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グリーンベッドジャンパーズ  作者: 裏側の飛鳥
第一章 緑の大地へ
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10話 マルゼ丘陵遺跡攻略-3-

大魔法いっきまーす。

「『世界の虚構を体現しよう――我は何物でもなく彼の者も何物ではない――触れるものは空虚――見えるものは空虚――全ての感じうるものは空虚――真実の裏通りを歩き曖昧の窓辺を経て虚偽の天空へ飛び去ろう』」

 シルヴィアは目を閉じ、片手で『存在隠蔽(インビジブル)』のページを開いて胸の前に捧げ持ち、冒頭を読み上げた。すると、読み上げた冒頭の文が青白く光り、シルヴィアの全身から同じく青白いいくつもの光の筋が湧き出で、即席魔法書(インスタントブック)の文字列に飛び込んでいき、順番に高速で文字を輝かせていく。さらに、文字列が1ブロック進むごとに、今度は逆に文字列側から自分たちに向けて幾本もの光が飛び出しぶつかってくる。そして最後の1ブロックを残して光の動きが止まった。

「次の魔法発動文(アンロックコール)を読み上げたら魔石の消耗に入るわ。構えて」

 そう言いながらこちらに目配せをする。小さく頷いて走り出す構えを取る。

「『存在隠蔽(インビジブル)』!」

 瞬間、自分の後ろに言いようもない吸い込まれるような恐怖を感じた。シルヴィアの方を見ると、たしかに手をつないでいる感覚はあるのだが、シルヴィアがまったく見えなくなる。すぐにそのつないだ手がひとりでに動く感覚があった。

(そうか、使用者同士も感知できなくなるのか!)

 慌ててその手の動きに合わせて前方に走り始める。青犬たちの群れに突っ込んでいくが、青犬たちはまるで塑像(そぞう)のようにぴくりとも動かない。

(すごい!本当に俺のことも見えてないのか!)

 シルヴィアは見えなくなったものの自分の姿は見えるため半信半疑だったが、ここまで高レベルな魔法だとは!

 感動しつつ、見えないお互いの動きを予想しながら走り抜ける。時にはかわし、時には飛び越え、時にはつないだ手の下に青犬をくぐらせる。目すら合わせずに呼吸を合わせることで言い知れぬ高揚感に浮かされながら、明かりのあるところまであと10秒というところだった。

「――――っ!?」

 つないだ手が突然下に落ち、その予想外の動きにバランスを崩して転ぶ。

「シルヴィア!?」

 思わず出した声は反響せず、後方に急激に吸い込まれて消えたような空虚感があった。

 手はなんとかつないだまま。

 何が起きたのかシルヴィアの方を見るが感知できず、そこには何もない空間。ただ手だけがつながっている。ゆっくり立ち上がるが、シルヴィアの手は腰の高さから上がってこない。しかし、しっかり手は握り返している。

 その場から動けずに5秒、6秒、と過ぎていく。状況の読めない事態に心臓が急激に拍動し、目が泳ぎ額に冷や汗が出る。

 考えている暇はない。

 心が決まったら行動は早かった。つないだ手の位置から何となくでシルヴィアの身体を抱き上げ、明かりの見える場所へと歩く。すると、つないだ手からその感覚がなくなり、代わりに首元に空気の輪っかがかかってくるような感覚があった。

 時間にして20数秒。明かりのある場所にたどり着き分岐の先をみると、登りの階段と、その先から淡い緑色の光が降り注ぐのがみえた。

 (あと何秒もつ?)

 その階段を一段ずつ上がって行く。

 何段上がっただろう。最上段につき、階段横のスペースにシルヴィアをおろす仕草をする。首元から感覚が消えた。

 それから3秒と経たない間に、倒れているシルヴィアが見えるようになった。

「大丈夫か!?」

 声をかけると、顔をしかめながら半身を起こす。

「ありがとう、大丈夫よ。ちょっとこっちに顔を寄せてくれる?」

「?」

 そう言われて顔を近づけると。

 ぱんっ――――!

