術式研究室
続きです、よろしくお願いいたします。
――放課後。
僕、ニムちゃん、シーヴァ君の三人は、別クラスであるフィー、エスケ、オルディ、バラちゃん、プエッラ姐さんと合流し、『術式研究室』へと向かっている。
「でも良いのかな? こんな大勢で……」
「む。特に問題はないだろう。どの『研究室』もタケルは――と言うより、タケルの『定紋』は研究したいだろうからな。少しでもタケルの心証を良くしておくためにも、他『研究室』の生徒が見学するくらい、気にしないだろう。それに――姫様もいることだしな?」
ニムちゃんの背中を見ながらつぶやくと、僕の背後からエスケがそう答える。
「う……ん。まあ、フィーがいるからって言う理由なら分かるけど……。さすがにこれは……ね」
チラリと背後のエスケを――そして、そのさらに背後を歩くフィーたちを見ながら、僕は思わず苦笑する。
さすがに八人が一列縦隊で廊下を歩くさまは、なんと言うか……その、怖い。確かに、横並びだと、ほかの生徒や先生がたの邪魔になるから、仕方ないんだけどさ……。
「あら? タケル様は、わたくしが邪魔とおっしゃいますの?」
「いや、そうじゃないんだけどね……? なんか、騎士団……と言うか『火紋隊』とかを思い出すと言うかね?」
僕がそう言うと、エスケがまず後ろを振り返る。そしてそれに合わせてフィーが後ろをふり返り、そのまた後ろのオルディが――と、連鎖して後ろを振り返っていく。
「ニムちゃん、ニムちゃん! なんもなかったよ!」
「あら、そうなんや~? バラちゃん、ありがとうな~?」
そしてなぜか最後尾のバラちゃんが、先頭のニムちゃんに報告しギュッとされる。
そんなよく分からないやり取りを何度か繰り返し――
「着いたで~!」
僕たちは『術式研究室』へと到着した。
「うぅ……。なんか、緊張するに~……」
「やっ? ニム嬢、あっしがノックしやしょうか?」
「うぅん。自分でやるけん、ちぃっとだけ待っちょってな~?」
どうやらニムちゃんは、『研究室』を担当している教授には、何度か会っているらしいんだけれど……。肝心かなめの『研究室』には訪れたことがないらしい。そして、そこに在籍する先輩や、来年度同期になる女子生徒には会ったことがないらしく、今日が初めてらしい。
「大丈夫……。大丈夫」
ニムちゃんはなんどか息を吸って、吐いて、その大きな胸を上下させていたけれど、やがて意志を固めたのか――
「えぃやぁ?」
と叫んで、ゆっくりと扉をノックした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……はい」
ニムちゃんがなけなしの勇気を振り絞ってノックをしてから約一分ほどして。木製の古ぼけた扉がやっと開き、なかからひとりの男性が現れた。
その男性――年齢的にはこのひとが教授かな――は、健康的とは言い難い、やつれて疲れた表情をしていた。髪型は男性なのに胸まで伸びた髪を三つ編みにしている――これは僕の偏見かな。
「どな……ああ、君か!」
男性は、糸のように細いその目で、まずはニムちゃんを下から上までジッと見上げていき、一瞬だけその胸で目が止まったけれど、やがてニムちゃんの顔を見ると、少しだけ明るい表情になり、納得顔でうなずいた。
次に男性――教授は、ニムちゃんの後ろに並び立つ僕たちを、鬱陶しそうに見つめ、そしてふと、僕と目が合った。
「ん……が、あ、あ……ったあああああああああああああああああああああああああああ!」
「えっ? な、なに? なんなのっ!」
「おぉ、オオオオオオオオオオ! き、君はアレだ! 『武術化』使い……そうだな?」
ペタペタと僕を触ってくる教授に、僕はおびえながらもコクコクとうなずく。すると教授はますます鼻息を荒くして興奮していく。そしてついに、僕の服をむしり取ろうとしたところで、その両脇をシーヴァ君とエスケに確保された。
「ラックス教授~……。あんまり、タケル君を怖がらせんじょくれ~ん?」
「さ、タケル様……こちらへ」
そして僕はニムちゃんとフィーが盾となって、教授から引き離してもらった。
「なんなの……あのひと……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――さ、粗茶ですがどうぞ……」
僕と引き剥がされてから数分。どうやら冷静になったらしい、『ラックス=ニクエアスタ』教授は、僕たちにお茶を出したあと机を挟んで対面にある椅子に座る。
「いや、申し訳ない。つい、興奮してしまってなぁ」
そして、胸くらいまである弁髪の先っぽをいじりながら、気恥ずかしそうに、頭を下げた。
「あら……? なかなか良い葉ですわね……」
「ああ、自分はそれだけは妥協できなくてな……っと、失礼いたしました、姫殿下」
いま、僕たちは『術式研究室』の中へと通されて、少し広めの会議スペースにいる。どうやらラックス教授も貴族であるらしくって、ちょうどお茶の時間にしようとしていたらしい。
「いえ、本日のわたくしはおまけですので……。どうかお気になさらず。それと、この敷地内にいる間は、わたくしもただの一生徒ですのよ? そのように扱っていただければ、幸いです」
「――感謝いたします……。では、改めて――」
なんだかかたっ苦しいなぁと、背中にはり付いたバラちゃんにお茶うけのクッキーをかじらせながら、フィーとラックス教授のやり取りを見守っていたら、ラックス教授の様子が急変する。
「いっらっしゃあああああああああああい! ようこそ『術式研究室』へっ! 『起動』!」
ラックス教授が指をパチンと鳴らすと、天井、床、壁、机の上に浮かび上がる四つの『紋章』!
