第5話 謎の時空盗賊団
「さぁ〜て…、時空石は目の前だよ〜♪」
アレックスの操縦席では、両腕を組んだパイロープが踏ん反り返っていた。
「ですが、時空石を手に入れるためには、マシュー山のドラゴンと戦わなければなりません」
巨大竜を操っているグロッシュラーは、激しい戦いを想像して大汗をかく。もしマシュー山のドラゴンが竜族であれば、急拵えの巨大竜では太刀打ちできないだろう。
「それを何とかするのが、お前たちの仕事だよっ!」
パイロープは、二人に喝を入れる。だが、それでどうにかできる問題ではなかった。
そのとき、操縦席に警戒音が鳴り響く。グロッシュラーは、慌ててモニターを確認し、信じられないといった表情でパイロープに報告した。
「時空の歪みを察知しました! 何かがこの世界に進入してこようとしています!」
グロッシュラーは、巨大竜の動きを停止させる。歪みの位置に視線を向けると、上空に広がった波紋の中から、巨大な何かがゆっくりと現れた。
「ふ、船ですかーーー!」
空に現れたのは、木製の巨大船であった。しかも、帆にはドクロのようなマークが付いている。
「海賊…、いや…空賊かい?」
パイロープは、大汗をかきながら浮かぶ船を見つめた。
重力に逆らうように浮ぶ船は、パイロープたちに理解できない技術が使われているのだろう。その点は、トラピッチェから授かったアレックスと同じである。
そうこうしていると、空賊船に動きがあった。巨大な砲台がアレックスに狙いを定め、問答無用にぶっ放してきたのだ。
「あぶない!」
グロッシュラーは、瞬時に巨大ゴキブリを動かす。その瞬間、巨大ゴキブリのいた箇所に、ミサイルが着弾した。
巨大ゴキブリは、爆風に吹き飛ばされて、仰向けとなる。ワシャワシャと脚を動かしながら、無意味に回転を始めた。
「ちっ! なんてことをするんだい、あいつら!」
背もたれにしがみ付きながら、パイロープが怒声を上げる。
「グロッシュラー! 遠慮はいらないよ。やぁーっておしまい!」
パイロープの叫びに、巨大ゴキブリが飛び上がった。
巨大ゴキブリは、薄い翅を羽ばたかせながら上空に浮遊する。そして、空賊船に向けて、一直線に飛行した。
「ふふっ…。こっちの世界には、けったいな生き物がいるんやな〜」
モニターに映し出された巨大ゴキブリを見て、一人の少女が呟く。
「あたいらに逆らおうなんて、ほんまおもろい竜やで〜♪」
少女がにやつきながら振り返ると、鋭い目付きの男性が豪華な椅子に座っていた。
「おかしら…、どないします〜?」
少女は、男性の指示を仰ぐ。
「竜族の財宝を手に入れるための障害だ…」
男性は、瞳を瞑って微笑む。
「排除しろ…」
巨大ゴキブリを睨みつけ、冷たく言い放つ。それを合図に、空賊船の集中砲火が始まった。
数多くのミサイルが巨大ゴキブリに降りそそぐ。だが、巨大ゴキブリは、それを軽やかにかわしてみせた。
『数撃ちゃ当たるってもんじゃないでしょ〜♪』
グロッシュラーは、巨大ゴキブリを上下左右に操りながら、空賊船に近づく。しかし、近づくにつれて、銃弾の激しさが増す。
『触角ビーーーム!』
グロッシュラーが叫ぶと、ゴキブリの触角がまっすぐ伸びる。触角をブンブンと揺らし、大質量の光線を発射した。
光線は、空賊船の側面に当たり、大爆発を起こす。
『あ〜っはっは〜♪ ざま〜みろ〜♪』
パイロープは、得意げに爆笑した。
『それにしても…、今回の武器は凄いね〜、さすがだね〜〜〜♪』
上機嫌なパイロープは、グロッシュラーの頭を撫でる。
『はい。対ドラゴン用に装備した触覚ビーム…』
グロッシュラーは、兵器の説明をする。
『難点を言えば…、強力すぎて一回しか使えないことでしょうかね〜〜〜♪』
グロッシュラーは、苦笑しながら頭を掻いた。よく見ると、ゴキブリの触角からは、プスプスと黒い煙が立ち昇っている。
『だったら、使うんじゃないよ!』
グロッシュラーの頭に、パイロープの拳骨が炸裂する。ドラゴンと戦うため切り札として装備されていた触角ビームは、まったく関係ないところで消費されてしまった。
