6 中央神殿の異変
「まず現状を説明する」
ベネディクトが口を開いた。
「最近、世界各地で異常気象や、今日あったようなモンスターの凶暴化などの異変が起こっている。
当初は数万年単位で起こると言われている気候の変化による異変かと思われていたが、前回のそれから一万年も経っていないことが確認されているので、違うと言える。
更に、三大国合同で調査を進めた結果、十四年前に空の王国ウラノスの観測所で観測された異常に起因していることがわかった。」
それを聞いて、あれ、と思う。
「ウラノスの観測所って、確かその十四年前に事故が起こってなかったっけ」
一般的に知られている話によると、観測機器の暴走により、当時の所長の存在が消滅したとされる事故だ。
当時は学問の先進国であるウラノスでの事故ということで世界中に震撼が走り、今となってもそれに関する本が出版されるくらいには有名な出来事である。
「ああ、その事故は観測機器の暴走が原因だったが、それがその異常を観測した直後の出来事だったらしい。その異常が」
たん、と彼のしなやかな指が地図のある一点を指す。
「ここ、中央神殿の時空の歪みだ」
中央神殿。
それは、あらゆる魔力、霊力の流れ出る起源であり、世界の中心とされている場所である。大抵の人間を含む生き物は入ることも目視することもできず、ごく一部の選ばれた者のみその姿を確認し、足を踏み入れることができるという。
今年は7014年なのだが、その年の数え方だって中央神殿が成立したとされる年を紀元にしている程には重要な場所だ。
そんな場所に、異変が。
思わず息を飲んだ俺をよそに、メイがそれって、と声を上げた。
「かなり、一大事ですよね」
そりゃそうだ。時空が歪む、しかもその現場が世界の中心ときた。ていうか、これまで十四年間何もなかったことの方がおかしい。世界が頑張ってたのか? 抑止力的な何かか?
そう言ってみると、ベネディクトではなく、アンドレアスさんが答える。
「異常に関しては暗黙の了解であまり世間に出してはいなかったんですが、研究及び調査は続けられてきました。それに関しては目下調査中なんです。ですが、その中央神殿の異常が世界中で起こっている異変の原因なのは間違いないと見ていいでしょう」
それで、と繋げるベネディクト。
「一応、その中央神殿自体に働きかける方法が提案されてたんだけど……。その方法が、そこに大きな魔力の塊を入れて、神殿が本来持つ自己再生の力の助けをする、っていうのがあったんだが……」
彼は少し気難しそうに眉を顰めて一反切ると、一泊置いてから再び口を開ける。
何か言いづらい事でもあるのだろうか。
怪訝な顔になってしまう。
「その魔力の塊として目を付けていたものが昨日、急に消えたんだ」
「昨日、ですか」
「それはまた急な……」
俺たちが声を上げると彼は俺も驚いたさ、とため息を零す。
「とりあえず、その魔力の塊か、それの代わりにとなるものを見つけるまで、出来る事からコツコツとって相成った訳だ」
出来る事からコツコツと、ねぇ。
俺はふむ、と息をついた。
「そのできることの一つが海竜種の巣に殴り込み、ということだな」
「そういうことだ」
最早殴り込みを否定すらしねぇなコイツ。
で、と首を傾げるベネディクト。
「協力してくれるよな?」
その白々しさに乾いた笑いが漏れる。
疑問形を取ってても選択肢一つしか用意してないだろ、お前。
「嫌っつっても逃がす気ないだろ」
「もちろん」
ニッコリと綺麗な笑顔でしれっと言われる。
ああ、やっぱり。話が詳しすぎると思ったんだ。
彼が逃しても大丈夫な相手にこんな重要な話をするような馬鹿ではないのはこの数時間でもう分かりきっている。
「殴り込むんだから強い手はいくらでもあればあるだけいいからな」
「まぁ……そういうことです」
「このお方に目を付けられたのが運の尽きですからねェ」
そんな三人に言葉を返そうとすると、横から待った、と声が上がった。見ると、メイが右手を挙げている。
なんかこの展開、覚えがあるぞ。そう、確かあれは俺が二度目の旅に出ると家族に話した時だ。
「私も付いて行っていいのなら兄が行くことに了承します」
あの時と同じ言葉。だが今回ばかりは話が違う。
眉を顰めて、低い声で言う。
「……メイ、これはかなり危険なんだぞ? 何が起こるかわからな」
ゴオッ
止めようとした瞬間、メイを中心にして魔力の渦ができる。
ちょ、ナニコレ!? 机の上の資料吹っ飛んでったんだけど!?
