第8話 凶悪、玄武の機獣神
「カナリー…。まさか、おまえが裏切るとは…」
炎上する空賊船を見上げているのは、時空盗賊団ダイアスポアの頭領ジェバイトであった。
空賊船の圧倒的火力や絶対防御は、コーネルピンの特殊能力である。カナリーの裏切りにより、空賊船は時空を渡るだけの船となってしまった。そのため、コーネルピンの攻撃を防ぐことができなかったようだ。
ジェバイトは、残っていた竜騎兵に搭乗し、辛うじて脱出する。だが、これまで集めていた時空族の秘宝は、全て失われることになった。
「ヤツらには、死よりも悍ましい恐怖を味合わせてやる…」
ジェバイトは、悔しそうに舌打ちをする。
「とはいうものの…。竜騎兵一体では、ヤツらに太刀打ちできないのもまた事実…」
ジェバイトは、冷静に現状を認識していた。
『お困りのようだな…』
突然、人を小バカにしたような声が聞こえてくる。ジェバイトが振り返ると、そこには、偉そうに踏ん反り返っている長髪の男がいた。
「バカな! ここは、時空の狭間…。キサマ、時空族か!」
ジェバイトは、驚きの声を上げる。いまジェバイトたちがいる空間は、聖界間を繋ぐ時空の道であり、通常では入ってくることもできない場所であったからだ。
『オレの名は“トラピッチェ・エメラルド”…。おまえに、素晴らしい力を与えよう!』
トラピッチェと名乗った男は、ジェバイトの相手をせず、自分勝手に話を進める。呆れるジェバイトだったが、トラピッチェの叫びと同時に現れた巨大な物体を見て絶句してしまった。
『くっくっく…。こいつは、玄武の機獣神サフィリン。攻撃と防御を兼ね備えた最強の機獣神だ!』
そう言って、トラピッチェは、大きな戦斧をジェバイトに差し出した。
「こ、これは…」
ジェバイトが受け取ると、戦斧は信じられないような軽さだった。トラピッチェは、それに満足したように去っていこうとする。
「ま、待て! いったいどういうつもりだ…」
ジェバイトの叫びに、トラピッチェの動きが止まる。
「わたしは各聖界に残るキサマら時空族の秘宝を集める盗賊だ…。そんなわたしに、なぜ協力する!」
トラピッチェの真意がわからないため、ジェバイトは叫びながら睨み付ける。そんなジェバイトに、トラピッチェは大声で怒鳴りつけた。
『主人公機がパワーアップしたのなら、敵もそれに対抗しなくてどうするーーー!』
トラピッチェは、大げさな動作をしながら叫ぶ。
『いわば、“おやくそく”! おまえが機獣神を手に入れることは、因果律によって決められていたことなのだーーー!』
拳を握りしめたトラピッチェは、無駄に熱く語った。
唖然としているジェバイトを他所に、トラピッチェは姿を消してしまう。
「まぁいい…。この玄武の機獣神さえあれば、誰もわたしに逆らえない…」
ジェバイトは、戦斧をかざすように構える。すると、玄武の瞳に光が宿り、狂ったように暴れ始めた。
マシュー山の頂上付近に広がる洞窟の奥…。戦いを終えたダイたちは、ミントベリルの住む館に招待されていた。
ジェバイトを裏切ったカナリーと、それにつき合わされたブルースは、聖界に散らばる時空族の秘宝を回収するため、そのまま旅立つことにしたようだ。どうやら、白虎の機獣神コーネルピンには、時空力に反応するレーダーが付いているようである。
「時空間転移できる秘宝が見つかったら、この卵と交換してちょうだい…」
ミントベリルは、小さなペンダントに入った卵を見せる。虹色に光を放つその卵は、まるで宝石のように美しいものであった。
「これなら、時空族の秘宝と比べても引け劣らないはずよ」
ドラゴンの卵は、国が丸ごと買えてしまうほどの価値がある。竜族の卵と交換であれば、カナリーも満足であろう。
「時空族のお宝は、ほとんど遺跡や地中に埋ってるからな〜。べつに、人から無理矢理奪うような真似はせぇへん…」
