第3話 対決! グランゾル vs. アルフォーニ
夕食を終えたダイたちは、焚き火を囲んで寛いでいた。そして、事件のはじまりは、モルファの何気ないひとことであった。
「グランゾルにアルフォーニ…、超獣神が二体も揃ったんだ。これで、巨大竜なんて敵じゃないぜ!」
モルファは、拳を握りしめて叫ぶ。だが、騒いでいるのはモルファ一人だけであった。
「だから…。ボクは竜を倒すために旅をしているわけじゃないって…」
ダイは、やる気なさそうに呟く。時空石を探すついでに戦っているだけで、竜退治を目的にしているつもりはまったくない。
「あぅ…」
レイチェルがコクリと頷く。どうやら、ダイと同意見のようであった。
「おまえら、ノリが悪いぞ! なぁ、グランゾル♪」
モルファの問いかけは、グランゾルから完全に無視された。
『わたしが…この世界で戦うことはありません…』
不意に、アルフォーニが呟く。モルファが反論しようとすると、グランゾルが言葉を発した。
『当然だ…。ここは、わたしが守護を任された世界…。おまえの力など借りぬ…』
グランゾルは、ムッとしながらそっぽを向く。
『そうね〜…。でも、あなたがピンチになったときは…、助けてあげようかしら…』
負けじと、アルフォーニもそんなことを口にした。
『…って、ふざけるな! だいたい、なぜおまえがこの世界にいるんだ!』
グランゾルは、アルフォーニに食ってかかる。いつもの冷静なグランゾルとは思えない反応である。
『気づけば召喚されてたから、はっきりしたことはわからないけど…』
アルフォーニは、考え込むように瞳を瞑る。
『やっぱり…、あなたが不甲斐無いから…じゃないかしら…』
そう言って、嫌味ったらしく微笑んだ。
「ちょ、ちょっと待て!」
突然、モルファが叫ぶ。
「さっきから、この世界とか言ってるけど…、いったい何のことなんだ?」
モルファは、二人の言い合いに、まるで関係ない質問をした。
『四聖界…。それが、我ら超獣神の守護する世界…』
グランゾルは、いやいやながらも、モルファの質問に答えた。
この世界は四つの時空に分かれており、それぞれの聖界を四体の超獣神が守護している。
各聖界の交流は皆無で、同じ時空に超獣神が揃うことはまずありえない。グランゾルとアルフォーニも、創造されたときに顔を会わせた程度である。
お互いの聖界には立ち入らず、何事があっても干渉しない。それが超獣神たちの、暗黙のうちに決められた約束ごとであった。
モルファは、グランゾルの話に衝撃を受けた。自分たちの住む世界とは、また別の世界があるというのだ。しかし、巨大竜の出現や超獣神の存在は、そのことを納得させるのに充分な事柄であった。
『つまり…。おまえがこの世界にいることは、決して許されない…』
グランゾルは、アルフォーニを睨み付けるように言い放った。
『なっ!』
アルフォーニが絶句する。たしかにその通りではあったが、アルフォーニも好んでこの世界にやって来たわけではない。アルフォーニは、悔しさに歯を食いしばる。だが、反論することもせず、気落ちして繁みの中へと姿を消してしまった。
途端に、グランゾルがしゅんとする。後悔しているのか、ピクリとも動こうとしない。そんな様子をダイたちが見ていると、グランゾルはひとりごとのように呟いた。
『少し…、一人にさせてもらう…。何かあれば…、我が名を呼べ…』
そう言うと、グランゾルはアルフォーニと反対方向に歩いて行った。
残された三人は、一斉にため息をついた。
「二人とも…、子供だね〜…」
ダイは、呆れたように呟く。
「あうあう…」
同意するように、レイチェルも頷いた。
