鳳凰編 第11話 光竜ミントベリルと新たな敵
「あぅ、ちょっとお待ちなさい!」
前方に現れた人物を見てダイはびっくりしてしまう。今回の冒険の最終目的――レイチェルが自らやって来たからだ。
「なに? あの奇妙な仮面を付けた……変質者?」
アリスの言葉にライムベリルの身体はピクリと震える。第一印象も悪かったことのあり、ライムはアリスを敵と認識してしまったようだ。いろんな意味で――
「ダイから離れなさい!」
「なっ、レイチェル!」
「レイチェルじゃないもん、ライムベリルだもん!」
「ふ〜ん、なるほど〜。あなた、ダイのことが……」
「あうあわわっ!」
皆、話を聞こうとせず好き勝手に騒ぎはじめる。もはやこのメンバーでは収拾がつきそうにない。そこに天の助けが偶然通りかかった。月に一度の食料調達へ出かけていたミントベリルである。
「あなたたち、こんなところで何やっているの?」
ミントは呆れた口調で三人を見回す。人間界へ戻ったはずのダイ、おかしな仮面を付けたレイチェル、精霊界でも珍しい人型の妖精族……。確かに奇妙な組み合わせだ。
「あっ、ミントさん♪」
三人の中で唯一面識のあるダイがミントに駆け寄る。美人なお姉さんの登場に、ライムはさらに不機嫌となった。
「じつは、これからミントさんに会いに行くところだったんだよ〜って、レイチェル?」
なぜかライムがミントから引き離すようにダイの腕を取る。ぐいぐいと引っ張りダイを後ろに振り向かせながら囁いた。
「誰?」
仮面によって記憶を失っているためか、ライムはミントのことを覚えていないようである。
「誰って、ミントさんだよ。ほら、ダイアスポアの時に協力してくれた竜族の……」
「へぇ〜。彼女も竜族なんだ〜」
いつの間にかライムの反対側でアリスが聞き耳を立てていた。
「この前、精霊界の第一聖界スフェーンでアレキサンドライトって光竜に出会ったばかりなんだ〜」
それに激しく反応したのはなんとミントである。ミントはアリスの頭を鷲掴みにして、なぜか怒りの形相で呟く。
「へぇ〜、アレキサンドライトねぇ……。お嬢ちゃん、そのお話し――ゆっくり聞かせてもらえないかしら?」
あまりの勢いにアリスは素直に頷く。ここは逆らわない方が身のためだろう。
こうして、最初からミントに会いに来ていたダイはともかく、ライムやアリスも強制的にマシュー山へと向かう羽目になった。
マシュー山の頂上付近に広がる洞窟の奥にミントベリルの住む館はあった。
館に着いてからしばらくは、ミントによるアリスの尋問が続けられた。よほど別居中の旦那さんアレキサンドライトのことが気になったのだろう。長時間の恐怖と緊張を強いられたアリスは、へろへろになりながらテーブルへうつ伏せとなった。
「おまたせ……。ダイくん、今度はあなたのお話しを聞かせてもらえるかしら?」
ひと仕事終えたミントは、満足気な表情でダイと向かい合う。アリスから話を聞き、なぜか超ご機嫌である。
「え〜っと、ミントさんは五色宝珠……竜の宝珠ってのを知ってる?」
横目でライムの様子を覗いながら、ダイはミントに質問をする。案の定、宝珠と聞いてライムの身体は強張った。
「五色……竜の宝珠〜。たしか、集めて呪文を唱えると、どんな願いも叶えてくれる龍が現れ……」
「そう、それ♪」
途端にライムがずっこける。ダイにミント、お互い似たもの同士のようである。
「あうっ、そうじゃなくってー!」
起き上がったライムがダイに代わって五色宝珠の説明を始める。やはりライムが五色宝珠を求めているのは間違いなさそうだ。
話を聞き終えたミントは唸りながら考え込む。
「ごめんなさい。そんな宝珠、聞いたことないわ〜」
