出会いと指輪『2』
傷つく事が嫌いになっていて、先が見えていることは、行動に起こす前に諦めていた。今、叶えられない事に時間をかけていて、叶えられる保証はどこにもないのが現実だった。
美空は教室につき、あいている席に教科書と筆記用具をひろげて、スマートフォンを取り出し机の上に置く。いつもの「内職」をするつもりだ。
アプリを開き、少し操作をすると打ち込みかけの楽譜が画面上に現れた。
友人に頼まれ、報酬がもらえるわけではないが、頼まれて作曲している事は美空にとっては仕事だととらえているらしい。知り合ってから一年経過しているのだが、いまだに聴かせてもらった事がない。
「どんな曲なの?」
「んー…ロックみたいな曲。なんとなく詞がそんな感じだった」
詞がそんな感じっていうのは、どういう事なのだろう。理解していない気配を察したのか美空は私に視線を向けてくると、どう言えば伝わるだろうかとしばらく考えている。
「……えーと、詞を読んでこんな曲って頭の中で曲が聞こえてくるのが、そんな感じ」
「そうなんだ」
「うん、そういうものだと思って」
「感覚でそう言えるのは、天才なんじゃない?」
そう言うと美空は、苦笑を浮かべる。
「それだけいろんな曲を聴いてきているからね。幸来だって、ある程度曲を聞いてくるとなんとなく分かると思う」
「やっぱり、感覚の事を言葉にするのは難しい」と、美空は再度苦笑した。
感覚の話は、実感する事が難しい。
百聞は一見にしかずとはよく言ったものだと思う。実感してしまえばストンと意味が体の中に入ってきて納得できるのに、言葉でいくら話をされても、耳にはいってくる音でしかなくて、言葉の意味を理解する事が難しく感じる。
「聴かせてよ」
「まだ、途中だからダメ」
そう言って、今回も美空は聴かせてくれなかった。
「……完成したら、いいよ。メールで送るから」
「楽しみにしているね」
そう言うと、美空はどことなく嬉しそうに目を細めながら、作曲作業に戻る。その横顔が輝いていて眩しかった。
一つの物を作りあげる人は、尊敬してしまう。
諦めずに努力をし続けられる人は、自分の技術が足りない面を分析する分析力があって、補うための方法をし続けられる人だ。下手な自分と向き合って、挫折しそうになりながらも、それでも、続けてこられるのは、好きだからというのもあるけど、相手が自分を必要としてくれて喜ぶ姿が嬉しく感じるからだと美空を見て感じている。
今の私には、そういうものがない。
見えていないだけなのかもしれないが、この先の仕事を探す中で自分には何が武器なるのか分析できそうになくて不安がのこる。
それは、恋愛にも言える事だった。
自分の恋愛に対して堂々としている人もいれば、弱気になってしまう人もいる。私は、どちらかといえば、後者だ。傷つく事を恐れていては何も得る事はできないと、世の中の人は言うけれど、私には次の一歩を踏み出せそうにない。
名刺に書かれたメールアドレスを登録したところで、操作していた指がとまった。
区切りがついたのか、美空が視線を私に向ける。
「何?メール」
「うん」
「……貸して」
「ちょっ…」
取り上げられたスマートフォンを取り返す間に、もうメールを送ってしまったようだった。画面には「送信しました」の文字が出ている。
「はい、返す」
「返すって、他人のメール勝手に」
「おかしい文章は送ってないよ?」
「そういう問題じゃ…」
「おーい、そろそろ始めるぞ。出席簿を前から回すから書いとけよ」
先生が前のドアから入ってきて、いつも通りのけだるい声で講義を始めている。筆記用具を広げてから、隠れてメールを確認すると、とても私とは思えないような猫をかぶった文章が書かれていた。内容は確かにおかしい文章ではないけれども、抗議の視線を美空に向けても、素知らぬ顔で自分の内職をしていた。