第2話 敵か味方か、第二の超獣神!
とある街の一画で、怪しげな三人組が路上販売を実践していた。扱う商品も怪しげで、まな板どころか台座まで斬れてしまう包丁や、十メートルも伸びるが長くて使えない高枝切りバサミなどがあった。
値段も高く普段なら見向きもされない商品だったが、三人組の話術にはまって次々と購入する人が現れる。そして、正気に戻って返品をしようとしたころには、三人組の姿はどこにも見当たらなかった。
街を見下ろす丘の上…。姿を消したはずの三人組はそこにいた。
「パイロープさま、今日も大繁盛でしたね〜」
痩せ男ことグロッシュラーは、ドロンジョ…いやパイロープに報告する。
「あぁああっ! なんであたしたちが、こんな商売をやらなければならないんだい!」
パイロープは、グロッシュラーに怒鳴りつける。
「こんな詐欺紛いな商売、あたしゃ嫌いだよ!」
ムッとしながら、高枝切りバサミを地面へと叩きつけた。
「しかたないでしょ〜。アレックスの修理には、大金が必要なのですから〜」
グロッシュラーは、高枝切りバサミを拾い、厳つい男のツァボライトに渡した。
「あぁ〜…、さっさと時空石を手に入れて、元の世界に戻りたいね〜〜〜」
パイロープは、しみじみと呟いた。
三人は、この世界の人ではない。彼女らもまた、ダイと同じように迷い込んだ異世界の住人だったのだ。
『また…、失敗したようだな…』
突如、謎の声が聞こえてくる。パイロープが振り返ると、そこには空間に映し出された黒い人影があった。
「ト、トラピッチェさま!」
パイロープは、慌てて土下座をする。
「い、いえ…。ヤツの邪魔さえ無ければ…!」
パイロープは、拳を握り締めて、怒りに身体を振るわせた。
『勇者ダイと超鳳神グランゾル…。なかなかがんばっているようではないか…』
トラピッチェは、なぜか嬉しそうに呟く。だが、唖然とするパイロープたちに気づき、誤魔化すように咳払いをした。
『んっんんっ…、まぁいい…。お前たちは、引き続き竜を育て…』
突如、トラピッチェの言葉が止まる。
『いや…』
トラピッチェがにやりと微笑むと、空間に一つのペンダントが現われた。
『グランゾルと同じコンセプトで創られた兄妹機…。超麟神を、お前たちに授けよう…』
ペンダントは、パイロープの手の中に納まった。
パイロープは、不思議そうにペンダントを眺める。それは、なんの変哲もない、ただのペンダントであった。
「あの〜、トラピッチェさま。これは…?」
パイロープは、トラピッチェに確認をする。
『牙龍剣と同じ…、超獣神を呼び出すための鍵だ!』
トラピッチェは、自慢げに叫んだ。
『次に、グランゾルが邪魔をするようなら、そいつで戦え!』
すると、トラピッチェの姿は、陽炎のように立ち消えた。
なぜ、トラピッチェがそのようなものを持っているかは謎である。しかし、グランゾルに対抗する兵器を手に入れたことには間違いなかった。
「くっくっく…。トラピッチェが何者かはしらないけど…、時空石を手に入れるために、せいぜい利用させてもらうよ…」
パイロープは、トラピッチェに聞こえないよう、小さな声で囁いた。
「ですが…、こんな石でグランゾルが呼び出せるのですかね〜」
グロッシュラーは、パイロープから渡されたペンダントを見つめ、指に鎖をかけてぐるぐると振り回しはじめる。
「こんなモノに頼るぐらいなら、わたしのアレックスを強化して戦ったほうがましなのでは…」
そう言った瞬間、勢いよく回されていたペンダントが指から外れ、放物線を描いて街の中へと飛んでいった。
その光景を、呆然と見つめる三人組…。グロッシュラーは、苦笑気味に頭を掻いた。
「あぁああーーーーー!」
パイロープは、グロッシュラーの首を掴んで、前後に揺する。
「な、なんてことをしてくれたんだい!」
パイロープは、涙を流しながら怒鳴りつける。
「そそそっ、そんなことより…、早く回収に行かないと!」
グロッシュラーは、必死に話を逸らそうとする。
たしかに、言いあっている場合ではない。三人組は、慌てて街へと向かうことにした。