もちろん、メンバーの中で一番子供なのは、ダイとレイチェルであった。
焚き火から少し離れた丘の上、グランゾルは夜空の星を見上げていた。
「グランゾル…。ちょっといい?」
不意に、そんな声が聞こえてくる。グランゾルが振り返ると、そこにはダイの姿があった。
『ダイか…』
グランゾルは、視線を戻し、素っ気無く呟く。
『どうしたんだ…。そろそろ寝る時間ではないのか?』
グランゾルは、当り障りのない話題をふった。
「アルフォーニとは…、仲が悪いの?」
グランゾルの隣りに座ったダイは、ずばりな質問をする。
「グランゾルとアルフォーニは兄妹なんだから、仲良くしなくっちゃダメだよ♪」
言葉に詰まっているグランゾルを見て、ダイはそんなことを呟いた。
『…、兄妹…?』
グランゾルは、小首を傾げる。
『兄妹とは…、なんだ?』
グランゾルの質問に、今度はダイが悩んでしまった。
「う〜ん…。兄妹っていうのは〜、同じ親を持つ仲間みたいなもので…。と、とにかく仲良しなんだ!」
そんな説明ではわからないと感じたのか、ダイはあることを話し始める。
「ボクの家の隣に、仲の良い双子の兄妹がいるんだけど…。おまえら、本当に兄妹かってぐらい仲良しでさ〜♪」
苦し紛れに、ダイは幼馴染みのことを話した。だが、グランゾルの反応はいまいちである。
『同じ親を持つ…仲間…』
グランゾルは、思い耽るように夜空を見上げた。
『わたしとアルフォーニは…、仲間…?』
グランゾルは、自分自身にそう問いかけるのだった。
「そうだよ…。グランゾルたちは同じ超獣神…、世界を守護するって同じ目的を持つ仲間さ♪」
ダイは、自信満々に答える。
「だから、アルフォーニとも仲良くしなくっちゃいけないんだよ…」
ダイは、諭すように呟いた。
『ダイ…。おまえ、本当に六歳なのか…?』
まるで子供らしくない言葉に、グランゾルはおもわず確認してしまう。これでは、どちらが保護者なのか、わかったものではない。
「あははっ…。ほらグランゾル、アルフォーニのところに行きなって♪」
ダイが進めると、グランゾルは煙に包まれる。煙が晴れると、鳥形のぬいぐるみが浮いていた。
『ま〜、なんだ…。さきほどは、ほんの少しだけ言い過ぎたからな。様子を見てくることにしよう…』
グランゾルは、言い訳をするように呟く。そして、丘から滑空し、アルフォーニがいるであろう方角へ飛んで行った。
「あ〜ぁ…。ほんと、素直じゃないんだから…」
そういうダイは、本当に子供っぽくなかった。
グランゾルが去った丘の上では、ダイが一人佇んでいた。
ふと、がさがさ繁みを揺らす音が聞こえてくる。ダイが振り返ると、そこにはレイチェルの姿があった。
「あぅ♪」
レイチェルは、成功したとばかりに親指を突き出す。レイチェルは、ダイと同じようにアルフォーニの話し相手に行っていたのだ。
「うん。こっちの説得も、うまくいったみたい♪」
ダイが笑顔を返す。すでに二人は、言葉が無くても意思の疎通ができるようになっていた。
ダイの隣りにレイチェルがちょこんと座る。レイチェルは、無言でダイの横顔を見つめた。視線に気づいたダイが問いかけると、レイチェルは真っ赤な顔で慌てる。
「あぅわわっ、あうあぅ〜!」
挙動不審な手振りで、レイチェルはある提案をした。
「そうだね。明日からの旅に備えて、そろそろ寝ないと…」
ダイは、立ち上がって、大きな伸びをする。
「さぁ〜、行こうか♪」
笑顔で、レイチェルに手を差し出した。
「あ、ああぅ!」
レイチェルは、慌てて立ち上がり、ダイから逃げるように丘を駆け下りる。そして、振り返ってダイに手を振った。
「あぅ!」
