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紀元7000年の冒険譚 【1 蒼海の王者】  作者: 胡桃幸子
第一章 大いなる海竜種
9/123

7 新しい友人はけっこうすごかった

「朝だ……」

「朝だな……」

「水平線から昇る朝日と漁に出る漁船のコラボがいいな……」

「我が国自慢の風景です……」


 新鮮な海の幸美味いぞ……と続けるベネディクトの目の下にはしっかりとアップオールナイトした証拠が刻み込まれている。それでも逆に絶世の美青年から憂いのある絶世の美青年へと進化を遂げた彼に拍手を送りたい。

 俺? 聞いてくれるな……。


「くっそ眠い……」

「はしゃぎ過ぎた……」

「でも……楽しかったな……」

「それな……」



 俺とメイはあの後、夕食まで頂いてしまった。俺とベネディクトの話が盛り上がり、切れ目がなくなったからだ。海の国ならではの海鮮料理で、和ノ国の料理と似ているものもあり、とても食べやすく、美味しかった。いやぁやっぱ王宮の高級料理は違いますねぇ! うちの旅館も負けてないけど!

 その後、メイは先にレヴィさんに宿に送ってもらい、俺はベネディクトと話し込んでいた。無論、夕食まで頂いたんだし、申し訳ないからすぐに帰るつもりだったのだが、話が盛り上がってしまった。……ホントだぞ?


 最初は海竜種の巣に突入したらどうするか、という話だったが、互いの得物に興味が移り、刀とは、魔銃(魔力を弾丸として撃ち出す銃)とは、という話題になった。そこからこれまで行った場所の話になり、何がどうなったのか好みの女の子は、という話にもなった。

 本当に何がどうなってそんな話題に行き着いたんだか、深夜テンションの恐ろしさを思い知った。訳わからん。その時尻か胸かで散々揉めた。途中からワーナーさんが「そこは手でしょう」と入って来て余計揉めた。ベネディクトは胸でワーナーさんは手フェチかよこのやろう。取り敢えず戦争だ。

 そうしている内にワーナーさんはうたた寝を始め、俺とベネディクトの議論は白熱し、気がついたら太陽がおはようと言っていたのだ。



「どうしよう、メイに怒られる未来しか見えない」

「……俺、フォローするから、な?」


 妹の静かな怒りを想像して震える肩をベネディクトが叩く。


「そうだ、出発まで日があるし、今日は観光すればいい」


 案内するから、と笑う彼の優しさが身に沁みる。あれ? 何だか視界がぼやけるな?



 一時間後


「昨晩はお楽しみだったようで?」

「ほんとすいませんごめんなさいだから誤解を招くような言い方はやめてくださいお願いします」

「お、俺が引き留めたんだ。まさかあそこまで盛り上がるとは思わなくて……」

「……へぇ?」

「ちょ、もうお前黙ってて! フォロー下手過ぎか!!」


 宿の一室で静かに修羅を背負う妹に全力で土下座をする俺と恐ろしさに的外れなことを口走るベネディクトがいた。

 ベネディクト……お前のフォローの下手くそさは想定外だぜ……!


 そのあまりにもの惨状にレヴィさんが助けに入ってくれる。


「まあまあ、落ち着いてください。王子は同年代の友人が少ないんです。アカリさんとは気も合ったようで、話が盛り上がってしまったのは仕方のないことと、許して貰えませんか?」


 その言葉と共にすっ、と小さなお菓子も握らせた。


 レヴィさん……出来る男だよあんた……!


 そんな俺の尊敬の眼差しに彼は静かにサムズアップをする。

 それを見たベネディクトがなんとかして妹のご機嫌を取ろうと付け加えた。


「海竜種の巣に出発するまでまだ何日かあるから、さ? 今日は俺が案内するからアスター観光しようぜ?」


 な? と控えめな微笑みで首を傾げる姿は男の俺でもぐっとくるぐらいだ。


 ちくしょう美青年め……!


 二人のコンボに震えていると、これまで静かにしていた影が動く。


「いいカフェもあります。そこのタルトは絶品なんですよォ」


 ワーナーさんっ! わかっていらっしゃる!!


 思わず神よ……と崇める俺に苦しゅうない、というように彼は鼻をならす。

 王子とそのお付のイケメン二人による懐柔作戦は功を成し、妹はぐぐ、と唸って


「こ、今回だけだから!」


 と許してくれた。

 やっぱりイケメンって得だと思う。俺だったら多分こうはならなかった。火力全開の魔術喰らってた。


 鎮まった鬼にばんざーい、とベネディクトと手を叩き合う。やった、俺たちは勝ったんだ!

 そう喜びを分かち合う俺たちはコンコン、と部屋の扉が叩かれたのに気づかなかった。しかしワーナーさんは気づいたようで、知らせようとしてくれる。だが、はしゃぐ俺とベネディクトはそれが見えなかった。


コンコン……コンコン……

トントン……トントン……

ダンダンッ! ダンダンッ!


