第9話 最終決戦!
夜明け前、ダイとグランゾルは、ジェバイトの指定した岩山へと到着していた。
山といっても、巨大な一枚岩で出来た台座のような形をしており、頂上はかなり広い平地となっている。これなら、超獣神が戦っても問題無さそうであった。
『玄武の機獣神は、まだ現れていないようだな…』
ぬいぐるみ姿となったグランゾルは、ダイの頭上に着地する。
『ダイよ…。他の二人がやって来るまで、うまく話を伸ばすのだぞ…』
その瞬間、グランゾルは、鳥形のぬいぐるみとなる。
『わたしは、隙をみて、レイチェルの救出を試みる』
グランゾルはそう言い残し、闇の中に消えていってしまった。
辺りは薄暗く、標高が高いためか、夏だというのに肌寒く感じられる。崖の端に立ったダイは、風を全身に受けながら、明るくなってくる空を見つめていた。
「レイチェル…」
ダイは、レイチェルの笑顔を思い出す。レイチェルは、この世界に飛ばされて初めて出来たお友達である。なんとしても、ダイの手で助けてあげたかった。
そのとき、上空から大気を震わすような振動が伝わってくる。ダイが見上げると、空には波紋のようなものが広がっており、巨大な亀の甲羅が姿を現した。
『ほぉ〜、逃げずによく来たな…』
玄武の機獣神からジェバイトの声が聞こえてくる。
『ふふっ…。カナリーとブルースはどうしたのだ?』
ジェバイトは、ダイをからかうように呟いた。
「ふ、二人はちょっと遅れるって!」
慌てて嘘っぽい言い訳をするダイ…。それを聞いたジェバイトは、大きな声で笑いはじめた。
『あははっ♪ カナリーのことだ、連絡が取れなかったのだろう?』
ジェバイトは、ダイの嘘を見透かしたように呟く。
『だが安心しろ…。カナリーには、わたしが連絡を入れておいた』
どうやら、味方であったときに使っていた回線で、一方的に通信を入れたようである。
『まぁ、ヤツが自らの危険をかえりみず、人助けに来るとはとても思えないがな…』
盗賊としての付き合いが長いためか、ジェバイトは、カナリーの性格を完全に把握していた。
「カナリーさんは、そんな人じゃない!」
ジェバイトの言葉に、ダイは怒りながら叫ぶ。事実を知れば来てくれる…。ダイは、そう思いたかったようだ。
「カナリーさんは…、来ない…」
突然、何者かの声が聞こえてくる。ダイが視線を向けてみると、顔に仮面を付けた少年が、手に槍を持ってゆっくりと歩いて来ていた。
『ほぉ〜、ブルースか…』
ジェバイトは、ブルースの姿に嬉しそうな声を上げる。
『ブルースよ、おまえがコーネルピンにやられたときは心配したぞ…。さぁ、わたしと共に、時空盗賊団ダイアスポアを再建しようではないか』
ジェバイトは、ブルースとの再会を喜んでいるようである。しかし、ブルースは、槍を構えるようにして、玄武の機獣神を睨みつけた。
「ジェバイトさん…。あなたがオレの記憶を持っていないことはカナリーさんから聞いた…」
ブルースの身体が怒りに震える。
「あなたは、オレを騙して、利用していただけだ!」
いままでのブルースは、言われるままに、盗賊としての仕事をこなしてきた。それは、ジェバイトに従っていれば、いつかは記憶が取り戻せると信じていたからである。
「オレは、あなたを許せない!」
ブルースは、声を押し殺すように呟いた。
『ならば、どうするというのだ?』
ジェバイトの声から笑みが消える。すると、サフィリンの甲羅に大蛇の機獣が巻き付いて、戦闘形態となった。
「ちょっと待って!」
ダイは、慌ててブルースの元に駆け寄る。
「レイチェルが捕まっているんだ。あんまり刺激しないでよ!」
ダイは、ブルースにしがみ付き、内緒話でもするように囁いた。
「そんなこと、オレには関係ない…」
