鳳凰編 第2話 巨大竜と謎の仮面
鬱蒼と繁る森の中…。巨大な物体が辺りに溶け込むように隠れていた。
それは、獣の形をしているのだが、どこか機械的で冷たい印象を持つ。そう感じてしまうのも無理はない。その物体とは、今は滅んでしまった時空族が残した決戦兵器…。機獣神の一体、“白虎のコーネルピン”であるからだ。
「悪いな、レイチェル〜。こんなとこまで付きおうてもろて〜」
コーネルピンの操縦席に座る少女…。彼女は、時空盗賊団ダイアスポアの副団長だった“カナリー”である。
『あぅ〜、大丈夫です♪』
通信モニターには、麒麟のようなぬいぐるみを抱える小さな女の子の姿が映し出された。
『ここに巨大竜発生の謎があるのなら、なんとしても解決しないといけませんから』
女の子は、ぬいぐるみを抱える両腕に力を込める。彼女の名前は“レイチェル”。抱えるぬいぐるみは、超獣神の一体“超麟神アルフォーニ”であった。
レイチェルは、ひょんなことからアルフォーニのマスターに選ばれ、ダイを元の聖界へ戻すため一緒に旅を続けてきた。そして、ダイが帰ってしまった後も、鳳凰界に現れる巨大竜を倒して回っていたのだ。
今回は、カナリーが持ってきた情報に従って、巨大竜を創り出しているという科学者の研究施設にやって来ていた。元の原因を無くさないかぎり、巨大竜はいつまでも現れ続けるからだ。
また、巨大竜を創り出すには、アレックスに付いているのと同じ超進化光線が必要だと思われる。つまり、巨大竜を創り出している何者かは、時空族の遺産を所有している可能性が高い。
巨大竜の発生を阻止したいレイチェルと、時空族の遺産を求めるカナリーの、まさに利害が一致したというわけだ。
『で〜、なんか見つかったか〜』
レイチェルの周りを浮遊する小さなボール型メカから、カナリーの声が聞こえてくる。カナリーは、巨大竜襲撃に備えて、コーネルピンで待機している。そのため、研究施設のあると思われる洞窟には、レイチェル一人で向かっていた。この奇妙なボールは、通信機兼サポートメカである。
それにしても、小さな女の子だけが敵アジトへ潜入するなど、普通では考えられない。だが、レイチェルの抱いているぬいぐるみは、四聖界を守護する超獣神の一体である。ぬいぐるみ形態をしているが、四聖界の人間が何十人襲いかかってこようと、アルフォーニの敵ではなかった。
「あぅ〜。なんか、扉のようなものが見えてきました〜」
洞窟の奥には人工物の壁があり、その中央に扉のようなものがあったが、開くためのドアノブは見あたらない。扉の脇に操作パネルがあり、キーワードを入力することで開くのだろう。
明らかに、四聖界には無い技術が使われている。この研究施設の主は、ダイやカナリー、パイロープたちと同じように、異世界からやって来た者である可能性が高い。
『ちょい待ちぃ〜。いま、ロック外したるさかい』
すると、ボール型メカがパネルまで飛んでゆき、細長いケーブルを外部接続端子へ繋げる。ピッポッパッと電子音を鳴らしながら、キーワードの解析をはじめた。
『よしっ、これでどうや♪』
ものの数秒でロックは外されてしまう。さすがは、元時空盗賊団の副団長である。
プシューっといった油圧の抜けるような音が聞こえ、分厚い扉がゆっくりと左右に開く。中に照明は点いておらず、暗闇からひんやりとした空気が流れてきた。
ここから先は、何が起こるかわからない。レイチェルは、アルフォーニをギュッと抱きしめ、慎重に研究施設の中へ入っていった。
狭い通路、いくつもの扉…。所々で点いている非常灯を頼りに、レイチェルは、奥へ奥へと進んでいく。これまでのところ、人の気配はまったく感じられない。ここは、すでに破棄された研究施設なのであろうか…。そうこうしていると、ひときわ大きな空間に辿り着く。この研究施設の中枢であると考えられた。
この広さと天井の高さなら、超獣神がバトルモードで動き回ることも出来そうである。おそらく、巨大な何かを創り出す施設なのだろう。
『ここで巨大竜の研究がされとったんは、間違いなさそうやな〜…』
ボール型メカが忙しく飛び回る。そして、広い空間の一ヶ所に、奇妙な装置が並んでいるのを見つけた。
大きな円柱状の水槽がたくさん並んでおり、中にはバラされた巨大竜の身体の一部が浮かんでいる。ここで超進化の研究がなされていたことは、容易に想像することができるだろう。やはり、この研究施設で巨大竜が創り出されていたことは間違いなさそうだ。
「あぅ〜…」
哀しそうな声を上げるレイチェル…。生体を無理矢理に進化させ、それを研究するなど惨すぎる。レイチェルは、心の中で犠牲になった生物たちの冥福を祈った。
