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当然。三十六計逃げるが勝ち

 ―――我を宿すに足りえるか?―――


 また、耳元で何かが鳴った。


 ―――汝は死をも乗り越えうるか―――


 あの女から慰謝料ふんだくるためなら……


 ―――我はメルト―――


 私は小影……


 ―――原始より在し融解の柱なり―――


 お願い、なんでもいい。力を貸して……

 あの女から慰謝料取り立てるために……


 ―――では契ろう―――


 光が一瞬大きくなった。

 私を包み込んで、消滅する。

 視界がぼんやりと、まるで周りが解け始めてでもいるように……


 ぐわんぐわん、頭の中で壊れた鐘が鳴り響く。

 何かが私を這い上がる。

 手に沿って、胴に沿って、頭に沿って。やがて……

 鐘が小さくなっていく。視界の揺らぎが収まりだす。


「あ……はぁ……うぇぇッ」


 最後に思いっきりドロドロの何かを吐き出した。

 とたん。今までの痛みが和らいだ。

 意識が妙にクリアになる。体が思うように動きだす。


 あの化け物は? 私を探してる。

 出口までの通路……うん、これならあいつを掻い潜っていける。

 何が起こったのか? そんなことは後で考えられる。


 今、やるべきは脱出だ。

 身体が動くことも、意識が戻ったことも今は考え自体後回しだ。

 やるべきこと、考えるべきことは如何にあの化け物をかいくぐり脱出するか。


「結論、行動開始ッ!」


 崩れた机の群れを潜って出口を目指す、机の森を抜けた。

 あいつが私に気付く。まだ大丈夫、私が外にでる方が早い。

 タイミングは一、二、三。

 一でドアを開いて、二で外へ、三でドアをおもっきし閉めてやる。


 一ッ! 扉が開いた。思ったより早く迫る化け物の爪。


 二ッ! 掻い潜るようにして廊下へ飛びでる。


 三ッ! おもっきしドアを閉め……あれ? ドアが……ない?

 化け物の爪はドアにぶち当たり、砕け散るようにドアは粉砕されていた。


「四、ひたすら逃げるっきゃない!」


 とにかく全力疾走。普段運動していないのが悔やまれる。

 明日から長距離ランニングを日課に取り入れよう。

 それでも、異様なほどに身体は動いてくれた。


 まるで怪我などしていないかのように、だけど、私にはそんなことを気にする余裕なんてなくて……

 ただひたすらに化け物から距離を取る事だけを考える。

 でも……目の前に羽の生えた男が現れた瞬間、今までの苦労が水の泡になったことを知った。


「前門の虎、後門の狼……というよりは前門の鳥人間、後門の牛人間か。まいったなぁ全く……」


 走る気すらおきなかった。

 へなへなと空気の抜けたタイヤのように私はその場にへたり込む。


『おやおや、もうギブアップですか……人間のお嬢さん』


 何もない空間から細剣を出現させ、男は私に微笑みかける。

 嫌に綺麗な男性だった。

 純白の羽に司祭服とでもいうのだろうか、ワンピースの前だけを切り裂き右側を左側被せて隠したような白く輝く服に、青銀に輝く軽鎧。

 殺されるなら牛男よりはまだましかもしれない。


「うぅ……せめて最後に緑茶が飲みたかった……」


『ずいぶんとささやかな望みですね。ですが、叶えてあげましょう。この天使ファニキエルがあなたを守護します』


 私の願いに呆れる男。

 そのまま私を通り過ぎ、牛の化け物と対峙する。


『さてさて、まさかこの様な場所で牛頭鬼と会うとは思いませんでした。まぁミノタウロスでないだけマシですがね』


 ……あれ? これって、この鳥人間、私を助けてくれるの?


『行きますよ、この咎人を貫く剣【クリミナルテイアー】を避け切れますか?』


 ヴァサッ

 翻す羽音と共にファニキエルが走る。

 まるで動く名画を見せられているような不思議な感動が在った。

 神聖な何かが奇跡を起こすような不思議な安心感。


 牛頭鬼の心臓目掛けてクリミナルテイアーなる剣を突きだすファニキエル。

 プツリと牛頭鬼に差し込まれる細剣、ピィンとしなってそこで止まった。

 それ以上、いくら力を入れても細剣は動かない。


『むぅ? 思った以上に硬い……』


『フゴッ』


 剣を戻し際に鋭い一撃。ファニキエルは真横の壁に激突し、沈黙。

 ……あ、あれ?