ブルースは、ダイの腕を振りほどいて数歩前に出る。
「オレは、ジェバイトさんと決着しに来たんだ…。邪魔をするなら、まずはキサマから殺す…」
ブルースは、振り向いてダイに槍を構える。ダイは、慌てて牙龍鳳翼剣を抜刀した。
『あははっ、こいつは面白い…』
ジェバイトは、仲間割れを始めたダイたちを見て、笑い声を上げる。二人がかりでかかって来られてもかまわないが、思わぬ見世物の始まりに、ジェバイトは傍観することに決めたようだ。
「その調子やで〜、ブルース♪」
サフィリンの後方に、何者かが浮んでいる。それは、小型のリーンウィックに乗ったカナリーであった。カナリーは、ブルースに時間稼ぎをしてもらい、その間にサフィリンへ潜入して、直接レイチェルを助けようと考えていた。
「素直に出ていっても、殺されるだけやからな〜。この機獣神に勝つには、あの合体した超獣神しかないで〜」
カナリーは、いまの戦力では、この機獣神に勝てないことを理解していた。それなら、レイチェルを助け出し、グランフォーニで倒してもらうだけである。カナリーは、サフィリンの死角から、ゆっくりと甲羅に近づいた。
『どうするつもりだ…?』
突然、後ろから声が聞こえてきて、カナリーは飛び上がるように驚く。カナリーが振り返ると、鳥形のぬいぐるみ姿をしたグランゾルが浮んでいた。
『まさか、機獣神の内部に入る方法を知っているのか?』
グランゾルは、リーンウィックにスピードを合わせながら、カナリーに問いかける。
「あぁ…。機獣神は、超獣神と違って機械やからな〜。定期的なメンテナンスも必要やし、各パーツにはハッチがあるんや…」
カナリーは、そこから内部に潜入し、レイチェルを助け出すという。
「あたいが機獣神の中に入ったら、おまえらはマスターたちの元に戻るんやで。いつ戦いになるか、わからへんしな〜」
カナリーの言葉に、グランゾルはゆっくりと頷く。レイチェルのことは、カナリーに任せておけば大丈夫だろう。
『ならば、先に戻らせてもらう…』
グランゾルは、方向を転換して飛び去っていく。
「せっかちやな〜」
カナリーは、苦笑気味に呟きながら、サフィリンの甲羅に飛び移る。
「リーンウィック、ブルースを頼んだで〜」
カナリーは、甲羅にしがみ付きながら、リーンウィックに向けて親指を付き出す。ぬいぐるみ姿となったリーンウィックは、しっかりと頷きを返した。
『カナリーも、気を付けて…』
そう言い残し、リーンウィックは、サフィリンから離れていく。カナリーは、リーンウィックの姿が見えなくなったのを確認して、行動を開始した。
「さてと…。造りがコーネルピンと同じあったら、この辺りに…」
カナリーは、サフィリンの甲羅を触りながら呟く。
「ビンゴみたいやで〜♪」
カナリーは、手にした部分を一気に押し込む。すると、甲羅の一部が開き、中へと続くメンテナンス通路があらわれた。
「お嬢ちゃんが囚われとるとするなら、中央区画、つまり甲羅の真ん中辺りやろな〜」
狭いメンテナンス通路に侵入したカナリーは、頭の中でこれからの計画を立てる。
「まてよ〜…。コックピットへ行って、直接ジェバイトを殺すってのもアリかな〜?」
カナリーは、凶悪な顔つきで呟く。
「おっと…、お嬢ちゃんを助けるんやったな〜」
カナリーは、慌てて魅力的な考えを否定する。今回の目的は、あくまでもレイチェルを助け出すことであった。
潜入したメンテナンス通路には照明も無いため、夜目が利かない限り進むことは難しいだろう。もちろん、盗賊のカナリーにとっては、暗闇など苦にならなかった。カナリーは、コーネルピンの鍵である短剣を手に、メンテナンス通路の奥へと進むことにした。
