11話 マルゼ丘陵遺跡攻略-4-
謎の子供の登場により大ピンチがあっさりひっくり返りました。
「シルヴィア、この子は…」
このこ、という言葉を発するたび、子供がぴくりと嬉しそうに反応する。その仕草は「呼んだ?呼んだ?」といった感じだ。あぐらをかいた俺の脚の上に腰かけて背中を預けるような体勢で、時折頭をなでている俺の手を取って抱きついたり指先をいじって遊んだりしている。
あごの下で拳を作り考えるシルヴィア。まだ少し先ほどの余韻が残っているのか、半ばぼーっとしている様子だ。
「さっきの…あの巨大な魔法陣なんだけど、予備詠唱もなにもなしに形成したのよ。ただ声を張り上げただけで、あの大きさのしかも緻密な魔法陣が一瞬で完成して、そのまま発動しちゃったわ。まるで当たり前のように、口から炎を吐き出すみたいに」
うむむ、とさらに深く考え込むような仕草をする。
姿が変わっているが、この子供が先ほどの卵から出てきたのは間違いない。この祭壇を吹き荒れた嵐によって、殻の破片がそこらじゅうに散らばっていた。優しい春の陽のような光が、すこし傷ついた草花たちを照らしている。
シルヴィアを方をぼーっと見ていると、子供が俺の顔とシルヴィアを交互に見ながら、少しむっとした顔をし、自分の顔をぺたぺたと両手で触り、俺と同じぐらいしかない金色の短い髪をいじり始める。
「しーる。び?いー!」
そんな言葉を発しながら、いきなり自分の髪を強く引っ張った。
「お、おいおい…!」
「いー!いーあ!」
すると、子供の手が少し光り、まるで頭の中から引っ張り出すように、髪が勢いよく伸びた。
その様子を二人して目を丸くして見つめる。いきなり、髪が背中にかかるほどの長さになり、それをみて満足そうにする子供。
「――♪――♪」
「もしかして、この子、私の真似をしようとしたの…?」
「このこ!」
すばやく両手を上げて反応した。
存在がそもそもなんなのかさっぱり分からない。卵から生まれたし、強力な火炎魔法はぶっぱなすし、姿も自在に変える。
「そういえば、フレッドになんだか似てるわ」
そう言って俺の顔を見る。
「ふれっどー?」
「え、俺?」
自分で自分を指さしながら子供の顔を覗き込んだ。目が合ったのがうれしかったのか、子供がぱっと笑顔を咲かせる。
「ふれっどー?ふれっどー?」
確かめるように俺の顔を見ながら名前を繰り返す。それに、一回だけ頷いて応える。
「ふれっど!ふれっどー!」
どうやら、俺の名前を覚えたらしい。
じゃあもしかして、と思い、シルヴィアを指さす。
「あの人は、シルヴィア」
そういうと目で追い、一旦こっちをみて、また向こうを見た。
「しるびゃ!」
少しむっとした顔をするシルヴィア。
「シールーヴィーアー!」
念を押すように正す。
「しーるー?びー?」
「あー」
「やー」
「あー!」
「やーー!」
遊んでいると思ってるのか、むきになるシルヴィアに子供がにこにこしながら発声練習をしている。
しばらく名前の発音でずっとやりとりをしていた。
時計を見れば、すでに23時を回っている。この明るさのせいで昼間と勘違いしてしまいそうだが、外は完全に真夜中で、身体もだるさを感じていた。
子供はやっとのことで「しるびあ」と言えるようになったあと、疲れたのか今度はシルヴィアの膝の上で薄布を被って寝ている。
「思いつく限り一番突拍子もない話なんだけど」
大分ぐったりした顔で一定のリズムで子供の背中を優しくたたきながら、話し始める。
「卵が孵って、最初に見たフレッドを親だと刷り込まれて、何がどうなったのかわからないけど人間に近い姿に変身した、超上位の強力な魔物だと思うわ」
「ふむ」
腕を組んで俺も考える。こんな話は今まで冒険者から聞いたことはない。人間の姿をしているが、この子供が魔物の類なのは間違いないだろう。
シルヴィアが奥の石板に視線を投げかけた。
「多分、あの石板に詳しいことが書かれてると思うの。これだけ大規模な儀式用の遺跡で祀られていた卵だもの、きっとすごい存在に違いないわ」
俺も石板の方を見る。縦横に綺麗に並ぶ文字列。長い文章だが全く知らない文字で、左から読むのか右から読むのか、もしかして縦に読むのか。ほぼ正方形になるように文字は彫られていてまったく見当がつかない。
ふあ、と思わずあくびが出た。つられてシルヴィアも大きくあくびをする。
「寝る準備をしよう。一応結界を張るか?」
先ほどの火炎攻撃で相当数が減っただろうが、、あれ一撃ですべて倒したわけではないだろう。あれから一匹も上がってきてはいないものの、万が一寝込みを襲われてはたまらない。
「そうね。そのほうが無難だわ。入り口だけ塞げば魔石も4つで済むわね」
そういえば、魔石の残りも少なくなっていたんだっけか。
「あといくつあるんだ?」
すやすやと小さな寝息をたてる子供の頭を、起こさぬようゆっくりと草の上におろして鞄を探りに行く。あどけない寝顔をちらりとみて、シルヴィアがふっと笑顔になった。
「魔石はあと12個ね…4つ結界用に使って、保護装具用に2つずつ使うとして4つ、予備として4つ残せるかしら」
4つ余裕があれば、通路の青犬地帯も抜けることができるだろうか。
そんなことを考えるとまたもや大きなあくびが出る。
「あー、考えるのがめんどくさくなってきた。眠気には勝てないから結界張って早く寝よう。明日考えよーう」
一日に経験した内容が多すぎた。両手を上げて背伸びする。
「さーんせーい。はいこれ」
脱力した俺に合わせるように間延びした返事をして、魔石をふたつ投げてよこした。
「そっちの2か所お願い」
「りょーかい」
二人で魔石を入口に並べ、シルヴィアが結界を発動させる。結界というよりは入り口をふさいだだけだが、これで魔物が中に入ってくることはないだろう。もし破られるようなことがあれば、すさまじい音が鳴るそうだ。
「寒くもないし、焚火はなくていいよな」
口に手を当ててあくびをしながらシルヴィアが頷いた。もう眠くてたまらないのだろう。
鞄から薄く広い布を取り出して広げ、その上に寝転んで身体に巻きつけた。
シルヴィアは子供に被せた布を広げなおし、子供と一緒に寝転んで身体に巻きつけた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
明るくて寝づらいかと思ったが、意識はすぐに飛んで行った。
一話分にするには短いですが自分も眠気に負けました。次回は折り返して脱出します。
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