃん。うちのバカ息子がお世話になってます。母のオリヴィエよ、よろしくね」
そう言いながらシルヴィアの顔をあらゆる角度から覗きこむ母さん。
「母さん、シルヴィアが困ってるよ…」
気まずそうに固まるシルヴィアであった。
「こっちの子は?」
ひとしきりシルヴィアを堪能した母さんが次に捕捉したのはソファのコノコだった。
「その子はコノコ」
「このこ?ってこのこ?」
すさまじく紛らわしい。非常に説明がめんどい。
「どうにかして名前変えらんないかな…」
「フレッド、どういうこと?」
思わず口から出てしまった本音に両手を振ってごまかす。
「あ、いやなんでもない。その子は紛らわしいけど『コノコ』って名前なんだ。遺跡で見つけて、行くところがないから連れて来たんだ」
あらそうなの、と今思えば貧相な布に穴をあけただけの服を着て寝ているコノコの顔をなでる。
「なんだかフレッドにそっくりね。ほら、この寝顔、小さい頃のあなたに似てるわ」
そういって笑いながら俺の顔をみた。
「…うー?うー。ふれっどー…?」
ぷにぷにと母さんが頬をつついていたせいか、コノコが目を覚ました。
「あら、コノコちゃん、おはよう」
「…?…っ!」
起きぬけでぼーっとしていたのか、目の前にいる見知らぬ人間に驚くコノコ。
「ふれっど…?ふれっどー…?」
不安げに俺の名前を呼びながら部屋の中に目を泳がせていく。
「…!ふれっどー!」
みつかった。
ぱっと笑顔になったかと思うと、ソファから飛び出して椅子に座っている俺に飛びついてくる。その勢いに耐えられず椅子ごと倒されて頭を打った。
「…いったたたた…」
「ふれーっどー♪」
すでに見なれたと言わんばかりのシルヴィアはテーブルから覗きこみながら頬杖をついて微笑んでいる。
「!しるびあー!」
きょろきょろとしているとシルヴィアとも目が合ったようだ。
「あらまぁ。随分と懐かれたのね。顔も似てて…ほんと、兄妹というより親子みたいね」
コノコを引きはがしつつ立ち上がる。
「コノコ、俺の母さんだぞ」
脇の下から持ち上げて体の向きを変えて母さんに向ける。
「かーさん?」
そう言いながらコノコは俺の顔を見て首をかしげた。
前途多難な未来に頭が痛くなるのであった。
「遅くまでお邪魔しました」
俺と母さんでシルヴィアを見送る。日も暮れたので、大きな荷物は明日台車で運ぶことにして、今日は身の回りのものだけ持たせて帰すことにした。コノコは家の中でニックとリビエラと遊び疲れて仲良くソファでまた眠っている。
「途中まで送って行こうか?」
「そうよ、女の子の夜の一人歩きなんて…危なくってしょうがないわ」
そういう俺たちに片手を振って遠慮するシルヴィア。
「大丈夫、道は覚えたから」
「もう、そんなことじゃないのよ?」
バン!と俺の背中を叩く母さん。
「いや、まぁ、正直俺より強い…」
「あら、フレッド何か言ったかしら?」
にこにこしながら俺の顔を見るシルヴィア。ちょっと怖い。
「じゃ、じゃあ、明日は荷物をギルドまで持っていくよ。うちに台車あるから積んでいけば楽だし」
話を切り替える。
「頼むわ。一応簡単に私のギルドのマスターにも説明しておくわね。ギルドの功績としては半々になるはずだから」
「わかった。気をつけてな」
槍を軽く上げて返事をして、そのまま振り返って遠ざかっていくシルヴィアを見送った。
「フレッドも隅に置けないわねぇ。冒険者になってまだ一週間も経たないのに、あんなにかわいい娘つかまえちゃうなんて」
遠くなって見えなくなったころ、母さんがそんなことを言って茶化した。
「そんなんじゃないってば」
否定するが、母さんが続ける。
「あら、そうなの?あの娘もまんざらじゃなさそうだったけど」
片手を口に当ててほほほと笑う姿に肩をすくめた。
初めての遺跡探索でつい先ほどまで死にかけていたのが夢のことだったように思えていた。しかし、新米冒険者である俺たち二人が経験した、このわずか二日ばかりの冒険が、この世界の謎を解き明かす大きな一歩であったことに気付くのは、まだまだ先の話であった。
第一章 完
読んでいただきありがとうございます。ここまでを一章とさせていただきます。
二章からは一章で名前だけ出ていたキャラクターが出てきたりして少し複雑になっていく予定です。
時間を置かずになるべく早めに書く予定ですのでお楽しみに~
感想、ブクマもらえるt(ry