「あだっ!?」

 思いっきり顔を平手打ちされた。

「ごめんなさい、助けてもらっといてなんだけどどうしてもやっとかないと気が済まなくて」

 顔を真っ赤にしながら言い、足首をさすっている。

「いっつつつ―――」

 自分もじんじんと痛む左頬をさする。

「えっと、俺なんかした…?」

 なにがなんだかわからないので申し訳なさそうに聞いてみる。

「聞かないで。この話はおしまい!」

 そっぽを向かれてしまう。

「なんかよくわかんないけど…その、ごめん」

「もういいってば~!」

 一層恥ずかしそうに両手に拳を作りこっちを見る。

 このままだと話が進まないので、肩をすくめてから話題を変えた。

「えーっと、一応ここは安全みたいだ。さっきはどうしたんだ?足を挫いたのか?」

 痛そうにさすっている足首を見る。

「急に力が入らなくなって転んでしまったの。その時挫いたみたい。…いたーいぃ…」

 しくしくと目尻に涙を浮かべながら、即席魔法書(インスタントブック)を片手でめくる。

 ふと、シルヴィアの胸元の魔石が目に入る。

「…ちょっとごめん」

「えっ」

 シルヴィアの保護装具(ハーネス)の魔石に手を伸ばしてとんとんと叩く。シルヴィアがくすぐったそうな顔をする。

「ちょっと!今度はほんとに怒るわよ!」

 噛みつかれそうな顔で叱られた。

「ご、ごめん。でもこれが原因だ」

 そういって魔石を指さす。

「この魔石、魔力が尽きてる。途中で保護装具(ハーネス)の効果が切れたんだ」

 そういうと、さすっている手を離し魔石を確かめる。なんどか確かめるように指先で叩いたり振ったりした。

「うそ…さっき交換したばっかりなのに…不良品かしら」

 存在隠蔽(インビジブル)を使用する前のやりとりを思い出す。

「…あ、もしかして」

 すぐにピンときた。

「その魔石、俺が交換したときに渡した半端に残ってたやつじゃないか?」

「―――あっ!」

 シルヴィアも思い当ったようだ。

「こんな初歩的な失敗するなんて…」

 はぁ、と落ち込みながらまた足首をさすり始める。

「でもとりあえず、大きな事故にならなくてよかった」

 ここでやっと、大きくため息をついて心に余裕ができた。

 改めて、周囲を見回す。なかなか広い空間で、自分の家がまるまるすっぽりと入る正方形の形をした部屋だ。天井はあるのかすら不明の高さでまったく見えない。部屋の奥の壁に大きな石板があり、なにやら読めない文字がびっしりと掘られている。その石板の上に柔らかな光を放つ光源があった。緑色の光に見えたのは部屋中の壁と床に生えている活き活きとした苔や草で、中には花を咲かせているものもある。

 そして何より。部屋の中央の石造りの台座の上に、金属の光沢を放つ銀色の、自分の胴体と同じ高さほどもある巨大な鳥の卵のようなものが鎮座していた。

「いだいぃぃぃぃいだぁぁぁぃいいいい」

 唐突なシルヴィアの声にぎょっとして振り返ると、足首に向かって即席魔法書(インスタントブック)を掲げて身悶えていた。自分で治癒魔法をかけているようだ。その様子に、こちらも苦い顔をするしかない。

「うううううぅぅ―――」

 一つ使い切ったのだろう、魔石を放り投げて三角に折った両膝に顔をうずめながら足首をさすっている。

「…ちょっとはおさまったか?」

 恐る恐る聞く。

「もう痛くはないけど余韻が消えないのよぉ…」

 ここまで意気消沈している彼女を見るのは初めてでどう接したらいいのかわからない。所在なく両手を動かしていると顔をこっちに向けた。

「…ごめんなさい、もう大丈夫よ…」

「お、おう…」

 やっといつもの様子に戻ってきた。

「ここは祭壇かしら」

 中央の台座をちらりと見ると、よいせ、とシルヴィアが立ち上がって服の埃をはたき、挫いていた足のつま先で床をとんとんと蹴って具合を確認している。自分も立ち上がって埃をはたく。

