第4話 マシュー山の魔竜
巨大ガエルと超獣神との戦いを、遠くの崖から窺っている青年の姿があった。その青年とは、レイチェルを攫おうとしていた盗賊団の頭領、サニディンである。
サニディンは、グランゾルの驚異的な強さに驚きの声を上げた。
「おいおい…。あんなガキが本当にあのデカイ鎧を操っているのか…」
サニディンは、部下からの報告を受け、戦いの一部始終を見ていた。
「あの巨大竜を一撃で倒したか…。うまく利用すれば、王国の騎士団を動かすより、可能性があるかもしれんな…」
何かを思いついたのか、サニディンは不気味に微笑む。そして、部下の盗賊をアジトに戻らせ、自分はダイたちに近づくため走りはじめた。
翌日の早朝、ダイたちは森に面した街道を進んでいた。
「ったく、信じられねぇ〜。オレを除け者にして、二人だけで温泉に入ってたなんて!」
大地の揺れや聞こえてくる爆音など、何かが起こっていることは明白である。モルファは、ダイたちのことが心配で、気の休まることはなかった。
そんな中、ダイたちは、湧き出た温泉に浸かっていたのだという。湯上りのダイたちが戻ってきたとき、モルファは気づかれで倒れてしまった。
「そんなこと言われても〜…。だいたい、ボクたちが大変だったとき、モルファはいなかったじゃないか〜」
ダイの言葉にレイチェルも頷く。グランゾルとアルフォーニを仲直りさせようと必死だったとき、ケンカの原因を作ったモルファは動こうとしなかったのだ。
「…、グランゾルたちが戻ってきたとき、誰もいなかったら困るだろ〜…」
正論を言うモルファだが、本音は面倒だからである。
「それにだな〜…」
モルファが言い訳をしようとしたとき、木の根元に座っている青年が声をかけてきた。
「ちょいっと、そこのちびっ子たち…」
青年は、ダイたちを呼び寄せるように手を振る。その青年とは、昨晩の戦いを見ていたサニディンであった。サニディンは、瞳を瞑って自慢げに微笑む。
「耳寄りな情報があるんだけど、聞いていかないかい?」
ゆっくり瞳を開くと、ダイたちはサニディンを無視して、前を通り過ぎていた。サニディンは、全力で走ってダイたちを追い越す。木の根元に腰を下ろし、ダイたちがやってくると、何事も無かったかのように喋りかけた。
「ちょいっと、そこの…」
すると、ダイ、レイチェル、モルファの順に返事が返ってきた。
「押売りはお断り〜」
「あうあう」
「お兄さん、悪人でしょ〜♪」
サニディンが唖然としていると、三人が再び口を開く。
「あと、通信販売もダメだからね♪」
「あうあう♪」
「もしかして、昨日の犯人?」
意味不明な二人は置いといて、年長と思われる少年は、ずばりなことを言い当てていた。
「いや…、押売りでも通信販売でも…、あうあうでもない…」
サニディンは、顔を引きつらせながら答える。
「おまえたち…、ドラゴンの秘宝ってのには興味ないか?」
サニディンは、突然、そんな話を切り出した。
「興味ありません」
ダイは、素っ気無く呟き、足早に立ち去ろうとする。
「ちょっ…、待てっ!」
サニディンは、必死に呼び止める。
「時間や空間を自由に操ることができるって、すっげ〜お宝なんだ!」
興味を引こうと、サニディンは秘宝の内容を叫んだ。そのキーワードに、ダイが激しく反応した。
「時間や空間を…、操る…お宝ーーー!」
ダイは、慌ててサニディンの元に駆け寄る。
「ねぇお兄さん。その話、もう少し詳しく聞かせてよ♪」
ダイの瞳は、期待でキラキラと輝いていた。
サニディンは、乗ってきたとばかりに微笑んだ。
「いや、なに…。この近くのマシュー山に住むドラゴンは知っているよな。数万年は生きているという伝説のドラゴンだ…」
ダイを除いて、レイチェルたちが頷く。どうやら、この世界では有名な話らしい。
「そのドラゴンが貯め込んでいる財宝の中に、そんなお宝が眠っているって噂なんだ」
サニディンは、ダイの反応を楽しむように呟いた。
「もしかして…、時空石のことなんじゃ〜!」
ダイが叫ぶと、空中で煙が弾ける。
『うむ…。その可能性は高いな…』
現れたぬいぐるみ姿のグランゾルは、ダイの頭上に着地した。
「なっ!」
突然、喋るぬいぐるみが現れて、サニディンは驚く。
