第10話 冒険の終り、そして・・・
『これ以上、キサマらのおふざけに付き合う気はない…』
サフィリンから、ジェバイトの不機嫌な声が聞こえてくる。
『サフィリン…、バトルモード・チェンジ!』
すると、玄武の機獣が姿を変え、巨大な人型のロボットになった。
サフィリンは、一枚岩の頂上に降り立つ。その姿は、意外にかっこいいものであった。
「でかっ!」
ダイは、驚きの声を上げる。コーネルピンや他の超獣神に比べ、サフィリンの大きさは桁違いである。
「レイチェル!」
ダイは、コーネルピンの口にいるレイチェルに視線を向けた。レイチェルは、首を大きく横に振って、一緒に戦えないことを告げる。どうやら、アルフォーニの意識が、まだ戻らないようである。レイチェルは、カナリーに連れられて、崖の上にある岩陰へと避難した。
「グランゾル…。厳しい戦いになるけど…」
ダイは、光の球体に力を込める。その途端、グランゾルに力が満ちてきた。
『わかっている…』
ぬいぐるみ姿のグランゾルは、サフィリンを見下ろしたまま、こくりと頷く。
『あの怪物を倒さない限り、この聖界に平和は訪れない…』
そして、地表を目指して、一気に急降下を始めた。
『バトルモード・チェンジ!』
ダイ、ブルース、カナリーが同時に叫ぶ。
『白虎の機獣神…、コーネルピン!』
地表に降り立ったコーネルピンは、二本の短剣を両腕に装備した。コーネルピンの両腕は、まるで猛獣の爪が生えているようであった。
『超龍神…、リーンウィック!』
巨大鷲から飛び降りたリーンウィックは、手にした槍をグルグルと回す。リーンウィックが槍を構えると、辺りに水しぶきが飛び散った。
大きな振動と共に、騎士の姿をしたロボットが降り立つ。ロボットは、ゆっくりと立ち上がり、背中の翼を広げるように、かっこよくポーズを決めた。
『超鳳神グランゾル…。ここに見参!』
ダイが叫ぶと、グランゾルの背後に、鳳凰の姿が映った…ように見えた。
『って、うげっ!』
突然、ムチのように伸びた蛇が、グランゾルに襲いかかる。決めゼリフの最中だったグランゾルは、避けることも出来ず吹き飛ばされてしまった。グランゾルは、激しく回転しながら地面に叩きつけられる。よろよろと立ち上がり、サフィリンを指差して大きく叫んだ。
『登場シーンに攻撃するなんて、反則だぁーーー!』
ダイは、わけのわからない理由でサフィリンに抗議する。こういった番組にはそういった暗黙の決まりごとも存在しているが、それをジェバイトに言っても意味はないようだ。
『おふざけに付き合う気はないと言っただろう!』
サフィリンは、一瞬でリーンウィックとの距離を詰める。両手を掴んで、リーンウィックの自由を奪うと、蛇型機獣が炎による攻撃を始めた。
『うわぁあああ!』
リーンウィックから、ブルースの悲鳴が聞こえてくる。超獣神が受けたダメージは、そのまま操縦者に襲いかかるのだ。
『ブルース!』
コーネルピンが、サフィリンに爪を突き立てる。しかし、エネルギーシールドが無いにも関わらず、サフィリンの装甲には傷一つ付いていなかった。
『パワー、スピード、防御力…。全てにおいて、我々の戦力を上回っている…』
ぬいぐるみ姿のグランゾルは、そんなことを呟く。
『アルフォーニがいない以上、一度撤退した方がいいかもしれない…』
そう提案するグランゾルだったが、ダイの決意を感じたのかそれ以上喋ることはなかった。
「行くよ、グランゾル!」
ダイは、背中から牙龍鳳翼剣を抜刀する。
「牙龍鳳翼剣!」
ダイが牙龍鳳翼剣を突き上げると、雷火が落ちて剣を形成した。
「えっ?」
グランゾルが牙龍鳳翼剣を手にしたとき、ダイは奇妙な違和感を覚える。ダイが手に握っている牙龍鳳翼剣を見つめると、鍔の部分には、グランゾルの操縦空間に浮ぶプレートと同じ紋様が出現していた。
『そ、それは…、“アウインの紋章”!』
グランゾルは、驚きの声を上げる。アウインの紋章とは、クランゾルたち超獣神を創ったクリスタルを象徴する紋様であった。
「アウイン…。アウイ…ナイト?」
ダイがそう口にした瞬間、牙龍鳳翼剣から、蒼白い光が溢れ出てきた。
「な、なに…?」
目も開けられないほどの眩い光が、牙龍鳳翼剣から溢れ出てくる。すると、ダイの脳裏に、何者かの意思が流れ込んできた。