そのとき、レイチェルは異変に気づいた。丘をゆっくり降りてくるダイの後方に、黒い人影が見えたのだ。
黒い人影が何かを振り降ろす。すると、ダイの身体は力を無くしたように倒れた。
「あぅーーーっ!」
レイチェルは、ダイのもとに駆け寄ろうとする。だが、それは叶わなかった。別の人影がレイチェルの腕を掴み、羽交い締めにしていたからだ。
「んんっ、うんんっ!」
レイチェルは、手で口を塞がれ、恐怖に涙する。
「おとなしくしな…。お姫さま…」
謎の人影がレイチェルの耳元で囁く。
人影は、街から離れたダイたちを監視し、レイチェルを誘拐する機会を狙っていた盗賊団の一味であった。
アルフォーニは、ダイたちが野営している場所に向かっていた。
気は進まなかったが、あまりレイチェルを心配させるわけにもいかない。グランゾルとはまた喧嘩してしまいそうだが、なんとか我慢しようと心に決めていた。
そこに、鳥形をしたグランゾルが飛んでくる。グランゾルは、アルフォーニと少し距離を取り、道端に転がっている岩の上に着地した。
『…、アル…』
グランゾルが喋りかけようとすると、アルフォーニは無視するように先へ進む。グランゾルは、ため息をついて、アルフォーニの後を追った。
『アルフォーニよ…。さっきは…、その…、なんだ…』
滑空しながら、グランゾルは煮え切らない態度をする。
謝ろうとしているのだが、どうしても素直になれない。そして、そんな態度は、アルフォーニを苛立たせるものであった。
『なにも、話すことはありません…』
アルフォーニは、そっぽを向きながら呟く。
『あなたの言ったことは、全て正しい…。わたしは、迷惑にならないよう、おとなしくしています…』
悔しそうに身体を震わせながら、アルフォーニは俯いた。
『いや…、だからな…』
これでは、ますます関係が拗れてしまいそうである。
『アルフォーニ!』
グランゾルは、覚悟を決めて呼びとめた。その瞬間、遠くの方で、レイチェルの悲鳴が響いてくる。
『レイチェル!』
アルフォーニの顔色が変わった。もはや、仲直りの話しどころではない。アルフォーニは、一目散に悲鳴が聞こえた方向へ駆け出した。
『アルフォーニ、先に行く!』
グランゾルは、アルフォーニの返事を待たず、丘に向かって飛び立った。
『お願い…』
アルフォーニは、懇願するように呟いた。
丘に到着したグランゾルは、辺りを見回す。近くに倒れているダイを見つけ、慌てて駆け寄った。
『ダイ…、無事か!』
グランゾルは、人型のぬいぐるみとなり、ダイの状態を確認する。ダイは、後頭部から血を流し、気を失っているようだ。
『ダイ! 何があったんだ!』
グランゾルは、ダイの肩を揺する。すると、意識が戻ったダイは、ゆっくりと起き上がった。
「痛っ…。あれ…、ボク…どうしたんだろう…?」
ダイは、大量の血を流しているにも関わらず、平然としていた。
「そうだ! レイチェルが変な奴らに連れ去られて!」
急に走り出そうとしたためか、後頭部に激痛が走った。ダイは、頭を押さえて両膝をつく。
「あれ〜、血が出てら〜…」
ダイは、はじめて自分が怪我をしていることに気づいた。
そこに、地面を走ってきたアルフォーニが現れる。アルフォーニは、辺りを見回してレイチェルの姿を捜す。怪我をしているダイに気づき、レイチェルの身に何かがあったと理解した。
アルフォーニは、レイチェルを捜しに行くため身を翻す。
「アルフォーニ、待って!」
走り出そうとするアルフォーニを、ダイが呼び止める。
「無意味に捜しても無駄だよ。グランゾル…、上空から様子を見て来てくれないか…」
ダイは、空から捜したほうが早いと判断した。グランゾルはこくりと頷き、上空へと飛び立とうとする。