小さな女の子が街中を駆けている。女の子は、食料の入ったバスケットを抱え、満面の笑みを浮べてある場所に向かっていた。
時折、女の子は、街の人に声をかけられる。女の子は、そのたびに立ち止まり、深々と頭を下げるのだった。
女の子は、街の外れにある小さな家屋の扉を開ける。家屋の中には、様々な年頃の子供たちがいた。子供たちは、女の子に気づいて回りに集まってくる。すると、奥の方から、年配の女性が現れた。
「おや、レイチェル。またお城を抜け出してきたのかい?」
年配の女性は、女の子に微笑みかける。
「あんたは、この国のお姫さまなんだから、一人で出歩くと危険だよ」
窘めるように呟くが、女性は、レイチェルが訪ねて来てくれたことを喜んでいた。
ここは、数年前まで続いていた戦争によって、親を無くした子供たちが暮らす孤児院であった。
レイチェルは、赤ん坊のころ、敵国の間者に誘拐されたことがある。国外へ脱出される前に間者を倒すことはできたが、レイチェルの行方はわからなくなっていた。すでに殺されたものと思われていたが、約一年前、この孤児院で発見されることとなった。
「あ…ぅ♪」
レイチェルは、バスケットを年配の女性に渡す。
孤児院の院長である女性は、レイチェルの頭を優しく撫でた。レイチェルは、たびたび城を抜け出して、孤児院に色々と差し入れをしていたのだ。
誘拐された影響なのか、レイチェルは言葉を失っていた。それでもレイチェルは、そのことを苦にせず、全身で感情を表現していた。
「あ〜…」
レイチェルは、申しわけなさそうな表情で外を見る。一度だけ院長先生に抱きつき、子供たちに手を振って、城へ戻ろうと孤児院を飛び出した。
気づかれないうちに、城へ戻らなくてはならない。もちろん、彼女が抜け出したことに気づかないほど、城の警備は甘くなかった。
街中を歩く冒険者の一部は、陰ながら彼女を護衛するための騎士である。国王の方針は、彼女を城に縛り付けるのではなく、なるべく自由にさせるというものであった。
元々、孤児院で暮らしていたレイチェルは、街の人たちにも好かれている。服装もそれほど立派ではなく、知らない者が見れば、彼女がお姫さまとは思いもしないだろう。
城への帰り道、レイチェルは道路にペンダントが落ちているのに気づいた。
「…う?」
レイチェルは、ペンダントを拾って、目の前にぶら下げてみる。
ペンダントには、うっとりとするような綺麗な石がはめ込まれていた。レイチェルは、おもわずペンダントを首にかけてしまう。盗ろうとしたのではなく、ただ、付けてみたかっただけである。そこに、怪しい三人組が現れた。
「見つけたーーーーー!」
パイロープは、レイチェルの胸を指差し、大きく叫んだ。
鬼のような形相のパイロープを見て、レイチェルはびっくりしてしまう。このままでは喰われてしまう。身の危険を感じたレイチェルは、一目散に逃げ出してしまった。
「小娘! 待ちさらせーーーーー!」
逃げる獲物を追うのは、獣の本能である。パイロープは、狂ったかのように、レイチェルを追いかけ始めた。
辺りは騒然となった。怪しい連中が、小さな女の子を追い回している。その女の子とは、この国のお姫さま、レイチェルであったからだ。
冒険者の姿をした騎士が、レイチェルと三人組の間に躍り出る。剣を抜刀し、三人組に襲いかかった。もちろん、それで引き下がるような三人組ではない。
「グロッシュラー、ツァボライト。やぁ〜っておしまい!」
パイロープは、冒険者を指差し、大きく叫んだ。
「ぐがぁああ!」
それまで静かだったツァボライトは、野獣のように暴れ始める。剣を構える護衛を、次々とぶっ飛ばした。
「いやはや…。わたしは、頭脳労働専門なんですが…」
グロッシュラーは、懐から液体の入った試験管を取り出す。護衛の足元に投げつけると、試験管が割れて大爆発を起こした。護衛は、爆風に吹き飛ばされて、気を失ってしまった。
ダイには良いようにやられてしまう三人組だが、王国の騎士と比べても、まったく遜色のない強さである。騎士たちは、数分もかからないうちに、やられてしまうことになった。
当てのない旅を続けるへっぽこ勇者…。ダイは、元の世界に戻るため、どこにあるともわからない時空石を求めていた。