そんなことを心配するダイに、カナリーは苦笑しながら説明する。
「まぁ、この聖界に秘宝の価値わかる人もおらんやろうし…、持ってる人がおったら、適当な宝石とでも交換してもらうわ〜♪」
カナリーは、にっこりと微笑みを浮かべた。それでもダメなら、盗みに入るということは、もちろんダイたちに内緒である。
こうしてカナリーとブルースは、ダイたちの前から姿を消した。そして、ダイたちは、光竜ミントベリルのおもてなしを受けることになった。
「は〜い。みんな〜、ごはんにしましょ〜♪」
ミントベリルは、テーブルに料理を山ほど並べる。その美味しそうな匂いに、ダイのお腹はぐぅ〜と鳴った。
「うふふっ、今日はいろんなことがあったから疲れたでしょう。部屋を用意するから、ゆっくり休みなさい♪」
久しぶりのお客さまに、ミントベリルは上機嫌である。また、ダイたちにとっても、ちゃんとした家に泊まるのは、久しぶりなことであった。
「でも、ミントさん…。あんな約束しちゃって良かったの?」
ダイは、食事をしながら、ミントベリルに問いかける。ミントベリルは、時空族の秘宝と交換に、自分の卵を渡すといっているのだ。
「そうだよ〜…。あんな悪いヤツらに渡したら、ミントさんの赤ちゃんが酷い目にあうんじゃない?」
モルファが心配そうに呟く。すると、レイチェルも“あうっ”と頷いた。
「そうだそうだ! あんなヤツらに渡すぐらいならオレによこせ!」
突然、サニディンが話に割り込んでくる。その途端、ダイたちが一斉にサニディンを睨みつけた。
「うっ…」
サニディンは、ばつが悪そうに顔を引きつらせる。
「ドラゴンの卵はかなりのお宝だから、そいつが言いたいこともわかるさ…」
パイロープは、興味がなさそうに、野菜を口に運ぶ。
「それに…、あたしたちは、どんな犠牲を払おうとも、元の世界に戻りたいわけだし〜」
そう言って、パイロープは、ダイに視線を向けた。だが、ダイには、“どんな犠牲”という言葉が納得できないようであった。
「はいはい。みんなが心配してくれるのは嬉しいけど、光竜の赤ちゃんってのは、それほどやわじゃないわよ〜」
ミントベリルは、ダイたちの反応を楽しむように語りだす。
「光竜の卵は、約七百年かけて孵るから、生まれたばかりでも高い知能や強い戦闘力を持っているの…。その力は…、そうね〜、融合合体したグランフォーニを軽く超えているわ♪」
ミントベリルの説明に、ダイたちは目を丸くして驚いた。
「そ、それなら…。ミントさんは、それ以上の強さ…?」
サニディンは、あまりのことに呆然としてしまう。そんな相手に戦いをしかけようとしていたとは、無謀を通り越して、自殺行為でしかありえなかった。
「だ〜か〜ら〜、この聖界でわたしが戦うことはないって…」
ミントベリルは、頬を指で掻きながら苦笑する。
「まぁ、巨大竜騒ぎの犯人に仕立て上げられて、問答無用に殺されかけたら、反撃するかもしれないけどね〜」
ミントベリルは、からかうような視線をサニディンに向けた。
「い、いや…。それはですねミントさん!」
サニディンは、慌てて取り繕うとする。それを見たミントベリルは、クスクスと微笑みを浮かべた。
「そう…、巨大竜で思い出したんだけど…」
ミントベリルは、急に真面目な顔をする。
「ダイくんが、この聖界に飛ばされてきたのは一ヶ月ぐらい前…。あなたたちも、同じぐらいと考えて良いのよね」
ミントベリルが問いかけると、パイロープはゆっくりと頷きを返す。
「あなたたちのマシンで巨大竜を創ることができるのはわかったけど…。巨大竜騒ぎ自体は、二十年近く前から発生しているの」
ミントベリルは、この聖界に起こっている異常な現象について話しはじめた。
ここ数十年、世界各地に現れるようになった巨大な獣…。現存する生物とは異なり、強靭で凶暴な魔物を、人々は竜と呼ぶようになった。