「そうか…。そうだったんだ♪」
何かを悟ったのか、ダイは、牙龍鳳翼剣を突き上げ、大きく叫んだ。
「来い! 青龍、アウイナイトーーー!」
その瞬間、蒼白い光が牙龍鳳翼剣を伝って天に放たれた。
雷雲が割れ、空には巨大な魔方陣が出現する。そして、龍の形をした巨大な機獣が姿を現した。
『がぁあああーーー!』
青龍の機獣神は、グランゾルに向けて大きく吼える。身体をうねりながら、ゆっくりとグランゾルに近づいた。
『まさか…。青龍の機獣神!』
ジェバイトは、捕らえていたリーンウィックを投げ飛ばす。リーンウィックは、近くの崖に激突して、動かなくなってしまった。
「ちっ…。リーンウィック、立て!」
ブルースは、手にした球体を、無茶苦茶に動かす。だが、リーンウィックは、何の反応も示さなかった。
「リーン!」
そこに、カナリーからの通信が入る。ブルースは、モニターに映るカナリーを見つめた。
『もう大丈夫…。これで、勝負あったわ…』
カナリーは、作っていた喋りではなく、スペサルティンの口調で語りかける。
『あの子の…、ダイの勝ちよ!』
カナリーがしっかり頷くのを見て、ブルースはグランゾルを睨みつける。グランゾルとアウイナイトは、光に包まれ、空中に浮んでいた。
パイロープたちは、レイチェルが避難していた崖から、光に包まれたグランゾルを見ていた。どうやら、カナリーと同じく、戦いの成り行きを傍観することに決めたようである。
「あう〜…」
レイチェルは、パイロープの腕を抱えながら、グランゾルに視線を向けた。
「やっぱり、一緒になって戦ったほうが…」
レイチェルは、心配そうな表情でパイロープを見上げる。本調子ではないといえ、意識を取り戻したアルフォーニなら、戦いの助けになるはずだ。
「その心配は無いみたいだよ…」
パイロープは、レイチェルに微笑みかけながら、光に包まれたグランゾルを指差した。そのとき、グランゾルたちに、変化が現れた。
光に包まれたアウイナイトの身体が、分解されたようにバラバラとなる。その一つ一つがグランゾルの周りを浮遊する。そして、蒼白く輝きながら、グランゾルの装甲に重なった。
「機獣神が、グランゾルの鎧に…」
パイロープは、驚きの声を上げる。超獣神の融合合体ではない。まさに、アウイナイトがグランゾルの鎧となったのだ。
光が収まると、そこには蒼い鎧を纏ったグランゾルがいた。
胸に鳥が翼を広げたような紋様が刻まれ、腰には二本の大剣を携えている。その姿は、物語に出てくるような、伝説の勇者のようであった。
ダイは、光が収まったのを確認して、ゆっくりと瞳を開いた。辺りを見回すが、何の変化も見られない。それは、いつもと変わりない、グランゾルの操縦空間であった。
「グランゾル、いったい何があったの?」
ダイは、ふわふわと浮んでいる、ぬいぐるみ姿のグランゾルに問いかけた。
『うむ…。どうやら、青龍の機獣神と合体した…ようだ…』
目立った変化が見られないため、グランゾルもあやふやな返事をする。だが、全身に感じられる力は、融合合体したグランフォーニを遥かに超えていた。
『その通り〜♪』
突然、ポムっといった音が聞こえ、操縦空間に青龍の形をしたぬいぐるみが現れた。
『マスター、はじめまして♪ ボクは、青龍の機獣神アウイナイトです♪』
アウイナイトは、ダイにじゃれつくよう、辺りを飛び回った。
「アウイナイト…って! 機獣神には、ぬいぐるみ機能が無かったんじゃ!」
ダイは、カナリーの話を思い出していた。機獣神は、本当のロボットであり、超獣神のように大きさを変えたり、ましてや、ぬいぐるみ姿になることはできなかったはずである。
『あぁ〜。ボクたち機獣神は、独自進化できるプログラムを持っているんです♪』
アウイナイトの説明では、グランゾルに封印されていたあいだ、超獣神のファンシー機能などをコピーして、自分用にカスタマイズしていたという。
『メインコアがぬいぐるみ化して、マスターとコミュニケーションを取ったほうが、なにかと便利でしょ♪』
つまり、このアウイナイトは、自らを進化させたようである。
「へぇ〜…」
ダイは、驚いたような声を漏らす。もちろん、内容の半分も理解できていなかった。
『そんなことより…』