「のわっ」


 どんどん大きくなっていき、やがて殴りつけるような音になってようやく気づいた俺はワーナーさんのジト目に謝りながら


「すみません、気づきませんでした!」


 と扉を開けた。すると同時に声が響く。


「やっと開いた……。お楽しみのところ申し訳ないけど、声、結構響いてるからもう少し抑えた方が……ってアカリくん!?」

「ラン!?」


 目の前にいたのは、昨日酒場で知り合ったランだった。




「いやぁ〜、まさかお隣の部屋だったとは」

「すっごい偶然だな」


 ベッドに腰掛けたランと笑い合う。こんな偶然、中々ない。

 思いがけない再会に彼はくすくすと暫く笑っていたが、ふとベネディクトたちの方を見やって


「僕はテッラから来たラン。そちらは?」


 と尋ねた。


「ベネディクト·マーフィー。アカリとは昨日の騒ぎで知り合った」

「護衛のアンドレアス·レヴィです」

「同じく護衛のレナード·ワーナー」


 その言葉にランは目をこれでもかと丸くして、俺に詰め寄る。


「ベネディクト·マーフィーってこの国の王子じゃないか! どうしてこんな人が酒場の宿にいるの!? てか君何やらかした!?」


 ちょ、近いです近い。顔がいいのがめっちゃ近いです。正直心臓に悪いです。あと俺がやらかしたの前提なんですね。まあやらかしたのは事実ですが。

 その迫力に倒れそうになる。彼を押し返しながらベネディクトやメイに目で助けを求めると、メイは肩をすくめたがベネディクトは苦笑して俺とランの間に入った。



「なるほど、それで明後日には出発するんだね」


 ベネディクトから話を聞いたランはふんふんと頷く。

 心臓止まるかと思った……。

 俺はこれで落ち着いたかと思い水を飲んだ。が、彼はしれっと爆弾を投下してくれやがった。お前の趣味は会話中の爆撃か。


「なら、僕も連れて行ってくれないかな?」

「ブブォッ!?」


 思わず水を噴き出した俺にメイがタオルを投げる。

 お願いそんな汚物を見るような目で見ないでお兄ちゃん泣いちゃう。

 それに構わず続けるラン。


「僕、結構医療魔術使えるし、海竜種の巣だなんて興味深い! ね、いいでしょう?」


 あまりにもの勢いにベネディクトが押しが……強い……と呟く。そんなランに厳しい声がかかった。ワーナーさんだ。


「あのですねェ、そんな行きたい、興味深いってだけで行けるような安全なモンじゃねぇんですよ。アカリみたいに戦う術もない、メイみたいにドンパチできるような魔術も扱えない、ただ医療魔術がちょっとできるってんじゃ死にに行くようなもんですよ」

「僕も同意見です。人員が増えるのはいいんですが、力のない人を連れていって怪我をさせたくありません」


 レヴィさんも彼に加勢する。

 そりゃそうだよな。俺も同意見。失礼だけどランが戦闘できる系にはどうしても見えない。

 それにランはむぅ……と眉を顰め、手に嵌めていた手袋を脱いだ。


「なら、僕が使える人員ってのを見せたらいいんだね」


 と見せつけたのは右手の甲。そこには、一級医療魔術習得者の証である、ケイト草の文様が刻まれていた。


 医療魔術とはその名の通り、怪我を癒やし、病気を治す魔術であり、その高度さから魔法に属するものもある。複雑な魔術式や魔法陣によって発動し、その術者はそれ相応の知識と技術を用する。

 中でも一級医療魔術はずば抜けて難解な魔術式、魔法陣によって発動する、高い治癒力を持つものである。それの習得者は最も基本的で全ての医療の始まりと呼ばれる薬草であるケイト草の文様を身体の何処かに刻みつけ、自分がそれであると示すのだ。

 簡単に言えば、その文様を持つ者は名医と言っても差し支えない医者なのだ。


 となると、ランは医者というわけだ。それもかなり高レベルの。


「強い戦士と魔術師がいるんなら、あとはいい医師だよね?」


 にっこりと笑う彼に、ベネディクトは親指を立てたのだった。





 アカリとメイが取った部屋の隣室。背中まである髪を一本に束ねた青年、ランはその兄妹とあとでアスターを巡る約束を取り付けてそこに戻ってきた。

 彼は窓際に据え付けられた机の椅子に腰掛け、少し乱れてしまった髪を束ねなおすために赤い紐を解く。


 そのまま丁寧に櫛を入れていると、開け放されていた窓から何かが入ってきた。五十センチ程の、深い紺色をした小型の竜だ。

 それは難なく窓から身を滑り込ませると、机の上に乗る。

 ランはそれに驚いた風もなく微笑んでその翼を撫でた。竜は嬉しそうに目を細めて身体を彼の手に擦り寄せてから、その足をずいっと寄せる。そこには丸めた紙が括り付けられていた。


 それを取ったランは紙を広げ、素早く目を通す。

 暫くそうして、一段落着いたように息をつくと、物憂げに目を伏せた彼は魔術式をそれに刻んだ。刻み終えた瞬間紙は炎に包まれ、灰になる。

 それを見送った彼は手早く髪を束ねると、竜に腕を差し出す。それはわかっていると言うように羽ばたいてその腕に乗った。すると、見る見る間に手のひらサイズにまで縮む。

 ランはそれを肩に乗せて頭を撫でると、鞄を背負い、髪を靡かせながら部屋を出て行った。


 後に残ったのは、焦げた匂いと微かな煙。

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