巨大竜に対抗できる方法もなく、出現すれば脅えながら逃げ惑うしかない。国の騎士団が定期的に退治しているようだが、その数は一向に減ることはなかった。
「別の世界から来たダイは知らないと思うけど、巨大竜の被害地区は年々広がっているんだ」
モルファの説明に、レイチェルも“あうっ”と頷いた。
「ちっ…、気に入らないね〜…」
パイロープは、不機嫌そうに唸り声を上げる。
「あたしらに断わりもなく、巨大竜を創っているヤツがいるかもしれないんだね…」
巨大竜が突然現れるともおもえない。何者かが、パイロープたちと同じような装置を使って、巨大竜を操っていると考えたほうが普通だろう。
「よし! グロッシュラー、ツァボライト。時空石が見つかるまで、あたしたちは巨大竜退治をするよ!」
パイロープは、拳を握りしめて立ち上がった。
「パイロープさま…。“また”人助けですか〜?」
グロッシュラーは、パイロープのお人好しさに、うんざりしたようにため息をつく。それに気づいたパイロープは、顔を真っ赤にさせながらグロッシュラーの後頭部を殴った。
「みんなのために竜退治するなんて、ドロンジョさまは優しいな〜〜〜♪」
ダイの言葉に、全員が顔を背けて、クスクスと笑い出す。
「困っている人はほおっておけない…。ドロンジョさまこそ、真の勇者だよ〜♪」
ツボにはまったのか、グロッシュラーとツァボライトが腹を抱えて転げまわる。パイロープは、真っ赤な顔でグロッシュラーたちを踏みつけた。
「くぉ〜ら、へっぽこ〜! あたしはそんなけったいな名前じゃないって、何度言えばわかるんだい!」
パイロープは、ダイの後ろに回り、おもいっきりしめ上げる。そんな様子に、ミントベリルは、必死になって笑いを堪えていた。
聖獣モードのグランゾルが、逃げる巨大昆虫を追いかける。
「グランゾル、一気に決めるよ!」
ダイは、手にした球体を思いっきり突き出す。すると、鳳凰はスピードを上げて空へと昇った。
『バトルモード・チェンジ!』
グランゾルは、一瞬で人型へと変形し、巨大昆虫の背に着地する。巨大昆虫は、グランゾルを振り落とそうと、上下左右に暴れはじめた。グランゾルは、踏ん張りを効かせ、右手を天に突き上げる。
『牙龍鳳翼剣!』
ダイが叫ぶと、稲光が落ち、形を成して大剣となる。
『クラッシュ・アンド・リバーーース!』
牙龍鳳翼剣を突き立てると、巨大昆虫が淡い光に包まれる。巨大昆虫の体組織が再構築されて、本来の姿へと戻った。
『って、あれ〜〜〜…』
巨大昆虫が急に小さくなったので、グランゾルは地面に落下をはじめる。
『せ、聖獣モード・チェン…』
慌てて聖獣モードになろうとしたのだが、間に合わず地面に激突してしまった。
グランゾルが衝突した地面は、巨大なクレーターが出来上がる。木々がなぎ倒され、地形も変わってしまったが、その一部がキラキラと光っていた。後にこの地方は、新しい宝石の産地として有名となる。
破壊と再生を司るへっぽこ勇者ダイ…。その幸運は、相変わらずのようであった。
ここ数日、ダイたちは、各地で出没している巨大竜の退治を行っていた。強化型アレックスで巨大竜を探索、アルフォーニで追い込み、グランゾルで止めを刺す。これまでにダイたちが倒した巨大竜の数は、優に二十を超えていた。
倒した巨大竜は、パイロープが予想したように、超進化光線のようなもので強引に変化させられているようである。そのため、直接倒すのではなく、面倒ではあるがグランゾルによる超進化の解除を行っていた。
「そろそろ夏休みも終りか〜…」
ダイは、ぼやくように呟く。
「あ〜ぁ! 宿題、一ページもやってないよ〜〜〜!」
突然、ダイは頭を抱えて、大きく叫び声を上げた。ダイは、夏休みに入ってすぐ、この世界に飛ばされてきた。もちろん、夏休みの宿題を持ってきているはずもない。