カナリーは、迷うこともなくメンテナンス通路を進んでいく。そして、上に向かう梯子をみつけ、それを昇り始める。行き止りの蓋を少しだけずらして隙間から覗いてみると、そこは照明の付いた正規の通路であった。カナリーは、蓋をゆっくり開いて、正規通路に入る。
「ふぅ〜、思った通りや〜」
カナリーは、ホッと息をつく。内部に潜入されても警報が鳴らないことを考えると、ジェバイトはどうやら機獣神の機能を完全に理解していないようである。
「さ〜てと…。全速でお嬢ちゃんを助けるか〜♪」
そう言って、カナリーは人とは思えないスピードで、通路を走り出した。
入り組んだ通路を進み、カナリーは厳重な扉で閉じられた部屋に到着する。カナリーは、軽やかに扉のロックを解除して、隠れるように部屋の中へ入った。その中では、ベッドに座ったレイチェルが、ぬいぐるみ姿のアルフォーニを抱きしめていた。
「あうっ! カナリーさん?」
レイチェルは、現れたカナリーを見て、驚きの声を上げる。カナリーは、指を口に当てながら、ゆっくりとレイチェルに近づく。人質がいる部屋であるため、ジェバイトにモニターされている可能性が高いからだ。
「お嬢ちゃん、無事やったか〜♪」
カナリーは、にっこりと微笑みながら、レイチェルの頭を優しく撫でる。
「みんな心配しとる…。さっさと脱出するで〜」
カナリーは、急かすようにレイチェルの腕を掴む。だが、レイチェルは、重い腰を上げようとしなかった。カナリーが不思議そうにしていると、突然、扉にロックがかかる。
「なんや…、やっぱバレとったんか〜…」
カナリーが呟くと、部屋の中央にジェバイトの立体映像が浮かび上がった。
『まさか、おまえの方から来てくれるとはな…』
ジェバイトは、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「簡単に入れすぎると思ったで〜…」
カナリーは、脱出を諦めたように、レイチェルの隣に座った。
「助けに来たつもりが、逆に捕まってもぉ〜た…」
カナリーは、苦笑しながら、レイチェルに顔を向ける。レイチェルも、困ったような表情で微笑みを返した。
『カナリーよ…。裏切りを詫びて、忠誠を誓うならそれもよし…』
ジェバイトは、カナリーを睨みつけるように呟く。
『さもなくば…、ヤツらを始末した後に…』
見下したような視線を向けられ、カナリーは不機嫌そうに顔を背けた。
「けっ…。おまえさんには、もう利用価値があらへん…。さっさと、やられちまえばええんや…」
カナリーは、冷たい視線をジェバイトに向ける。もはや、ダイアスポアに戻る気は、まったくなさそうであった。
『ふん…。キサマがどのように命乞いするか、いまから楽しみだ!』
ジェバイトは、吐き捨てるような口調で怒鳴りつける。すると、ジェバイトの立体映像は、そのまま消えてしまうのだった。
立体映像が消えてからしばらくすると、カナリーは項垂れたようにため息をついた。
「さぁ〜て、どないしよ〜」
カナリーは、辺りを見回して、脱出方法を考え始める。部屋には結界が張ってあるのか、短剣からコーネルピンの気配がまったく感じられない。おそらく、召喚することもできないだろう。
「お嬢ちゃんの超鳳神も、ダメそうやしな〜」
カナリーは、レイチェルが抱っこしているアルフォーニの様子を確認する。アルフォーニは、本物のぬいぐるみのように、ピクリとも動かなかった。
「カナリーさん…。ごめんなさい」
レイチェルは、ペコリと頭を下げる。自分を助けるために、カナリーまで捕まってしまうことになったからだ。
「そんなん、気にせんでええ…」
カナリーは、腰に付けている小物入れから、小さな通信機を取り出す。
「あ〜…。ブルース、聞こえとるか〜?」