「――っ! これは……『結界紋』?」
「ああ……そのようだな……」
驚く僕のつぶやきに、エスケもまた驚いたような声音で答える。そして警戒し続ける僕たちの前で、謎の『結界紋』はまばゆく輝き始めて――
「えっ? 文字……ですの?」
「えっと? 『う』『よ』『そ』『こ』?」
「あ、タケル、タケル! 『ようこそ』だと思うんだよ!」
パンパンッと、クラッカーが鳴るような乾いた音と一緒に、各『結界紋』に一文字ずつ浮かび上がっている。僕とフィーが、ひとつひとつを読み上げていくと、バラちゃんがその『結界紋』の意図するところに気が付き、バッシバッシと僕の背中をたたきながらはしゃぐ。
「まさか……文字を浮かび上がらせるため……だけに?」
最初の『結界紋』が現れた段階で剣に手を添えていたオルディは、ポカンと口を開けてあきれていた。――まあ、そうだよね。物にもよるけど、『結界紋』を描くための道具って結構な高額らしいし……。
「またやっちょん……」
「やはっ。これ、研究資金からじゃないッスよね……まさか」
そしてニムちゃんとプエッラ姐さんは、どうやら同じようなことをされた経験があるのか、あきれながらも落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。知っていたなら、教えて欲しかったよ……。
「はっはっは……。楽しんでいただけたかな? いやいや、コンソラミーニ君から『見学者が来る』とは聞いていたが、まさか君が来てくれるとはね――イタクラ君」
ラックス教授は『結界紋』の発動で、多少焦げてしまった机を布巾でこすりながら、うれしそうにそう言った。
「あはは……。まさか、そこまで歓迎されるとは思ってもいませんでしたよ……」
僕がそう言うと、ラックス教授はまたしても――鼻息を荒く、顔を真っ赤にして興奮し始めてしまった……。
「なぁにをっ! 言っているんだ、君は! 『武術化』使い、ヒトではあり得ないほどの『紋章力』、新種ルピテス発見の立役者! 確かにっ! 『武術化』使いと言うだけならば、自分もここまでは興奮しない……が! 君はナニカをっ! 『風紋羊』、新種ルピテスなどとめぐり合うナニカをっ! そして聞いている限りでは『馬』と『鼠』の二種から懐かれているんだとか! その貴重な『ナニカ』を引き寄せているとしか思えないその存在こそがっ! 自分が――『紋章術』の研究者が求めてやまないモノなのだよ!」
――圧倒される。
僕は当然として、その場の誰もが息を飲む。――って言うか、ドン引きだよ。
「だから……さぁっ! こっちにおいで……? いや、来なさい? さあ、来ないか! さあっ、やろう!」
興奮冷めやらぬラックス教授の目はもう、犯罪者が獲物を見るそれと、違いがないんじゃないだろうか? 僕を見る目がやばい。
「ひぅ……」
どのくらいやばいかと言えば、あまり人見知りをしない、バリバリ戦闘だってこなすバラちゃんがおびえて、バラちゃんがしがみついている僕のシャツの背中が、びっしょりとぬれてしまうくらいだ。
「あ、ニム嬢。あっし、バラっちを連れて先に帰りやすね? 帰りはタケルちゃんに送ってもらってくだせぇ」
「あ~……。ごめんなぁ、バラちゃん? ウチが『メっ』っちしちょっちゃるけんな~?」
フリーズした僕たちとは違って、ラックス教授に多少は慣れているのか……。ニムちゃんはため息をつき、プエッラ姐さんはテキパキと動き始めて、僕の背中からバラちゃんを引き剥がしてそのまま研究室を出ていってしまった。
室内には微妙に気まずい空気が残り、そして――
「……まずは、タケル様? 上着を……脱ぎましょうか?」
苦笑するフィーの指示によって、僕は剥かれてしまった。
少し長くなったので、二話に分けます。このあと、少しして次話投稿いたしますので、ご注意ください。