「小学一年生で、夏休みの宿題をすっぽかすことになるなんて…」
ダイは、しくしくと涙を流す。すると、操縦空間に浮ぶぬいぐるみ姿のグランゾルが、呆れ口調で呟いた。
『すっぽかすもなにも…、元の世界に戻れないと意味はないだろう…』
グランゾルの言葉に、ダイはさらに落ち込んでしまった。
そのとき、通信を知らせるアラーム音が響く。回線を開いてみると、レイチェルからの通信のようであった。
『あう〜…』
どういうわけか、レイチェルは情けない声を上げる。
『ダイ…。追い込むの無理みたいだから、こっちに来て…』
レイチェルは、苦笑しながら頭をかく。それを聞いたダイは、不思議に思いながらも、レイチェルたちのいる方角にグランゾルを向かわせた。
しばらくすると、遠くの方に巨大な渦巻きがみえてくる。山のように大きな渦巻きで、なぜか地響きと共にゆっくりと動いていた。
「あ〜…。確かに無理っぽいや〜…」
上空から確認して、ダイはレイチェルの言葉を理解する。その巨大竜とは、陸上に住む貝の仲間、かたつむりのようであった。
「あれは…」
ダイは、近くの丘からかたつむりを見下ろすレイチェルの姿を見つけた。ダイは、グランゾルから飛び降りて、レイチェルの隣に着地する。
「あううっ!」
いきなりダイが現れたため、レイチェルは飛び上がるように驚いた。レイチェルは、真っ赤な顔で深呼吸をし、なんとか平静をよそおうとする。
「え〜っと…。あれ、どうしよう…」
少し落ち着いたレイチェルは、苦笑しながら巨大かたつむりを指差した。
「うん…、どうしようか…」
ダイも、困ったように苦笑する。
「あんまり悪さするようには思えないけど、元の大きさに戻して上げないと、食べ物が大変かな〜」
かたつむりの通った後は、木々の葉が食べられてしまい、丸坊主となっていた。
「さて、行こうかグランゾル♪」
ダイは、ぬいぐるみ姿で浮遊するグランゾルに声をかける。だが、グランゾルは返事をしようとしない。
「グランゾル?」
不思議に思って視線を向けてみると、グランゾルは空をまっすぐ見つめていた。
『何かが…、何かがこの聖界に入ってこようとしている!』
グランゾルが見上げていた空は、波紋が広がるように波打っていた。グランゾルが言うように、何かが時空転移して来ようとしているようだ。
『来る!』
その叫びと同時に、巨大な何かがゆっくりと現れた。
「な、なに…?」
レイチェルがぬいぐるみ姿のアルフォーニを抱きしめる。山のような形をした巨大な物体からは、信じられないほどの禍々しい気配が漂っていた。
「超亀神?」
ダイは、小首を傾げて呟く。謎の巨大物体は、どう見ても機械でできた亀の甲羅だったからだ。
『いや、超亀神ではない…』
グランゾルがダイの予想を否定する。
すると、甲羅の陰から、太い縄のようなものが飛び出してきた。縄のような何かは、亀の甲羅にぐるりと巻きつく。それは、大蛇をイメージしたような機獣であった。
大蛇の機獣は、瞳を真っ赤に光らせて、ダイたちを睨みつける。
『ほぉ〜、おまえたちが超獣神のパイロットか…』
謎の機獣から、男の声が聞こえてくる。
『ブルースといい、超獣神のマスターには、子供が選ばれるものなのか?』
男は、呆れたような口調で呟いた。
『まぁいい…。わたしは、時空盗賊団ダイアスポアのジェバイト。そして、この機獣神は、玄武のサフィリンだ』
ジェバイトは、自慢げに叫び声を上げた。
『くっくっく…。まずは手始めに、おまえたちから殺し…』
それを聞いたダイは、慌てて牙龍鳳翼剣を構える。
『いや…、待てよ…』
不意に、ジェバイトが考え込む。次の瞬間、蛇の機獣が口を大きく開き、光の塊をレイチェルに向けて放った。まさに、一瞬の出来事である。レイチェルとアルフォーニは、光の球体に包まれてしまった。
『あうっ!』