カナリーは、時間稼ぎをしているであろうブルースに通信を入れる。
「作戦失敗や〜♪」
それほど焦っていないのか、カナリーは平然と報告をした。
「まぁ、こっちのことは心配せんでええから、ジェバイトなんかに負けるんやないで〜…」
それだけを伝えると、カナリーは一方的に通信を終了させてしまう。
「それから…」
カナリーは、天井を見上げるように呟く。
「覗いてるんやろジェバイト〜。外の様子ぐらい、サービスしぃや〜♪」
すると、部屋の中央の空間に、四角いモニターが浮かび上がる。そこには、ダイとブルースが戦っている様子が映し出されていた。
「あうっ!」
レイチェルは、二人の戦いに愕然とする。ダイたちは、本気で殺し合いをしているように見えた。だが、その戦いは、カナリーが通信を入れたことで終りを向かえた。
「ちっ!」
ブルースは、なぜか構えた槍を下に降ろす。
「グランゾルのマスター。作戦は、失敗したようだ…」
呆然としているダイに、ブルースは、カナリーが捕まってしまったことを伝えた。
「えっ、カナリーさんがレイチェルを助けに行ってくれてたの?」
ダイは、ブルースの説明に驚きの声を上げる。
「それならそうと、事前に説明ぐらい…」
いきなり攻撃されて、ダイは本当に殺されてしまうのかと思ってしまった。もちろん、ダイは戦闘に関して素人なので、ブルースも本気で攻撃していたわけではない。ブルースが本気になれば、ダイなど一瞬で殺されてしまうからだ。
「そんな暇はなかった…。それに、こうなってしまっては、説明していたとしても意味がない」
ブルースは、玄武の機獣神に向けて槍を構えた。
確かにその通りなのだが、どこかバカにされているような気がする。ダイがムッとしながら文句を言おうとしたとき、サフィリンによるミサイル攻撃が始まった。
強力なミサイル攻撃により、地面が見えなくなるほどの爆炎が発生する。これほどの攻撃を食らえば、人の身など一溜まりも無いだろう。しかし、ダイたちは、爆撃を受ける直前、超獣神の背に乗って空へと逃れていた。
「ふぅ〜…。ありがとう、グランゾル」
ダイは、グランゾルの背に乗りながら、大きな息をつく。グランゾルが来てくれなければ、ダイの身体は粉々に飛び散っていたかもしれない。
『こうなってしまえば、戦いに勝つしかレイチェルを助ける方法はない…』
グランゾルの言葉に、ダイはコクリと頷く。
『ダイよ…。我が名を呼べ!』
すると、牙龍鳳翼剣を構えたダイが、グランゾルの背中で立ち上がった。
「グランゾーーール!」
その叫びと共に、グランゾルの身体がみるみる大きくなる。ダイは、グランゾルの中に吸い込まれ、唯一光っている空間に着地した。目の前には、二つの球体が浮んでおり、手にすると外の景色が全方向に映し出された。
「いくよ、グランゾル…」
ダイは、光の球体を前に押し出す。鳳凰の姿をしたグランゾルは、玄武の機獣神サフィリンに向けて飛翔した。
『グランゾルのマスター…』
突然、グランゾルの操縦空間に、ブルースの顔が映し出される。
『カナリーさんから通信のあった場所は、機獣神の中央付近…。あの女の子もそこにいるはずだから、それ以外なら多少の攻撃は問題ない』
そう言うと、ブルースは、サフィリンに攻撃を開始した。
龍の姿をしたリーンウィックが、上体をゆっくりと反らせる。そして、勢いよく身体を戻すと、口から大質量のレーザーが照射された。
レーザーは、サフィリンに直撃し大爆発を起こす。だが、見えないシールドに護られ、機体には傷の一つも付かなかった。
『ウイングブレード…』
ダイが叫ぶと、グランゾルの翼が光のエネルギーに包まれる。光は水平に伸び、細長い刃のようになった。
『アターーーック!』
