13話 マルゼ丘陵遺跡攻略-6-
脱出開始です。
装備の最終チェックとなった。
コノコも連れて帰る以上、多少は荷物を持ってもらうことになる。
「こんな感じでどうかしら」
ロープと布を組み合わせて簡単な背負い袋をつくり、その中に使用済みの魔石を入れる。一つ一つは軽いが、40個を超えるとなかなかに重い。空いたお互いの鞄のスペースに殻の欠片を入れた。
「お手伝いしてえらいわねー」
「えらーい!えらーい!」
自分たちと似たような格好になったのが嬉しいのか、背中に背負った袋をちらちらとみてはしゃいでいる。
「保護装具の魔石は取り替えたか?」
「大丈夫。今度はしっかり満タンのよ」
とんとん、と胸元の魔石を指先で軽くたたくと、ぼんやり紫色に光って反応した。
ベルト、鞄、保護装具のチェックも終わり、一人一つずつ魔石の予備もある。ショートソードを鞘に収め、シルヴィアは槍を組み立てた。
「さて、どうやって戻ろうか」
帰還の手順を考える。単純に移動時間だけなら3時間半もあれば地上に出られるだろう。
「途中はともかく、最初が問題よね」
そう。この部屋を最初にして最大の難関の青犬の群れがある。昨日のコノコの強力な魔法である程度減ってはいるだろうが、その後この部屋に上がってこなかっただけでかなりの数がまだ残っているはずだ。
「存在隠蔽はもう使えないよな」
シルヴィアが頷く。
「3人分はちょっと厳しいかしらね。保護装具全開でコノコも連れてとなったら、そこを抜けるだけで8個使いきっちゃうわ」
反応したコノコの頭をなでるシルヴィア。
「ふーむ。とりあえず様子をみてくるしかないか」
たくさん残っているはず、では話が進まない。多少危険だが、結界を解除して下の様子を見てくるのが方針立てには先決だろう。
「大丈夫かしら?もうこの魔石は残量がないから一度解除すると再構成はできないわよ」
そう言いつつも、特に反対ではないのだろう、いつでも解除できるよう魔石の一つに近づいた。
俺とシルヴィアの顔を交互に見るコノコ。
「コノコ、ここでシルヴィアとおとなしく待ってるんだぞ」
「だぞー?」
ぽんぽんとコノコの頭をたたき、シルヴィアに目で合図する。シルヴィアが軽く頷き、魔石に指を触れて結界が消え去った。
上って来た時はかなりの緊迫した状況だったため、階段がどれほどの段数だったか覚えていなかったが、見下ろせば小さく通路が見えた。
一段ずつ音をたてずに慎重に降りていく。光源から階下に伸びる光を背に受け、その影が左右に揺れていた。段々と大きく見えてくる階下の通路には青犬の姿は見えない。おおよそ50段ほど下りて通路にたどり着き、壁側に寄って昨日通った通路の方を静かに覗き込んだ。
(青犬の数は…)
階段の出口からすこし空間をあけた場所から静かにたたずむ青犬たち。
(やっぱたくさんいるな)
少し下がって、反対側の壁に背をつけ、逆の通路を覗き込む。
同じようにすこし空間をあけた先に青犬たちが静かにたたずんでいる。
(しっかり囲まれてるな…あれは?)
青犬たちの向こうにぼんやり見えるのは、マッピングから予想するに、おそらく外側方向へ通じる分岐だ。
もう一度反対側を覗く。同じような位置に外側方向に通じる分岐が見えた。昨日来た時に気付けなかったが、この祭壇に上がる階段に近い通路として存在していたのだろう。
(一旦戻って作戦を練ろう)
そう思って階段を上がろうと振り返ったとき。
「にはー♪」
「…っ!?!?!?!?」
「―――っ!」
コノコの顔があった。思わずパクパクと口を開けたり閉めたりする。その顔の上には首を横にぶんぶんと振るシルヴィアの顔。よく見るとシルヴィアがコノコを羽交い絞めして少し持ち上げている。
「――!?、!?」
なんでここにいるの!?と身振り手振りでシルヴィアに問いかける。
「――!、!!、!――!」
コノコが、俺を、追いかけて、降りてきちゃったの。
って言っているような仕草を羽交い絞めしている右手と顔でする。
そのやりとりをコノコが楽しそうに見ている。と。
「なーなー♪」
足をぶんぶんと振ってシルヴィアの腕のなかで前後に揺れ始める。
そして。
「ふれーっど♪」
「あっ」
シルヴィアの腕をすり抜け、俺に飛び込んできた。
「のぉっ!?いっ――!?」
とっさにコノコを抱きとめるが、足を踏み外してそのまま通路に転がり出てしまう。
一回、二回と転がり通路に投げ出された俺と腹の上で満足げな表情のコノコ。階段には青ざめた表情のシルヴィアが見える。
(やばい…!!!!!)
