片想いとお菓子『4』
優香さんは、しばらく何かを考えている表情を浮かべていたが、ふいに妖艶な笑みを浮かべる。
「そう、じゃあ…触れてみる?」
焦る事のないゆっくりとした仕草で近寄ってきているのに、逃げる事ができずに固まってしまう。
手を伸ばされて手首に触れ、手を握られる。そのまま、優香さんの方に引っ張られてしまい、いつもよりも近く、吐息も体の温もりも感じられる距離で、自分の心臓の鼓動音で他の音が何も聞こえない。友達とふざけて抱きつく事もあるのに、今は、そんな時よりも刺激が強すぎてしまったらしく、頭が何も働からずに逆らう気になれない。
誘われるがまま、背中に手をまわす。春先とはいえ、まだ、少しだけ肌寒さを感じている空気で冷えた肌に、じんわりとしみるような温かさと、ほのかな甘い香水の香りが鼻をくすぐる。
完敗だった。
大人に対して意地悪してみようなんて、その後、どうしたらいいのか分からないのに仕掛けてしまうものではない。この後、どうなってしまうのだろう。たぶん、優香さんは美空の事が好きなのに、そうなってしまってもいいのか。後悔と期待が代わる代わる私の心の中を忙しく行ったり来たりしている。
迷いながらも、背中に回した手にこめる力は、離れたくなくて次第に強くなってしまう。あいている片手でそっと髪を撫でる。思っていた通りの柔らかくて撫で心地のいい髪質で、一回だけと思っていたのに、撫でる手をもとに戻す事ができなくなってしまった。
クスッと笑われた気配がして、掴まれていた手をいつのまにハンドクリームなんてものを取り出したのか、クリームを塗りながらハンドマッサージを始める。
そっと身体を離して、いつもの口調と表情に戻っている。
「はい、これで分かったでしょ?責任のとれない言動は軽はずみにしない。私じゃなかったら、そのまま…だったよ。それに、これでも、一応人生長く生きてきているから」
あなたは女優ですか?と言いたくなるほどにまとう空気は、ほんの数秒前まであった色香が消えて、優しいお姉さんに戻っていた。今まで、どんな恋愛経験をつまれてきているのだろう?とあらたな疑問も浮かぶ。
「せっかくのお茶、冷めちゃうから、飲もう」
「はい」
つまり、あれは世にいうお仕置きだったらしい。きっと、怖い思いをするからやめなさいという事なのだろうけど、手を伸ばせば届く距離なのに空気がバリアをはっている気がして触れられない。一回感触を知ってしまっているのに、触れる事ができないなんて、今の方がある意味お仕置きだと感じてしまった。
夜になり、外も日が暮れて暗くなってしまっている。
ブレスレットも出来上がり、夕飯も作って食べて、いろいろ話していたら、気が付けば微妙な時間になっている。夕飯を食べた段階で帰宅時間は分からないが、夕飯は食べたと一回連絡をいれているので、あとは帰宅時刻が分かった段階で連絡すればいいようなっていた。
「……よければ、泊まっていく?」
「いいんですか?」
「一応お客さん用の布団あるから、うちは大丈夫だけど」
「泊まります」
「じゃあ、布団敷いとくね」
「手伝います」
親に連絡を入れて泊まる事になったのを伝えた。
事前に予告しておいたのがよかったらしい。明日気を付けて帰宅しなさいとだけ返信が来る。
「うちが狭いから、つけて敷かないと二人分は難しくて…今日も、話していて楽しかった」
「そう思ってもらえて、嬉しいです」
布団を敷いて、掛布団を用意しながら言うと、ふっと優香さんは笑みを浮かべる。
「可愛いね」
「……」
そう言っているあなたが可愛いですと口に出して言えなかった。美空がこういう時、言葉に出して言えない気持ちが少しだけ分かる気がした。




