そして告げる。社会の窓開いてますよ
「聖小影ッ!」
で、職業の金貸しっていったのは、先生に教わりながら小学生の頃から利子付きでいろんな人に貸していたら、そのうち職業みたいになってしまい、今では町中で独立した金貸し業を行っている。
うん、無認可ですがちゃんと取立てにも行っとりますよ。生活かかってますから。
「聖小影ッ! 聖ッ! ひ・じ・りッ!」
ズズゥ……とお茶をすすり、
「ぽえ~~~~」
「ああ、もう。誰でもいいからアレを止めて来い」
幸せフィールド全開中の私に向かって誰かがやってくる。
スパンッ
小気味良い軽快な音と共に鉄壁を誇っていたフィールドが破られた。
「あう……痛い……」
「痛かないでしょ、ハリセンなんだから」
頭を抑えつつ顔を上げると、女生徒が私の横に立っていた。
紫色に染めたけど、髪が伸びたせいで半分より下だけが紫色になっちゃったとっても可哀想な人。
私の(たぶん)友人、結城 杏奈だ。
中学に入ってから知り合った不良学生という部類に入る彼女は、出会った早々屋上に呼び出してきた。
いや、もう、いきなり百合の学園生活が始まるかとちょっとどきどきしたよ。
結果は私の金貸しという噂が気に入らないとかで粛清だって。
こっちとしても不意な呼び出しの上に身勝手な私刑だもん、そりゃ温厚な小影ちゃんでも怒りますよ。
ええ、そりゃもう金貸し業でしかめったに使わないデビルスマイルや得意の指弾使っちゃいました。
まぁ、初顔合わせなんでそれ以上の事はしなかったよ? えらいでしょ?
「聖小影ッ!」
「ほえ?」
名前を呼ばれて呆けた返事。
気がつけば、既に教壇に先生が立っていた。出席確認が始まっていたようだ。
杏奈が私の隣の席に座る。
机の中にハリセンをしまいこんで、ぼけっと先生に名前を呼ばれるのを待っている。
いやぁ、いかんいかん、もう少しで授業を聞き流してお茶の時間を楽しんでしまうとこだった。
授業料を無駄にしないためにもちゃんと授業は受けないとね。
ただでさえ授業料高いんだから、留年なんてできませんって。
先生がホームルームを終えてでて行く。
私はノロノロと授業の用意を整えると、筆箱開いて鉛筆持って……そう、鉛筆だ。
シャープペンでなくて鉛筆。
お婆ちゃんとお母さん、お父さん時代に使われていたらしいお下がりばかり、ちびてしまってすでに指で持つ事すらままならなくなったものが幾本かあるけれど、なんとか大学一杯までは持たせてみせる気満々だった。
だってさ、シャーペン買うのにお金だす気になれないんですよ。
なんか、無駄金使っちゃったっていうかね、ほら、シャーシンもセットで買わなきゃいけないし。
というわけで、費用節約のために、お下がりの鉛筆、鉛筆削るためのカッターナイフ。
何度でも消せる黒ずんだ練り消し。この三点セットが筆箱の中に常備されている。
ま、そうは言ってもノートに書くことなんてめったにないんだけどね。
とろんとした目で黒板を眺める。
一時限目の英語。
先生の声、書き込まれるぐにゃぐにゃした文字、一字一句丁寧に見て、確実に覚える。
瞬間記憶というのをご存知だろうか?
見た瞬間、その光景が脳裏に焼きつくって奴。私はそれを持っているらしい。
医者の見立てじゃ、幼い頃に生死の境をさ迷ったせいで開花したんじゃないですかねとか投げやりに言われたけど、多分それ私が生まれたときのポッコンで目覚めたんだよってことだよね。
喜んでいいことなのか悲しむべきか……とにかく、何かを見たら一瞬で覚えちゃうんだよこの目は。看護婦さんに感謝しなきゃ。
だから、今、もうすぐ定年間近の英語教師のやっている授業内容とか、黒板のミミズののた打ち回った字とか、ズラの分かれ目とか、一瞬見ただけで覚えこんでしまう。
うむ、そろそろ定年だし、お礼参りにズラネタで爆笑するか。
いや、待てよ。こういう場合は皆の前でスポンと盛大に奪い取ってあげるのが正しい方法では?
