鳳凰編 第9話 アルフォーニにも色々事情があるようで
日も低くなってきたころ――
城下街へ出かけていたカナリーが、アジトに使っている洋館へ戻ってきた。
「いや〜。街で妙なクレーンゲーム見つけてな〜、おもわず熱くなってもぉたわ〜」
ニコニコ顔で報告するカナリー。その腕には、白虎の可愛いぬいぐるみが抱かれていた。
「か、カナリーさん……」
カナリーの登場に、ダイたちは気まずい表情をする。まだコーネルピンのことを気にしているのだろうか……。いや、どうやらそうではなさそうである。
「ん、なんや? うちがおらん間に何かあったん……」
そこまで口にしたとき、カナリーはあることに気づく。ダイやパイロープの奥。テーブルの上に、麒麟を象ったぬいぐるみが置かれていることに――
『カナリー……』
そのぬいぐるみは、超麟神アルフォーニのメインコアである。カナリーは、辺りを見回して、レイチェルの姿を探す。しかし、予想に反して、レイチェルの姿はどこにも見られなかった。
「おいおい、超獣神ともあろうものがマスターほっといて、こんなとこ来とってええのんか〜?」
アルフォーニの向かい側を陣取るように、カナリーは椅子へ腰をかける。この複雑な状況の説明を聞くには、かなりの時間を要するだろう。それにならって、ダイとパイロープも椅子に座る。ただし、グロッシュラーとツァボライトは、インチキ商売の下準備でもしているのか、この場にはいなかった。
「で〜、仮にも敵対しとる相手んとこへくるぐらいや〜。有益な情報でも持ってきてくれたんやろな〜」
抱えていたぬいぐるみをテーブルの上に置くカナリー。平静を保っているようだが、コーネルピンを失っている以上、内心はかなり穏やかでないだろう。
「そんなことより……。レイチェルが妙なことになっているようだけど――大丈夫なの?」
ダイは、ライムベリルと名乗った少女の姿を思い出す。ブルースと同じ仮面を付けて、巨大竜を助けるためダイたちの敵として現れた。レイチェルを連れ去った何者かに、酷いことをされていないだろうか。
『レイチェルなら心配ありません。マスターの身に、危害が及ぶことはないでしょう……』
意を得ない物言いだが、危険に敏感なアルフォーニのことである。レイチェルに危険が無いのは、間違いないのだろう。
「それで〜。あのライムベリルってのは――本当にレイチェルなのかい?」
パイロープは一つの疑問を口にする。姿や声は間違いなくレイチェルであったが、あまりにも雰囲気が違いすぎる。形状を似せるだけならいくつも方法はあり、姿を見ただけでは本物のレイチェルであるか判別することはできない。
『わたしを動かしているということが……証明にはなりませんか?』
もっともな言葉にパイロープは納得する。超獣神は選ばれたマスターでしか動かすことはできない。超麟神アルフォーニを乗りこなしていることこそがレイチェルである証なのだ。
「なぁアルフォーニ……。レイチェルに憑いた仮面、あれって何や?」
ブルースピネルが憑けているのと同じデザインをした仮面。ブルースもまた、過去の記憶を無くしている。二人の憑けている仮面は同一のモノなのだろうか。
『あの仮面については何もわかりません。ただ、あの仮面を通して、彼女にある意思が伝わってきているようです……』
「ある意思?」
その質問にアルフォーニはコクリと頷く。
『はい……。四聖界のどこかに散らばる五色の宝珠を集めてほしい――と』
それは時空石を探し出すことより困難なことかもしれない。なにしろ、その宝珠がどこにあるのか、いったいどんな形をしているのか、それすらわかっていないというのだ。
しかし、宝珠については意外なところから情報が上がった。
「その宝珠のことなら、ぼく知ってるよ!」
一番知らなさそうなダイが反応したことに一同は驚愕する。
「集めて呪文を唱えると、どんな願いも叶えてくれる龍が現れて……」
「って、それ漫画の話やろっ! それに龍玉は五つやなくて七つのはずや!」
ダイとカナリー以外の者は、意味がわからずにぽか〜んとしている。どうやらカナリーは、人間界の情報にも精通しているようであった。
「そやなくって!」
このままでは、またいつものバカ話になってしまう。カナリーは一喝して横道へ逸れた話を強引に修正した。
「おそらくそれは、五色宝珠……別名竜の宝珠ってヤツや〜」
「やっぱりドラゴンボー……」
再びボケようとするダイをカナリーは一睨みする。グランゾルの注意もあり、ダイはやっと大人しくなった。
カナリーの話によると、この四聖界には竜の宝珠と呼ばれる五色宝珠が隠されているらしい。詳細はわからないが、何か強大な存在を封印するための宝珠だとされている。
「元々、時空族の遺産の情報を集めてたときに聞いた話や……。本当かどうかわからんけど、その五色宝珠のこと言うとるんやないか〜?」
もしかすると、五色宝珠自体が時空族の遺産なのかもしれない。カナリーはそう付け加えた。
「となると、あたしたちの当面の目的は、その五色宝珠を見つけることだね〜。レイチェルを正気に戻す方法に繋がっているかもしれないわけだし……」
胸を突き出すように腕を組むパイロープ。魔界へ戻るため時空石を求めて旅を続けているのだ、どこにあるかも分からない探し物をすることは慣れていた。