グランゾルは、高速で回転を始め、サフィリンめがけて突っ込んだ。
『くっ、さすがに硬いな…』
体勢を立て直したグランゾルは、無傷のサフィリンを見て愕然とする。
『ダイよ…。聖獣モードでは埒が明かん! 地表に降りて、バトルモードに…うぉっ!』
グランゾルが提案したとき、巨大な何かが背中に飛び乗ってきた。見上げてみると、それはバトルモードに変形したリーンウィックであった。
「ぬぬぬっ!」
ダイは、なんとか体勢を保とうと、必死に光の球体を押し上げる。聖獣モードとはいえ、他の超獣神を乗せて飛ぶことは出来ないのだ。
『はぁーーーっ!』
リーンウィックは、手にした槍を回転し始める。槍先からは水が発生し、巨大な渦を形成してサフィリンに襲いかかった。
リーンウィックの攻撃も、サフィリンの甲羅を僅かに濡らす程度であった。そのとき、ヨロヨロと飛ぶグランゾルめがけて、蛇の機獣が突っ込んできた。
機獣の牙がグランゾルたちに迫る。その瞬間、リーンウィックがグランゾルを踏み台にして、蛇の機獣に飛びかかった。
『って、さっきからなんなんだーーー!』
リーンウィックに踏まれるような形で、グランゾルは落下を始める。ダイは、自分たちを利用したブルースの戦い方に、苛立ちを感じていた。
『文句なら、後で聞く!』
ブルースは、蛇の機獣に槍を突き立てる。槍は、蛇腹の繋ぎ目部分に、辛うじて突き刺さった。
『八寒地獄、摩訶鉢特摩!』
ブルースが叫ぶと、槍が刺さった箇所から、氷が発生する。蛇の機獣は、見る見る氷に包まれて、その動きを停止させた。
『八寒地獄、尼剌部陀!』
すると、リーンウィックの周囲に、鋭い氷柱が現れる。リーンウィックが腕を振り下ろすと、氷の刃は機獣めがけて突き刺さった。
蛇の機獣は、爆発を起こして四散する。リーンウィックは、軽やかに身を翻し、サフィリンの甲羅に着地した。
「す、すごい…」
その戦いを見ていたダイは、リーンウィックの強さに驚きの声を上げる。
「あの機獣って、カナリーさんのコーネルピンより強いんじゃなかったの?」
ダイは、同じく呆然としているぬいぐるみ姿のグランゾルに問いかけた。
『性能だけでいうなら、リーンウィックに勝ち目はない…』
グランゾルは、信じられないといったように呟く。
『あのブルースという少年…、かなり戦い慣れているようだ』
グランゾルの説明では、ブルースが乗ることで、リーンウィックは性能の何倍もの力を発揮しているという。
「ブルースが…」
ダイは、なぜか悔しそうに歯を食いしばる。
グランゾルのマスターとして選ばれ、こちらの世界に飛ばされてきたダイは、いままでなんとなく戦いをこなしていた。元の世界に戻るため、時空石を探す過程での戦い。その全てが、ダイの望んだ戦いではなかった。
しかし、同じ超獣神のマスターとして、力の差を見せつけられたような気がする。もちろん、グランゾルとリーンウィックでは、基本性能が桁違いである。それでも、ダイとブルースを比べれば、どちらが優れているか一目瞭然であった。
「あんなヤツに…」
ダイの身体が小刻みに震える。
「あんなヤツに、負けてたまるかーーー!」
隠れていた闘争心に火が付いたのか、ダイはリーンウィックを睨みつけて大きく叫んだ。
『なっ!』
グランゾルは、ダイの叫びに合わせて、己の力が漲ってくるのを感じた。まるで基本性能が数倍は上がったかのように、強い力を感じることができたのだ。
『ふっ…』
グランゾルは、それがダイの嫉妬によるものだと理解していた。
『ダイよ…。リーンウィックのマスターばかりに良い格好をさせることはない。我々でレイチェルとアルフォーニを助けるぞ!』
グランゾルの言葉に、ダイはしっかりと頷く。グランゾルは、嬉しそうな表情で、サフィリンめがけて飛翔した。