グランゾルは、はしゃいでいるアウイナイトに声をかける。
『アウイナイトよ…。わたしたちは、現在、玄武の機獣神と戦闘中だ…』
グランゾルが外に視線を向けると、さきほどまで唖然としていたサフィリンが、攻撃態勢を取っている。
『このままでは、この聖界がヤツに乗っ取られてしまう…。一緒に戦ってはくれないか?』
グランゾルが呟くと、アウイナイトは何かを考えるように瞳を瞑った。
『ボクにとって、この聖界がどうなろうと関係ないことだけど…』
瞳を開いたアウイナイトは、ダイの顔をジッと見つめる。
『ダイの命令があれば、ボクはそれに従う…』
そのとき、サフィリンによる攻撃が始まった。
背中からガトリング砲がせり上がり、アウイナイトを纏ったグランゾルに向けられる。砲身が回転を始め、無数の弾丸が連続で発射された。
ドガガガッ! 全てを破壊するような勢いで、弾丸の嵐がグランゾルにヒットする。しかし、グランゾルは、見えない盾に護られて無傷であった。
「まぁ、あんな人が同じ機獣神のマスターってのも嫌だし…」
ダイは、苦笑しながらアウイナイトに答える。
「あの機獣神を倒すの、手伝ってよ♪」
そう言うと、アウイナイトは力強く頷いた。
「じゃあ、行くよ。グランゾル、アウイ…」
ダイは、ふと何かを考え込む。
「う〜ん…、いまは合体してるんだから〜…。二人合わせて“グランナイト”ね♪」
嬉しそうに微笑みながら、ダイは、手にした球体を前に押し出した。
グランナイトとサフィリンによる、壮絶な戦いがいま始まった。
『死ねっ!』
サフィリンは、ガトリング砲をグランナイトに向ける。しかし、弾丸が当ろうとしたとき、グランナイトは翼を広げ、大空へと舞い上がった。
『なにっ! バトルモードで空を飛ぶだと!』
ジェバイトは、驚きに目を丸くする。超獣神や機獣神も、聖獣モードでしか飛べないからだ。
『へへ〜ん。グランフォーニも宙に浮くことが出来たから、もしかしたらって思ったけど!』
ダイは、グランナイトを自在に操る。
『まさか、こんなに自由に飛べるなんて…』
グランナイトは、まるで、翼の生えた天使のように空を飛んでいた。
『牙龍剣、鳳翼剣!』
グランゾルは、両腕を交差するように、二本の大剣を抜刀する。サフィリンの前に着地して、かっこよく大剣を構えた。
その途端、蛇の機獣がグランナイトに巻きつく。
『グランナイト…だな…。キサマはカッコつけすぎる!』
サフィリンの甲羅が変形し、巨大な戦斧となる。
『いかに機獣神とはいえ、直接叩けば無傷ではすまないだろう!』
サフィリンは、グランナイトの数倍はあろうかという刃を、おもいっきり振り下ろした。
凄まじい金属音が響き、衝撃で地表が爆発したように粉々となる。ジェバイトは勝利を確信した。だが、ジェバイトの表情は驚愕なものとなる。渾身の力で叩きつけたにも関わらず、グランナイトは、牙龍剣で軽々と戦斧を受け止めていたからだ。巻きついていた蛇は、無残にもバラバラで地面に散らばっている。
『このっ!』
ダイは、鳳翼剣を戦斧の側面に叩きつける。すると、戦斧の側面にヒビが入った。
サフィリンの力が緩んだ途端、グランナイトは剣を反して戦斧から逃れる。そして、身体を反転するように、サフィリンの脚部を斬りつけた。
体重を支えられなくなったサフィリンは、衝撃と共に地面へ膝をつく。
『おのれ!』
サフィリンは、戦斧を薙ぎ払うように振る。グランナイトはそれをかわし、大空へと舞い上がった。
『ちっ!』
グランナイトが突っ込んでくるのを見て、サフィリンは戦斧を前にかざす。戦斧は形を変え、大きな盾となった。
『サフィリンの防御力を、甘くみるなーーー!』
ジェバイトは、大きく叫びながら盾を突き出した。
ダイは二本の大剣を叩きつけるが、サフィリンの盾によって弾かれてしまう。
『それなら!』
ダイは、牙龍剣と鳳翼剣を、重ねるように握りしめる。眩い光が溢れ出し、二本の大剣は、一振りの美しい剣となった。
『ひっさーーーつ!』
ダイは、後方へ飛び退いて、サフィリンから距離を取る。
『がりゅーほぅよくけーーーん!』
上段から一気に振り下ろすと、剣から巨大な光の刃が放たれる。光の刃は、サフィリンを真っ二つに両断した。
『そのまんまかーーー!』