いままでは自由気ままに一人旅を続けていたのだが、最近になって、どういうわけか道連れができてしまう。それは、ダイが半壊させてしまった村に住んでいたモルファであった。
文句を言うために追いかけて来たと思われたが、どうやらそういうわけではないらしい。モルファは、各地に出没する竜を倒すため、ダイと一緒に旅をして強くなりたいというのだ。
ダイは、竜を倒すために旅をしているのではない。そんな事情を説明しても、モルファの決意は変わらなかった。
「なぁ…、ちょっと休もうぜ〜…」
モルファは、木の根元に座り込む。
数分前にも休みを取ったばかりだというのに、これでは一向に前へ進むことができない。ダイは、自分のペースで進めず、大きなため息をついた。
そのとき、街道のほうから、悲鳴に似た声が聞こえてくる。ダイが視線を向けてみると、同い年ぐらいの女の子が、何かから逃げようと必死に走っていた。
時折、後ろを振り返るようにする女の子…。女の子は、ダイの目の前で、見事に蹴躓いた。
女の子は、地面に顔をぶつけて痛そうにする。胸には、綺麗な石をはめ込んだペンダントをしていた。そう、彼女はこの国の姫、レイチェルであった。
「あ、あうぅ…」
レイチェルは、ダイたちに気づき、急いで逃げるように身体で表現する。二人が小首を傾げているのを見て、レイチェルはダイの手を引っ張って走り出そうとした。
「やっと追いついたよ…」
レイチェルの行く手を遮るように、パイロープたちが現れる。
「さぁ、そのペンダントを…。って、おまえはへっぽこ勇者ーーー!」
パイロープは、ダイに気づいて怒声を上げた。
「あっ、グロッシュラーさんにツァボライトさん!」
ダイは、男たちを順番に指差す。
「そして…」
パイロープを見つめ、笑顔で呟いた。
「ドロンジョさまだ〜〜〜♪」
ドロ…。パイロープは、豪快にずっこけた。
「このへっぽこーーー! わざとかい、わざとなのかい?」
パイロープが泣き叫ぶ。ダイは、パイロープの名前を一向に覚えない。いや、覚えようとしなかった。
「パイロープさま、まずいことになりましたね…」
グロッシュラーは、パイロープに小声で囁く。
「このままでは、超麟神が勇者ダイの手に…」
その瞬間、パイロープの拳骨がグロッシュラーの後頭部に炸裂した。
「いったい…、誰の所為だと思ってるんだい…」
パイロープは、腕をグロッシュラーの首に回し、ぐいぐいと絞めはじめた。
パイロープたちが戯れている隙に、ダイは背負っていた牙龍剣を抜刀する。レイチェルの前に立ち、庇うように牙龍剣を構えた。
「どんな理由があるか知らないけど、この子に手出しはさせない!」
ダイは、いつになく真剣な表情で言い放った。
「…あぅ」
レイチェルは、背後からダイの横顔を窺う。その凛々しい姿に、レイチェルはおもわずドキッとしてしまった。いま鏡を覗けば、頬は真っ赤に染まっていることだろう。
「おやおや、かっこいいね〜…」
パイロープは、バカにしたように呟く。
「だけど、その子がしているペンダントは、あたしたちのものなんだよ」
パイロープは、レイチェルの胸を指差す。
そう言われて納得したのか、レイチェルはペンダントの鎖に手をかける。だが、どういうわけか、ペンダントは首から外れようとしない。
「うううっ!」
レイチェルが力を込めても、持ち上がる気配すらなかった。レイチェルは、ペンダントを握りしめる。すると、ペンダントにはめ込まれた宝石が、眩しく輝きはじめた。
「な、なに?」
レイチェルは、思わず瞳を瞑ってしまう。そのとき、自分に変化が現われたことに気づいた。
「えっ! わたし、喋れ…あぅ…」
ペンダントから手を離すと、途端に喋れなくなる。
「う〜ん…」
ダイは、おもわず考え込んでしまった。
女の子が喋れないのは、これまでのやりとりから間違いないだろう。また、ペンダントに不思議な能力が備わっているため、パイロープの持ち物というのも嘘ではなさそうだ。しかし、ペンダントを返してしまったら、女の子はまた喋れなくなってしまう…。ダイは、一つの結論を出した。