『あなたたちの力は借りません!』
突然、アルフォーニが言い放った。
『これは、わたしとマスターの問題…。これ以上、あなたたちに迷惑を…』
アルフォーニの言葉は、ダイの叫びに遮られた。
「アルフォーニ!」
ダイは、怒ったようにアルフォーニを睨み付ける。
「いまは、レイチェルを助けることが優先だよ…」
アルフォーニを諭すよう、ダイは優しく呟いた。
ダイの言葉に、アルフォーニは頷く。
『グランゾル…。お願いできますか…?』
アルフォーニは、恐る恐るグランゾルに問いかける。
『了解した!』
グランゾルは、大きく翼を広げる。そして、森全体を一望できる高さまで飛び昇った。
レイチェルを捕まえた三人の盗賊は、森を一気に走り抜け、川辺までやって来ていた。きょろきょろと辺りを見回し、隠してあった船を川に浮べる。
一人の盗賊がレイチェルを船へと降ろす。猿ぐつわをされ手足が縛られているレイチェルは、恐怖に涙を流してガタガタと震えていた。
「心配するな…。お嬢ちゃんは、大事な交渉の人質…。手荒なマネはしないさ…」
盗賊の一人がレイチェルに話しかける。
「ただし…。交渉が決裂したときには、どうなるかわからないがな…」
そう言って、盗賊は刃物をちらつかせた。
「はっ、何者だ!」
一人の盗賊が、気配を感じて声をあげる。
刃物を構えた盗賊たちは、闇から浮かび上がるように現れた人影を凝視した。
「おじさんたち…。そんな小娘じゃなく、あたしの相手をしておくれでないかい♪」
星明かりに照らされていたのは、長身で美しいプロポーションをしたパイロープであった。
「女〜、いい度胸してるじゃねぇか〜…」
盗賊たちは、いやらしい笑みを浮べる。
「ひひひっ…。いいだろう…、ここは一緒に楽しもうじゃないか〜♪」
盗賊の一人は、刃物を構えながら、パイロープの身体に飛びかかった。
その瞬間、盗賊の身体がぶっ飛んだ。抱きついた盗賊は、にやけ顔のまま、川辺の岩に激突した。
「なっ!」
その光景に、二人の盗賊は唖然とする。暗殺術をも身に付けた巨躯の男が、か細い身体の女に投げ飛ばされた。いや…、人間業とは思えない力で、弾かれたのだった。
そうこうしていると、パイロープの右手に真っ赤な火炎球が発生する。パイロープが手を突き出すと、火炎球が地面に着弾し、大爆発を起こした。盗賊たちは、爆風で吹き飛ばされる。
「ちっぽけな人間族ごときが〜、魔族であるこのあたしに敵うとでも思ってるのかい…?」
パイロープは、再び火炎球を発生させる。その冷徹な笑みを見て、盗賊たちは悲鳴を上げて逃げ出してしまった。
「さて…。ちび娘…、大丈夫だったかい?」
パイロープは、レイチェルに近づいて、縛り付けてあった縄を解いた。
「ほら、泣かないの…」
パイロープは、震えるレイチェルを、優しく抱きしめた。
「あぅ…」
やっと安心したのか、レイチェルが頷く。胸に顔を埋めるよう、パイロープに抱きついた。
パイロープは、怪しい人影に担がれていたレイチェルに気づき、ここまで追いかけて来たのだ。
「で…。へっぽこ勇者とは、逸れてしまったのかい?」
パイロープは、そっと問いかける。
「はっ!」
レイチェルは、慌ててパイロープから離れた。ペンダントを隠すように、両手で握りしめる。
「こ、このペンダントが目的…ですか?」
レイチェルは、脅えるようにパイロープを見つめた。
「いや…」
パイロープは、大きなため息をつく。
「へっぽこも言ってたけど、持ち主が決まった鍵は、他の者には扱えない…。だから、それはあんたのものだよ…」
パイロープは、レイチェルの頭を軽く撫でた。