ジェバイトの叫び声が響く。サフィリンは、激しい電撃を発しながら、大爆発を起こした。
『よっしゃぁー! 大勝利ーーー!』
グランナイトは、かっこよくポーズを決めた。その瞬間、大きな地響きが発生し、岩山の一部が崩れ始める。
『なぁーーー!』
ダイは、慌てて体勢を立て直し、上空へと逃れるのだった。
ダイと同じように、パイロープたちも崩れる岩山を離れる。上空へと浮び、土煙が立ち込める岩山を、アレックスの操縦室から呆然と見つめた。
「いや〜…。今回は、派手にやったもんだね〜…」
パイロープは、呆れたようにため息をつく。ダイの戦いは、必ずといっていいほど破壊が付きまとうのだ。
「あぅ〜…」
パイロープの言葉に、レイチェルは苦笑する。
「この山は、とある宗教の聖地なんですけど…」
巨大な岩山を神聖なものと崇めている宗教があるそうで、一部とはいえそれを崩してしまったことはもの凄くマズイように思われた。
「おや…。あれは何ですかね〜」
何かに気づいたグロッシュラーは、崩れた崖の映像を拡大表示させる。崖の中腹に開いた空洞には、人工物のようなものが映っていた。
「こ、これは〜…。パイロープさま、どうやら山の内部にあった遺跡のようなものが出てきたようです〜」
グロッシュラーは、振り返ってパイロープに報告する。
「よし。崖の崩れも収まったようだから、いまから調査に向かうよ!」
パイロープの号令に、グロッシュラーは、巨大鷲を崖の空洞に向かわせる。こういったところに、時空族の秘宝が隠されていることが多いからだ。
崖に開いた空洞は、かなり広く奥まで続いているようである。空から確認できた人工物は、どうやら遺跡の壁であったようだ。パイロープたちが中に入ってみると、古代文明のものと思われる街並みが広がっていた。
「こいつは凄いね〜…」
パイロープは、その美しい街並みにため息をもらす。遺跡は、数年前まで人が暮らしていたかのように、完全な形で残っていた。
「う〜ん…、スポジュミン文明の遺跡かしら…?」
突然、背後から声が聞こえてくる。パイロープが振り返ると、そこには、カナリーたちを捜しに出ていたミントベリルが立っていた。ミントベリルは、パイロープたちの中にレイチェルを見つけ、近づいてギュッと抱きしめる。
「レイチェルちゃん、無事で本当によかったわ♪」
ミントベリルは、レイチェルの頭を優しく撫でた。
「あう〜…。ご心配かけました〜」
レイチェルは、照れたように苦笑する。人前で抱きしめられるのは、どこか恥かしく感じられた。
「そうだよ…。心配したんだからね〜」
パイロープは、なぜか、ミントベリルにしがみ付く。
「レイチェルが、レイチェルが〜〜〜」
パイロープは、子供っぽく泣きじゃくる…真似をした。すると、ミントベリルはレイチェルを解放して、パイロープを優しく抱きしめる。
「ダイくん、少し落ち着きなさい…」
ミントベリルは、笑いを堪えながら、昨晩の再現をした。
「あうっ!」
その途端、レイチェルの顔が真っ赤になる。ダイが自分のために泣いてくれたなんて、嬉しくもあり恥かしくもあった。
「ミントさん! ドロンジョさま!」
そこに現れたダイが、大きな声で抗議する。レイチェルと視線がぶつかり、ダイも顔を真っ赤にさせた。
「はいはい、ラブコメは他所でやってちょうだい…」
ダイと一緒にやってきたカナリーは、呆れた口調で呟く。
「それより、この遺跡の奥から時空力の反応があるみたい…って、…なに?」
カナリーは、ダイたちがジト目で自分を見つめていることに気づいた。
「なんか…、カナリーさんの喋り方、変じゃない?」
ダイの呟きに、カナリーはずっこけた。
「あぁ…。偽者の可能性もあるな…」
ブルースは、虚空から槍を取り出して身構える。
「あうあう…」
レイチェルも、疑いの眼差しを向けた。そんな態度に、カナリーは怒り出す。
「あれは、作っていた喋り方! もともとは、こんな感じなの!」
必死に説明するが、ダイたちは納得しようとしない。カナリーは、落胆したようにため息をつく。
「はぁ〜…、これでええんやろ…」
涙目で呟くと、ダイはビシッと親指を突き立てた。
カナリーは、ダイの態度に再び怒り始める。ダイを後ろから捕まえて、おもいっきり頭をしめ上げた。