お互いに競い合い、力を高めあう存在…。ダイは、そんなライバルを見つけたのかもしれなかった。
蛇の機獣を倒したリーンウィックは、亀の甲羅に槍を突き立てる。槍先は、その固い甲羅に弾かれてしまった。
『はっ!』
ブルースは、身の危険を感じて、その場から離れようとジャンプする。その瞬間、リーンウィックは、丸太のような何かで弾き飛ばされてしまった。
『聖獣モード!』
ブルースは、リーンウィックを変形させて、空中で体勢を整える。サフィリンに視線を向けてみると、さきほど倒したはずの蛇型機獣が甲羅に巻きついていた。
『機獣が復活した!』
ダイは、蛇の機獣が再生したことに驚いてしまう。だが、驚きはそれで終りではなかった。甲羅の陰から、新たに六体もの蛇型機獣が姿を現したのだ。
『うげっ!』
まるで、亀の甲羅から、うねうねと触手が生えているようである。ダイは、おもわず奇妙な声を上げてしまった。
蛇の機獣が口を開き、高熱の炎を噴き出す。ダイたちは、その攻撃を必死にかわそうとした。
『くっ、近づけない!』
ブルースは、火柱をかわしながら接近を試みる。すると、蛇型機獣が一斉にリーンウィックの方を向いた。
『うわぁあああ!』
リーンウィックは、激しい炎の直撃を受けてしまう。
『ブルース!』
ダイは、グランゾルの翼に光の刃を纏わせながら、機獣の根元に突っ込む。そのとき、横から巨大な頭が迫ってきて、グランゾルの身体を咥えてしまった。
『なにっ!』
グランゾルを捕らえたのは、巨大な亀型機獣の頭だった。
亀の機獣は、鋭いくちばしで、グランゾルを押し潰そうとする。ミシミシといった音が聞こえ、グランゾルの装甲にヒビが入った。
どががっ! 突然、グランゾルを咥えた亀の機獣に、数発のミサイルが命中する。機獣は、グランゾルを解放し、ミサイルの飛んできた方に顔を向けた。
『おやおや、無傷のようですね〜』
グロッシュラーの、間の抜けた声が聞こえてくる。そこには、強化型アレックスがへばり付いた、巨大な鷲が浮んでいた。その大きさは、聖獣モードのグランゾルを遥かに超えるものであった。
『グランゾル、背中に乗りな!』
パイロープの叫び声が聞こえ、巨大鷲はグランゾルの下方へ潜り込む。グランゾルは、バトルモードに変形して、巨大鷲の背中に着地した。
『ドロンジョさま〜〜〜♪』
ダイは、嬉しそうな声を上げる。その途端、巨大鷲が回転して、グランゾルを落下させた。
『うわわぁーーー! ごめんなさい、ごめんなさい!』
ダイが謝ると、巨大鷲は急降下して、再びグランゾルを背中に乗せた。
『………。今度言ったら、本当に叩き落とすからね…』
ドロン…いや、パイロープは、本気で怒っているようだった。
『はぁ〜…。なんで怒るかな〜…』
ダイは、不思議そうに呟く。ドロンジョさまとは、ダイのいた世界で誰もが一度は聞いたことのある、有名な三人組のリーダーを務めた女性の名前であった。
ダイは、これでもパイロープを褒めているつもりである。それでも怒るのは、バカにされていることを、本能的に気づいているからなのだろう。
『へっぽこ、ふざけてる場合じゃないだろ!』
パイロープが怒鳴りつけるように叫ぶ。
『はやく、あのお嬢ちゃんを助けるんじゃなかったのかい!』
パイロープは、のん気なダイを窘めた。
『うん、わかってる…』
グランゾルから、ダイの神妙な声が聞こえてくる。
『でも、ドロンジョさまは、ドロンジョさまであって…。いえ、なんでもないです…』
ダイは、アレックスからの殺気を感じて、黙り込んでしまうのだった。
グランゾルを乗せた巨大鷲は、猛スピードでサフィリンに突っ込む。
『牙龍鳳翼剣ーーー!』
