研究室での出会い
続きです、よろしくお願いいたします。
本日(3/25)の二話目です。ご注意ください。
バラちゃんが泣き、僕が上着を剥ぎ取られてから十分ほどして、僕たちは――と言うより、僕はようやく落ち着きを取り戻していた。
「いけんよ~? ラックス先生?」
「んっ? ………………あっ! す、スマンっ! 自分はどうにも……モル――興味深いモノを見ると、興奮しすぎるきらいがあってな……」
ニムちゃんから「ていっ」とチョップをくらったラックス教授は、ドン引きしている僕たちに気が付くと、気まずそうにせき払いをして、ようやく「研究室を案内しよう」と言ってくれた。
ちなみに、ぬれたシャツはフリーズしている間に、どこかから現れたハウスメイドのお姉さんたちが持って行ってしまった。そしてラックス教授は、新しいシャツを手渡そうとする、ハウスメイドのお姉さんを押しのけて、上半身が裸では寒かろうと言いながら、新品の白衣を僕に押し付けてきた。
その際に見てしまったラックス教授の笑顔に、なんと言うか外堀を埋められている感じがしたけれど……まあ、そこまでたくらんではいないよね、きっと。
そうして会議スペースの椅子から立ち上がり、ほかの部屋へと通じる廊下に出る。直後、先頭に立っているラックス教授が、ふとふり返り、僕に手を伸ばそうとするんだけど……。
「さあ、こっちだ、迷うといけないから手を…………って、なんだ? 自分は危害を加える気はないぞ?」
そんな教授と僕の間に立つように、フィーとニムちゃんがズイッと前に出る。
「いえいえ、そのようなことは考えておりませんわ? わたくし、『タケル様の握っていないと死んじゃう病』ですの。わたくしのことは、お気になさらず、お先にどうぞ? 迷わぬようにしっかりとついて行きますから」
「あ~、ウチもそれやに~。フィーちゃんからうつったみたいやに~? やけん、ラックス先生も気にせんでな~?」
フィーとニムちゃんは、僕の両腕をしっかりと握りながら、なぜかラックス教授をにらみ付け、警戒しているみたいだった。
ふたりは仲よく「ね~?」と笑い合いながら言うと、一歩下がる。そしてしばらくラックス教授とにらみ合っていたんだけど、やがてラックス教授が大きくため息をつき、残念そうに僕を見ながら歩きはじめた。どうやら、これで本当に案内が始まったらしい。
「……ニムちゃん、わたくしがいない間……」
「うん、ウチが守っちゃるけんな~?」
「えっ? なに? どういうこと?」
ガッチリと握手を交わす、右のフィーと左のニムちゃん。どういうことか聞いてみたんだけれど、ふたりはあわれみを含んだ視線で僕を見つめて、「大丈夫」としか答えない。
「ねぇ……エスケ? どういうことだと思う?」
「知らん。シーヴァ殿は?」
「俺も初めて会う教授だからね……知らない。ルーちゃ……オルディさんは?」
「――っ! い、いえ……? 私も存じませんっ! ええっ、断じて!」
「ん~……そっかぁ」
この様子だと、オルディはなにか知ってそうなんだけどなぁ……。フィー、ニムちゃん、オルディかぁ……。もしかしたら、女子生徒なら知ってるなにかしらの情報があるのかな? それにしても、オルディは普段、シーヴァ君から『ルーちゃん』と呼ばれているのか……。今度、フィーとからかってやろう……。
「さて、ではなにから話そうかな……。うん、じゃあ『術式研究室』について、基本的なことからが良いかな?」
僕の思考があっちへこっちへと移っている間に、気持ちを切り替え始めたらしいラックス教授が、そんなことを言いだした。
「まず、この『術式研究室』では基本的には『紋章術』――とくに、『定紋』や『女紋』など『血統』が必要となるモノ、『結界紋』や『召喚紋』や『巨大紋』と言った『世界紋』など、『紋章』の解析や使用用途の拡張を研究している」
さらに『召喚紋』に関しては、発生メカニズムや、根本的な発生原因なども研究しているらしい。
「さ、ここが各生徒が使用している『個人研究室』だ」
「あら……? 『個人研究室』と言うことは、各生徒に部屋が割り当てられていますの?」
フィーの質問に、ラックス教授は悲しげにうなずく。すると驚きが連鎖するように、エスケとシーヴァ君からも声が上がる。
「なんとっ!」
「へぇ……。結構、ぜいたくな環境なんだね……」
話にあまりついてので、僕は左手をギュっギュと動かしてニムちゃんに耳打ちをする。
「んひゃっ? な、なんなんっ?」
「あ、ごめん。ちょっと聞きたいんだけどさ? それって珍しいの?」
ニムちゃんは耳を押さえて、プクッとほっぺたを膨らませたまま教えてくれる。どうやら、ほかの『研究室』は在籍者が多すぎて、大抵――よっぽど優秀でない限り――は、相部屋での研究生活となるらしい。まあ、寮まで一緒と言う訳ではないので、不満はあまりないらしいけど……。
「――設立当初はな……。それこそ『個人研究室』なんてなかったんだよ……」
ラックス教授はさらに語る。設立当初は『個人研究室』がない……つまりは、ひとがいっぱい在籍していたらしい。けれど……それはとある研究の成功をきっかけとして、変わっていく。