「なんだか、綺麗なところね。遺跡の中とは思えないわ」

 すう、と深呼吸をする。遺跡に潜り始めておよそ10時間ほど。久しぶりに色彩豊かな光景を見ている。

「この草とかは普通に地上で見る植物だな。これといって危険な場所には見えない」

 壁に手を当てながら感触を確かめる。シルヴィアも、一番気になったのか石板の上の光源の方に歩いていく。

「この光、ほとんど太陽の光と変わらないわね。ほら、虹ができる」

 シルヴィアが魔力の切れた保護装具(ハーネス)の魔石を取り外し、光源に当てると、透過した光がわずかに色の分裂を起こす。

「すごく優しい、まるで自然を再現することにこだわったような部屋だわ」

 そして、石板に掘られた文字に手を這わしていく。

「うーん、これは魔法の文じゃなさそうね。純粋に石碑かしら」

 首をかしげる。

「こっちの卵はなんだろう」

 自分は中央の銀の卵が気になる。近づくと自分が映って見えるほど表面はなめらかで綺麗である。

(すごく手触りがよさそうだなぁ)

 そう思って安易に手を触れてしまう。すると―――

「あっ」

 ぴしり、と触れたところからひびが入る。

「フレッド?どうかしたの?」

「あ、いや」

 シルヴィアがこちらを覗きこんだ。

「ちょ、フレッド、何したの!?」

 その声に驚くように、卵が揺れてひびが一気に広がっていく。

「えっと、その、ちょっと触っただけ…」

 がたがた、がたがた、と揺れながら、だんだんとひびが大きくなり、ついに全体にまで回った。

 何か産まれる。そう確信した俺たちは慌てて得物を手に構えた。

 そして―――

 ぱこん、と小気味よい音とともに、卵のてっぺんの一部を切り離すようなかたちで、顔が出てきた。

「と…」

 その顔はぎょろっとした目と、大きな口と小さな鼻の穴をもち。

「か…」

 左右に首をかしげるように俺の顔を窺っていた。

「げぇ…」

 青ざめた表情でシルヴィアが固まっている。

「お、おい、大丈夫か」

 そう言って俺が卵から目を離すと、がたっと卵の生き物が動いた。

「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「あ!シルヴィア!」

 転げ落ちるように階段を駆け下りていくシルヴィア。あっというまに階下まで行ってしまい見えなくなってしまう。

「えええぇぇぇ…」

 そして振り返ると、卵の生き物の顔が目の前にあった。

「うおおおお!」

 びっくりして剣を落としてしまい、とっさに両手で顔を守る。すると、ぱくっとその両手を咬まれた。

「あーだだだだだだ!?」

 声を出すとむこうもびっくりしたのか、ぱっと口を離した。

「あぃぃぃーうぃぃぃーっつつつ」

 幸いすこし血が出た程度で済んだようで、両手を交互にさする。

「な、な、なんだぁこいつ…!?」

 手の状態が問題なかったことを確認してから卵の生き物に視線を戻した。

 すると。

 小石がぶつかるようなものからだんだん細かく、そして砂嵐のような騒々しいものへと音を立てながら、目の前の生き物が姿を変えていく。静電気のようなものが周囲に暴れまわり、風が吹き荒れ、そして部屋中が強い光に包まれた。

 あまりの光に両腕で顔を隠していると、背中の、というより下から声が近付いてくる。

「―――ェッドぉぉぉごめんなさぁぁぁああぃぃぃいい!!!」

 まるで地鳴りのような揺れとともにシルヴィアが帰って来た。

「大丈夫かシルヴィ―――って、おい…っ!」

 光に背を向け階下を見ると、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら駆け上がってくるシルヴィアの後ろからなにかが大量に押し寄せている。

(あーこれは……)

 冷静に地面に落とした剣を探して拾い上げた。

(俺、ここまでだな…)