『時空石とは…、ダイが探している宝石のことですね…』
いつのまにか、ぬいぐるみ姿のアルフォーニも現れていた。
「ダイが元の世界に戻るための時空石…」
アルフォーニを抱っこしたレイチェルは、複雑な表情で呟く。時空石が見つかるということは、ダイとの別れを意味しているからだ。
「さっそくマシュー山に出発だ〜! お兄さん、じゃあね〜♪」
用事を済ましたダイは、レイチェルたちに号令をかける。
「ちょっと待て〜…」
サニディンは、ダイの頭を鷲掴みにした。
「まさか、これほどの情報を提供したのに、そのまま帰れると思ってるんじゃねぇ〜だろうな…?」
サニディンは、凄みを利かし、ダイを睨み付けた。
「う〜ん…」
ダイは、困ったように唸り声を上げる。
「ボクたちに、どうしろっていうの?」
はっきり言って、情報料を払うようなお金は持ち合わせていない。ダイは、なんとか誤魔化す方法はないか、必死で考えた。
「なにも、金を出せと言っているんじゃない…」
サニディンの言葉に、ダイたちは唖然とする。
「昨晩の戦いは見させてもらった。まさか、あんな巨大竜を倒せるヤツがいるとは驚きだったぜ…」
腕を組み、大袈裟に頷いてみせる。
「そこでだ…。その時空石ってのは、おまえに譲る。なぁ〜に、オレは残りの財宝をいただければ…」
誤魔化しても意味はないと考えたのか、サニディンは、本当の目的を呟いた。だが、ダイからは、予想を裏切るような答えが戻ってくる。
「べつに、ドラゴンを倒しに行くつもりはないよ…」
サニディンが目を見開いて驚く。
「まずは、時空石を使わせてもらえるようにお願いする。もちろん、話しの通じる相手ってのが条件だけどね〜」
ダイは、今までの巨大竜との戦いを思いだしていた。
『竜と呼ばれる存在は、大きく分けて二種類ある…』
グランゾルは、説明口調で呟く。
『生物が何らかの理由により巨大化したものと、高い知能や強大な力を持つ竜族と呼ばれる存在だ』
グランゾルは、種族について語りはじめた。
世界に存在する種族は人間族だけと思われているが、実際はそうではない。背に翼を持つ天空族や、魔力を自由に操る魔族…。竜族も、そんな種族の一つである。
もし、マシュー山に住むドラゴンが竜族なら、ダイの考えているように話し合いで解決できるかもしれなかった。
「やっぱり、話し合いからはじめよう♪」
グランゾルの説明を聞いて、ダイの決心は固まった。
「話しの通じない相手なら…、どうするんだ?」
サニディンは、呆れたように問いかける。
「それなら諦める♪」
ダイの答えは、とてもあっさりしていた。
「だって、ボクは時空石がどんなものなのか知らないし、使い方がわからないなら持っていてもしょうがないし…」
唖然とするサニディンを見て、ダイは説明を付け加える。
「それに…、無駄な戦いは避けたいからね♪」
その言葉に、レイチェルは満足そうに頷いた。
「し、信じられねぇ〜…」
欲しいモノは、力尽くでも手に入れる。その結果、相手が命を落としても仕方のないこと…。それが、サニディンの考えであった。
長年、盗賊をやっているためか、ダイの考えはサニディンに理解できないものである。もし、サニディンが、ダイと同じような力を手に入れていたのなら、世界の支配者を目指していたかもしれない。グランゾルには、それだけの力があるのだ。
何の見返りも求めず、無駄な戦いはしない。しかし、困っている人がいれば、全力で協力する。サニディンは、勇者と呼ばれる存在に、はじめて出会ったような気がした。そして、いままでの人生が全否定されたようにおもえて、少しムカついた。
「あぁ、わかったわかった。じゃあ、オレも連れて行け…。それが報酬ってことで、いいな…」
サニディンが呟くと、ダイは大きく頷いた。
こうして、盗賊のサニディンを加えたダイたちは、マシュー山に向けて出発する。ちょうど同じころ、別ルートで時空石の情報を手に入れた例の三人組も、マシュー山に向かっているところだった。
巨大なタイヤの付いた金属物体が、マシュー山へと走っている。それは、自動車のような姿に変形したアレックスであった。
「マシュー山に住むドラゴンの財宝…。その中に、時空石があるんだね〜♪」