破壊と再生を司るへっぽこ勇者ダイ…。破壊の限りを尽くして戦うが、その後、信じられない幸運を呼び込むことでも有名である。今回見つかったスポジュミン文明の遺跡も、この聖界の宝として大切にされることだろう。
戦いの場から少し離れたところに、一つの人影があった。巨大な戦斧に寄りかかっているのは、時空盗賊団ダイアスポアのジェバイトである。
ジェバイトは、爆発に巻き込まれる寸前、サフィリンの意志によって安全なところへ飛ばされていたようだ。
「おのれ〜…、このままで済むとおもうなよ〜…」
ジェバイトは、悔しそうに歯を食い縛る。
「まずは、サフィリンの力を使ってダイアスポアを再建し、ヤツらに目に物見せてくれよう…」
その表情は、まるで、悪鬼のようであった。
「悪人がしぶといというのは、本当だな…」
突然、何者かの声が聞こえてくる。ジェバイトが振り返ると、長身で美しい顔立ちをした青年がいた。それは、超獣神たちを創った時空族、トラピッチェ・クリスタルであった。
「キサマは誰だ!」
ジェバイトは、手にした戦斧を構えようとする。
「な、なにっ!」
しかし、戦斧はいつのまにか信じられない重さとなっていた。
「ふっ…。おまえは、ラルドさまに乗せられていただけのようだな…」
クリスタルは、ジェバイトに近づいて、サフィリンの鍵である戦斧を奪い取る。
「おまえには、サフィリンのマスターになれるほどの力はない」
クリスタルは、冷たい瞳でサフィリンを睨みつける。
「おそらく、あのダイという少年を成長させるため、おまえにサフィリンが与えられたのだろう…」
その役目が終ったため、戦斧を持つことが出来なくなったようだ。
「そ、そんなバカな…」
ジェバイトは、愕然として両手両膝を地面につく。
「まぁ、そんなに気落ちするな…」
クリスタルは、しゃがみ込んでジェバイトの肩に手を置く。
「おまえにその気があるのなら、わたしが鍛えてやろうではないか…」
クリスタルの言葉に、ジェバイトは唖然とした表情で顔を上げる。
「なぁに…。真面目に二〜三年ほど修行すれば、サフィリンを乗りこなすことはもちろん、強さは今の数十倍にもなるだろう…」
その衝撃の内容に、ジェバイトは愕然とする。だが、魅力的な提案に、ジェバイトは笑いはじめた。
「いいだろう…。いや、ぜひお願いする!」
ジェバイトは、すくっと立ち上がり、深々と頭を下げた。
後に、ジェバイトは、軽はずみに返事したことを後悔することになる。その地獄のような修行を終えた頃には、ジェバイトの性格は機獣神のマスターにふさわしいものとなっていた。
岩山が崩れて出現した遺跡は、全長が五キロほどもある石造りの古代都市であった。
空洞の中だというのに、周囲は外界のように明るい。街全体に水路が張り巡らされており、木々や植物も豊富のようである。食料の確保さえできれば、普通の街としていますぐに暮らせそうであった。
ダイたちは、都市の中央部に向かって歩いていた。しばらくすると、神殿のような建物が見えてくる。それに気づいたパイロープは、全速力で神殿へと向かう。カナリーの話では、あの神殿から、時空力の反応があるという。
「あう〜…」
レイチェルは、ダイの様子を窺ってみる。
神殿に時空石があったとするなら、ダイはそれを使って元の世界に戻ってしまうだろう。また、一度戻ってしまえば、こちらの世界に来ることは難しいと思われる。つまり、時空石の入手は、ダイとの別れを意味していた。
「ほらレイチェル、もうすぐだよ♪」
ダイは、レイチェルが疲れたのだろうと勘違いして声をかける。レイチェルの悩みも、ダイには無縁なようであった。
ダイたちは、神殿の入口へ到着する。パイロープたちが開いた扉をくぐり、神殿の中へと入っていった。
神像の祀られている間へは、それほど苦もなく進むことができた。ダイたちが到着すると、なぜかパイロープが、女神像によじ登っている。
「あったよ、時空石だ!」
パイロープは、女神像の額に付いていた宝石を外す。それは、不思議な輝きを放つ宝石であった。
「えっ、時空石〜♪」
ダイは、時空石という言葉に反応して、女神像へと駆け寄る。
「これが…時空石…」
パイロープが持っていた時空石を見て、ダイはおもわず涙ぐんでしまった。ダイは、時空石を探すため、もう一ヶ月以上も旅を続けてきた。元の世界に帰るため、ただそれだけのために旅を続けてきたのだ。