その瞬間、大きな衝撃がアレックスを襲う。どうやら、何者かの攻撃を受けたようである。慌てて状況を確認してみると、空賊船から放たれたミサイルがアレックスに着弾していた。
「いや〜、びびった〜…。さすが竜や…、レーザー撃ってきたわ〜〜〜」
独特な喋り方をした少女は、大袈裟に額の汗を拭ってみせる。空賊船は青白いシールドに護られ、まったくの無傷であった。
「こっちも反撃したる! 竜機兵、出撃やーーー!」
少女が叫ぶと空賊船の甲板が開き、全長が五メートルほどの汎用人型兵器が数機現れた。
竜機兵たちは、翼のようなものを広げ、大空へと舞い上がる。次々と巨大ゴキブリに襲いかかり、地上へと落下させる。そして、斧のような武器を、巨大ゴキブリの頭に付いているアレックスに叩き付けた。
アレックスから爆音が聞こえ、バシバシと火花が起こる。素早い展開だったため、ダイとミントベリルは、その戦いを呆然と見つめるしかなかった。
竜機兵は、巨大竜に止めを刺そうと、斧を振り上げる。それを見たダイは、地上に向けて降下しながら、大きく叫んだ。
「グランゾーーール!」
その瞬間、グランゾルの身体が大きくなる。グランゾルに吸い込まれたダイは、手にした光球をおもいっきり突き出した。
「バトルモード・チェンジ!」
グランゾルは聖獣形態から巨大ロボットへと変形した。
グランゾルは、次々と竜機兵を蹴散らしてゆく。そんな様子を、重傷を負ったパイロープたちは、信じられない思いで見ていた。
「へっぽこが…、あたしらを助けた…」
パイロープは、血だらけの腕を押さえながら呟く。だが、“ドロンジョさまを、いじめるなーーー!”というダイの叫びに、なぜか不機嫌となった。
「グロッシュラー、へっぽこだけに良いカッコさせられないよ…。こっちも反撃できないかい?」
パイロープは、頭から血をダクダク流しているグロッシュラーに問いかけた。
グロッシュラーは、様々なパネルを操作してみる。だが、巨大竜は、ピクリとも動かなかった。
「う〜ん…、ダメなようですね〜…」
グロッシュラーは、血だらけの頭を掻く。
「完全に壊れてしまったようです。アレックスがまったく反応しません…」
グロッシュラーの返事に、パイロープはガクッと項垂れた。
「ふぬぬぬっ!」
ツァボライトが搭乗口の扉を力任せに引っ張る。しかし、竜機兵の攻撃で変形してしまったのか、扉はびくともしない。
「やれやれ…。打つ手無しかい…」
パイロープは、大きなため息をつく。すると、グロッシュラーは、なぜか懐から一枚のハガキを取り出した。途端にパイロープが嫌な顔をする。
「また…なのかい? まだ、番組も前半なんだよ…」
パイロープは、呆れ口調で呟く。
「いえいえ、今回は初の前後編スペシャルってことで、お便りを二枚用意してるんですよ〜♪」
グロッシュラーは、意味不明な説明をする。
「それでは、今週のお便り! サンストーンにお住まいの、ラルドさん推定二万歳からの…お便り…」
グロッシュラーは、おもわず絶句してしまう。精霊族だとしても、二万歳は生き過ぎだろう…。
「気を取りなおして…。え〜… 『おしおきだべ〜♪』 って…、え?」
お便りを読んだ瞬間、グロッシュラーたちの顔は真っ青となった。
「おし、おし…、お仕置き!」
パイロープは、慌てて辺りを見回す。もちろん、何も変化があるはずはない。
「パパパ、パイロープさま落ち着いてください。これはラルドという方からのお便りで、トトト、トラピッチェさまからではありません!」
そうは言うが、グロッシュラーもかなり挙動不審である。隣を見てみると、ツァボライトもガタガタと震えていた。
突然、アレックスの故障箇所からバシバシっと音が聞こえる。パイロープたちの身体は、数センチ跳ね上がった。
「トラピッチェさまじゃない、トラピッチェさまじゃない…」
パイロープは、頭を抱えながら、呪文のように呟く。グロッシュラーたちも、両手を重ねて祈りながら震えていた。
ハガキに書かれた一文が、これほどまでにパイロープたちを恐怖させる。トラピッチェの影響力は、かなりのものがあるようだ。
空賊船の操舵室では、竜機兵を蹴散らす巨大ロボットの登場に騒然としていた。
「なんだ、ありゃ〜…」