トラピッチェの説明を聞いたパイロープは、アルフォーニを手に入れることをすでに諦めていた。もちろん、方法が無いわけではない。契約が破棄されれば、新たな契約を結ぶことができる。つまり、契約者のレイチェルを殺せば、アルフォーニとの契約を結ぶことも可能なはずだ。しかし、パイロープにそんなことができるはずもなかった。
「あ、あの…」
レイチェルは、助けてもらったお礼を言おうとする。そこに、爆音に気づいたグランゾルが飛んできた。
グランゾルは、人型に姿を変え、レイチェルの前に降り立つ。
『お、おまえは!』
パイロープの姿に気づき、グランゾルは大きく叫んだ。
『ドロンジョさま!』
マスターであるダイに倣って、グランゾルもパイロープをそう認識していた。
「誰がドロンジョさまだい、誰が…!」
パイロープは、ぬいぐるみ状態のグランゾルを、おもいっきり踏み潰した。
「まったく、腹立たしい奴らだね〜…。あたしゃ帰るから、ちゃんと護ってあげるんだよ!」
パイロープは、グランゾルをもう一踏みして、森の方へ歩き始めた。
「あ、あの…!」
レイチェルは、立ち去ろうとするパイロープを呼び止める。
「助けていただいて、本当にありがとうございました…」
レイチェルは、深々と頭を下げて、お礼を言った。パイロープは、後ろを向いたまま右手を上げて合図をする。無言のまま、ゆっくりと森の中へ姿を消してしまった。
爆音を聞いたダイとアルフォーニは、魔術が炸裂した川辺に急いで向かっていた。その途中、野営地に戻ろうとしていたレイチェルたちと合流する。
「レイチェル!」
ダイは、レイチェルの無事な姿を確認して、おもわず抱きついた。
「よかった…。本当によかった…」
ギュッと抱きしめると、レイチェルは恥かしさのあまりあたふたしてしまう。だが、ダイの後頭部に傷があることで、自責の念にかられてしまった。
「あぅ…」
レイチェルは、ダイの傷にそっと触れてみる。まだ、血は完全に固まっていない。レイチェルは、涙を流して心の中で謝罪した。
「もう…、大丈夫だから…」
ダイは、まだレイチェルが恐がっていると勘違いする。そのとき、木々をなぎ倒しながら、恐竜ロボットのアレックスが姿を現した。
『パイロープさま〜…。いったいどこに行かれたのですか〜…』
アレックスから、グロッシュラーの声が聞こえてくる。その声を聞いたとき、今まで静かにしていたアルフォーニが大きく吠えた。
『やはり、あなたたちの仕業だったのねーーー!』
アルフォーニが怒声を上げる。すると、宙に魔方陣が浮かび、伝説の聖獣、麒麟の形をした金属物体が現われた。アルフォーニが、金属物体に吸い込まれる。その瞬間、金属物体の瞳に光が宿り、生き物のように動きはじめた。
『なななっ、なんですか〜!』
突然現われた巨大獣に、グロッシュラーは驚愕する。巨大獣は、形を変え、人型のロボットとなった。
『ま、まさか、超獣神!』
グランゾルと似た姿を見て、グロッシュラーはそう直感する。
『なんだかわかりませんが…、やるしかないようですね〜』
アレックスの頭からアンテナが盛り上がり、近くの水辺に隠れていたカエルへ、超進化光線を照射した。
光に包まれたカエルは、形を変えながら巨大な物体となる。アレックスが変形し、巨大化けガエルの頭にへばり付いた。
「あ、あうっ!」
レイチェルが大きな声を上げる。
『アルフォーニ、やめるんだ!』
レイチェルの言葉を代弁するように、グランゾルが叫んだ。
『彼女を攫ったのは、その者たちではない! むしろ、助けられ…』
だが、グランゾルの叫びは、怒れるアルフォーニに届かなかった。