転んだ衝撃と鞄の中のいろんな道具が背中を痛めたが、とっさに保護装具が働いてくれたのか軽傷だ。それよりも青犬だらけの通路に無防備に飛び出てしまった。
「!―――♪」
コノコが左右を見てうれしそうな顔をする。
「コノコ!」
慌ててコノコを押しのけ立ち上がり、ショートソードを鞘から抜いた。
「――っ!二人とも!」
シルヴィアも駆けつけて槍を構え、二人で背中あわせにコノコをかばうように青犬の前に立ちふさがる。駆け寄るでもなく、ぞろぞろと静かに近づいてくる青犬の群れ。
「――シルヴィア」
背中越しに小声で名前を呼ぶ。
「なに?」
目を合わせずに答える。思ったより冷静そうだ。
「どちらの方向にも、すぐ近くに外側に通じる分岐が見える。恐らくマッピングしたときに途中にあったはずのここへの導線だ」
一定の距離で、青犬たちが獲物を狙うように頭を垂れこちらに飛びかかる姿勢を取って止まった。
「…あれね」
二人の間から首をひょっこり出して青犬の群れを見るコノコ。
「そっちの方の通路に力技で突きぬけようと思う。何かいい魔法あるなら使ってくれ、俺がコノコを抱える。なければコノコを抱えてくれ、俺が道を切り開く」
簡潔に今考えた作戦を伝えた。
「力技ね―――あるわよ」
そういうと、腰のホルダーから左手で魔石を二つ取り出し、親指と人差し指と中指の間にそれぞれ挟む。キィンという音とともに、紫色の光を放ち始めた。
「…了解、合図を頼む」
ショートソードをゆっくり、静かに鞘に戻す。
「いくわよ。せー…」
魔石を構えた左手を右肩の上まで振り上げる。それに反応するように青犬が床を蹴った。
「―――のっ!」
腕を薙ぐように前方と後方に魔石が放り投げられる。かなり雑に投げられたように見えたが、魔石はまっすぐと前後の青犬の群れに向かって紫の光を増大しながら加速し突っ込んだ。
すぐに槍を構え、放り投げた魔石に追随するシルヴィア。俺は素早く身を翻しコノコの両脇から抱え上げシルヴィアを追いかける。
「おーっ!?♪」
着弾―――そして爆発。一瞬遅れて後方からも爆音が聞こえた。
「おおーっ!♪」
コノコが声を出して感動していた。
紫色の光が炸裂し爆煙とともに稲妻が周囲に走り回る。自身にも危険が及びそうな激しい勢いにもひるむことなく、シルヴィアが煙の中に突っ込んだ。
「『詠唱省略!』」
そう叫ぶと、シルヴィアの槍の矛先に彫られた文字が七色に光る。そのまま跳躍し右手でやや上段に構えた。
「『錐刃風!』」
矛先の周囲の煙が勢いよく回転し巨大な渦となり、そのまま槍を突き出すとシルヴィアの姿が消え、後方から一気に風が押し寄せてきた。その風に半ば吹き飛ばされるようにして風穴の空いた煙の中に突っ込む。
「おーっ!?」
「―――っ!」
煙のトンネルを駆け抜けると、槍を支えに立っているシルヴィアが見えた。
「シルヴィア!」
「走って!」
振り返らずその声だけが聞こえた。分岐はシルヴィアのすぐ横だ。
文字通り道は切り開かれ、シルヴィアの突進の形を残すように左右に吹き飛んでいる青犬たちを横目に分岐の通路へと駆け込む。幸い、ここに青犬はいなかった。
「ここにいろコノコ!」
「ふれっどー?」
少し奥まで走り、投げるようにコノコを通路に降ろして、シルヴィアの元へと駆け戻る。
「シルヴィア!」
シルヴィアは分岐の道を塞ぐように、こちらに背を向けて、重たそうに槍を持って構えていた。