少女は、突然現れたグランゾルに驚く。
「お、おかしら…」
少女は、豪華な椅子に座る男性の指示を仰ぐ。男性は、グランゾルをジッと見つめ、何かに気づいたのかそっと呟いた。
「まさか…、この世界の超獣神…」
男性は、嬉しそうに微笑む。肘掛のパネルを操作すると、目の前の空間に映像が浮かび上がった。
「喜べ、ブルースピネル…。お前の出番だぞ…」
映し出されたのは、ダイと同じぐらいの少年である。少年は、目から頬を覆い隠すような仮面を付けていた。
ブルースピネルと呼ばれた少年は、ゆっくりとした足取りで空賊船の甲板に出る。側面に移動し、繰り広げられている竜機兵とグランゾルの戦いを見つめた。
「あれが、超鳳神…グランゾル…」
ブルースは、興味深そうに呟く。そして、何を思ったのか、空中へと身を投げ出した。ブルースは、落下しながら、手にした槍を構える。意識を集中させ、大きく叫んだ。
「来い…、リーンウィック!」
その瞬間、地面に魔方陣のような紋様が浮かび上がり、巨大な龍が飛び出してきた。
ブルースは、昇ってきた巨大龍の頭上に着地する。グランゾルをチラリと見て、そのまま巨大龍の中へと吸い込まれていった。
『ば、ばかな! リーンウィックだと!』
グランゾルは、信じられないといった声を上げた。アルフォーニもそうだったが、同じ聖界に超獣神が揃うことはまず有り得ないことである。
『いったい、なぜこの聖界に…』
グランゾルが驚愕していると、リーンウィックは人型へと変形をはじめた。
「もしかして、超獣神なの?」
ダイは、嬉しそうにリーンウィックを見つめる。アルフォーニに続いての超獣神の登場に、ダイはとても喜んでいた。
「はじめまして♪」
ダイが挨拶に近づこうとすると、リーンウィックは手にした槍を真横に薙ぎ払う。
『うぬっ!』
グランゾルは、両腕で槍の柄を受け止める。だが、その勢いはもの凄く、グランゾルは吹き飛ばされてしまう。
『ダイ…。どうやら奴は、敵のようだ…』
グランゾルは、冷静に状況を受け止める。ゆっくりと起き上がり、雷を起こして牙龍剣を具現化した。
「げほっげほっ…。て、敵…?」
ダイは、噎せ返りながら呟く。リーンウィックは、槍を構えて、グランゾルを牽制していた。
「つまり、あの海賊の仲間ってこと?」
ダイが空賊船を見つめると、ぬいぐるみ状態のグランゾルが頷く。すると、リーンウィックから、ブルースの声が聞こえてきた。
『この聖界の超獣神がどれほどのものかと思えば…』
ブルースは、明らかに落胆しているようである。
『いや…、それとも操縦者が未熟なのか…』
ブルースの嫌らしい声が聞こえる。槍をグルグルと回し、刃物の付いた先端をグランゾルに突きつけた。
素早い動きで、グランゾルが宙に逃れる。しかし、槍は生き物のようにうねりながら、軌道を変えてグランゾルの左足に突き刺さった。
「うわぁああっ!」
グランゾルの操縦空間に電撃が走る。ダイは、左足に激痛を感じた。
「このっ!」
牙龍剣を振り下ろすと、リーンウィックは槍を引き抜いて距離を取る。バランスを崩したグランゾルを見て、リーンウィックは一気に攻め立てた。
頭、胸、肩、腕、腹、大腿…。目にも止まらぬ速さで、次々と槍がヒットする。グランゾルの装甲は、みるみる砕けていった。
リーンウィックがグランゾルに止めを刺そうとしたとき、何者かが体当たりをしてきた。それは、巨大な麒麟の姿をしたアルフォーニであった。不意をつかれたリーンウィックは、数百メートルも弾き飛ばされる。
『ダイ!』
レイチェルは、リーンウィックには見向きもせず、ダイの容態を心配した。
超獣神はただのロボットではない。超獣神とは鎧のようなもので、ダメージはそのまま操縦者が受けることになる。ずたぼろなグランゾルから判断すれば、ダイは非常に危険な状態であると考えられた。
『へぇ〜、こいつは驚いた…。もう一体いたのか…』
ブルースは、リーンウィックを起こしながら、アルフォーニを睨み付ける。
『あぅ…』
アルフォーニは、リーンウィックと向い合う。ダイも心配ではあったが、目の前の敵を何とかしなければならない。
『アルフォーーーニ!』