レイチェルは、真っ青な顔でダイに駆け寄ろうとする。しかし、光の壁に阻まれてしまい、それは叶わなかった。レイチェルは、急いでペンダントを握りしめる。だが、アルフォーニには、何の変化も現れない。
『アルフォーニ…?』
レイチェルがアルフォーニを確認してみると、生気がまったく感じられず、本当のぬいぐるみのようになっていた。
「レイチェル!」
光の球体は、ダイの目の前で浮かび上がる。そのまま、サフィリンに向かって飛んでいってしまった。
『このお嬢さんには、人質となってもらうことにしよう…』
ジェバイトは、冷たい声で呟く。
『ここから東北に向かった場所に、一枚岩で出来た巨大な山がある。カナリー、ブルースと共に、明朝やって来るがよい…』
そう言い残したサフィリンは、レイチェルを連れたまま、再び時空転移で姿を消してしまった。
「レイチェルーーー!」
ダイは、大声でレイチェルの名を呼ぶ。もちろん、その声がレイチェルに届くことはなかった。
呆然と空を見上げるダイ…。ぬいぐるみ姿のグランゾルは、心配そうにダイの名を呟いた。
「うん…、わかってる」
ダイは、牙龍鳳翼剣を構える。
「いま騒いだって仕方が無い。まずは、あの巨大かたつむりを何とかしなくっちゃ…」
気落ちしながらも、ダイはグランゾルを呼び出した。
聖獣モードでかたつむりに追いつき、バトルモードで進路を塞ぐ。グランゾルは、巨大かたつむりに牙龍鳳翼剣を突き立て、元の姿へ戻すことに成功した。
ダイは、グランゾルから降りて、近くの岩に腰をかける。早くレイチェルを助けたいといった気持ち、玄武の機獣神サフィリンから感じた底知れぬ恐怖…。ダイは、これから自分が何をすればいいのかわからず、混乱して頭を抱えてしまった。
そこに、強化型アレックスがやって来る。アレックスの搭乗口が開き、中からパイロープが現れた。
「もうこの辺りに、巨大竜はいないようだよ…って」
パイロープは、ダイの様子がおかしいことに気づく。
「へっぽこ…、どうしたんだい?」
パイロープは、ダイの表情を覗き込むように顔を寄せる。その瞬間、ダイは涙を流して、パイロープに抱きついた。
「ドロンジョさま! レイチェルが…、レイチェルがーーー!」
ダイは、パイロープの胸へ顔を押し付けるように泣きじゃくる。
最初は、相変わらず間違っている名前のことを怒ろうとしていたパイロープだったが、あまりにも狼狽しているダイを見て躊躇ってしまう。そして、大きなため息をつき、ダイを抱き寄せるように背中を軽く叩いた。
「ほら、男の子が泣くもんじゃないよ…」
パイロープは、もの凄く優しそうな顔でダイを宥める。そんな様子を、グロッシュラーとツァボライトは、にやにやしながら眺めていた。
マシュー山に戻ってきたダイは、ジェバイトが玄武の機獣神で現れたこと、レイチェルがさらわれてしまったことを、ミントベリルたちに伝えた。
「レイチェルが、レイチェルが〜〜〜」
ダイは、泣きながらミントベリルに抱きつく。
ミントベリルは、ダイの様子におもわず苦笑してしまう。これまでのダイは、とても子供とはおもえないほど大人びていた。それなのに、いきなり幼児化してしまったみたいである。
「ダイくん、少し落ち着きなさい…」
ミントベリルは、ダイの頭を優しく撫でる。
「まずは、カナリーさんたちに連絡する方法を考えないといけないわね…」
ジェバイトが出した条件は、ダイたち三人が、指定された場所に向かうことである。明日の朝までに連絡が取れないと、レイチェルの命が危険にさらされてしまうことになる。ミントベリルは、うなりながら考え込んだ。
「それに、あのレイチェルって子がいなければ、融合合体ができないんじゃないのかい?」
パイロープは、機獣神の凶悪な強さを指摘する。話に聞いただけではあるが、白虎の機獣神コーネルピンは、超獣神二体がかりで敵わなかったリーンウィックを、一撃で倒すほどの強さであるという。
