出会いと指輪『7』
「どれがいいと思う?」
幸来は美空にお昼に誘われたと思ったら、スマートフォンと共に印刷された用紙を渡される。用紙には数曲分の歌詞が書かれていた。
初めて書かれている詞を読んだ感想すぐに浮かぶ言葉は、「とてもすみきっている言葉」だった。歌詞の事はメディアから流れてくるのをなんとなく聞いているだけで、ただワンフレーズがよくてサイトで調べた事があるぐらいだった。全体の構成など歌詞が印刷されたものから滲み出す感情を、今まで、感じ取ろうともしてこなかった。もしかしたら、美空と知り合う事もなければ、そんな事を思いながら考察する事もなかったと思う。
ふと興味をもって、選択制の授業で文章のレイアウトを勉強してみる事もしなかったと思う。
こうして、並べられた言葉は、スペースまでもが表現で計算されたものである事に、気が付く。文章を書く事の何が難しいのかと言えば、長く書く事ではなくて短い言葉、限られた言葉で自分の感情をどう表現するのかが難しいと先生は言っていた。
どちらかといえば、文章を書く事が苦手な私は、短く書く事が難しいという言葉の意味を理解できなかった。いつもレポートで苦戦する。便利なツールを使ってズルをしてしまおうかという事も頭の中をよぎっていくからだ。
「なんか、綺麗だね」
一通りの詞に視線を走らせた後にそう言うと、美空は驚いた表情を浮かべている。
「うん、えーっと…どこが?」
「んー…ごめん、感覚で言ったから具体的に上手く言葉が出てこなくて…」
歌詞の内容は、読むとドキっとするような内容も適度に含まれているけれど、本人が気にしているほどではない気がする。
「うん、この中だと「Lie」がいいかな。この詩の中だと僕が君を抱きしめているけど、僕を腕の中にすっぽりおさめたい気がするようなところが、好き」
「え、おさめたい? 書いといて自分で言うのもなんだけど…「僕」は弱くて頼りなくて、計算高いよ?好意をもたれる事を想定してないよ。感情吐き出すような感じの詞だし」
「なんだろう、こう、よしよしと頭を撫でたくなるような」
「人間扱いされてないみたいで、なんかヤだ」
「人間扱いはしているけど、んー…どちらかというと、対等な立場ではないような」
「……やっぱり、そうだよね。自覚しているからいいけど」
若干嫌そうに眉をひそめていじけているのを見て、本当に今でも好きなんだなと感じた。
「好きって感情が溢れ出している」
からかうような口調でそう言うと、いつもよりも反応する速度が遅くなっていて、よく見れば、耳がほのかに赤くなっている。
「分かりやすい」
「……うるさい」
小声で言い返されても、怖くない。
「あ、そっか…」
感情が溢れ出しているモノ、滲み出してくるモノなら、欲しくなるのかもしれない。
たぶん、自分の弱さだと感じている部分は、言葉にしなくても優香は幸来に何かわからないけど、弱さがあると感じて頭を撫でたくなるような感情を抱いたのかもしれない。
人が人を好きなるときっかけは、本当に些細な事で、自分の中で強く心のドアをノックされたところから始まるものかもしれない。
「何が?」
「ううん、何でもない」
メールが届いた振動がして、スマートフォンを見ると彼女からだった。
謝っている絵文字に、昨日メールに気づいたのが遅くなってしまった事と、ぜひお茶しましょうという内容だった。
ふとある事を思いつき、メールの返信をした後で美空に話しかける。
「ねぇ」
「ん?」
「この曲、優香さんに聴かせてね」
「……」
なかなかしぶっている表情を浮かべている。うん、この反応は予測済みなので、さっき送信したメールの本文を美空に画面を向けて見せる。
「もう、来週作品の一つを聴かせてくれるって、送信したから」
「本当?」
「はい、この通り」
「……何を勝手に」
「んー…この前のメールを送ってくれたお礼」
わざとらしいくらいの笑みを浮かべてそう言った。
「笑顔が意地悪く見える気がする」
「気のせいよ、気のせい」
飲みかけの珈琲を飲みながら、他の話題に話題をそらしてしまう。私の意地が悪いのはもとからだ。
「でも、半分はありがとう」
「……どうしたしまして」
半分は、背中を押してくれた友人の背中を押したいと勝手にした事だった。
自分でも性格が複雑で面倒くさくて、もし、自分を好きになってくれる人物がいたとしたら、苦労をさせてしまいそうな気がしていた。