鳳凰編 第10話 鳳凰編はここからが本番
四聖界に散らばる五色宝珠……別名竜の宝珠――
そんなどこにあるかも分からない謎の物体を求めて、破壊と再生を司るへっぽこ勇者ダイはお供の超鳳神グランゾルと青龍の機獣神アウイナイトを連れて一路マシュー山へと向かっていた。マシュー山に住むミントベリルに会うためである。
ミントベリルは、先の戦いでダイが玄武の機獣神サフィリンを倒すために協力してくれた竜族で、グランゾルたち超獣神が束になっても敵わない強さを持っている。また、竜族は非常に長寿であるため、五色宝珠の情報についても何か知っているのではないかと考えられた。
ちなみに他のメンバーはというと、ドロンジョさまことパイロープたち三人組はアレックスに換わるマシンの代金を稼ぐためがんばっており、カナリーは超龍神リーンウィックのマスターであるブルースピネルを捜す旅に出ていた。
「う〜ん、ミントさんに会うのも久しぶりだよね〜」
ぽかぽか陽気のあまりの気持ちよさにダイは大きな伸びをする。木陰にでも入ってそのままお昼寝をするのも魅力的だ。
『ダイよ、少し気を緩め過ぎなのではないか? 急を要する脅威ではないとはいえ、いつ巨大竜クロムが暴れだすかもわからないのだぞ』
偶然撃退できたとはいえ、あの巨大竜の強さはグランゾルを遥かに上回っている。仲間も揃っていない状態で、もし巨大竜クロムが現われでもしたら、ダイたちに勝ち目はない。
『あ〜ぁ、超獣神ってのはあいかわらず単体では役に立たないよね〜』
見せ付けるようにアウイナイトは深いため息を吐く。
『ふん。エネルギーを使い果たして具現化も出来ないマヌケに言われたくはない!』
『な、なんだとー! バカにするなーーー!』
聖獣の形をしたぬいぐるみ同士による取っ組み合いのケンカがはじまり、ダイは困ったように苦笑するしかなかった。そのとき、空気の揺れるような振動がダイの耳に届く。
「地震……いや、あれは!」
その異変に気づいたダイは、澄み渡る青空を見上げた。何も無い空間に波紋が広がり、何かがゆっくりと姿を現そうとしている。
『時空間転移! 何者かがこの聖界に入ってこようとしている!』
アウイナイトは忙しなく動き回る。そうこうしているうちに、謎の物体は時空間の壁を通過し、この鳳凰界へと突っ込んできた。
「あ、あれはグランゾル!?」
その形を見たダイはあまりのことに愕然としてしまう。遠目で見る限り、聖獣形態のグランゾルと同じような姿をしていたからだ。
鳥型の聖獣機は超速で飛行し、そのまま地面へと突っ込んでしまう。無数の木々を吹き飛ばし、高い土煙を巻き起こし、鳥型の聖獣機は地面にめり込んで動かなくなった。
『あ、あれってもしかして……。朱雀!!』
どうやらアウイナイトには、謎の聖獣機に見覚えがあるようだ。
「グランゾル!」
号令と共にグランゾルは二メートルほどの大きさとなる。ダイは聖獣モードのグランゾルに飛び乗る。グランゾルは、そのまま超速で墜落した聖獣機の元へ飛翔した。
長距離にわたって地面が抉れ、その先ではモクモクと黒煙が上がっている。地上に降りたダイたちは、散らばる岩片を避けながら鳥型聖獣機に近づいた。
聖獣形態のグランゾルに良く似た形をしているがどこか機械的な存在……。白虎のコーネルピンや青龍のアウイナイトに近い形状から、朱雀の機獣神であることに間違いは無いだろう。
『やっぱり朱雀……。朱雀のレッドベリル』
朱雀の機獣神レッドベリル。それがこの聖獣機の名前のようである。
「あの〜、中の人〜大丈夫ですか〜?」
何も考えずに大きな声で叫ぶダイにグランゾルは慌ててしまう。まだこの機獣神が敵なのか味方なのか分からないからだ。
しばらくすると、地面に埋もれた首が持ち上がり、頭部のコックピットハッチが開く。中からはダイと同い年ほどの女の子が飛び出してきた。