「それに、玄武のサフィリンって機獣神は、カナリーのコーネルピンより強そうなんだろ?」
パイロープは、片目を瞑りながら、グランゾルを睨みつけた。
『うむ…。あの機獣神から感じられた力は、白虎のそれを遥かに超えていた…』
ぬいぐるみ姿のグランゾルは、素直に返事をする。
『戦いを想定するのなら、アルフォーニの協力が不可欠だ』
グランゾルは、泣きじゃくるダイに視線を向ける。マスターであるダイがこのような状態では、勝てる戦いも負けてしまうだろう。
「じゃあ、リーンウィックちゃんを見つけて、グランゾルちゃんと融合合体してもらえば♪」
ミントベリルは、良い案だというように笑顔を浮かべる。グランゾルは、ちゃん付けの呼び方に唖然としながらも、ミントベリルの意見を否定した。
『グランフォーニとなって始めてわかったことだが、融合合体にはマスターたちの心の繋がりが重要となってくる。ダイとリーンウィックのマスターの繋がりは皆無…。リーンウィックとの融合合体は、どう考えても不可能だ…』
グランゾルの言葉に、ミントベリルは落胆して項垂れてしまう。
『白虎の機獣神、そしてリーンウィックと協力して戦い、隙を見てレイチェルたちを救出。融合合体してグランフォーニにならない限り、我々に勝ち目は無いだろう…』
それは、グランゾルでなくても、容易に想像できる結果だった。
「おいこらグランゾル…。あたしたちのアレックスが数に入ってないみたいだよ♪」
パイロープは、偉そうに踏ん反り返る。すると、グランゾルは、呆れたようにため息をついた。
『全戦全敗の者が…、何を言う…』
グランゾルがそう呟くと、パイロープは真っ白になって固まってしまった。
「あはははっ♪ パイロープさま〜、言われてしまいましたね〜♪」
グロッシュラーは、手を叩いて爆笑する。
「って、あたしたちは、バカにされてるんだよ! 笑うんじゃない!」
パイロープは、顔を真っ赤にさせながら、グロッシュラーの首を絞めつける。恥ずかしがっているパイロープは、とても可愛らしく感じられた。
そのとき、泣いていたダイがミントベリルから離れる。腕で涙をゴシゴシと拭いて、目を真っ赤にさせながら顔を上げた。
「あ〜…、よく泣いた〜〜〜♪」
ダイは、すっきりした表情で、にっこりと微笑む。それを見たパイロープたちは、おもわず唖然としてしまった。
「あら、ダイくん。もぉいいの〜?」
ミントベリルは、少し残念そうに呟く。ダイに甘えられて、満更でもなかったようだ。
「うん、いつまでもメソメソしていられないからね…。レイチェルは、ボクが助けるんだ!」
ダイが叫ぶと、グランゾルは、なぜか嬉しそうに微笑んだ。
「よし、その息だ!」
パイロープは、ダイの背中をおもいっきり叩く。
「レイチェルは、あんたの助けを待っているんだ…。この戦い、何があっても勝つよ!」
拳を握りしめると、パイロープの背後に炎が立ち昇った…ように見えた。
「わかったよ、ドロンジョさま〜♪」
その瞬間、パイロープの拳骨がダイの後頭部にヒットする。ダイは、再び涙目になりながら、痛そうに頭を押さえた。
ダイたちが決意を固めているとき、部屋の隅の方では、モルファとサニディンが所在無さそうに膝を抱えていた。
「オレたち…、完全に場違い…?」
サニディンが呟くと、モルファはコクリと頷く。これからの戦いでも、二人にはまったく出番がなさそうであった。
結局、カナリーたちと連絡が取れなかったため、ダイは一人でジェバイトの指定した場所へと向かっていた。
ミントベリルは、引き続きカナリーたちを捜すため、聖界中を回ってくれている。ただし、カナリーたちがこの聖界から出てしまった場合、ミントベリルにも捜すことは出来ないという。レイチェルが人質にされていることを考えると、カナリーたちをどうしても見つけてもらわなければならなかった。