その強さに俺が思わず座ったまま仰け反り、ベネディクトが目を輝かせ、ワーナーさんとレヴィさんがベネディクトを守るように立ち上がるとそれはすぐに止んだ。メイがニコリ、と笑う。
「足手まといにはなりません」
メイ、お前、たくましく育ったな……
かくして、俺たち兄妹は海竜種討伐メンバーの一員となったのだった。
紅く燃える夕日が照らす水の都、アスター。その東の港は昼間の騒ぎから早くも復興作業が行われている。たくましい人々の営みだ。
その一角に浮かぶ船の船長室。そこでは、一人の妙齢の女性がその様子を窓から眺めていた。
コンコン、というノックの音が響き、返事も聞かずにドアが開かれる。
「返事もしとらんのに開けるなんて」
着替えでもしとったらどうするん、とクスクスと女性____ヤヨイは笑う。それに入ってきた青年____ハルイチは口角を上げた。
「友人のそんなものを見ても何とも思わん。昔馴染みが怪我をしたと聞いたから来てやったのに、随分な物言いだな」
「はははもし見て同じ事言っとったらぶん殴るところやったわー。右がいい? 左がいい? 知っとると思うけど私両利きやで?」
笑顔でパンパンと拳を手のひらに打ち付ける彼女にハルイチは素直にすまない、冗談だと謝る。
悲しいかな単純な力比べで彼が彼女に勝つ術はないからだ。
(我ながら情けない……)
悲しさを胸に彼女を眺めた彼はふと何かを見つけたように彼女に近づき、その髪を掬った。明るい茶髪が血で染まっているのを見て、眉を顰める。
「本当に怪我は軽いのか」
少し震えたその声にヤヨイは、はぁー、と息を吐く。
「これだから怪我しなれとらん奴は。頭は少し切っただけでけっこう血ぃ出るんですぅー」
「…………知識として知ってはいたがこんなに出るものなのか」
「現実は本の世界とちゃうねんで? ……ったく、包帯巻いてるから髪がようくくられへんわ」
ぐちぐちとあのやろ竜あんちくしょうめ、と話す声にハルイチは相槌を返してやる。話が一旦途切れると、彼はああそうだ、と声を上げた。
「三日後、ベネットたちが海竜種の巣に殴り込みに行くそうだ」
「あー、そういやそんなこと聞こえたなあ」
私が連れてきた子らも行くんやろなあ、と言う彼女にハルイチは頷く。
ちなみに、ベネットとはベネディクトの愛称である。
そして、彼はここが本題とばかりに続ける。
「そのお前が連れてきた、と言ったが、あの兄妹は和ノ国のどの町から乗せてきたんだ?」
ヤヨイは何を突然、とばかりに首をかしげたが、地図を出して答える。
「ここ、高戸や。ご両親と仲良くて、ここまで連れてくるように頼まれたんよ。ほら、あんたのとこも外交でよぉお世話になっとる旅館のとこの子らや」
それを聞いたハルイチはふむ、と暫く考え込むと、地図から顔を上げ、怪訝な顔をするヤヨイに微笑んだ。
「ありがとう、知りたかったことは知れた」
そう言うと、邪魔したな、と踵を返す。ヤヨイはその背中に問いかけた。
「ハルイチさんも行くん?」
「野暮だな。そんなに心配か」
その言葉に彼女は悪い? と開き直る。
「ずっと引き篭もっとった世間知らずの坊っちゃんを外に出すなんて、よそ様に申し訳ないわ」
ハルイチは言うなぁ、と苦笑し、そのまま出て行った。
暫くして、そのドアが少し開き、女船員が顔を覗かせる。
「船長、行ってほしくない時は素直にそう言ったらどうです?」
「るっさい!」