ダイが叫ぶと、雷火が落ち、形を成して剣となった。
『いけぇーーー!』
ダイは、牙龍鳳翼剣を手に大きく叫ぶ。
『クラッシュアンド…』
グランゾルは、サフィリンに剣を突き立てようとする。しかし、グランゾルを乗せた巨大鷲は、なぜか身を翻してサフィリンから距離を取った。
『再生してどうするんだい、再生して!』
パイロープは、怒鳴りつけるように叫ぶ。
『バカの一つ覚えじゃあるまいし、他の破壊系の技で攻撃しな!』
パイロープの叫びに、ダイは考え込んでしまう。
『ウイングブレードみたいな小技はあるけど…、強力な必殺技はクラッシュアンドリバースしかないかな〜?』
ダイは、苦笑しながら答える。まさに、バカの一つ覚えであった。ちなみに、グランゾルは格闘タイプなので、遠距離攻撃技も持っていなかったりする。
『ならば、足場をよこせ!』
突然、ブルースの声が聞こえ、グランゾルはリーンウィックに蹴り飛ばされた。空に投げ出されたグランゾルは、急いで聖獣モードとなって浮遊する。ダイが文句を言っているようだが、ブルースには関係ない。
『八寒地獄、尼剌部陀!』
リーンウィックは、いくつもの氷柱を出現させて、サフィリンめがけて一気に放つ。鋭い氷の刃は、そのほとんどがサフィリンの見えないシールドに弾かれてしまった。
『ふっふっふ♪ 機獣神の再生能力と絶対防御の前には、キサマらの攻撃など無意味!』
ジェバイトは、格の違いを見せつけるように叫ぶ。
『もはや、キサマらに勝ち目はない…。おとなしく、このサフィリンに殺されることだな!』
サフィリンは、グランゾルたちに身体を向ける。甲羅の上部が変形しながらパカッと開き、中から巨大なガトリング砲が現れた。
『死ね…』
サフィリンの冷たい声が響く。ガトリング砲が回転を始めようとした、まさにそのとき…。サフィリンの下層部分に、大きな爆発が起こった。
『な、なにっ!』
爆発は、サフィリンの内部から起こったようである。サフィリンは、体勢を傾けながら、地面に落下しようとしていた。
サフィリンの操縦室にいるジェバイトは、慌てて爆発があった箇所をモニターに映す。
『あははっ♪ 燃えろや燃えろ〜〜〜♪』
そこに映ったのは、監禁室にいたはずのカナリーとレイチェルであった。
『これで、サフィリンのシールドは消えるはずや〜♪』
カナリーが破壊したのは、機獣神のエネルギーシールドを発生させる装置のようである。
「バカな! いつのまに脱出した!」
ジェバイトは、監禁室の映像を拡大表示させる。
「あが…」
カナリーたちと思っていた影は、どこから持ち込んだのか、等身大のマネキン人形であった。ジェバイトが扉の方を映してみると、壁に鋭利な切り口の大穴が開いていた。
『ジェバイトもアホやで〜。捕まえとくんなら、武器くら回収しとかなあかん♪』
そう言って、カナリーは、手にした短剣を握りしめる。すると、短い刀身から光が伸び、輝きを放つ長剣となった。
『機獣神も時空族の遺産や〜…。呼び出す鍵も、超技術の塊やで〜♪』
カナリーは、光の刃を振り回す。サフィリンの硬い内壁も、光の刃によってズタズタに斬り裂かれてしまった。
『ブルース! これでシールドは消えたはずやーーー!』
カナリーは、通信機に向かって大きく叫ぶ。ジェバイトがハッとして外の映像に視線を向けると、巨大鷲に乗ったリーンウィックが槍を構えていた。
『八寒地獄、虎虎婆!』
ブルースが叫ぶと、巨大な氷柱が地表から生えるように、サフィリンへ向かって伸びた。
『ちっ!』
ジェバイトは、サフィリンの軌道を無理矢理ずらし、なんとか氷柱の直撃を避ける。だが、辛うじてずらしたものの、サフィリンの装甲には、大きな穴が開けられた。
『くそっ、ブルースめ!』