また、パイロープたちは、ダイとは別経路で一枚岩の巨大な山へ向かっていた。
「パイロープさま〜。もうすぐ目的の山に到着いたします〜」
グロッシュラーは、一段高い椅子で踏ん反り返っているパイロープに報告する。
「よし、アレックスを停止させて、近くの岩場に隠れるよ!」
パイロープは、いきなり立ち上がって、グロッシュラーに指示を出した。
「おや、一気に目的地へ向かわないのですか〜?」
グロッシュラーが不思議そうに小首を傾げる。
「バカだね〜」
パイロープは、やれやれといった動作でため息をつく。
「ジェバイトって奴の出した条件は、へっぽこたち三人が出向くこと…。関係の無いあたしたちが近くにいたら、へっぽこの立場が不利になるじゃないか…」
そして、真剣な表情で岩山のある方角を見つめる。
「今回の目的は、レイチェルを助けること…。無駄な戦いは避けないといけないんだよ」
もちろん、戦いとなれば、すぐにでも駆けつけるつもりである。それまでは、成り行きにまかせるしかなかった。
「なるほど…、わかりました」
そう言うと、グロッシュラーは、ゴソゴソと懐に手を入れる。
「え〜、今週のお便りコーナー♪」
その途端、冷たい視線がグロッシュラーの背中に突き刺さる。恐る恐る振り返ってみると、いかにも不機嫌そうな顔をしたパイロープが、グロッシュラーを睨みつけていた。
「いまは真面目な話をしているんだよ…。お便りコーナーは後にしな!」
パイロープは、グロッシュラーに噛みつくような勢いで叫ぶ。
「で、ですが…、あと三分ほどでエンディング曲前のCMに入ってしまいます。ここで紹介しておかないと、大人気のお便りコーナーに穴が開いてしまいますよ…」
グロッシュラーは、引きつった表情でパイロープから距離を取る。
「だぁあああ! わけのわかんないことを言ってるんじゃないよ!」
パイロープは、頭を抱えながら、大声で怒鳴りつける。
「ちっ、ハガキを読めばいいんだろ! さっさとおよこし!」
そう言って、パイロープはグロッシュラーからハガキを奪い取った。
「え〜、なになに…。デマントイドにお住まいのルシフォンさんからの…、え?」
その名前を口にした瞬間、パイロープの動きが固まった。
「このルシフォンさん…って、あたしらの国の魔王さまじゃないのかい?」
パイロープは、ハガキを指差して苦笑する。
「まっさか〜♪ ルシフォンさまが“アニメ番組”なんて見てるはず無いじゃないですか〜〜〜♪」
グロッシュラーは、可笑しそうにお腹を押さえる。
「それより、時間もあまりありません。質問の内容はなんですか〜?」
グロッシュラーは、急かすように微笑みかけた。
「え〜っと、 『トラピッチェ・クリスタルとは、いったい何者ですか?』 ってことみたいだよ…」
パイロープは、質問の内容を読みあげた。
「トラピッチェ・クリスタル? トラピッチェ・エメラルドさまのことではないんでしょうかね〜?」
グロッシュラーは、両腕を組んで考え込む。そのとき、アレックスの操縦室に、何者かが現れた。
「トラピッチェ・クリスタル…。それは、わたしのことだ!」
クリスタルの叫びに、パイロープたちは飛び上がって驚いた。
「トラピッチェとは、時空族の通称…。つまり、わたしの本来の名はクリスタルという」
クリスタルは、名前の由来について説明を始める。
「時空族であれば、トラピッチェを名乗っている場合が多い…。お前たちの言うトラピッチェ・エメラルドも、間違いなく時空族だろう!」
そう叫んで、クリスタルは姿を消してしまった。
再び現れた謎の美人に、パイロープたちは呆然とする。だが、クリスタルの口から時空族という言葉があったことに気づき、突然慌て始める。時空族であれば、パイロープたちを元の世界に帰すのも、簡単なことと思われたからだ。