「え〜っと、このペンダント。ありがたく頂戴します…」
ダイは、ペコリとお辞儀をする。唖然とするレイチェルだけを残し、すべての人がずっこけた。
「ちょーーーっ。人の物を奪おうとするなんて…、あんたそれでも勇者かい!」
起き上がったパイロープは、拳を握り締めながら叫んだ。
「ボクは、自分のことを勇者だなんて思ってないよ。それに、この子が持っていたほうが、役に立ちそうだしね〜♪」
ダイは、平然と開き直った。
「あ…ぅ…」
意外な展開に、レイチェルはあたふたする。少年は、なぜかペンダントを持ち主に返そうとしない。それどころか、自分が持っていた方が役立つというのだ。
「いいじゃない。ペンダントの一つや二つ〜♪」
ダイは、パイロープに微笑みかけた。
「だぁーーーっ、ふざけるなーーー! そいつは、ただのペンダントじゃないんだよ!」
パイロープは、レイチェルを睨み付ける。
「それは、超獣神を呼び出すための…はっ!」
パイロープは、しまったという表情をして、両手で口を塞ぐ。そっと様子を窺うと、ダイはにやりと微笑んでいた。
「へぇ〜〜〜…」
ダイは、良いことを聞いたといった表情をみせる。
「じゃあ、なおさら返しても無駄みたいだね」
驚くパイロープに、ダイはその理由を説明した。
「超獣神を呼び出す鍵は、持ち主を選ぶんだ…。さっきの反応を見ると、選ばれたのはこの子みたいだからね♪」
レイチェルが選ばれたのであれば、彼女以外にはペンダントを持つことすらできないだろう。
「ねぇ…。ペンダントを握って、頭に浮んだ言葉を喋ってみて♪」
ダイは、レイチェルにそう指示した。
「う…」
レイチェルは、言われたようにペンダントを握りしめる。瞳を瞑り意識を集中させると、ある言葉が浮んできた。
「アル…フォーニ」
レイチェルが呟くと、ポムッという音と共に煙が立ち込める。次の瞬間、目の前に一角獣のようなぬいぐるみが現われた。
「きゃっ!」
レイチェルは、慌ててぬいぐるみを受け止める。抱きしめると、まるで生きているように温かかった。
ぬいぐるみは、きょろきょろと辺りを見回す。ゆっくりと顔を上げ、レイチェルを見つめた。
『はじめまして。かわいいお嬢さん♪』
アルフォーニは、女性の声でレイチェルに語りかけた。
「しゃ、喋った〜!」
レイチェルは、アルフォーニが喋れることに驚く。そして、ペンダントと同じ効果があるのか、アルフォーニを抱っこしているだけで、レイチェルも喋ることができた。
「超麟神!」
パイロープは、ぬいぐるみを見て大きく叫ぶ。
「アルフォーニとかいったね…。あんたは、あたしたちのモノなんだ。さぁ、こっちにおいで!」
パイロープが語りかけると、アルフォーニはそっぽを向く。
『わたしのマスターは彼女です。あなたがたに従う謂れはありません…』
アルフォーニは、きっぱりと断った。
「ねぇ〜♪」
ダイは、やっぱりでしょっと微笑む。
呆然と立ち尽くすパイロープ…。しばらくすると、パイロープは身体を震わせはじめた。
「あんたたち…、人をバカにするのもいいかげんにおし!」
パイロープの背後に、怒りのオーラが立ち昇る。
「こうなったら、力ずくでも手に入れるよ。グロッシュラー、アレックスを呼び出しな!」
パイロープは、グロッシュラーにそう命令した。
「ちょっと待ってください。いま、修理をしますから…」
グロッシュラーが呟くと、目の前に空間の裂け目が現われる。グロッシュラーは、その中に路上販売で稼いだお金を、ジャラジャラと流し入れた。すると、空間の裂け目からは、金属を叩く音やリルが回る音などが聞こえてくる。
「今度は、ちゃんと遠距離攻撃用の兵器も付けるんだよ!」
パイロープは、前回の戦いを思いだしていた。
「う〜ん…。追加分は借金になりますが…」
グロッシュラーは、電卓のような小型パネルを操作する。どうやら、修理工場と値段を交渉しているようだ。
「いいから、さっさとおし!」
パイロープが叫ぶと、グロッシュラーは小型パネルの決定ボタンを押す。
奇妙な音が響き、空間に大きな裂け目が出現する。そこから、恐竜ロボットが姿を現した。パイロープたちは、こそこそとアレックスに乗り込んだ。