「ダイ…」
レイチェルは、ダイの喜ぶ姿を見て、複雑な表情をする。
「時空石が見つかって…、よかったね♪」
レイチェルが微笑むと、ダイは大きく頷いた。
「よし♪ これで夏休みの宿題ができるぞ!」
ダイは、拳を握りしめて叫ぶ。小学校で初めての夏休みは、残すところあと一週間であった。
「ちょっと待って…」
不意に、ミントベリルが時空石を奪い取る。瞳を瞑り、何かを感じるよう、宝石に手をかざした。
「この宝石は間違いなく時空石だけど…、時空力をあまり感じられないわ…」
不安がるダイたちに、ミントベリルは衝撃の事実を伝えた。
「この時空石で時空間転移できるのは、一人ぐらいでしょうね〜」
そう言って、ミントベリルは、時空石をパイロープに返した。
「えぇー! たった一人しか戻れないのーーー!」
ダイは、大きな声で叫ぶ。この世界に飛ばされてきたのは、ダイだけではない。パイロープたちも、ダイと同じように魔界から飛ばされてきたのだから。
「…どうしよう?」
ダイは、唸りながら考え込むパイロープを見つめた。すると、パイロープは、手にした時空石を、ダイに投げてきた。
「えっ?」
ダイは、パイロープの行動にびっくりする。
「その時空石は…、あんたが使いな」
パイロープの言葉に、グロッシュラーたちが慌てる。
「あたしらは三人いるんだ。今回の時空石は、へっぽこにくれてやる…」
パイロープは、素っ気無い態度で、ダイから視線をそらせた。
「ドロンジ…いえいえ、パイロープさま。御人が好すぎるのではないですか〜?」
グロッシュラーは、名前を間違えつつも、パイロープに進言してみる。その途端、グロッシュラーの後頭部に、パイロープの拳骨がヒットした。
「誰がドロンジョだい!」
パイロープは、項垂れたように、大きなため息をついた。
「時空石は、また見つければいいんだよ…。あたしたち、三人が帰れるぐらいの時空石をね♪」
それを聞いたグロッシュラーとツァボライトは、感動のあまりお互いに抱きしめ合いながら、滝のような涙を流した。
「ドロ…ううん、パイロープさん…」
ダイは、時空石をしっかりと握りしめ、パイロープを見つめる。
「ほんとうにありがとう…」
にっこりと微笑み、深々と頭を下げた。
「そ、そんなのどうだっていいんだよ!」
パイロープは、なぜか顔を真っ赤にさせる。ダイに初めて名前で呼ばれたのが照れくさかったのだろう。
「さぁ、ダイ…。宿題ってのがあるんだろ、はやく人間界に戻りな…」
パイロープは、優しそうな微笑みを浮べ、ダイの頭を乱暴に撫でる。
「うん…」
ダイは、そんなパイロープの態度に、おもわず苦笑してしまった。
『ダイよ…。どうやら、お別れのようだな…』
突然、ぬいぐるみ姿のグランゾルが現れる。
『わたしはこの世界の超獣神…。この世界の平和を護るのが、わたしに与えられた使命…』
グランゾルの言葉に、元の世界へ戻ることがどういうことなのか、ダイは初めて気づく。
「グランゾルは…、一緒に来てくれないの…?」
ダイの問いかけに、グランゾルはコクリと頷いた。
「そっか〜…」
ダイは、瞳を瞑りながら大きな息をつく。
「グランゾル…。今までありがとう…」
瞳を開いたダイは、しっかりとした表情で、グランゾルを見つめた。その瞬間、ダイが背中に背負っていた牙龍鳳翼剣から、鳳翼剣だけが分離する。鳳翼剣は、ふわふわと漂いながら、グランゾルの身体に吸収されてしまった。
「あぅ〜…」
その様子を見ていたレイチェルは、瞳に涙を浮かべる。ダイとの別れが、目の前に迫ってきているからだ。
「レイチェル…」
ダイは、レイチェルに近づき、ギュッと抱きしめる。慌てふためくレイチェルの耳元で、ダイは囁くように呟いた。
「またね…」
そう言うと、ダイはレイチェルから離れる。女神像の前に立ち、みんなの顔をゆっくりと見回した。
「レイチェル、ミントさん、カナリーさんにブルース…」
ブルースの名前を口にしたとき、ダイはなぜか嫌な顔をする。
「グロッシュラーさん、ツァボライトさん。そして、ドロンジョさま♪」
怒ったような態度をするが、パイロープの表情は、どこか嬉しそうであった。