『我がマスターを連れ去ろうとした罪…、死をもって償え!』
アルフォーニの左手から炎が噴き出す。炎は形を成し、独特な装飾が施された弓となった。
ダイは、グランゾルから詳しい話しを聞く。そして、背負っていた牙龍剣を抜刀し、おもいっきり空へと突き上げた。
「グランゾルーーー!」
牙龍剣から電撃が発せられる。上空に魔方陣が浮かび上がり、伝説の聖獣、鳳凰の形をした巨大グランゾルが姿を現した。
ぬいぐるみのグランゾルが、巨大鳳凰へと吸い込まれていく。すると、鳳凰の瞳に光が宿り、大きく翼が広がった。
低空飛行するグランゾルにダイが飛び乗る。ダイは、淡い光に包まれ、グランゾルの中へと入った。
『グランゾル、バトルモード・チェンジ!』
人型ロボットとなったグランゾルは、アルフォーニの前に降り立つ。
『落ち着いてよ、アルフォーニ!』
ダイは、アルフォーニの身体にしがみ付く。しかし、アルフォーニの力はもの凄く、ダイが操縦することでパワーアップしているはずのグランゾルをジリジリと押し返した。
『ゲロゲロ!』
巨大ガエルがジャンプする。アルフォーニの背後に回り、粘着力のある舌を長く伸ばした。舌は、グランゾルたちにグルグルと絡みつく。
『あやや…。適当に選んだ生物でしたが、意外とやりますね〜』
グロッシュラーが呟くと、巨大ガエルは舌でグランゾルたちを持ち上げる。
『ひゃっひゃっ〜♪ グランゾル、あなたの命運もこれまでですよ〜〜〜♪』
グロッシュラーは、二体の超獣神を、何度も何度も地面に叩き付けた。
グランゾルの操縦空間では、ダイが叩き付けられる衝撃に耐えていた。だが、それにも限界があった。
「グランゾル…」
ダイは、震える声で、グランゾルの名を呼ぶ。
「もういいから、やっちゃえーーー!」
額に怒りマークを浮べ、手にした球体を突き出した。
『おおぉーーー!』
グランゾルが、巨大ガエルの舌を振り解く。
『がりゅ〜ぅけーーーーーん!』
ダイが叫ぶと、大きな雷が落ち、巨大な牙龍剣となった。
『クラッシュアンド…』
牙龍剣が巨大ガエルの胸に突き刺さる。
『リバーーース!』
ダイがそう叫ぶと、牙龍剣から淡い光が放たれた。
勝負は一瞬で決まった。巨大ガエルは元の大きさに戻り、投げ出されたアレックスは地面へと落下した。
『…、さて…』
グランゾルから、ダイの怒りに満ちた声が聞こえる。グロッシュラーが命乞いをしているようだが関係ない。ダイは、アレックスをサッカーボールに見立て、おもいっきり蹴り飛ばした。ぶっ飛ぶアレックスは、花火のように空中で大爆発を起こす。
『よっしゃぁー! 大勝利ーーー!』
グランゾルは、かっこよくポーズを決めるのだった。
「あ…う…」
レイチェルは、ドクロのようなキノコ雲を見て唖然とする。何がどう間違えて、こんなことになってしまったのだろうか…。
そのとき、上空から雨が降ってくる。しかも、その雨はなぜか温かい。レイチェルが戦いのあった場所に視線を向けると、巨大な水柱が噴きあがっていた。
水柱からは、モクモクと湯気が立ちのぼっている。どうやら水ではなく、お湯のようであった。
『これは…、温泉だな…』
お湯の成分をスキャンしたグランゾルは、そう結論付けた。
見事なまでにボロボロとなったアレックスの操縦席では、これまたボロボロとなったグロッシュラーとツァボライトが項垂れていた。
グロッシュラーは、懐から一枚のハガキを取り出す。
「え〜…、今週のお便り紹介コーナー…」
今回の爆発には、さすがのグロッシュラーもこたえたのかいつもの元気はなかった。
「紅柱石にお住まいの、樹神美咲ちゃん五歳からのお便り…。 『パイロープさまって、本当はいいひとですか〜?』 との質問ですね〜」