アレックスの両肩に付いている箱から、大量のミサイルが発射される。ミサイルは、くねくねと曲がりくねり、見当違いの方向で爆発した。
『欠陥品かいーーー!』
パイロープが泣き叫ぶ。おそらく、グロッシュラーの首を絞めているに違いない。
『げほげほ…。やはり、予算をケチったのが…げほっ…、いけなかったのですかね〜』
グロッシュラーは、苦しそうに呟く。
『では、いまのうちに踏み潰しましょう〜』
アレックスは、ダイたちを潰そうと、足を大きく上げた。
「ダ、ダイ…。は、早く…、グランゾルを!」
迫るアレックスを見て、モルファはガタガタと震える。しかし、ダイの返事は、煮え切らないものであった。
「う〜ん…。あのロボと戦うのにグランゾルを使ったら、なんか弱いものイジメしてるみたいで〜」
ダイは、苦笑気味に頭を掻く。たしかに、グランゾルに比べれば、アレックスはかなり小さかった。
「…って、このまま潰されろって言うのかーーー!」
逃げようとするモルファだったが、腰が抜けてしまって動けない。その間にも、アレックスの足は、目の前まで迫っていた。
「いやぁああーーーっ!」
レイチェルが悲鳴を上げてしゃがみ込む。その瞬間、アレックスの動きがピタリと止まった。
「あや? おかしいですね…」
突然動かなくなったアレックスに、操縦していたグロッシュラーは慌ててしまう。ペダルを踏んでもレバーを倒しても、アレックスはピクリとも動かなかった。
「………。…ん〜、どうしたんだい?」
パイロープは、痺れを切らしたように質問する。グロッシュラーに動かないことを説明されると、パイロープの顔色は真っ青となった。
「そ…、そんなバカな…」
すると、いたるところでミシミシと何かが軋むような音が聞こえてきた。
「なんだい? この音は…」
嫌な予感がしたパイロープは、慌てて回りを確認する。特に異常はみられなかったのだが、外を見てみると、信じられない光景が飛び込んできた。
ダイたちを踏み潰そうとしていた右足が、反り返るように曲がってアレックスの身体にへばり付く。まるで、目に見えない力が働き、強引に押し返されているようであった。
右足のあった場所に視線を向けると、ダイたちが呆然とアレックスを見上げている。その中で一人だけ…いや、一体だけ異様な変化が現れていた。
レイチェルに抱きしめられていたはずのアルフォーニが宙に浮いている。全身からオーラのようなものを放ち、二つの瞳は真っ赤に輝いていた。
『マスターに危害を加えることは…、わたしが許さない!』
アルフォーニが吠えると、アレックスにも変化が現れた。
メキメキといった音が聞こえ、アレックスの身体が内側に押し潰されはじめる。アルフォーニは、アレックスに触れてはいない。念動のような力で、アレックスを攻撃しているのだ。
内部に重力が発生したかのように、アレックスの身体が内へ内へと潰れていく。
「ちょっと、なんとかおし!」
操作パネルが形を変え、バチバチと放電が発生する。パイロープは、涙を流しながらグロッシュラーの肩を揺すった。
「…、無理ですね〜」
グロッシュラーは、すでに諦めモードに入っていた。
「では、ここで今週のお便りを紹介します〜」
そう言って、グロッシュラーは、懐から一枚のハガキを取り出す。
「光風町にお住まいの、樹神飛鳥ちゃん六歳からのお便り…。 『トラピッチェさまの正体を教えてください♪』 との質問ですね〜」
グロッシュラーは、腕を組むように考え込む。
「う〜ん…。トラピッチェさまは、我々がこの世界に飛ばされたとき、とても親切にしてくださった御方で、正体まではわからないのですよ〜〜〜。この番組を、最終回まで見てくれたら、わかるかもしれないですね〜♪」
グロッシュラーは、にっこりと営業スマイルを浮べた。
「だぁああーーー! お便り紹介してる場合じゃねーーーーー!」
パイロープが叫んだ瞬間、限界となったアレックスは、大爆発を起こした。
「ドロンジョさま〜…。まったね〜〜〜♪」
ダイは、ぶっ飛んでいく三人組に手を振った。
「あぅ!」