申し訳無さそうに呟くミントに、ダイとライムは深く項垂れてしまう。唯一の手掛かりと思われていたミントが知らないのであれば、これから先どうやって探し出せば良いのだろう。
「なにか! 少しでも分かることはない?」
必死になって訴えるダイ。このままでは、仮面に憑かれたレイチェルを助けられないかもしれない。まぁ、当の本人はすぐ隣りにいるわけだが……。
「う〜ん、五色といえば青金神ラピス・ラズリに仕えている一族が得意としている術だけど……」
人間界に同じような宝珠を操る一族も存在しているが、ここ四聖界では関係の無いことであろう。
「やっぱりお役に立てそうにないわね〜」
「そ、そっか〜」
これ以上聞いてもミントを困らせるだけのようである。ダイは、五色宝珠の情報を諦めて、もう一つの用件について確認した。
「じゃあ眠りについた機獣神のエネルギーを回復させる方法って、何か無いかな〜?」
ダイは、これまでの経緯を簡略に説明する。青龍のアウイナイトが動かない限り、ダイは元の聖界には戻れない。それは、朱雀のレッドベリルに乗って現れたアリスにも同じ事が言えた。
「………。ふぇ、帰れないの?」
復活したアリスは、己の置かれた立場を初めて理解した。
先の冒険でのように、時空石があれば元の聖界へ帰れるだろう。しかし、都合良く人数分が見つかるとは思えない。やはり、機獣神を回復させる方が可能性は高いと考えられた。
「時空族の遺産のことは専門外だから詳しくはわからないけど、同じ機獣神からエネルギーを分けてもらうことはできないのかしら? ほら、スペサルティン(カナリー)が乗っている白虎のコーネルピンから……」
「う、コーネルピンはレイチェルが……」
気まずそうに呟くダイ――
コーネルピンは、ライムが操るアルフォーニ聳弧によって倒され、現在では石化してしまっている。アウイナイトやレッドベリルのようにエネルギー不足によって活動を停止しているのではなく、二度と目覚めない永遠の眠りについているのだ。
「あ、あぅ……」
別に責めたつもりはない。だが、ダイの哀しそうな視線を受け、ライムは深く項垂れた。その様子に何かを感じたのか、ミントはそれ以上聞こうとはしなかった。
館でダイたちが話し合いを続けていたころ、マシュー山の麓に不気味な人影が現われた。奇妙なローブを被った謎の人物。その出で立ちは、物語に出てくる魔法使いのようである。
「ようやく見つけた……」
声からして男性なのだろう。男はマシュー山の頂上付近を見上げながら微笑む。その顔にはライムベリルと同じ陶器のような白い仮面がへばり憑いていた。
「出でよ――四凶神が一つ渾沌……」
男がそう呟いた瞬間、地面に漆黒の魔方陣が浮かび上がり、迫り上がるように巨大な犬の姿をした怪物が現われた。
身体は長い毛で覆われており、爪の無い足は熊のようである。そして、もっとも特徴のあるのはその頭であろう……。窪みによって位置は確認できるが、目や鼻、口や耳もといった七箇所にあるはずの孔が無い。のっぺらぼうとも言うべき異形の怪物――
それは伝説にある四柱の悪神。故に四凶神、名を混沌のオリビンという。
四凶神が召喚されたことは、マシュー山のミントにも感じ取ることができた。
「あら、お客さんが来たみたいね〜。あまり歓迎できそうにないお客さんが……」
うんざりした様子でミントが呟く。このところよく感じるようになった嫌な気配が、ついにマシュー山まで辿り着いたようだ。
「あぅ、これって……」
同じ気配を感じてライムが館を飛び出す。洞窟を抜け――崖の縁に立って麓を見下ろした。
「オ、オリビンくん!」
巨大なオリビンの姿を確認したライムはおもわず叫んでしまう。四凶神がこの四聖界に具現化するには、何者かに召喚される必要がある。ライムは急いで四凶神の召喚主を探した。
『ライム、あそこです!』