レイチェルが大きく叫ぶと、アルフォーニは人型へと姿を変えた。
アルフォーニの左手から炎が噴き出し、独特の装飾が施された弓となる。アルフォーニは、炎の矢を番え、リーンウィックに狙いを定めた。
ピリピリとした空気が辺りを包み込む。レイチェルにとって初陣なのだが、アルフォーニとのリンクは完璧である。レイチェルは、アルフォーニを思い通りに動かせていた。
『リーンウィック…、どういうつもりですか…』
アルフォーニは、静かに問いかける。同じ超獣神を破壊するなど、まさに信じられないことであった。
『わたしは、マスターの意思に従っただけ…』
リーンウィックは、アルフォーニを睨み返す。
超龍神リーンウィックは、超獣神の中で最強を誇っている。その強さはずば抜けており、アルフォーニとグランゾルが協力して戦っても勝てないだろう。
だが、グランゾルを見捨てるわけにもいかない。アルフォーニは、リーンウィックに向けて炎の矢を放った。矢は、いくつも分裂してリーンウィックに襲いかかる。すると、リーンウィックが槍を回し始める。槍からは水が噴き出し、リーンウィックを覆うように盾となった。
水に遮られるよう、炎の矢は蒸発する。その影響で、辺りは水蒸気に包まれた。
「アルフォーニ…」
アルフォーニの操縦空間で、レイチェルが不安そうに呟く。
視界は完全に遮られ、リーンウィックの姿は確認できない。ぬいぐるみのアルフォーニは、リーンウィックの気配を探ろうと辺りを見回す。その瞬間、リーンウィックの槍先が、アルフォーニの顔面目掛けて伸びてきた。レイチェルは、おもわず目を瞑ってしまった。
大きな金属音が響く。レイチェルが恐る恐る瞳を開くと、槍先は目前で停止していた。
「ミントさん!」
レイチェルは、大きな声で叫んでしまう。驚くべきことに、リーンウィックが放った渾身の一撃は、生身のミントベリルが片手だけで受け止めていた。
『ちっ、竜族か!』
ブルースは、リーンウィックを後退させる。ブルースは、リーンウィックを聖獣形態に変形させ、上空へと逃れた。
ミントベリルは、内なる精霊力を高める。突き出した右手をリーンウィックに向け、強大な精霊力を解き放った。ミントベリルの攻撃に、リーンウィックは大量の水を発生させる。しかし、ミントベリルの攻撃力は想像以上で、水の盾では防ぎきれなかった。
『うぬ…』
装甲の一部が、高熱により変形する。リーンウィックは、底知れぬミントベリルの力に、恐怖を感じた。
『リーンウィック…、退却する…』
レベルの高い竜族を相手にするには、さすがのリーンウィックでも役不足である。ブルースは、リーンウィックに撤退を命じた。
「二体の超獣神に、美しい竜族の女性か…」
騒然とする空賊たちを余所に、男性だけはにやにやと微笑んでいた。
「あたいら時空盗賊団ダイアスポアに敵対するなんて、いい度胸してるやん♪」
少女の声は弾んでいたが、目は笑っていない。少女は、腰から短剣を抜き、器用にクルクルと回して見せた。
「おかしら…、ちょっと行ってくるわ〜♪」
少女は、男性に微笑みかけ、操舵室から飛び出そうとした。
「待てカナリー…。お前では、あの竜族に勝てない…」
男性は、少女を制する。少女は、悔しそうに舌打ちをした。
「ま〜、しゃぁないか…。あたいらの目的は、竜族と戦うことやない。あの竜族の集めてるお宝やさかいな…」
落ち着きを取り戻したカナリーは、短剣を鞘に収める。
「よっしゃー、今のうちに竜の巣を目指すでー! お前ら…、出航や〜〜〜♪」
カナリーは、マシュー山を指差し、大声で叫んだ。
「くっくっく…」
男性は、不気味な笑みを漏らす。
「時空族の残したお宝は、誰にも渡さない…」
どうやら男性の目的も、ダイたちと同じ時空石であるようだった。
「いったい、なにがあったんだ…」
やっと追いついてきたサニディンは、ずたぼろになって倒れているグランゾルを見て愕然とした。
グランゾルにこれほどのダメージを与えるなど、相手の巨大ゴキブリはよほど強力だったと予想される。しかし、その巨大ゴキブリも、近くで行動不能となっていた。
『あう〜っ!』