パイロープは、嬉しそうに身体を揺らす。この世界に飛ばされてから、初めて聞いた時空石の手掛りである。その喜びは、かなりのものであった。
「それが時空石だと、限らないのでは…?」
グロッシュラーの言葉に、パイロープは息を詰まらす。
「それに、もし相手が竜族であれば、我々だけでは勝ち目が無いものと思われます…」
魔族であるグロッシュラーたちは、竜族の圧倒的な力を理解していた。
「そうだね〜…」
パイロープは、両腕を組んで唸り始める。
「高位魔族ならともかく、一般魔族のあたしたちにゃ〜、荷が重いかもしれないね〜…」
パイロープの呟きに、ツァボライトも頷いた。
魔族全てが強い力を持っているわけではない。パイロープたちは、一般魔族と呼ばれる存在であった。
高位魔族とは魔術や戦闘能力に長けた騎士などで、一般魔族は魔界で普通に暮らす国民のようなものである。パイロープたちは、言ってしまえば一般人と同じであった。だが、一般魔族であっても、全種族中最弱とされる人間族に比べれば、かなりの強さを持っている。それは、達人と呼ばれる人間族を、軽くあしらえるほどの強さであった。
それでも、竜族には太刀打ちできないと予想される。それほどまでに、竜族の力は強大なものなのだ。
前を見据えたまま、パイロープがジッと考え込む。そして、何かを思いついたのか、グロッシュラーたちに命令をした。
「おまえたち…。マシュー山へ行く前に、まずは竜を育てるよ!」
パイロープは、マシュー山のドラゴンに対抗するため、巨大竜を育てることに決めた。
ダイたちがマシュー山へと出発して、すでに三日が経過していた。普通なら到着してもいい日数なのだが、モルファが足を引っ張って遅れ気味であった。
「なぁ〜…、少し休もうぜ〜…」
モルファは、近くの岩に腰を下ろし、ぐったりと項垂れた。もちろん、数分前に休んだばかりである。
「ひ弱なガキめ…」
サニディンは、予定より遅れていることに、かなり苛立っていた。
「こいつは役に立ちそうにない…。置いて行こうぜ…」
サニディンは、ダイに耳打ちをする。それを聞いたダイは、苦笑するしかなかった。
「あぅ〜…」
モルファほどではなかったが、レイチェルにも疲労が溜まっていた。体力には自信があるつもりだったが、これほど歩いたことはほとんどない。
レイチェルは、そっとダイの様子を窺う。これだけ歩いたにも関わらず、ダイは至って平然としている。異世界の住人は、身体能力も高いのだろうか…。
「じゃあ、今日と明日は、お休みにしよ〜〜〜♪」
レイチェルの様子に気づいたダイは、右手を突き上げてそんな提案をする。すると、モルファたちは、喜びの声を上げるのだった。
「な、何を!」
サニディンが、慌てて問い質す。
「急いでマシュー山に行かなきゃダメだろうが。こんなところで遊んでる暇はないだろっ!」
怒りの表情で睨み付けるが、ダイは軽く受け流してしまう。
「別に、急がなくても時空石は逃げないよ〜」
ダイは、大きなため息をつく。
「それに…。いざ戦いとなったとき、疲れていたら困るじゃないか〜」
ダイの説明に、サニディンは何も言い返せなくなってしまう。マシュー山のドラゴンと戦うには、ダイたちの力が不可欠なのだ。
「ちっ…、わかったよ。じゃあ、オレは出発まで勝手にさせてもらうからな…」
サニディンは、足早に森の奥へと消えてしまった。
「なぁ、このまま逃げたほうがいいんじゃないか〜?」
サニディンを見送ったモルファは、不意にそんなことを呟く。
「あのサニディンって人、絶対に悪人だぜ…」
同意見なのか、レイチェルも頷いた。
「そうだね、悪人だろうね〜…」
ダイは、リュックから果物を取り出し、モルファとレイチェルに一つずつ渡した。
「でも、ボクたちが逃げても、あの人はマシュー山を目指すはずだよ。たとえ、どんな手をつかってでもね…」
ダイは、手にした果物を皮ごと齧る。あえて別行動しないのは、サニディンを監視する意味合いも含まれているようだ。
「くそっ!」
サニディンが近くの岩に拳を叩きつける。その衝撃に、岩は粉々に砕け散ってしまった。
「ガキどもが…、なめやがって…」
サニディンの怒りは、簡単に収まらない。
