鳳凰編 第7話 さらば、白虎のコーネルピンよ
虚ろな瞳で立ち尽くすカナリー。近くに聳え立つ石柱へ――そっと手を置いた。
大理石のような質感で、整えられた形は人工物を思わせる。全体を見渡すと、それが人の形をしていることに気づくだろう。大理石で出来た人形が、うつ伏せるような姿で転がっているのだ。
古代文明、巨人石像の史跡であろうか。いや、そうではない――
機獣神白虎のコーネルピン。それがこの石像本来の名前であった。
「カナリーさん……」
トカゲの巨大竜を元の姿に戻したダイは、コーネルピンだった物体に寄り添っているカナリーへ声をかける。ハッとしたカナリーは、ばつが悪そうな表情をして、心配そうにしているダイへと近づいた。
「なんやダイ〜。辛気臭い顔しとるな〜」
カナリーは、明るく笑いながらダイの頭を軽く叩く。さきほどまでの沈んだ様子は、まったく感じられない。
「グランゾルも、ちゃんと治ったみたいで良かったな〜」
『う、うむ……』
ダイの抱っこする鳥型のぬいぐるみが渋い声で唸る。マスターとの意思疎通に特化した超鳳神グランゾルのメインコアである。グランゾルも、コーネルピンを失ったカナリーにどう接するべきか悩んでいるようだ。
「カナリーさん。コーネルピンが……」
わかりきったことであっても問いかけずにはいられない。ダイは、石像のようになったコーネルピンを見つめながら呟いた。
「まぁ〜、心臓部周りがやられとって石化も始まっとる。ただでさえ機獣神は超技術の塊りなわけやし、修理することはまず不可能やろな〜」
明るく答えるカナリーに、ダイは泣きそうな顔をする。かつてダイも、パートナーであるグランゾルを失いかけたことがある。そのときのことを思い出すだけで、いまでも心が引き裂かれそうだ。
「そんな気にすることはないんやで〜。形あるものはいつか壊れるゆ〜やろ」
「でも、コーネルピンはカナリーさんのパートナーで……」
なおも食い下がるダイに、カナリーはおもわず苦笑してしまう。
「たしかにパートナーや。けど、コーネルピンはただの機械やで〜。超獣神みたいなファンシー機能があるならともかく、それほど愛着もあらへんよ〜」
カナリーは、さばさばとした表情で、クレーターの壁を軽やかに登り始める。
「心配せんでも――レイチェルはこのあたしが絶対に助けたるって♪」
不意に振り返ったカナリーは、ダイに向かって大きな声で叫ぶ。それほど落ち込んでいる様子もなく、ダイは安堵の胸を撫で下ろすのだった。
そんなやり取りを遠目で見ていたパイロープは、ダイの不甲斐無さにため息を吐く。
「やれやれ……。へっぽこ勇者とはいえ、やっぱりお子ちゃまだね〜」
愛着を感じるのに、心があるかどうかなど関係はないだろう。そしてここにも、苦楽を共にしてきたパートナーの死に悲しむ者がいた。
「うぉおおお! わたしのアレックスがぁあああーーー!」
修理の見込みもないため捨てていくことに決めたわけだが、メカニック開発担当のグロッシュラーがアレックスの残骸から離れようとしない。あまり喋ることがないため小説では存在感のまったくない厳つい男ツァボライトも、滝のような涙を流しながら、アレックスとの別れを悲しんでいた。
「ちっ、おまえたちいい加減におし!」
二人の襟を掴んでアレックスから引き離すパイロープ……。アレックスが戻ってくるというなら、パイロープも喜んで涙を流しただろう。しかし、どんなことをしてもアレックスが直ることはない。そんなことで悲しむよりも、いまはレイチェルをどうやって助けるか考える方が重要である。
「でも、あの子が戻ってきたときは――悲しむだろうね〜」
パイロープは、あらためてアレックスの残骸と石化したコーネルピンを見つめる。グランゾル墜落に巻き込まれたアレックスはともかく、コーネルピンに止めを刺したのはライムベリルという少女の操るアルフォーニである。
もし、あのライムベリルが本当にレイチェルだったとしたら、正気に戻ったときどれほど悲しむだろうか。たとえ、カナリーが気にしていなくても、レイチェルの心には一生消えない罪悪感が残るだろう。
「厄介な問題が増えたもんだね〜……」
レイチェルを助け出す前に、コーネルピンやアレックスが消えた理由を考えておく必要があるかもしれない。パイロープは、駄々を捏ねる男二人を引きずりながら、心底疲れたように深いため息を吐いた。
壁を登り終えたカナリーは、そっと振り返って石化したコーネルピンを見下ろした。
超獣神の一世代前に創造された決戦兵器――
カナリーが封印されていた白虎のコーネルピンと出会ったのはいまから二年前のころ。まさか、こんなに早く別れがくるとは、カナリーも思ってはいなかった。
時空間の歪みを感知したカナリーは、コーネルピンに乗り込んで戦いの場へとやってくる。赤く染まったアルフォーニの上に立つレイチェルを見たとき、彼女がどのような状況に陥っているかをある程度理解した。また、パワーアップしたアルフォーニとの戦いが避けられないということも……。