レイチェルは、涙ながらにグランゾルによじ登る。胸の位置にある宝玉に近づき、祈るように手を添えた。すると、宝玉が淡く光り出し、中から血だらけのダイが飛び出してくる。
「あう!」
勢いよく飛び出したダイを、レイチェルが受け止める。空中に投げ出されたレイチェルたちは、アルフォーニの念動力によって、ゆっくりと地上へ降ろされた。
「ダイ!」
モルファは、真っ青な顔をして、ダイの元に駆け寄った。
レイチェルは、ぐったりとしているダイを見て泣きじゃくる。身体を揺すり、被さるように泣きはじめた。その振動に、ダイの身体が微かに反応する。
「う…、ううん…」
ダイは、むくっと起き上がった。辺りを見回していると、レイチェルが抱きついてくる。レイチェルの行動に苦笑しながらも、ダイは額の汗を拭うような動作で呟いた。
「ふぅ〜…、死ぬかと思った〜♪」
それを聞いたモルファは、豪快にずっこける。ダイの負っている怪我は、普通なら確実に死んでいるレベルであったからだ。
「あらあら、呆れた生命力ね…」
ミントベリルは、苦笑気味に呟く。ダイの自己回復能力は、一流の精霊騎士と比べても遜色無いものであった。
「さてと…」
ミントベリルは、浮遊してアレックスの上に降り立つ。変形した扉に手をかけて、力任せに剥ぎ取ると、中からパイロープたちが飛び出してきた。
「た、助かった〜…」
パイロープは、地面へ飛び出し、大きなため息をついた。
「パ、パイロープさま…。グランゾルが…」
グロッシュラーは、グランゾルの様子を見て愕然とする。絶対無敵と思われたグランゾルが、見るも無残な状態で動けなくなっているのだ。
「まさか、あの人型兵器にやられたのかい!」
アレックスのモニター類は、竜機兵の攻撃で全て故障してしまっていた。そのため、パイロープたちは、超龍神リーンウィックの登場を知らなかったようである。パイロープが狼狽していると、グランゾルは地面へ吸い込まれるようにその姿を消してしまう。
「へっぽこ勇者。いったい、どうなってるんだい!」
パイロープは、血だらけのダイに詰め寄る。
「あ〜…、ドロンジョさま〜♪」
ダイがにっこりと微笑むと、パイロープは豪快にずっこけてしまった。
「誰がドロンジョさまだい、誰が〜〜〜…」
パイロープは、ダイの頭を脇に抱え、腕を絡めてぐいぐいと絞めはじめる。ダイは、腕を叩いて降参の合図をした。
「ミントさん…、なにがあったんだ?」
サニディンは、近くにいたミントベリルに問いかける。しかし、ミントベリルは、それを無視するようにパイロープに言葉をかけた。
「あなたたち、この世界の住人じゃないわね…」
ミントベリルの言葉に、パイロープは動きを止める。
「ジュエルナイトが存在する世界…。魔界に住む魔族…かしら?」
その瞬間、パイロープが距離を取る。グロッシュラーたちも身構え、ミントベリルの動きを警戒した。
「あんた…、何者だい…」
パイロープは、短剣を構えて問いかける。
「ミントさんは、マシュー山のドラゴンだよ♪」
ミントベリルの代わりに、ダイが答えた。
「マシュー山の…ドラゴン…。竜族かい!」
パイロープは、驚きのあまり短剣を落としてしまう。慌てて短剣を鞘に収め、ミントベリルに詰め寄った。
「あ、あたしらは、元の世界に帰るため、時空石って秘宝を探してるんだ! その時空石を、あんたが持っているって聞いて!」
目を剥き出しに迫るパイロープは、かなり恐いものがあった。ミントベリルは、パイロープを落ち着かせるようになだめる。
「まぁまぁ〜。つまり、目的はダイくんと同じわけね♪」
ミントベリルは、ダイに視線を向けて、にっこりと微笑んだ。
「へっぽこが…、あたしらと同じ…目的?」
パイロープは、目を丸くして驚く。ダイから事情を聞かされ、納得するように呟いた。
「なるほどね〜。あんたは、人間界から飛ばされてきたのかい…」
パイロープは、自分たちを同じ境遇のダイを不憫に思う。だが、トラピッチェに遊ばれているパイロープたちに比べると、ダイはかなり恵まれていた。
「それはそうと…」
パイロープは、不意にミントベリルを睨み付ける。
「あんた、あたしらの世界のことに、やたら詳しいけど…」