「すべてが終われば、ぶち殺してやる…」
奥歯を食いしばり、唾を吐き捨てた。
「おいっ!」
サニディンが声を上げると、木の陰から一人の盗賊が現れる。
「あのガキどもに見張りをつけろ…。妙な真似をしたら構わん。ふん縛っておけ!」
命令を受けた盗賊は、すっと姿を消した。
「さてと…」
気を取り直したサニディンは、マシュー山の情報を集めるため、近くの村へと歩きはじめた。
そのとき、どこからか歌声が聞こえてくる。サニディンは、歌声に惹き付けられるよう、森の奥へと入って行った。
森の奥には綺麗な湖が広がっており、その湖畔では、一人の美しい女性が水浴びをしていた。サニディンは、おもわず身を乗り出してしまい、足元にあった小枝を踏み付けてしまう。
「えっ!」
音に気づいた女性は、慌てて振り返る。サニディンと視線が合い、笑顔で挨拶をした。
「こんにちは♪」
悲鳴でも上げられると思っていたサニディンは、拍子抜けしてしまう。なにしろ、女性は何も身に付けていない、全裸だったからだ。
「え〜っと…、こんにちは〜」
サニディンは、頭を掻きながら視線を逸らせる。こうも堂々とされると、こちらが気恥ずかしくなってしまう。すると、女性は平然と衣服を纏い、何事もなかったかのように立ち去ろうとした。
「ちょーっと待った!」
呼び止められた女性は、きょとんとしてサニディンを見つめる。
「あ〜…、あんたの名前は…?」
サニディンは、頬を赤くさせて問いかけた。
女性は、心の中まで見透かすような瞳でサニディンを見つめる。そして、何かを感じたのか、笑顔で答えた。
「わたしの名は、ミントベリル…」
女性は、優雅に会釈をした。
「ミ、ミント…さん」
柄にもなく、サニディンはどぎまぎしてしまう。
「こんなところに一人でいたら、野盗に襲われてしまうぞ…。それに、最近は巨大竜も暴れているらしいからな…」
自分が盗賊の頭領だということは置いといて、サニディンはミントベリルに忠告した。
「心配してくれているのですね。ありがとう…」
ミントベリルが礼を言うと、サニディンの顔は真っ赤となる。
「でも大丈夫…。これでも、結構強いほうですから♪」
両手でガッツポーズをしてみせるミントベリルだったが、まったく強そうには見えない。
サニディンは、困ったように頭を掻く。こんな美人をこのままにしておけば、何らかのトラブルに巻き込まれるのは確実である。
「送ってやる…」
サニディンは、素っ気無く呟く。
「だから、家まで送ってやるって言ってるんだよ!」
意味がわからずに小首を傾げたミントベリルに、サニディンは怒鳴りつけるように叫んだ。
呆然とするミントベリルだったが、サニディンの言いたいことを理解して、明さまに嫌な顔をする。
「いいえ、結構です…。名前も知らない方に、送ってもらう謂れはありません」
ミントベリルの言葉に、サニディンは自己紹介をしていないことに気づいた。
「オレの名はサニディン…。マシュー山のドラゴンを倒しに向かっている盗…、いや…冒険者さ♪」
サニディンは、やたら自慢げに叫んだ。
「マシュー山の…ドラゴンを?」
ミントベリルは、不思議そうに呟く。
「なぜですか? あの山に住む竜が悪さをした話など、聞いたこともありませんよ…」
ミントベリルは、容赦の無い視線をサニディンにぶつけた。
その勢いに、サニディンは後退ってしまう。
「いや…。最近の巨大竜騒ぎは、あのドラゴンの仕業だって噂がな…」
サニディンは、適当な理由で誤魔化そうとする。財宝が目的だとは、とても言えそうにない。
「そう…ですか…」
ミントベリルは、何かを考え込むように呟く。
「では、わたしもドラゴン退治にお供しますね♪」
満面に笑顔を浮べ、ミントベリルはそう答えた。
「はぁ〜?」
いきなりの展開に、サニディンは間抜けな声を上げてしまう。
「ふ、ふざけるな! 戦いになったら、死んじまうかもしれないんだぞ!」
サニディンは、ミントベリルの前に回り込み、身体全体で危険を訴えた。
「大丈夫です。わたし、強いですから♪」
ミントベリルは、再びガッツポーズをする。
その可愛さに、サニディンの顔は緩んでしまう…。惚れてしまった弱みか、ミントベリルを説得させることはできそうになかった。