「なんなのよ、もぉ〜!」
少女は地面にへたり込み涙目で叫ぶ。少し落ち着いて辺りを見回し、呆然としているダイたちに気づいた。
「って、あなた誰?」
それを聞きたいのは、むしろダイの方である。機獣神の新たなマスター……。彼女は一体何者なのだろうか。
『う、うそ、こんなちびっ子がレッドベリルを操っていたなんて!』
アウイナイトが驚くのも無理はない。マスターと共に成長する超獣神とは違い、誰にでも操れる機獣神はマスター自身其れ相応の強さを持っている必要がある。ジェバイトのようにキーアイテムを強化させているのならともかく、彼女にはそのような小細工が一切みられない。つまり、彼女は生身の状態でグランゾルを凌駕する強さを持っていることになる。
「レッドベリル? あ、あれ! ここってサンストーンじゃない!?」
彼女自身も今の状況を把握できていないようである。
「え〜っと、落ち着いて。ボクの名前はダイ……。キミは朱雀の機獣神レッドベリルに乗って、別の聖界からこの四聖界にやってきたんだよ」
理解できるかどうか怪しいがダイはありのままの状況を説明する。少女は唸りながら考え込み、戸惑い気味のダイをジッと見つめた。
「わたしの名前はアリス……。精霊界第三聖界アイオライトのサンストーンに住んでいる妖精族で〜」
四聖界にやってくる前なら精霊界や妖精族など信じられなかっただろうが、いまのダイは素直に信じることができた。どうやら彼女は、ドロンジョさまやカナリーのお仲間のようである。
「う〜ん、おじいちゃんの工房にあったコレに乗り込んだことは覚えているんだけど……」
ちなみに彼女のおじいちゃんの名前はラルド……。四聖界での通り名を、トラピッチェ・エメラルドという。
「おじいちゃん怒るだろうな〜。それに、もう一つあった龍に乗ったショウは大丈夫かな〜?」
なにやらぼそぼそと呟くアリス……。一緒にいたずらした知り合いの心配をしているようである。
『うん、どこも壊れていないみたいだ。さすがは機獣神。超獣神なんかとは性能が違うね♪』
レッドベリルを調査していたアウイナイトは、コックピットにあった指輪を咥えてくる。大きな赤い石のはめ込まれた美しい指輪である。
その指輪をアリスが受け取ると、地面に巨大な魔方陣が浮かび上がる。すると、朱雀のレッドベリルが光に包まれ、溶け込むように地面へと吸い込まれていった。
『エネルギーを使い果たしているみたいだからしばらくは動けないけど……って、わぁ!』
宙に浮かびながら説明するアウイナイトを唐突にアリスが鷲掴みにする。
『お、おまえ、何するんだーーー!』
くねくねと暴れて逃れようとするアウイナイト。
「ぬいぐるみが喋ってる……」
アリスは少しだけ驚いた様子を見せる。そして、ダイの背後に隠れているグランゾルへ向けて瞳を輝かせた。
『か、彼女からはマスターと同じ匂いを感じる……』
グランゾルが警戒するのも無理はない。彼女こそ伝説の大勇者クリスタルの生まれ変わり……の片割れ(もう一人はショウ)。グランゾルたち超獣神の創造主トラピッチェ・クリスタルとは同一人物。普通なら、同じ時間軸に存在するはずのない者である。
『なっ、アウインの紋章!』
暴れるアウイナイトがアリスの左手の甲に浮かぶアウインの紋章に気づく。紋章を持つ者は精霊界でアウインの勇者と呼ばれている。言うなれば生まれながらにして勇者たる存在。どこかのへっぽこ似非勇者とは出来が違っていた。
「ねぇ、ダイ……。さっきのレッドベリルって子について詳しく教えてよ♪」
にっこりと微笑みを浮かべるアリス。レイチェルとはまた違ったかわいさに、ダイはおもわずどぎまぎしてしまった。