「早く行って!」
こちらを振り向かない。
まさか。
「だめだシルヴィア!」
「ここはどうにかするから!なんとかするから!行って!」
分岐の先から青犬たちがぞろぞろと集まってきた。
さっきの作戦を伝えた時からそのつもりだったのか。
「どうにもなんともできるわけないだろ!!!」
シルヴィアの制止も聞かずに、俺は横から少し前に躍り出た。
「バカ!あなたもここに来ちゃったら、誰があの子を連れて外に出るのよ!」
「じゃああんたが連れて上がってくれよ!」
ショートソードを抜き、シルヴィアを庇うように構える。
「私はだめ…もう連れていけないの」
そう言って、胸元の魔石を握りしめる。
「…保護装具、壊れちゃったから」
違う。そうじゃない。
「さっきのあれ、使ったら保護装具が持たないんだろ!?」
「っ!?」
「余ってる魔石くれ!」
一瞬遅れてホルダーから魔石を二つ取り出し、俺が後ろ手で受け取ってポケットに入れた。
「行ってくれ。荷物が重いなら全部捨てていい。逃げるんだ!」
びくりとしたシルヴィアが寂しそうな顔をして俺を見る。
「そんな…」
「早く!」
俺の声に突き動かされるようにシルヴィアは槍を放り捨て通路の奥へと駆けだした。
それと同時に一番前の青犬が飛びかかってくる。
「っにゃろう!」
後ろへ小さく跳躍しながらショートソードを振り上げ、顎を割る。着地し空中で半回転した青犬の尾を切り払う。間髪いれずに2匹が飛び込んでいた。
「―――っせい!」
半身になり2匹の間をすり抜けショートソードを大きく一回転させて尾を同時に切り払う。
「っ!」
いつの間にか三方向を囲まれていて左右から同時に飛び込んできた。それを後方転身でそれをかわし、青犬同士がぶつかる。そのぶつかった死角から前方の青犬が飛びかかってきていた。とっさに足元のシルヴィアの槍を左手に取り、振り上げて吹き飛ばす。右の壁にぶつかって群れの中に落下した。
少し距離を稼げたかと思ったが、むしろ詰め寄られていた。ぎりぎり槍は届かない距離。
槍を引きショートソードを前に構える。あまり長尺のものは使ったことがないが、今は使うしかない。保護装具のおかげで片手でも軽々振りまわせるが、その分魔石の消費も激しそうだ。かっこつけた手前、愚痴は言えたものじゃないが。
(何匹倒せるか)
4匹倒したぐらいでは焼け石に水。じりじりと下がりながら構えを解かずに牽制するが、分岐からは次々と通路を埋め尽くすように青犬が入ってくる。
(違うな、落ちつけ…)
自暴自棄につっこんではいけない。今は、シルヴィアたちが安全にこの場から距離を取れるよう時間を稼ぐ必要があるのだ。倒す数は関係ない。
再び青犬たちが飛びかかってきた。もはや順を待たずに乱れ飛んでくる。
正面の一匹の顎を左で蹴りあげ、半回転してこちらにさらされた尾を逆手に持ち直したショートソードで切り落とし、右からの一匹に槍を突き刺し動きを止め、そのまま手首を返して左からの一匹を石突きで弾き返す。貫いた一匹の尾を、持ち手を戻したショートソードで切り落とすと肉体が霧散、続く右からの一匹の顔を剣を持ったまま返す右の拳で殴り飛ばすと正面から来ていたのとぶつかり、足元に食らいつこうとしていた一匹の上に落ちて動きが止まる。そのままそいつの頭を足で踏みつけ固定し、ショートソードで尾を落とす。
(くそっ!全然減らねぇ!)