 死を覚悟するときは、案外あっさりと腹の据わるものらしい。

 シルヴィアの後ろには、先ほど通路にひしめいていた青犬の大群が追いかけてきていたのだ。

 剣を構える。正直こんな剣一本では対処しきれないし、もはやただの悪あがき。今後この遺跡に気付いた冒険者たちのために少しでも青犬の数を削げれば。そしてせめて一秒でも長くシルヴィアを生き(ながら)えさせられたら。そんなことが頭によぎった。

 そしてシルヴィアが俺の横までたどり着き崩れるように膝をつく。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぁい…」

 顔も合わせずにただ謝り続ける彼女の頭を軽く撫でた。

 ふう、と呼吸を正して押し寄せる大群を見据える。

(父さん、母さん、ニッキー、リビィ、それからおやっさんとギルドのみんな、ごめん)

 心の中でそれだけ呟いた。

「―――っ!……!?」

 覚悟を決めて青犬の大群に飛び込もうとしたとき、背中からの強い光が消え、静電気の嵐と吹き荒ぶ風がが収まった。そして、青犬の大群が距離を置いてぴたりと止まり、頭を垂れて威嚇の姿勢を取った。

「…な、なんだ…?」

 青犬たちから目を離すことができず体勢を崩さないままでいると、背中から当たる光が少し揺れたような気がした。すると突然、部屋が一気に暗くなる。

「なに、この子―――?」

 たまらずシルヴィアの声に振り向くと、彼女は台座の方を見上げていた。その視線の先を追う。

「え…」

 そこには、頭に銀の殻を被った全裸の人間の子供と、その身体から部屋いっぱいに広がる大きな『影』があった。その『影』が光源を隠し、部屋が暗くなったのだ。

 その子供が呆けたような顔で俺の顔を窺うように首を左右に数回かしげた後、にこりと笑う。

 ぱっと台座から俺を飛び越えて階段の方に着地し、大きく息を吸うような仕草をした。

 そして。

「―――――っばぁぁぁぁぁああああああああ」

 その子供が大声を張り上げたかと思うと、その顔の先の空中に人の大きさほどの赤紫色の魔法陣が浮かび上がり、それから轟音とともに階段を埋め尽くすような炎が(ほとばし)った。一瞬で階段は火の海になり、先が見えなくなるほど荒れ狂う。そして、魔法陣はすぐに消えてなくなった。

 俺とシルヴィアが口を半分開けてその様子を見ていると、子供がこちらを振り返って俺の顔を覗き込んだ。先ほどの炎を吐きだした(?)ときに、卵の殻も部屋の隅に飛んで行った。

「―――♪―――♪」

 にこにこと何か言いたそうに俺の顔を見ながら、首を左右に傾げる。何が起こったのかわからないし、この子が何なのかわからないが、なんとなく―――ただなんとなく、感づいた。

(褒めてほしいのか…?)

 そう思って、子供の頭をそっとなでてやる。

「!!!♪!!!♪」

 すごくうれしそうに目をつぶって俺の手を楽しむように小さくぴょんぴょんとはねた。

 そうこうしていると階段の火の海がある程度収まり、先が見えるようになる。そこには、青犬の残骸と思われる骨が階段中に散らばっていた。

(すっげぇ…)

 頭をなでられるだけでは飽き足らないのか、子供がもっととせがむように背中をおしつけてきた。

「ねぇ、この子の頭と背中…とお尻をみて」

 シルヴィアが何か気付いたようで、指をさした。

「この子は…」

 目の上の額を越えた部分に2か所、小さい突起がある。そして、背中の肩甲骨あたりにこうもりの羽のようなもの、お尻の上あたりから一本の小さい尻尾が生えていた。

「――?――!このこ!」

 子供が突然声を出した。

「このこ?このこ。このこ♪このこ!」

 同じ言葉をしきりに繰り返し、俺の顔を見ながら笑う。あまりにも可愛らしく笑いかけてくるので、思わず頭をなで続ける。

 完全に死を覚悟し、最後のあがきに腹をくくったその緊張の糸が切れたのか、俺とシルヴィアはその場にへたり込んでしまった。

シルヴィアのポンコツ回でした。


感想、ブクマいただけたら大変励みになります!

って今回から書くことにしました。ぜひ宜しくお願いします!

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