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そのいち

競馬の世界の一年は日本ダービーに始まり、日本ダービーに終わる。

毎年、競馬関係者は切磋琢磨してダービーを目指してサラブレッドたちを磨き上げていく。

今年その冠を競うのは2013年に生産された6,825頭。

ダービーは種牡馬(繁殖用の種馬のこと。競争成績の優秀な馬だけがその役目を与えられる)選定会とも呼ばれ、その結果によって日本競馬の血統地図が決まっていくとも言える。

皐月賞、ダービー、菊花賞のいわゆる「三冠レース」のなかでも、ダービーが東京競馬場の芝コース2,400メートル=日本競馬のチャンピオンコースで争われるのにはそういう理由がある。

だから、ダービーはファンにとっても競馬関係者にとっても特別なものだ。


今年の日本ダービーはその歴史の中でも特別なものになりそうだ。

史上最強世代。

そんな言葉がダービーを前にして聞こえてくるのは私が競馬を観てきた20年で、記憶にない。

史上最強世代といえば、例えばスペシャルウィーク(天皇賞春秋連覇)、グラスワンダー(有馬記念、宝塚記念のグランプリ三連勝)とエルコンドルパサー(凱旋門賞で当時欧州最強馬モンジューとの歴史的死闘を演じての2着)を輩出した98年世代や、アグネスタキオン(名馬揃いの世代にあって、幻の三冠馬と呼ばれる)、ジャングルポケット(ダービー優勝、またジャパンカップで当時日本最強馬テイエムオペラオーを撃破)、クロフネ(ダートコース2,100メートルの世界レコードホルダー)の01年世代が挙げられるだろう。

その条件とは競馬史に未来永劫名前を残す名馬を複数頭出していることだろうが、すでに今年はそのレベルを予感させる馬が何頭もおり、いずれもダービーに駒を進めそうだ。


彼らに限らず、全てのサラブレッドにはドラマがある。

馬からしてみればそんなものは人間が勝手に作った文脈でしかないのだが、その身体に流れる、幾層にも積み重ねられた純血の歴史を辿れば自然と物語が紡がれてしまう。

それが、選び抜かれた名馬であれば尚更だ。


今年「史上最高のダービー」に臨む優駿たちの、筋書きのないドラマ。

それをここに書く。


※※※

一つのドラマは2005年に遡る。


二頭の牝馬(おんな馬)が世代最強を賭けて覇を争っていた。

東京競馬場、芝コース、2,400メートル。

「牝馬のダービー」オークスがその舞台だ。

一頭はその名をシェイクスピアの「十二夜」に登場する男装の麗人からとるシーザリオ。

その名に倣ってか、漆黒の馬体に牡馬(おとこ馬)でもなかなか見られないほどの筋肉の鎧を纏う名馬だ。

対するは、シーザリオとは対照的に、華奢な身体に細く伸びる鼻筋の美女・エアメサイア。

両馬の父は稀代の名種牡馬サンデーサイレンス。

最後の直線コース、ゴール直前で先頭を捕らえたエアメサイアのジョッキー・武豊は勝利を確信しただろう。

完璧なレース、誰もがそう思った。

そこに大外を回ったシーザリオが追い込んでくる。

信じられないような豪脚。

僅かにクビの差でシーザリオに軍配が上がった。


その後シーザリオは海を渡り、アメリカのオークスも制し日米の女王になれば、エアメサイアはもう一つの女王決定戦・秋華賞を制し、それぞれ引退した。


※※※

10年後、2015年。

若い2歳牡馬のナンバーワン決定戦・朝日杯フィーチュリティステークス(中山競馬場、芝コース1,600メートル)に臨むのはエアメサイアの息子、エアスピネル。

鞍上は母と同じく武豊。

母譲りのレースセンスでデビューから二連勝。

単勝は1.5倍(100円を賭けても150円にしかならない)の圧倒的一番人気だ。

武はこのレースを勝てば前人未到のJRAのGIレース完全制覇となる。

母のエアメサイアはこの年、事故によって死没している。


武にとって、あのオークスを彷彿とさせる、いや、それ以上に完璧なレースに見えた。

エアスピネルはその才能を遺憾なく発揮し、他馬をグングン引き離していく。

それをただ一頭、猛然と追いかける黒い馬体があった。

その名をリオンディーズという。

シェイクスピアの喜劇「冬物語」に登場する王の名だ。

母はそう、あのシーザリオ。

筋骨隆々の黒い身体は母親譲りのものだろう。

身体だけではない。

大きなストライド、不器用なレースぶりもそっくりなものだから面白い。

また、リオンディーズはあの豪脚も受け継いでいた。

母をも凌ぐかもしれない、弾丸のような、恐ろしさすら感じさせる、物凄い脚。

必死に抵抗するエアスピネルをリオンディーズがねじ伏せたところがゴールだった。

競馬ファンは誰もがあのオークスを思い出していた。

2戦2勝、デビューから僅か29日でのGI競争制覇はJRA記録だ。


両馬の父は奇しくも同じく現代の名種牡馬キングカメハメハ。


二頭が3着馬につけた差は大差の4馬身。

この差が物語るのは、リオンディーズとエアスピネルのずば抜けた能力だ。


血の宿命を背負った二頭は、さらなる栄冠を目指す。

しかし、このドラマの出演者はこれだけで終わらない。


※※※

年が明けて2016年、弥生賞。

中山競馬場、芝コース、2,000メートル。

三冠レースの第一冠、皐月賞の前哨戦でリオンディーズとエアスピネルは再び戦うことになる。

一番人気はもちろんリオンディーズ。

朝日杯での圧倒的なレースぶりは単勝を1.9倍にまで押し上げていた。


レースは前走からうってかわって、先行するリオンディーズをエアスピネルが追う展開に。

直線で先に抜け出したリオンディーズにエアスピネルが食らいつくも、並ぶことすらできない。


そのエアスピネルの横を、額に一点星、黄・黒・青の勝負服(ジョッキーの衣装。馬主により変わる)、鹿毛の馬体が飛ぶように駆ける。

その姿はかつての名馬を思い出させる。

この馬の名をマカヒキ。

エアスピネルをアッサリ捕らえたマカヒキは、先頭に立ってフワッとした(馬は元来群生動物だから、周囲に馬がいなくなると競争に集中力を欠くことががある)リオンディーズに襲いかかる。

直線の短い中山競馬場で上がり3ハロン(最後の600メートル)33秒6。

マカヒキの繰り出した鬼脚は怪物リオンディーズをも飲み込んだ。

鞍上のクリストフ・ルメール騎手が振るったムチは僅かに3発。

余裕すら感じられた。

1着マカヒキ。

2着クビの差でリオンディーズ。

3着に2馬身離れてエアスピネル。

4着以下には5馬身の差がついたことは、この勝者もまた怪物だということを示す。

新馬戦、若駒ステークス、そしてこの弥生賞で3戦3勝。

マカヒキは前述の名馬と全く同じ成績で皐月賞に臨むことになる。

マカヒキの父、また、かの名馬とは日本競馬史に燦然とその名を残す、ディープインパクトである。


ここにもう一つのドラマがある。

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