ジェバイトは、怒りに任せて怒鳴りつける。そのとき、開いた大きな穴から、小さな何かが飛び出した。それは、レイチェルを抱えたカナリーであった。
『コーネルピン!』
カナリーは、短剣を構えて大きく叫ぶ。すると、地表に魔方陣が描かれ、巨大な機獣が飛び出してきた。現れたのは、白虎の機獣神コーネルピンである。コーネルピンは、落下してくるカナリーたちに近づき、口で咥えるように受け止めた。
『レイチェル!』
ダイは、聖獣モードのグランゾルを、コーネルピンに向かわせる。コーネルピンの口で手を振るレイチェルを見て、安堵の息をついた。
『おのれ! キサマら、このままで済むと思うなよ!』
ジェバイトの怒りに震えた声が聞こえてくる。
『サフィリン…、バトルモード…』
ジェバイトは、サフィリンをバトルモードへと変形させようとする。
『ちょっと、まぁてぇ〜〜〜い!』
突然、グロッシュラーが大きく叫び、サフィリンの前へと躍り出た。ジェバイトは、巨大鷲の意外な行動に唖然としている。
『ついに…。ついに、この“お便りコーナー”も、ラストの紹介を残すだけになりました〜…』
グロッシュラーは、大袈裟な口調で語りはじめる。
『あ…。番組は来週が最終回ですから、ご心配なく〜〜〜♪』
その瞬間、グロッシュラー以外、全ての人がずっこけた。
「ら、来週が最終回なのかい?」
アレックスの操縦室では、パイロープが呆れるように項垂れていた。グロッシュラーは、残念そうな声で事実を認める。
「そうかい、わけのわからないこのコーナーも、今回で終りなのかい♪」
パイロープは、なぜか嬉しそうである。
「はい、残念ながら…」
グロッシュラーは、大きなため息をついて、ハガキを読み始めた。
「それでは、最後の質問…。緑柱石にお住まいの、青山七瀬ちゃん七歳からのお便り〜。 『カナリーさんって、結局は何者なんですか〜?』 との質問ですね〜♪」
読み終えたグロッシュラーは、正面を向いてにっこりと微笑む。
「そんなの、わたしが知ってるわけないじゃないですか〜♪」
グロッシュラーは、自信満々に答えた。
「なんだい…。今回は、監督から何も聞いていないのかい?」
パイロープは、どうでもよさそうに呟く。パイロープにとって、カナリーが何者であろうと、関係ないことなのだ。
「スペサルティン・ガーネット…」
突如、アレックスの操縦室に、聞き慣れない声が響く。
「デマントイドの魔王、ルシフォンさまの妹…」
パイロープたちが確認すると、その声は、ツァボライトの口から聞こえてくるものだった。
「その通り♪」
謎の声が聞こえたかと思うと、カナリーが空間転移でアレックスの操縦室に現れた。
「わたしの本当の名前は、スペサルティン♪」
にっこりと微笑むスペサルティンは、いままでのカナリーとはどこか違う雰囲気であった。
「確かに魔王ルシフォンの妹だけど…。今までどおり、カナリーって呼んでね♪」
どうやら、あの奇妙な口調は、カナリーが作っていたようである。
カナリーが衝撃の事実を暴露しているとき、パイロープとグロッシュラーは、別のことで驚愕していた。
「ツ、ツァボライト! あんた、本当に喋れたのかい!」
パイロープは、心底びっくりした表情を浮かべる。
「いやはや…。ツァボライトとの付き合いは長いですが、さきほどのようにはっきりと喋っているのを聞いたのは、初めてですね〜♪」
グロッシュラーは、うんうんと頷きを繰り返す。
二人とも、説明した内容のことより、ツァボライトが喋ったことに驚いているようだ。
「あ〜、もしもし…?」
カナリーは、寂しそうに苦笑する。
「一応、あなたたちの国の…、皇族なんですけど…」
しかし、カナリーの言葉は、完全に無視されてしまった。