「え〜っと、あと誰かいたような気がするけど…。とにかく、みんな、本当にありがとう♪」
時空石を握りしめると、ダイは光に包まれる。ダイの周りに空間の揺らぎが発生し、そのまま忽然と姿を消してしまった。まるで、はじめからそこに存在していなかったかのように…。
こうして、破壊と再生を司るへっぽこ勇者ダイは、四聖界から姿を消した。
だが、この世界には、退治しなければならない巨大竜がたくさんいる。そこで、パイロープたちは、時空石を探すついでに竜退治もおこなっていた。
「いや〜。まさか、超進化光線を反転照射したら、巨大竜が元に戻るとは思いませんでしたね〜」
グロッシュラーは、一段高い椅子に座っているパイロープに声をかける。
「ほんとだよ〜。これならグランゾルの力を借りなくても大丈夫だね〜♪」
パイロープは、偶然気づいた巨大竜の解除方法に上機嫌である。ちなみにグランゾルは、レイチェルたちと協力して、別の場所で巨大竜退治をしているようであった。
ダイが元の世界に戻って、もう三日になろうとしていた。存在すら忘れられていたモルファとサニディンは、ダイがあいさつも無しに帰ったためかなり落ち込んでしまった。特にモルファは、ダイにお別れができなかったことを悔しがっていた。
また、カナリーとブルースは、パイロープたちとは別で時空石を探す旅に出ている。時空石を手に入れればドラゴンの卵が貰えるため、カナリーの気合はもの凄いものであった。
「しかし、あのカナリーってヤツが、魔王さまの妹だったなんて驚きだね〜」
パイロープは、不意にそんなことを呟く。カナリーの本名は、スペサルティン・ガーネット…。魔界デマントイド国の魔王、ルシフォンの妹であるという。
「しかし、ヤツも高位魔族なんだろ〜。わざわざ機獣神なんかに乗って力を制御してるなんて、いったい何を考えてるんだろうね…」
高位魔族であるスペサルティンは、超獣神や機獣神の強さを遥かに超えている。竜族のミントベリルには敵わないかもしれないが、その力はグランフォーニやグランナイトを、素手で軽くあしらえるほどであった。
「自分を不利な状況に置いて、戦いのスリルを楽しむ人種もいますからね〜っと…、おや?」
グロッシュラーは、何かに気づいてモニターを確認する。
「パイロープさま、時空間転移の反応です。また、何かがこの世界に入り込もうとしています〜」
グロッシュラーは、苦笑しながらパイロープに報告をする。まるで、時空盗賊団ダイアスポアの再来であった。
「ちっ! グロッシュラー、戦闘準備だよ!」
パイロープは、突発的な戦闘に備える。
時空転移をしてくるほどの相手に、ノーマルのアレックスでは太刀打ちできないかもしれない。だが、パイロープたちも、むざむざとやられるわけにはいかなかった。
「あ、現れます!」
グロッシュラーの緊張した声が、アレックスの操縦室に響く。パイロープは、時空の歪みが発生している空をジッと見つめた。
何もない空間に、水面のような波紋が広がる。時空の狭間を渡り、謎の物体がこの聖界に入ってきた。それは、龍の形をした巨大な機獣であった。
『宿題、終りました〜〜〜♪』
機獣から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。よく見ると、その機獣とは、青龍の機獣神アウイナイトであった。
『あぁ〜、ドロンジョさまだ〜〜〜♪』
アレックスを見つけたのか、アウイナイトからそんな声が聞こえてくる。その声の主は、もちろん破壊と再生を司る勇者ダイであった。
「なっ! へっぽこ…かい!」
パイロープは、ダイの登場に唖然とする。
「ちょっ…。なんであんたが現れるんだ。あんたは、人間界に帰ったはずじゃなかったのかい!」
パイロープは、かなり混乱しているみたいだ。
『大好評につき、第二クール突入だって〜♪』
ダイが説明すると、パイロープたちは、豪快にずっこけた。
「なにわけのわかんないことを…、じゃなくって!」
パイロープは、怒鳴りつけるように叫ぶ。
「なんであんたが、時空間転移でこの世界にやってこられたのかを聞いてるんだよ!」
パイロープの問いかけに、ダイは信じられないことを呟いた。
『あ〜…。なんか機獣神には、時空移動できる機能が、最初から付いてたみたいなんだ〜』