あらら、チャックも全開ですよあの先生……
「せんせ~」
可哀想だから指摘してあげよう。
「な、何かね聖君」
一瞬怯えた表情を見せる先生。多分気のせいだ。
「社会の窓がお開きになっておられま~す」
「なっ!?」
即座に真っ赤なゆでタコの出来上がり。
すぐにズボンのチャックを閉める先生。
いやぁ、いい仕事しました。
ゴホンと咳払いして、何もなかったように授業を再開する先生。
含み笑いが生徒側から聞こえるたびにチョークを持つ手が震えている。
あ、問題間違えてる……
ま、いいや。授業内容を正すのは別の人に任せよう。
正直に言うと、今やっているところは既に教科書を読んでいるので語訳も単語も完璧に頭に入っている。
後は会話することだけど、この先生は黒板に書くだけなので英会話をする必然性はない。
要するに……ぶっちゃけ暇だ。
そりゃ先生イビリもしたくもなるって。
とはいえ、やっぱり授業を寝たりして無駄金を消費するよりは、暇でもこうして起きて聞いておかないと。
「せんせ~」
「ひぃッ!?」
パキリとチョークが折れた。
ビクリと肩を震わせ、顔面蒼白で私に振り返る。
「な、何かね聖君……」
「髪がずれてますよ~」
満面の笑顔でそう言った。
「ああああああああああッ」
頭を抱えて泣きながら教室を飛びだしていった。
ちょっと……やりすぎたかな?
スパンッと、横から衝撃が来た。
頭が痛かった。
「あうぅ……杏奈がいぢめる。先生に教えてあげただけなのに」
「アンタが先生をイジメてるんだって気付けッ! この天然カボチャ頭。ああいうのは気付いても気付かないフリするのが社会の常識なのよッ」
周囲でうんうんと頷くクラスメイトたち。
私は「はふぅッ」と息を吐きだして姿勢を正す。
座ったまま頭を下げて、
「ごめんちゃい」
「いや、私に謝っても……しかもそれ、全く誠意伝わってこないし、むしろ言われると馬鹿にされてるようでムカついてくるんだけど……もっかい叩いていい?」
「嫌ぁ~」
「ん、じゃあ叩く」
「え~、嫌って言ったのに」
「アンタ全くわかってなさそうだから、二、三回いっとくわ」
それから三回ほど心地いい響きが教室内をコダマする。
やられた側は全く心地よくなんかないんだよこれ。
「とりあえず、後で良いから、先生に謝っとくのよ小影」
「アイサ~」
「っしゃーっ、なろーッ! よく言ったぁッ!!」
パシンッ
「痛い……」
元気よく答えたのに叩かれた。
登場人物
聖 小影
現在16歳、彼氏いない歴イコール年齢の少女。
基本金かお茶にしか興味がないので、金貸しの回収を行う以外は緑茶をすすってぽけっとしている。
特技に瞬間記憶を持ち、金貸し業の関係で覚えた指弾とデビルスマイルを得意とする。
座右の銘はお前の物は俺のモノ。貸したら返せ命を掛けて。
結城 杏奈
現在16歳、彼氏無し。
小影曰く、紫色に染めたけど、髪が伸びたせいで半分より下だけが紫色になっちゃったとっても可哀想な人らしい。
不良生徒になりかけていたが、小影に打ちのめされて以降小影のツッコミ役にされる。
姐御肌らしく悪態付きながらも手伝ったりする様が密かにクラスメイトから人気を集めている。