それは――『導結界紋』の発明。地球で言うところのカーナビとも言えるこの『結界紋』は、町から町、国から国への移動効率をかなり向上させた『大成功』研究なんだとか。
「しかしな……。成功し過ぎたんだよ……」
当然、そんな『大成功』を国が放っておくはずもなく、『導結界紋』を始めとしたヒット『紋章』の研究は国営の研究所に引き継がれることになり、以後『術式研究室』の手から離れることとなる。
結局、目玉『研究』を取り上げられてしまった『術式研究室』は、その後しぶしぶ――『定紋』と『召喚紋』の研究に集中することになったのだが……。
「これがな……。本っ当に、進まないんだ。『定紋』は各家が徹底的に秘匿するから、研究室に在籍している生徒の『定紋』すらろくに研究できない。『召喚紋』にいたっては、そもそも活用のしようがないし、この間までは『たぶん』十二種のみって認識だったんだ……」
そんなラックス教授の愚痴――と言う名の『研究室史』を聞かされている間に、僕たちはとある部屋の前に到着していた。
「さ、少しくだらない話をし過ぎたかな? とりあえずなんだが、在籍している生徒を紹介しようと思う。コンソラミーニ君はまだ会っていなかっただろう? ここにはいま、来年度入ってくることが確定している、コンソラミーニ君を含めたふたりの生徒のうち、もうひとりがいる」
そう言いながら、ラックス教授はその部屋の扉をコンコンと軽くたたく。扉にはドアノブや、開けるための取っ手などがなくて、ちょっとだけ不便そうだった。
「うぅ。不安や~。フィーちゃん、ギュっちしちょくれ~ん?」
「はいはい。こうですの? 落ち着きましたか?」
どうやら部屋のなかには僕たちの同級生――来年度『術式研究室』に入ると言う、例の女生徒が、すでに在室しているらしい。
変なところで人見知りらしいニムちゃんは、初の対面で緊張しているのか、フィーの胸に飛び込んで「う~う~」とうなりながら頭を左右に振っている。
「う~……。あ、ちょっとだけ成長しちょらん?」
「ニムちゃん? わたくし、そのことに関しては、相手がニムちゃんでも怒りますわよ?」
どことは言わない、言えないが、グリグリと頭を動かしていたニムちゃんは、ふと思うところがあったのか、フィーに抱き付いたまま小首をかしげている。そしてフィーがわずかに怒気をはらみつつ、ニムちゃんの頬っぺたを左右に広げていた。
うむ……。女子特有なのか、たまに見かけるフィーとニムちゃんの間で行われるこのやり取り……。地球でも女子の間では、よくあることだったみたいだけれど、僕はどうしたらいいんだろうか?
「……ボキュを見るな」
エスケに視線を向けると、エスケも困っているみたいだ。
「タケル殿、こういう時には見なかったふりですよ?」
そこにオルディがアドバイスをくれて、僕は力強くうなずいて、扉に注目する。
『………………どぞ?』
「お? 入るよ?」
すると、ちょうどなかから返事があった。声の雰囲気だけだと、静かで、なんだか落ち着く感じだ。
『…………『解錠』』
なかから響いてくる声は、静かにそう告げる。
すると、扉になにやら鍵穴っぽい『紋章』が浮かび上がってきて、それが真ん中を基準にして左右に分かれていき、最後にはズルッと上下にずれていく。
そして『紋章』が消えると同時に、扉自体もまたスッと消えていく。
「おぉ……自動ドア……なのかな?」
「ほれ、サッサと行くぞ」
僕が感心して拍手していると、エスケが僕の肩をポンと軽くたたいて、部屋の奥へと進んでいくラックス教授を指さす。
「静かに動く『鍵結界紋』ですわね……」
フィーがそんなことをつぶやきながら、ふたたび僕の右手に絡んでくる。そしてニムちゃんにも左手に絡むように指示すると、エスケと同じく僕に前進するようにと言ってきた。――なんか、これ……連行されていく宇宙人ってやつみたいだよね……。
そして僕たちは、あまり生活感がなくて、書類が散乱していて薄暗い――僕がイメージしている『ザ・研究室』と言った感じの部屋を、奥へ奥へと進んでいく。
「お、来たか? 紹介しよう、彼女が来年度『術式研究室』のリーダーを勤めることになる生徒だ」
ラックス教授はそう言うと、部屋の最奥にちょこんと置かれていた回転いすを回す。
「…………リィナ……さん?」
「……リィナ嬢か?」
ラックス教授が回転いすをクルリと回すと、フィーとエスケがほぼ同時につぶやいた。
ふたりの視線の先には回転いすの上で膝を抱えて、足首をパタパタと動かす、バラちゃんと同年代くらいの少女がいた。
そしてこの時――僕は少女の姿に、その貴重な造形美に対して、ひそかに驚き、感動していた。まさか……まさか……。
「金髪……ドリル?」
生きてこの目で見られる日が来るだなんて……。
「…………う、姫……さま? それ……と? ――っ」
少女は左右に三本ずつ――計六本のドリルを、どうやっているのかフワフワぴょこぴょこと、ウサギの耳みたいに動かしながら、フィーを見てペコリ、エスケを見てペコリ、そして、僕を見て――
「ひぃにゃぁぁぁっ!」
盛大に驚いて、いすからコテンと転がり落ちた。
ちょっと眠気でボーっとしているので、後日修正の可能性ありです……時間取れたらですが。