「と、いうわけで〜…。ミントさんだ…」
サニディンは、着いてきたミントベリルを、ダイたちに紹介する。
「ミントさんは、オレたちがマシュー山のドラゴンを倒すのを見学したい…そうで〜…」
サニディンも、かなり無理のある説明であることは理解していた。しかし、ミントベリルは、どうしても一緒に行くと聞かないのだ。
「見学って、あのね〜」
ダイの、呆れた視線がサニディンに突き刺さる。
「危険かもしれない場所に連れて行くなんて、できるわけないでしょ…」
ダイの言葉に、レイチェルが頷く。
「それに、ボクは戦わないよ。まずは話し合って、それでもダメなら諦めるって言ったじゃないか…」
ダイは、大きなため息をついた。サニディンは、どうしてもダイたちをドラゴンと戦わせたいようだ。
「あら…、ドラゴンとは戦わないのですか?」
ミントベリルは、なぜかニコニコ顔でダイに問いかけた。
「サニディンさんのお話では、最近の巨大竜騒ぎはマシュー山のドラゴンが原因らしいんですが…」
ミントベリルは、おどけたように小首を傾げる。
「そんなドラゴンは、殺しちゃったほうがいいんじゃないですか〜♪」
ミントベリルは、ダイをジッと見つめた。
ダイは、ミントベリルを不機嫌そうに睨みつける。
「欲しいものは力ずくで手に入れる、自分が気に入らなければ殺しちゃう…。それじゃあ、ただの盗賊じゃないか!」
ダイは、ムッとしながら叫ぶ。
その態度を見て、ミントベリルは満足そうに微笑んだ。
「そう…、あなたがグランゾルのマスターね…」
ダイの持つ牙龍剣を見たのか、ミントベリルは納得したように呟く。
「お姉さん、何者…?」
ダイは、そっと牙龍剣に手をやる。
「グランゾル…、出てきて…」
ダイが囁くと、ぬいぐるみ形態のグランゾルが現われた。
『ダイ、どうした…って…。ミ、ミント…ベリル?』
グランゾルは、身体全体で驚きを表現する。
『ななな…。なぜ、貴女がここに!』
グランゾルは、脅えたようにダイの後ろへ隠れた。
「グランゾル…。知り合い…なの?」
ダイの問いかけに、グランゾルが頷く。
『ミントベリル…。彼女は、竜族だ…』
グランゾルが何を言っているのか、ダイたちにはいまいち理解できなかった。
「お久しぶりね、グランゾル…。二千年ぶり…ぐらいかしら?」
ミントベリルは、とんでもないことを呟いた。
「いいマスターにめぐり会えたようね♪」
僅かなやりとりで、ミントベリルはダイの気質を見抜いたようだ。
「あははっ、彼女が竜族だって〜…。そんなバカな〜♪」
サニディンは、苦笑しながら頭を掻いた。ミントベリルは、どう見ても人間としか思えないからだ。
「あら、本当のことよ…。なんなら、元の姿に戻ってみましょうか?」
すると、ミントベリルの身体が淡く光りはじめる。それを見たグランゾルは、慌てて止めようとした。竜形態となったミントベリルは、巨大ロボットとなったグランゾルの数十倍はあるからだ。
『それで…。なぜ貴女がダイたちと一緒にいるのですか?』
グランゾルは、丁寧な言葉で問いかける。
「出会ったのは偶然なんだけど、これからわたしを倒しに行くっていうじゃない…。面白そうだから、着いてきちゃった♪」
ミントベリルは、楽しそうに答えた。
「えっ…。じゃあ、お姉さんがマシュー山のドラゴンなの?」
ダイは、目を丸くして驚く。ミントベリルは、こくりと頷いた。
「あのね! お姉さんのところに、時空や空間を操るお宝があるって聞い…」
だが、ダイの言葉は、突然現われた巨大な物体の放つ音でかき消されてしまった。
「あうっ!」
レイチェルが頭を庇いながらしゃがみ込む。巨大物体は、シャカシャカという音を出しながら、ダイたちの頭上をもの凄いスピードで通り過ぎた。
そのとき、巨大物体から、女性の声が聞こえてきた。
『さぁ〜、マシュー山に行って時空石を手に入れるよ〜♪』
それは、ドロンジョさまこと、パイロープの声であった。
「なんじゃありゃーーー!」
通り過ぎた巨大物体を見て、サニディンは呆然と立ち尽くす。巨大物体は、木々を薙ぎ倒し、高速でマシュー山へと向かっていた。
「あらあら…、大きなお客さまね〜♪」