グロッシュラーは、必死に笑いを我慢する。
「くっくっく…。ここだけの話し、パイロープさまは、とってもいい人です。ですが、本人はあれでも悪ぶっているつもりみたいなんですよ〜」
隣では、両手を組んだツァボライトがうんうんと頷いている。
「困った人はほおっておけない性格で、厄介ごとにも顔を突っ込みたがる。巻き込まれるわたしたちの身にもなってほしいもので…」
そのとき、グロッシュラーは殺気を感じた。恐る恐る振り返ってみると、そこには、鬼のような形相をしたパイロープが仁王立ちしていた。
「おまえたち…、いったい何をやっているんだい…?」
パイロープは、声を押し殺すように呟く。それがまた、グロッシュラーたちを恐がらせた。
「い、いえ…。今週のお便りを紹介して…」
グロッシュラーは、大汗をかきながらハガキを見せる。だが、パイロープの冷徹な笑みは消えなかった。
「だぁああーーーっ! お便りなんか関係ないよ! あたしが留守の間に勝手に戦って、なんで負けたかって聞いてるんだよ!」
パイロープは、両手で頭を抱え、狂ったように叫んだ。
『ほぉ〜…。また、負けたようだな〜…』
突如、不気味な声が聞こえてくる。現われた黒い人影は、トラピッチェのものであった。
『これは…、お仕置きが必要だな…』
トラピッチェは、嬉しそうに笑みを浮かべる。その瞬間、何もない空間から、三つのマジックハンドが飛びだした。
「ト、トラピッチェさま! 今回、あたしは関係ありませ…。うぎゃーーー!」
パイロープの抗議は、トラピッチェに無視される。
パイロープたちは、大きく回転する椅子に固定され、夜が明けるまで延々と回され続けた。
「う〜ん…、いい湯だな〜〜〜♪」
ダイは、森の中に広がった温泉で、のびのびと泳いでいた。
「レイチェル〜♪ そんな隅っこにいないで、こっちにおいでよ〜〜〜♪」
ダイが、隅の方で遠慮がちに入っているレイチェルに声をかける。
「あうっ!」
もちろん、近くに行くなんて恥ずかしいため、レイチェルは顔を横に振った。
『やれやれ…。今回も被害は甚大だな…』
ぬいぐるみに戻ったグランゾルは、あらためて周囲を見回す。地面が抉れ、木々が薙ぎ倒されている。いちおう温泉ではあるが、辺り一面は水浸しであった。
『あなたは、世界を守護するのではなく、破壊しているのですか?』
アルフォーニが真顔で問いかける。グランゾルの口ぶりからすると、今回がはじめてではなさそうだ。
『うるさい…。今回の騒ぎは、おまえの勘違いが原因ではないか…』
グランゾルは、アルフォーニに反論する。
『それに…。わたしが止めなければ、この程度ではすまなかったはず…』
アルフォーニは、キレると我を忘れるタイプのようである。あのまま戦い続けていれば、今頃はこの国が滅んでいたかもしれなかった。
『わたしは、なにも間違っていません!』
怒ったように、アルフォーニがそっぽを向く。そんな態度に、グランゾルは呆れてしまった。
『何を言っている。おまえは、レイチェルを助けてくれた恩人を、殺すところだったのだぞ!』
グランゾルの言葉に、アルフォーニがギョッとする。しかし、アルフォーニも負けてはいない。
『止めを刺したのは、あなたではないですか!』
アルフォーニの叫びに、グランゾルは言葉を詰まらせる。それを境に、二体の超獣神の口喧嘩が始まった。
「二人とも…。やっぱり子供だな〜…」
ダイは、呆れたように呟く。
「あうあう…」
レイチェルも、コクリと頷いた。
後に、この地方は、温泉地として有名となる。そして、一夜にして突然現われた温泉は、へっぽこ温泉と名付けられるのだった。