 期待していただけに、余りにも期待はずれである。


「弱ッ!?」


『ブモォーッ!』


「ふぇぇッ、こっちきたぁッ」


 慌てて四つん這いで逃げだす私は、目の前に現れた足にぶつかる。


「痛い……」


『痛いのはこっちなんだけど~』


 今度は目の前に女の人がいた。

 顔は清廉。清楚な外人のお嬢様。

 身体は出るとこの出たスタイル抜群。

 バストだけで殺人を犯せそうなスタイルだ。


 金ぴかに輝く髪に、純白の白い羽。

 純白の布を身体に巻き付け覆ったような服。

 それは、当に……天使だった。


『ではでは~、牛さん追っ払っちゃいますか』


「はい?」


 変な幻想は彼女の声を聞いた時点で一気に覚めた。

 その声は明らかに年端の行かない少女のキンキン声。

 清楚なイメージも、妖艶なイメージも、まして神秘的なイメージなど当然ぶち壊しだ。


『おっにさっんこっちら~手のなっるほっうえ~ぃ、あはははは』


 無邪気な声が響き渡る。

 なぜだろう、この人を見てると、今まで追い掛け回されていた緊張感が嘘のように吹き飛んだ。

 それは当にだらけた雰囲気。やる気をなくしてしまったのは牛頭鬼も一緒らしかった。

 どうしようかと戸惑っている。


『んじゃま、バイバイ牛さん……ホーリーアローッ』


 突如、女天使の掌に光で出来た弓が出現する。

 弓を引く動作。発射。飛び出す光の塊。

 光が当たる瞬間、牛頭鬼に纏わり付く黒い靄。

 一瞬の光の拡散。黒い靄が吹き飛ぶ。


「た、倒した……?」


『うんにゃ、逃げちゃったのよ。ま、いいけど』


 女天使が私に向き直る。


『これに懲りたら夜、学校には来ないようにするのよ』


「え、あ、はぁ」


 呆気に取られたままうんと頷く。


『んじゃあ、悪いけど、私とファニキエルちゃんの記憶だけ消すね~。ちょいと痛いけど気にしちゃ、め~なのよ』


 え? 記憶を……

 鸚鵡返しに答える前に、女天使の掌が私に触れる。

 一瞬激しく頭をシェイクされた気がした。振動で意識が消えていく。


『さって、この娘送らなきゃね~……んれ? この娘、まだ記憶が……』


 何か、声のようなものが聞こえて、やがて、意識は闇に飲まれた。

登場人物


 ひじり 小影こかげ

  現在16歳、彼氏いない歴イコール年齢の少女。

  基本金かお茶にしか興味がないので、金貸しの回収を行う以外は緑茶をすすってぽけっとしている。

  特技に瞬間記憶を持ち、金貸し業の関係で覚えた指弾とデビルスマイルを得意とする。

  座右の銘はお前の物は俺のモノ。貸したら返せ命を掛けて。


 結城ゆいしろ 杏奈あんな

  現在16歳、彼氏無し。

  小影曰く、紫色に染めたけど、髪が伸びたせいで半分より下だけが紫色になっちゃったとっても可哀想な人らしい。

  不良生徒になりかけていたが、小影に打ちのめされて以降小影のツッコミ役にされる。

  姐御肌らしく悪態付きながらも手伝ったりする様が密かにクラスメイトから人気を集めている。


 ハニエル・ルーマヤーナ

  神の愛と称される大天使の一人。

  全ての愛される要素を内在し、顔は清楚に、身体は妖艶に。でも思考は限りなく幼児に近いある意味残念な存在。

 ただし内包する知恵と頭の回転は凄まじく、先見の明を持つため落ち零れとされる天使から大天使候補の原石を発見するのが上手い。


 ファニキエル・シュイタット

  ハニエルにより見出された落ち零れの天使。

  前回の天使試験で見習いのまま消失の危機を迎えていたが、ハニエルにより見出され付き人のような役割についている。

  未だハニエルが見出した実力は開花しておらず、実力は限りなく弱い。


 牛頭鬼

  黒い靄から発生した悪魔。

  黒い靄で移動し、人間あるいは天使を見付けると出現し、戦闘を行う。

  夜間の校舎内を見回る様に動いている。

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