いち早く見つけたのはアルフォーニである。アルフォーニは、ライムの腕から飛び降り二メートルほどの大きさとなる。背中に乗るようライムを促し、空中を翔るように謎の男の元へ向かった。
「あうっ、なぜあなたがここに……。この聖界のことは、わたしに一任されているはず!」
ライムは知り合いであろう男に食ってかかる。すると、男は冷ややかな笑みを浮かべて呟いた。
「我らの目的は宝珠を手に入れること。そのためには、どんなことでもするのではなかったのか?」
言葉を詰まらせるライム。男は腕を突き出し、オリビンに向けて命令を叫んだ。
「行け、四凶神渾沌よ。光竜を殺し、五色宝珠を手に入れろ……」
その瞬間、オリビンが動き出す。高速で大地を駆け、一直線にマシュー山の頂上を目指した。
「あうっ、オリビンくん待って! そこにはレイチェルの大事な人――ダイが!」
だが、命令を受けたオリビンが止まることはなかった。オリビンは、俊敏な動きで崖を駆け上り、頂上付近の洞窟まで辿り着く。熊のように大きな前足を振り上げ、入り口を破壊しようと凄まじい力で叩き付けた。
爆音と同時に岩肌が大きく崩れる。その攻撃が数回続けば、洞窟の内にいる者たちは生き埋めとなるだろう。しかし、再び前足を振り上げたオリビンは、転がっていた岩片と共に後方へと吹き飛ばされてしまった。
「人ん家を……あまり壊さないでくださる〜?」
現れたミントは、強大な力を解放させながら――オリビンを睨み付ける。その殺気を受け、オリビンの身体は無意識のうちに震え出していた。
ミントは、この四聖界では決して戦おうとしなかった。それは、異世界の聖獣が参戦することで、この四聖界のバランスが崩れることを恐れてのことである。しかし、今回は状況が違う。己の命が狙われている以上、その脅威は全力をもって排除する。ミントにとっても生きるための戦いであった。
「ちょっと待ってミントさん……。ここはボクたちに任せてよ♪」
遅れて現れたダイは、背負っていた牙龍鳳翼剣を静かに抜刀する。
「……、ダイくん?」
気勢を削がれたミントは、いつもの優しい雰囲気に戻る。
「でもダイくん。あなたたちでは、あの巨大竜に勝てな……」
「わかってる……。でも、ここはグランゾルが護っている聖界だよ。そこに住む人々を護るのは、やっぱり当然のことだよ」
『よくぞ言った! それでこそ、我がマスターだ!』
グランゾルが感動のあまり涙を流す。ようやくダイも勇者として目覚めてくれたのだろうか。
「まぁ〜、本当は面倒なんだけどね〜」
その本音を聞いてグランゾルは先ほどとは違って悲しみの涙を流す。だが、僅かでも勇者としての気質があることは確かである。ダイが真の勇者として活躍してくれるのはまだまだ先のことになりそうだ。
『ダイよ……。あの巨大竜は、例のクロムという巨大竜に匹敵する強さがありそうだ。くれぐれも油断すること無いように』
「うん、わかってる。それじゃあ、行くよ〜♪」
牙龍鳳翼剣を両手で構え、天に目掛けて一気に突き上げた。
「来い! グランゾル!!」
その瞬間、ダイの身体に電撃が走り、牙龍鳳翼剣の刀身にそって空へと放たれる。すると、上空に巨大な魔方陣が浮かび上がった。
「なるほど〜、そうやって呼び出すのね〜」
「えっ!?」
いつの間にいたのだろう。ダイの隣にはにこやかに微笑むアリスが立っていた。そして、何を思ったのか――指輪をはめて自らの精霊力を開放させる。途端に指輪の宝石が輝きだし、それを掲げて大きく叫んだ。
「来て! レッドベリル!!」
「う、うそっーーー!」
ダイが驚くのも無理はない。なんと、上空には二つ目の魔方陣が浮かび上がったからだ。
魔方陣からは二体の鳥形聖獣機が現れる。もちろんそれは、超鳳神グランゾルと朱雀の機獣神レッドベリルであった。