尾を切り離す以外に絶命させる方法がない。攻撃を入れてもほぼ無駄打ち、怯みはしてもまったく意味がない。
連続で襲ってくる青犬たちを捌きながら、時折止めを刺しつつ下がる。下がるたび、青犬の見える数が増えていく。全開で使い続ける保護装具の魔石がよわよわしいオレンジ色の光を放っていた。
(やばい、取り替えないと!)
槍を一薙ぎして大きく後方に跳躍する。ショートソードを床に落としてポケットから魔石を取り出し、保護装具の魔石を外して足元に放り投げて付け替えた。
一気に距離を開けたせいか、青犬たちが助走をつけて飛びかかってくる。ショートソードを拾う暇がなくなり、両手で槍を持って矛先と石突きで弾き飛ばしていく。
(槍じゃ止めが刺せない!)
不慣れな矛先の短い刃では動きの細かい尾を切り落とすのは至難の業。青犬たちに押され、すでに先ほど床に落としたショートソードは群れの下に隠れてしまった。
勢いの止まらない青犬たちに決め手を欠いたまま防戦一方の状況。運よく何体かは尾を落とすことに成功するが、状況は好転しない。
「はぁ、はぁ…」
息が切れ始めた。保護装具を持ってしても長時間の戦いは体力を奪う。呼吸のタイミングもつかぬほどの波状攻撃を下がりながら捌いていくが、徐々に対処が遅れ始める。
(あいつら、ちゃんと逃げ切れたかな)
そう思った一瞬の隙が、命取りだった。
左に薙いだ槍を持つ右手の手甲に食らいつかれた。振りはらおうとするが、その隙にさらに別の一匹に右足に噛みつかれる。右手の青犬を足の青犬にぶつけて引きはがし左足で蹴飛ばすも、今度は槍の柄に噛みつかれ動きを取られる。直後、正面から飛びかかってきた青犬に突き飛ばされ、床に倒された。
(やっば―――)
そして、青犬が俺の喉笛に噛みつこうとした瞬間―――
「あああああああああああああ!!!!」
そんな声とともに、俺の視界が真っ赤に染まった。
一瞬の間をおいて、足の方向からすさまじい爆音が鳴り響き、爆風と熱波が押し寄せてくる。たまらず左腕で顔を覆った。右腕も自由になり、両腕で顔を覆う。
その腕を、小さな手が引きはがした。
「ふれっどぉ!ふれっどぉ…ふれっどぉ…」
「ぐおふっ!」
くしゃくしゃになるほど涙を流しながら俺の名前を呼び、容赦なく腹の上に飛び乗ったそれは、俺の胸に顔をうずめて泣きじゃくり始める。
状況が飲み込めるまで数秒。
「大丈夫!?フレッド!」
シルヴィアの声が聞こえた。
「あー…大丈夫」
目を閉じて、大きく、震えるため息をつく。
深く、深く、深呼吸を数回。
そしてゆっくり目を開ける。
「ああ……ありがとな……コノコ」
その頭を左手で優しく撫でた。
シルヴィアの顔が覗く。その顔も、くしゃくしゃに涙で崩れていた。
「よかった…よかったぁ…!」
俺の顔の横にひざから崩れ落ちた。
「手を引いて走ってたら、コノコがね、嫌がって私の手を振り払ったの…」
そう言って、コノコの頭をなでる俺の手に手を重ねる。
「あなたの名前を呼びながら、走って、戻ってきたの…」
ぽたりと、頬にシルヴィアの涙が落ちてきた。
「コノコ、ありがとう…ありがとう…」
ぐすぐすと泣くシルヴィアの声に呼ばれたコノコが、顔を上げた。
「しるびあー…このこ、えらい?」
そう言ったコノコの頭を、シルヴィアが優しく抱きしめた。
「うん、えらい…とっても、えらいよ…」
通路を炎の余韻がちらつく中、少しの間、そんな二人を見上げていたのだった。
九死に一生でした。
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