「だけど、同じ五色宝珠を取り合うことになるんだ。操られたレイチェルと、また戦うことになるかもしれないね〜」
たとえ操られているのだとしても、レイチェルと戦うことはなるべくなら避けたいものである。パイロープは困ったように項垂れた。
『それなら大丈夫だと思います。昨日の戦闘は巨大竜クロムを助けるために起きた突発的なもの……。彼女が進んであなたたちと戦うことはありませんよ』
そう言うと、アルフォーニは机の上から飛び降りる。
『すみません。マスターが目覚めたようなので、今日はここまでにさせていただきます……』
アルフォーニは、引き止めようとするカナリーたちの言葉を無視して扉から出ようとする。だが、何かを思い出したのか立ち止まり、小さな口に白い紙を咥えた状態で振り返った。
『あ、そうです。このハガキを渡ししておかなければ……』
そう、それは番組に届いた視聴者からのおハガキであった。
「今週のお便りコーナー♪」
唐突に現れたグロッシュラーがアルフォーニからハガキを奪い取る。
「いや〜、そろそろかな〜と思いまして〜。商売の下準備をツァボライトに任せてきました〜」
どうあっても、自分でお便り紹介をやりたいようである。パイロープが呆れたようにため息を吐いたのは言うまでもない。
「ではさっそく……。“ナキエル”さんからのお便り♪ 『なんだか昔やっていたアニメを思い出しました。魔動王グランゾート、魔神英雄伝ワタル、更にドロンジョ様w ↑の三作品が混ざった様な話でとても楽しかったです。これからも応援させて頂きます。』 とのこと。いや〜、“ナキエル”さんどうもありがとうございました〜♪ これからもよろしくお願いいたします〜」
いつものことではあるが、お便りが紹介できてグロッシュラーはニコニコ顔である。この調子なら、そのうち 『全国の女子高生の皆さ〜ん♪』 と叫び出すかもしれない。
「へぇ〜、グランゾートにワタルか〜。昔やってたアニメやんな〜。なつかしぃわ〜」
なぜカナリーが人間界のアニメを知っているのかは謎である。
「え〜、番組では皆様からの応援のお便りを募集しております。ご質問はもちろん、このキャラをもっと活躍させて欲しいなどのご要望、どしどしお寄せください。お便りは番組内で発表させていただくことがありますので、ご了承くださいね〜」
ぺこりとお辞儀をするグロッシュラー。はたして、次回のお便り紹介コーナー(鳳凰編 第12話)までに“評価/感想”への書き込みがあるのか――やはり謎であった。
「って、アルフォーニのやつ、もうおらんようになっとるやんかー!」
カナリーは、アルフォーニが消えたことに気づかなかったことを悔しがる。仮面を通して伝わってくる謎の意志や巨大竜クロムのことなど、まだまだ聞きたいことは山ほどあったからだ。
薄暗い洞窟の奥――無数の水晶が生えている美しい場所があった。
水晶から放たれる淡く青白い光は洞窟内を照らし、外界と同じくらいの明るさを保っている。そんな中に、巨大な水晶柱を見上げている一人の少女がいた。白い陶器のような仮面を付けた少女……ライムベリルである。
「お帰り、アルフォーニ……。あの男の子に、ダイに会ってきたんだよね?」
ライムベリルは、戻ってきた麒麟のぬいぐるみに声をかける。だがその口調は、ダイに会ったことを咎めているようではなかった。
『もう調整は済んだのですか、ライムベリル? 完全に調整されていない状態でわたしを操ろうとしたから、そんなことになったのですよ……』
逆にアルフォーニにたしなめられ、ライムベリルは困ったように苦笑した。
ダイたちとの戦いの後、ライムベリルはアルフォーニから強制排出されて意識を失ってしまった。その後、この水晶洞に設置してある生体波長調整装置の中で眠りについていた。
その装置とは、読んで字のごとく生体波長を強制的に調整するためのもの。ライムベリルは、調整を受けることによって、アルフォーニを操縦することができていた。
「あのダイって子、わたしをこの子と間違えていた。この子があなたの本当のマスターなんでしょ?」
その問いにアルフォーニは答えようとしない。ライムベリルは再び困ったように苦笑する。
生体波長調整装置からは、いくつものケーブルが伸びている。それは、ライムベリルが見上げる巨大な水晶柱に繋がっており、その水晶の中には一人の少女が取り込まれていた。ライムベリルと同じ姿をした少女――レイチェルである。
ライムベリルはレイチェルと同じ生体波長に調整された存在。つまりはアルフォーニを操るための代替品のようなもの……。
「わたしは、目的を達成させるためだけに創られたお人形よね」
泣きそうな顔で呟くライムベイルにアルフォーニは慌ててしまう。
『それは違います! 誰がなんと言おうと、あなたはわたしのマスターです!』
そんなアルフォーニの言葉も卑屈になっているライムベリルの心にはなかなか届かない。
なんとかしないといけない、彼女にあの頃の笑顔を取り戻して欲しい――
アルフォーニのそんな思いがとある計画を実行に移す決め手となる。その計画とは、ライムベリルをもう一度ダイに会わせてみることであった。