出会いと指輪『4』
カフェラテ、ブレンドコーヒー、レモンティーをそれぞれ頼み、受け取るとあいている喫茶店のあいている席についた。窓際で外の景色がよく見える席だ。平日の昼間でも人がよく通っている。スーツ姿の人や束の間の休憩時間に外に出かけている人など様々だ。
四人がけの席につき、一口飲むとしばらく誰も話し出す気配がしない。
「……何時から露店をやっているのですか?」
「ここでは今年からかな。それまでは、知り合いに頼まれて作るような感じでお店らしいお店を出した事がなくて」
「もったいないから出してみたらって言った」
「そうだね、美空がそう言ってくれたから。やってみようかなと思えて。仕事が休みの日に出しているから、そこまで売り上げを気にしなくていいから、やっていけるかも」
「少しでも売れたら嬉しいですね…きっと」
「うん、そうだね」
彼女は、ふんわりと笑みを浮かべている。のほほんとした空気はどこから出てくるものなのだろう。
「美空も曲かけているなら売ればいいのに」
「あぁー…うん、あれは売れるレベルの物じゃないから」
「出してみないと分からないんじゃない?」
「んー…、出さなくてもダメだって分かっているから。出すならプロに頼んでアレンジしてもらわないと、無理」
美空は苦笑を浮かべてブレンドコーヒーを飲む。
「聴いてみたいって言っているのに、聴かせてくれないし」
いじけた口調で彼女が言うと、美空は困惑した表情を浮かべたまま言葉を探している。
カフェラテを飲みながら、普段はあまり表情が変わらない美空が、表情豊かになっているのを見た。
心理描写で溺れかかっている美空に対して助け船を出してあげた方がいいかもしないな、なんて思考の片隅で感じながらも、もう少し動揺するところを見てみたいと思った。それに、曲を聴かせてくれない理由を私も知りたいと思った。
だから、助け船どころか、海につきおとすような言葉が口をついて出てしまう。
「……そういえば、作品って、自分の心を映す場所で言うよね。人によって違うだろうけど、心をそのまま裸のするようなもので、恥ずかしく感じる人もいるって。特に親しい人にたいしては、普段はなかなか直接相手に伝えるにはためらうような言葉を書くと、見せたくない気持ちになるってどこかで読んだ気が……」
半分涙目になった美空が、私に視線で「裏切者!」と叫んだ気がした。
裏切者も何も、推測でしかない彼女の事を好きだという事にたいして言われるいわれはないので、そこは、誰も座っていない席に視線をかわす。
たぶん、美空の心理状況は川で溺れている事だろう。
「そうなの?」
「……」
「別に、そんなの気にしなくていいのに」
だが、そこは気にしなくてよかったらしい。
「特に好きな人には」ではなくて「特に親しい人には」と言ったのだから、美空が恐らく今も彼女の事が好きなのだという事を察していない。察していて気づかないふりができるような性格には、これを言うのは失礼だけど見えない。
「私と美空の仲でしょ」
優しい雰囲気が全開でにじみ出ているのを見て、曖昧な笑みを美空は浮かべる。
私はと言えば、反則なセリフと表情に古い表現かもしれないが、胸がきゅんとするのを感じる。この人は「天然の人たらし」らしいと実感する。
「だから、今度聴かせてね」
笑顔で言われたその言葉に対して、ダメな理由が何一つ浮かばないらしい美空は頷く事しかできなかった。
「今度できたら…」
「ん、待っています」
その後は学生時代がどうだったというような話題を話していたら、時間になっていたのでそのまま帰路につく。
最寄り駅で逆方向だという彼女とは別れて、美空と電車に乗った。
「……初めて知った、Sだったんだね」
「え?」
走り出した電車の中で、美空はそう話しかけてくる。
きっとさっきの事を言っているのだろうけど、Sだと言われるとは思わなかった。
「このどS」
んー…どSとまで言われるような事はしていないはずだけどな。
「……えーと…なんか、ごめん」
「その指輪、大切にして」
「うん、大切にするね」
そう答えると、寂し気な表情を浮かべている。
美空にとってこの指輪は、自分にとっての好きな人が作った作品という意味以外にも、何か大切な意味があるのだろうか。