そのとき、レイチェルは、装置の陰に倒れている人の存在に気づく。いや、かつて人であったモノと言ったほうが正しいだろう。駆けつけてみてわかったことだが、それはミイラ化した研究者の遺体であった。
『死後、二〜三年ってところやな〜』
真っ青な顔で震えるレイチェルの代わりに、モニター越しのカナリーが遺体をチェックする。つまり、この施設が使われなくなって、最低でも二年は経過していることになる。
『う〜む…、こりゃハズレ引いてしもたかもな〜』
巨大竜は、この施設が使われなくなった後も出現し続けている。どこか別の場所に同じような施設があっても、何ら不思議ではない。
『これなら巨大竜が襲撃してくることもないか〜。しゃ〜ない…。今からそっち行くから、ウチがつくまで、レイチェルはそこでジッと…』
そんな、カナリーの言葉が終らないうちに、レイチェルは“ソレ”に気づいてしまった。
「カナリーさん…。これって…、何に見えますか?」
ミイラ化した研究員の傍らに落ちていた物。パッと見は、一部が欠けた陶器のようである。しかし、レイチェルには、ソレが仮面であることを瞬時に理解できた。
『って、ブルースの仮面やんかぁ! なんでブルースの仮面がそんなとこに!』
やはり、カナリーも驚きの声を上げる。“超龍神リーンウィック”のマスター“ブルースピネル”。彼がいつも付けていた仮面と、ほとんど同じモノがそこに転がっていたからだ。
レイチェルは、ブルースの仮面をそっと手に取る。状況から考えると、ミイラ化した研究員が付けていたのだろうか…。
どくっ! 突然、鼓動のように仮面が脈打つ。レイチェルは、指先に痛みを感じ、おもわず仮面を手放してしまう。仮面は床に転がり、乾いた音が辺りに響く。恐る恐る指先を確認してみると、鋭い針で刺されたような血が滲んでいた。
一瞬、何が起こったのかわからなくなる。だが、妖しく光りながら宙を漂う仮面に気づいたとき、自分がまずい状況に置かれていることを理解するしかなかった。
『あ、あうっ!』
モニターから、レイチェルの悲鳴が聞こえてくる。何らかの力が働いたのか、ボール型メカのメインカメラが破壊されたのか…。映像は砂嵐状態となり、音声しか届かなくなってしまった。
慌ててコーネルピンのコックピットから飛び出すカナリー。レイチェルに何かが起こったことは間違いなさそうである。
常人とは思えない素早さで、カナリーは研究施設へと突入する。高位魔族であるカナリーは、機獣神に乗って戦うより、生身の方が戦闘力も高い。映像が途切れて、僅か数秒で、カナリーはレイチェルの元へ辿り着いた。
「な…にっ!」
その光景に、カナリーは愕然としてしまった。
どうやらレイチェルは無事だったようである。だが、レイチェルの顔には、顔半分を覆い隠すような仮面…。ブルースと同じ仮面がへばり付いていたのだ。
「レ、レイチェル!」
カナリーは、急いでレイチェルの仮面を剥がしにかかる。しかし、レイチェルに触れようとした瞬間、見えない強力な波動が発生し、カナリーは弾き飛ばされてしまった。
油断があったとはいえ、カナリーを弾き飛ばしたほどの衝撃である。立ち並ぶ円柱状の水槽には亀裂が入り、そこから流れ出した液体によって辺りには強烈な刺激臭が発生した。
おそらく常温発火の液体なのだろう。装置は一瞬にして炎に包まれてしまう。そんな中、レイチェルだけは、呆然と立ち尽くしていた。
『たすけて…』
どこからか、子どものような声が聞こえてくる。レイチェルではなく、まして、アルフォーニの声でもない。それは、この場にいない存在の声…。時空間を超えて、何者かの意思が直接脳に響き渡ってきたようであった。
次の瞬間、レイチェルの身体が陽炎のように揺らぎはじめ、最初からその場にいなかったかのように消えてしまう。どうすることも出来なかったカナリーは、爆発の始まった研究施設から脱出するしかなかった。
洞窟から飛び出した途端、研究施設が大爆発を起こす。カナリーは、投げ出すように俯せとなり、頭を抱えて爆風から身を守った。
「ちっ…、最悪やぁ〜…」
岩の裂け目からは、モクモクと黒煙が立ち昇っている。カナリーは、研究施設のあった場所を見て舌打ちした。
「こんなん、アイツに…。ダイに顔向けできやんやないか…」
悔しそうに歯を食いしばるカナリー…。巨大竜出現の謎が解けなかっただけではなく、レイチェルやアルフォーニも助けられなかった。まさに、良いとこ無しである。カナリーは、自分の不甲斐なさに、思わず目頭を押さえてしまうのだった。