ミントベリルの言動は、パイロープたちの世界を知っているとしか思えないものである。もしかすると、パイロープたちがこの世界に飛ばされたことと、何か関わりを持っているのかもしれない。パイロープが不信に思っていると、ミントベリルはその説明をはじめた。
「わたしの夫は、光竜アレキサンドライト…。世界を創造した十四人のジュエルナイトの一人…」
その説明に、なぜかサニディンが激しく反応する。
「今は別居してるけど、わたしも元々はあっちの世界の住人だから…」
泣き叫ぶサニディンに苦笑しながらも、ミントベリルはそんな説明をした。
「ミントさんの夫…。ミントさんが人妻〜!」
サニディンは、わけのわからない奇声を上げる。ダイは、思わず吹き出してしまった。
「なぁ、ダイ…」
今まで成り行きを見守っていたモルファは、どこか気まずそうに問いかけた。
「グランゾル…大丈夫なのか? なんか、ぼろぼろになって消えちゃったけど…」
モルファの言葉に、ダイは思い出したかのようにハッとする。
ダイが牙龍剣を構えてグランゾルの名を呼ぶと、いたるところに黒い染みが付いている、ぬいぐるみ姿のグランゾルが現れた。
「ちょ〜っと待ってね〜」
ダイは、ピクリとも動かないグランゾルを抱き上げ、辺りをきょろきょろと見回す。清水の流れを見つけると、どこからか合成洗剤を取り出し、グランゾルをゴシゴシと洗いはじめた。
「ふ〜ん、ふふ〜ん♪」
呆然とするモルファたちを他所に、ダイはぬいぐるみのグランゾルの汚れを落としてゆく。きれいになったのを確認して、両手で圧しつけるように水を搾り出す。勢いよく縦に振り、残った水気を一気に飛ばした。
「グランゾル。大丈夫〜?」
ダイは、すっかりきれいになったグランゾルに問いかける。すると、微かにグランゾルが反応し、とんでもないことを呟いた。
『いや〜…。生き返った〜〜〜♪』
その途端、ダイ以外の全員がずっこけた。
「ア、アルフォーニ…」
レイチェルは、アルフォーニに問いかける。
「超獣神って、ああやって回復するものなの?」
レイチェルの笑顔は、どこか引きつっていた。
『いえ…。あれを基準と思わないでください…』
アルフォーニは、しくしくと滝の涙を流すのだった。
「さてと、お笑いはこれぐらいにして…。このままじゃあ、あなたたちの探してるお宝が、あいつらに取られちゃうわよ〜」
ミントベリルは、空賊船が消えていった方向を見つめた。
「そうだね〜。なんとか奴らを阻止しないと、一生、元の世界に戻れないかもしれないね…」
パイロープは、唸りながら考え込んでしまう。そして、ため息をつきながら、ダイと向かい合った。
「へっぽこ勇者…。ここは、協力しあうのが最善と思わないかい?」
そう言って、パイロープは右手を差し出した。頷いたダイは、がっしりと握手する。
「うん、ドロンジョさま…。一緒にがんばろう♪」
その瞬間、パイロープは、ダイの頭を締め上げた。
「ま、まってください!」
話が纏まったところで、グロッシュラーが声を上げる。みんなに注目されたグロッシュラーは、得意げに懐から一枚のハガキを取り出した。
「まだ、今週のお便りコーナーが終わっていません…」
唖然とするダイたちには構わず、グロッシュラーはお便りを紹介した。
「今週、二枚目のお便り♪ 光風町にお住まいの如月優子ちゃん六歳からの質問…。 『なんでダイちゃんがテレビに出てるんですか?』 とのこと…」
グロッシュラーは、大汗をかきながらダイに視線を向ける。
「う〜ん…、たぶん知っている優子ちゃんのことだと思うけどさ〜…」
ダイは、小首を傾げて考え込む。
「そのハガキ…っていうより、テレビって何?」
ダイは、そんな核心を突いた質問をする。
「いやはや…、それでは答えになっていませんよ」
グロッシュラーは、やれやれといったようにため息をつく。
「突然の振りに対応できないようじゃ、一流の芸人とはいえませんね〜♪」
その瞬間、パイロープの拳骨がグロッシュラーの後頭部に炸裂した。グロッシュラーは、両手で頭を押さえて七転八倒する。
「こいつのことは無視すればいい…」
パイロープの容赦ないつっこみに、ダイたちは苦笑するしかなかった。