炎駒フォームとなったアルフォーニは、グランゾルとの融合体“グランフォーニ”に匹敵する戦闘力を持っている。
普通に考えれば、コーネルピンに勝ち目はない。だが、コーネルピンが得意とする接近戦に持ち込めば話は違ってくる。事実、アルフォーニ炎駒との戦いは、カナリーの思い通りに進んでいた。そう、アルフォーニの身体が青い炎に包まれて、聳弧フォームになるまでは――
素早い動きでかく乱しつつ、コーネルピンはアルフォーニ炎駒に迫る。アルフォーニ炎駒が不意に攻撃を止めたことで、コーネルピンは一気に距離を詰めた。
『もろた! コーネルピン、バトルモードチェンジ!』
瞬時に変形しつつ、コーネルピンは攻撃態勢に入る。レイチェルの付けている仮面を外すにも、まずはアルフォーニ炎駒を無力化しなければならないのだ。
腕を振り上げたコーネルピンは、アルフォーニ炎駒の胸にあるコアクリスタルへと狙いを定める。動力機関であるコアクリスタルを攻撃すれば、たとえ超獣神といえどもしばらくは動けなくなるはずだ。
勝利を確信するカナリー……。しかし、その油断が、アルフォーニ炎駒の変化に対応する感覚を僅かに鈍らせた。
『フォームチェンジ――“アルフォーニ聳弧”!』
ライムベリルの掛け声と共に、アルフォーニの身体が青い炎に包まれる。身体の色は赤から青へと変化して、超麟神アルフォーニ第三の形態“聳弧フォーム”となった。
フォームチェンジしたアルフォーニ聳弧は、炎駒フォームと比べると戦闘力が格段に落ちるようである。だが、聳弧フォームの真価は、圧倒的なパワーで敵を粉砕する炎駒フォームとは違い、そのスピードにある。そして、聳弧フォームが得意とするのは、炎駒フォームとは真逆の近距離戦闘であった。
アルフォーニ聳弧の手にした弓が中央から二つに分かれる。激しい炎に包まれ、それが収まるとアルフォーニ聳弧の両手には三日月剣がそれぞれ握られていた。
機獣神一の機動力を誇るコーネルピンだったが、アルフォーニ聳弧はそれを上回るスピードで三日月剣を振り下ろす。
一瞬の閃光――
コーネルピンの胸は引き裂かれ、その箇所から激しい爆発が起こる。完全に動力部が断ち切られたのだろう。コーネルピンは、力を無くしたように、そのまま地面へと崩れ落ちた。
その後、コーネルピンに勝利したアルフォーニ聳弧は、聖獣モードに変化して上空へ駆け上がり、念動力で瀕死の巨大竜“クロム”を浮かび上がらせる。ダイたちが見守る中、そのまま地平線の彼方へと消えていった。
壁を登り終えたダイは、ぼぉ〜っと石化したコーネルピンを見つめるカナリーに声をかける。カナリーは、軽く微笑みながら、早足で戦いの地から立ち去って行く。ダイやパイロープたちは、慌ててその後を追うのだった。
ダイたちがいなくなってから数時間後――
コーネルピンの眠る地に、一人の女性が現れた。長身長髪の美しい顔立ちの女性で、この世のものとは思えない幻想的な雰囲気を漂わせている。彼女の……いや、彼の名前はトラピッチェ・クリスタル。グランゾルたち四体の超獣神の創造主であり、いまは滅んだといわれている種族“時空族”の末裔であった。
「炎駒フォーム――そして聳弧フォームとは恐れ入ったな……」
コーネルピンとアルフォーニの戦いを見ていたのであろう、クリスはそんなことを呟く。
フォームチェンジシステムは、クリスがアルフォーニ創造時に隠しておいたいわば裏技のようなものである。
通常の麒麟形態を含め、五つのフォームチェンジを状況に応じて使いこなせば、超獣神最強とされる霊亀の化身“超亀神カークン”をも上回ることだろう。いや、コーネルピンをも撃退したことでわかるように、機獣神ですらアルフォーニに敵わないかもしれない。そのため、アルフォーニのフォームチェンジシステムは、普段は発動しないようになっているはずである。
「よほどマスターに才能があるのか……」
クリスは、レイチェルの予想以上の成長に微笑みを浮かべる。しかし、ブルースと同じ仮面を付けてライムベリルと名乗っている今の状況はいただけない。
クリスは、内なる時空力を高めながら大きな声で叫んだ。
「ラルドさまの創りし機獣神白虎のコーネルピン……。ついでに寄生型恐竜メカアレックスよ! お前たちが眠るにはまた早すぎる!」
すると、どうしたことだろう、二体のマシンから微かではあるが鼓動のような駆動音が聞こえてくる。まるで、マスターたちの想いに応えることが出来なかった不甲斐無さに未練を感じているかのようである。
「お前たちが望むのであれば――再びマスターと共に戦う機会をわたしが与えよう!」
その嫌味な笑みは師匠であるラルドやリアン譲り。おそらく、クリスの手にかかれば、ただでは済まないだろう。だが、時空族の遺産を直せるのは、時空族トラピッチェだけである。
千載一遇のチャンスか、はたまた悪魔の囁きか……。もちろん、コーネルピンとアレックスの返事は最初から決まっていた。
ずごごごごごぉ!
二体のマシンから雄叫びのような駆動音が響いてくる。それを聞いたクリスは、己の考え通りに事が運ぶことに、満足げな笑みを浮かべるのだった。