マシュー山へ向かう道中、ダイによる四聖界の説明が始まった。アリスは瞳を輝かせながらその話に聞き入る。どうやらアリスは、ダイと行動を共にすることを決めたようである。
「ふ〜ん、この子たちはこの四聖界の神様で……、戦うときにはレッドベリルみたいに大きくなっちゃうのか〜」
両脇にグランゾルとアウイナイトを抱えたアリスはどこか楽しそうだ。
「じゃあ、あのレッドベリルって子も、こんな可愛いぬいぐるみになるのかな〜?」
『それは難しいんじゃないかな〜。ボクは何千年と牙龍剣(現在の牙龍鳳翼剣)の中に封印されていてその間に自己進化したんだ。それこそ、一朝一夕にはどうにもならない問題だよ』
期待していた分だけアリスの落ち込みは深かったようである。
「う〜ん、ショウならなんとかしてくれるのに……」
「え?」
そのアリスの呟きはダイには聞こえなかった。
ちなみに、アリスのパートナーであるショウと我らがへっぽこ勇者ダイは、人間界で家がお隣同士の幼馴染みである。二人とも夢にも思わない事実であるため、この話題が出てくることは今後一切無かったという。
『しかし、思わぬところで朱雀の機獣神に出会えたな……。ダイよ、五色宝珠を見つけるついでに、機獣神のエネルギーを回復させる方法も探してみたらどうだろう?』
グランゾルの言うように、時空転移によって失われた時空力を回復できれば、強力な機獣神が二体も味方してくれることになる。万が一、フォームチェンジするアルフォーニが攻めてきても、今度は対等に戦えるかもしれない。
『そうだね〜。ボクたちが回復すれば、弱っちい超獣神なんか必要ないもんね〜』
またもグランゾルとアウイナイトのケンカが始まろうとした。それを止めたのはアリスである。アリスは腕を上げるようにアウイナイトの身体をギュッと締め付ける。大汗を掻いたアウイナイトが見上げると、アリスは不機嫌そうな顔をして呟いた。
「この子、少しだけ口が悪いようだから――おしおきが必要だね……」
今度は、アリスの表情がにっこり笑顔となる。その笑顔を見たアウイナイトは、心底身震いを感じたという。
『ちょ! お、おしおきはドロンジョさまたちの専売特許!』
意味不明なことを叫ぶが、それでアリスの気持ちが収まるはずもない。アウイナイトはアリスに尻尾を掴まれ、実に十分ほど高速でぐるぐると振り回された。
そんな楽しげな様子を遠くの岩陰から見つめる一人の少女がいた。
「あ、あぅ〜。なんなのよ……あの子は〜!」
白い陶器のような仮面を付け、可愛い麒麟のぬいぐるみを抱えた少女、ライムベリルである。ダイと同じ目的でアジトを出たライムベリルは、時空の歪みを感じ取ってここまでやって来た。そして、偶然にもダイの浮気(?)現場を目撃してしまったのである。
『どうやら時空の歪みは、あの子がこちらの聖界にやって来たときのもののようですね……』
途中、聖獣機が魔方陣に消えていくのを見かけた。鳥形をしていて時空を越える機能を持つ聖獣機……。アルフォーニの仮説に間違いないのなら、おそらくは朱雀の機獣神である。
『エネルギーを使い果たした機獣神は脅威ではありませんが、そのマスターであるあの少女のことが気になります……』
アルフォーニも、アリスの気質を感じ取ったのか、かなり警戒しているようである。なんにしても、彼女の正体が判明するまで、ダイに近づくのは得策ではない。
『レイチェ……ライム。ここはひとまず――』
「こんなの眠っているあの子が――レイチェルがかわいそうだよ……」
突然、ライムベイルが岩陰から飛び出し、ダイたちに向かって走り始める。
「ダイにひとこと文句を言ってやる!」
『ちょっ、ライム!』
以前とは違い、ライムベイルはかなり積極的のようである。アルフォーニは苦笑しながら、心の中では目的を達成できたことに喜んでいた。