ミントベリルは、困ったように微笑む。次の瞬間、巨大物体を追いかけるように、超速で走り出した。
「行くよ、グランゾル!」
ダイが叫ぶと、グランゾルの身体は、二メートルほどの大きさとなった。
「グランゾル、聖獣モード・チェンジ!」
すると、グランゾルは鳳凰形態となる。ダイは、大きくジャンプして、グランゾルの背に飛び乗った。そして、ダイたちは上空に駆け昇り、巨大物体を追った。
「ダ、ダイ!」
モルファは、大きく叫ぶ。しかし、ダイたちの姿は、遥か彼方へと消えてしまった後だった。
「あうっ!」
レイチェルが、モルファに合図を送る。モルファが振り返ると、レイチェルは馬ほどの大きさとなったアルフォーニの上に乗っていた。レイチェルは、モルファに手を伸ばし、引っ張り上げて後ろに乗せる。
「アルフォーニ、ダイの後を追って!」
モルファがアルフォーニにしがみ付いたのを確認して、レイチェルは大きく叫んだ。
「てめーら、ちょっと待て!」
一人置き去りにされたサニディンは、走り去るアルフォーニを怒鳴りつける。
「くそっ! そんな便利な乗り物があるなら、最初から出しやがれっ!」
サニディンは、急いでダイたちの後を追った。
ダイは、上空から巨大物体の全貌を確認する。
「うげっ…」
その姿を見て、ダイはおもわず嫌な顔をした。
扁平で幅広い形状、黒く光沢のある姿をしたソレは、素早い動きで狭いすき間に好んで潜る昆虫…。いわゆる、ゴキブリであった。
巨大ゴキブリは、シャカシャカと脚を動かし、一直線にマシュー山を目指している。
「う〜ん…。さすがにあんなお客さまはご遠慮いただきたいかな〜…」
突如、ダイの真横から声が聞こえてくる。ダイが視線を向けると、そこにはミントベリルがグランゾルと同じ早さで飛行していた。
「と、飛んでる!」
ダイは、その光景に驚愕してしまう。ミントベリルは、何の道具も使わずに、空を飛んでいたのだ。
「あら、空を飛べるのがそんなに珍しい?」
ミントベリルは、にっこりと微笑む。一定以上の力を持つ者であれば、空を飛ぶことなど簡単なことであった。
「それより…、アレが噂の巨大竜かしら?」
ミントベリルは、興味深そうに巨大ゴキブリを見つめる。もちろん、こちらの世界でも、ゴキブリがこれほど大きくなることはありえない。
「うん。あの頭の所に付いている恐竜ロボの影響で、おっきくなってるんだよ」
ダイが説明していると、いきなりアレックスから声が聞こえてきた。
『では、ここで今週のお便りを紹介します〜』
なんの前触れもなく、グロッシュラーのお便りコーナーが始まった。
『え〜…、サンストーンにお住まいのアリスちゃん六歳からのお便り…。いやはや、この番組って精霊界でも放送されてるんですかね〜…』
ちなみにサンストーンとは、精霊族の聖域とされる場所で、精霊神の住む島のことである。
『それではアリスちゃんの質問…。 『あたしたちの出番は、まだですか♪』 って…』
グロッシュラーは、その内容におもわず絶句してしまう。
『何を考えてるんでしょうか、このボケ娘…ゲホゲホ。いえいえ、シリーズが違うので、アリスちゃんたちの出番はありませんよ〜…』
グロッシュラーの口調は、どことなく不機嫌であった。
『だから、何をやっているんだい!』
アレックスから、パイロープの怒声が聞こえてくる。どうやら、お便りコーナーが気に入らないらしい。
『それにしても…。もっとましな生き物はいなかったのかい…? なんだか、全身が痒くなってきたよ…』
生理的な嫌悪を感じるのか、パイロープの声は僅かに震えていた。
『この生物を甘く見てはいけません。俊敏な動きに強靭な生命力…、さらには飛行能力も備わっている。まさしく、竜に相応しい昆虫かと…』
グロッシュラーは、自信満々に答えた。
『ただのゴキブリじゃないか…』
パイロープは、呆れたようにため息をつく。
『あぁああっ…。この巨大竜で、本当に竜族と戦えるのかい!』
パイロープの泣きじゃくるような声が聞こえてくる。その声を聞いたミントベリルは、項垂れるように呟いた。
「あれと戦うのは、勘弁してほしいです〜…」
ミントベリルは、巨大ゴキブリの気持ち悪さに、しくしくと涙を流すのだった。