レイチェルは、地面に落ちようとしていたアルフォーニを受け止め、大きな息をついた。
「う〜…」
ダイとモルファを見つめると、二人はゆっくりと近づいてくる。
「ねぇ…、大丈夫だった?」
ダイが問いかけると、レイチェルは赤面して、顔をブンブンと立てに振った。
『グランゾルのマスター…。名前を聞かせていただけますか?』
アルフォーニは、ダイも超獣神に選ばれた人だと気づいていた。
「ボクは山中…。ううん、ダイって言うんだ♪」
ダイは、レイチェルが抱っこしているアルフォーニの頭を撫でた。瞳を赤くさせて警戒していたアルフォーニだったが、ダイの気質を感じ取って敵ではないと判断したようだ。
『ダイ…ですね。わたしの名は超麟神アルフォーニ…』
アルフォーニは、あらためて自己紹介をする。
『そして、わたしのマスター…なんですが…』
アルフォーニは、レイチェルを見上げる。そういえば、まだ名前も聞いていなかったのだ。
みんなに注目されて、レイチェルはあたふたする。大きな深呼吸をして落ち着き、照れくさそうに呟いた。
「わたしは…、レイチェルです」
レイチェルは、にっこりと微笑む。一年前に聞いた本当の名ではなく、孤児院で暮らしていたときの名前を答えた。
「グランゾル…。ちょっと出てきて♪」
後ろの方で自己紹介しているモルファを無視して、ダイはグランゾルを呼び出す。現れたぬいぐるみ姿のグランゾルは、ダイの頭に乗っかった。
『アルフォーニ…。久しいな…』
グランゾルは、素っ気無く呟く。
「グランゾル…。新しい旅の仲間、レイチェルだよ♪」
ダイが紹介すると、グランゾルは片手をあげて挨拶をした。
「はい? あの〜…、旅の仲間って…?」
はじめて聞く事柄に、レイチェルは唖然とする。
「これからも、よろしくね♪」
ダイが右手を差し出すと、レイチェルはおもわず握手してしまった。
有無を言わせぬ対応に戸惑うレイチェルだったが、不思議な出来事の数々に胸を高鳴らせていた。偶然拾ったペンダントにより、わくわくするような冒険の幕が上がったようだ。
「まぁ、いいか〜」
レイチェルは、ダイの手をギュッと握り返す。城の生活にも飽きてきたことだし、レイチェルはダイたちについて行くことを決めた。
こうして、超麟神アルフォーニとレイチェルが新たな仲間となった。そして、ダイの犯罪履歴に、“強請”と“お姫さま誘拐”が追加されてしまった。
森に聳える大樹の上…。吹き飛ばされた三人組は、逆さまの状態で枝に引っかかっていた。
「いや〜、今週も見事にやられましたね〜♪」
グロッシュラーは、明るく笑い出す。パイロープは、もはや、怒る気すら失せていた。
「だけど…。奪われた超麟神をなんとかしないと、ヤツに顔向けできないよ…」
一度も使用しないまま、ペンダントが奪われたのだ。さすがのパイロープも、焦りを感じていた。
『ほぉ〜…。せっかく与えた超獣神を、奪われたと…いうのだな…』
いつのまに現れたのだろう。三人組の背後には、怒りの炎を纏ったトラピッチェの影が立っていた。
「トトト、トラピッチェさまーーー!」
パイロープは、悲鳴に似た叫び声を上げる。その拍子に、パイロープたちの身体は、地面へと真っ逆さまに落下した。
「あいたたたっ…」
パイロープは、頭を押さえながら身体を起こす。そして、急いで土下座をした。
『たしかに、超麟神はおまえたちに与えた機体だ…。だが、それを奪われるとは…、いったいなにを考えているんだ〜?』
キリキリと、歯ぎしりのような音が聞こえてくる。トラピッチェは、かなり怒っているようだ。
『こいつは、お仕置きが必要だな〜…』
影だけなので表情までわからないが、トラピッチェは不敵に笑みを浮べたような気がした。
突如、パイロープたちに球体のカプセルが被さる。何事かと慌てると、地響きと共に巨大なピンボール台が盛り上がってきた。
ピンボール台からマジックハンドが伸び、三つのボールを発射台にセットする。パイロープたちが入れられたボールは、次々と発射された。
ボールは、上下左右に行ったり来たりを繰り返す。最初は聞こえていた悲鳴も、数時間後にはまったく聞こえなくなってしまった。