ダイが苦笑気味に答えると、パイロープは真っ白となって固まってしまった。
「じ、じゃあなにかい…。希少な時空石を使わなくても、あんたは…人間界に戻れたって…ことかい?」
パイロープは、プルプルと震えながら、声を絞り出す。ダイが肯定すると、パイロープの怒りは爆発した。
「グロッシュラー! やぁ〜っておしまい!」
パイロープは、アウイナイトを指差して、グロッシュラーに命令する。
「パ、パイロープさま〜。ノーマルのアレックスでは、へっぽこ勇者に敵わないと思われますが…」
グロッシュラーの言葉も、怒れるパイロープの耳には入らない。
「えぇい、さっさとおし!」
パイロープは、拳をパネルに叩きつける。その途端、アレックスの装甲の一部が開き、大量のミサイルが発射された。
『え〜っと…』
ダイは、困ったような声を出す。ミサイルは、アウイナイトには命中せず、明後日の方向で爆発した。
「不良品かい!」
パイロープは、グロッシュラーの首を絞め上げる。またもや、予算をケチったのだろう。
そこに、時空間転移の反応に気づいたグランゾルが現れた。グランゾルは、なぜか、鋭い瞳でアレックスを睨みつける。
『ダイを傷つけることは、このわたしが許さん!』
そう言って、グランゾルは、雷を起こして鳳翼剣を具現化させる。
「ちょっ! お待ち、グランゾル!」
慌てて叫ぶパイロープに、鳳翼剣を構えるグランゾル…。
『なんか、どたばたしていますね〜』
ぬいぐるみ姿のアウイナイトが、呆れ口調で呟く。ダイは、おもわず苦笑してしまった。
「さてと…。グランゾル、みんなに会いに行こうよ♪」
ダイは、アウイナイトのコックピットを開ける。それを見たグランゾルは、小さなぬいぐるみ姿となって、コックピットに飛び込んだ。
「グランゾル、ただいま〜♪」
ダイは、グランゾルをギュッと抱きしめる。グランゾルの瞳には、ぬいぐるみであるはずなのに、なぜか涙が浮んでいた。
後の世、数多くの伝説を残すことになる勇者ダイと超鳳神グランゾル…。その最初の旅が幕を閉じ、新たな冒険が始まろうとしていた。
ダイの行く先には、甚大な破壊と信じられない幸運が付いてまわることになる。破壊と再生を司るへっぽこ勇者ダイ…。彼の冒険は、まだまだ続きそうであった。
あとがき
「なんちゃらプラネット」が“少女漫画風(えっ?)”を目指したように、「超獣神グランゾル」は“テレビアニメ風(30分番組)”に書いてみました。そのため、基本的には1話完結(1回だけ前後編あり)となります。
本編はあんな感じのノリだったため、いったい何人の方に読んでもらえるのか…。ある意味、軽い冗談のつもりで投稿してみたんですが(もちろん個人的には面白いと思っていますよ)、えらい勢いでアクセス数が増え続けてかなりビビリました。
投稿して4日で、累計アクセス 「ユニーク」277人、「PV」713アクセス…。グランゾル、もしかして大人気?(笑)
最終話を更新すればアクセス数の上昇も止まってしまうと思いますが、これほど読んでくださった方がいたのですから、続編を考えてみるのも良いかもしれませんね〜。
基本的には、話を書き始めたらキャラクターが勝手に動いて、ストーリーを完成してくれますから♪
とにかく、最後まで「超獣神グランゾル」にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。機会があれば、へっぽこ勇者ダイと超獣神グランゾルのどたばた冒険劇に、再び挑戦してみたいと思います。
2008/03/19 Crystal
「超獣神グランゾル」 2004/03/28〜2005/04/02 連載作品
同一作者小説紹介
★Crystal Legend シリーズ★ 「Crystal Legend 7_2 〜トルマリンの胎動〜」、「Crystal Legend 7_3 〜はじまりの時代〜」、「Crystal Legend 7_4 〜もしかして怪談?〜」
★超獣神グランゾル シリーズ★ 「超獣神グランゾル」、「鳳凰編」
★なんちゃらプラネット シリーズ★ 「なんちゃらプラネット」
★美咲ちゃん シリーズ★ 「〜もしかして怪談?〜」
★4コマ劇場 シリーズ★ 「桜のひみつ」、「ラズベリル☆ショート劇場」