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後処理~お鼠様~

続きです、よろしくお願いいたします。

「ん? なんだ、もう良いのか?」


 食堂に戻ってきた僕――と言うよりはトゥに気が付いたエスケが、腕組みしてうなりながら聞いてきた。その両隣にはシーヴァ君とスェバさん。どうやらすでに報告書作成に取りかかっているみたい。


「うん。バラちゃんとプゥちゃんに任せてきた」


 さて。脱線し過ぎてしまったけれど。これで僕もようやく今日の本題――今回の『(ムゥズ)型退治』の報告書作成に参加できる。


「あ、お茶でも入れますね?」


 トゥに「ありがとう」と告げて、僕はテーブルをはさんでエスケの正面に座る。


「じゃあ、イタクラ君も戻って来たことだし、『蟲型』が現れた状況からいく?」


「そう……だな。タケル、いいか?」


「うん。あ、そういえば、プエッラ姐さんとスェバさんは?」


 食堂を離れたのはちょっとの時間だったはずだけど……? 僕が食堂に戻った時にいたのはエスケ、シーヴァ君、フィー、オルディ、スェバさんだけだ。ノムスさんとかプエッラ姐さんはさっき屋敷に戻ったはずだけど……?


「あぁ……。ノムス殿は使用人部屋で作業すると言っていたな。プエッラ殿とコンソラミーニは、コンソラミーニの部屋にいるはずだ」


 あぁ……。そう言えば、ボスの義足修理とクロの服を作るって言ってたっけ?


「じゃあ、報告書はどうしよっか?」


「ん? いいんじゃねぇの? どうしても必要だったら呼べばいいだろ」


 なんだか、ニムちゃんには無駄足踏ませてしまった気がするけれど……。クロに夢中みたいだからそれで許してもらおう。


「それで、なにから始めるの?」


 スェバさんの言葉にうなずいてから、エスケに尋ねる。


「そうだな……。まずは退治失敗を少しでも誤魔化そう。――『退治する必要ない』と訴えかける方向で行こうか」


 エスケはそう言うと、僕が『(ムゥズ)型』たちと出会ってから『ゴカデ』と戦う羽目になるまでを、時系列で書き記していく。――あぁ……やっぱり。書く時は『蟲型』なんだ……。


 そうしてあーでもない、こーでもないと言い合っているうちに、プエッラ姐さんとニムちゃんが食堂に戻ってきた。


「すいやせんっ! つい、クロさんのスカート丈についてアツくなっちまいやした!」


「うふふ~。クロちゃんはへそ下二センチがベストやんな~?」


『チュフ……フ?』


 おそらくはプエッラ姐さんが作ったんだろう。真っ赤なスカートと白いブラウスを着せられたクロは、(たぶん)顔を赤らめてチラチラと僕たちの反応をうかがっている。その様子はまるで『どう……かな?』って感じで………………もしかしてメスだったのっ? いや、まさかね……。


「おや、クロさん。すてきなお召し物ですね。よくお似合いですよ?」


 衝撃の事実に閉口していると、ボスを抱えたノムスさんが戻ってきた。――おぉ。ボスの義足が木製から金属製に変わっている。


 ノムスさんはボスを地面に下ろすと、そのままキッチンへと向かう。聞けば、今日の夕飯はこちらで食べられるように手はずを整えてくれているんだとか。


『ヂュヂュッ?』


『チュフ……?』


 視界の隅にボスとクロの『ええっ?』、『どう……?』って雰囲気のやり取りが入って来る。うん、どうでも良いか。


 ――まあ、ともかく。


「プエッラ姐さんも来たことだし続けよう?」


 報告書の作成再開です。


 プエッラ姐さんが来てくれたことで、『ゴカデ』との戦闘終結から、その後の『召喚紋(コジェ)』発見まで。なんとか書き上げることができた……と思う。


「ふむ。問題は……赤字の件だな」


「そうだねぇ……。結構、派手にやったしね……」


「んやぁ……。あっしの『炎紋(フラーマ)(クンジェレ)』もまずかったでやすね……」


 エスケのため息に釣られてシーヴァ君、プエッラ姐さんも深くため息をつく。


 ああ、やっぱり下水道の修繕費用って高いのかなぁ……。日本とかでも大幅な工事って高いらしいもんね……。


「坊ちゃんよぉ……。黙ってりゃあ、分からねぇんじゃねえの?」


「いや……。無理だな……」


 一瞬だけ。本当に一瞬だけ。スェバさんの意見に乗っかりたいなぁと思ったんだけど……。エスケが言うには、『ゴカデ』と戦闘した時のドタバタは、その真上の地面を揺らしていたらしくて、ヴァニィラ(学都)のお偉いさんたちにしっかりと把握されているんだとか。


 さて。そうなると、どうするか。なんだけど……。


「まずは……そうだな。『(ムゥズ)型』たちを退治する理由がないと説得するか……」


 エスケいわく。『(ムゥズ)型』を退治する必要がないと説得できれば、今回の『(ムゥズ)型退治』を失敗した……と言う判断が覆るかもとのことだった。


 そのためには『(ムゥズ)型』たちが無害であり、かつ、有益であることを証明する必要があるかなって話らしい。


「うーん。まず問題となっているのは衛生面……だよね?」


 さて、では無害と言うのはどう主張するか――ってところで、シーヴァ君が苦笑しながらそう言った。


「あ、そうだよね……。そもそも今回の話が持ち上がったのって、そう言うことだったっけ?」


 この世界でも『ネズミ』と言えば不衛生で病気を運んで来る。害獣以外のなにものでもないって認識だし、無害認定は難しいのかな……?


「うーん……」


 いきなり行き詰っていると――


『チュフッ』


『ヂュッ!』


 どうやら話を聞いていたらしいクロとボスが、僕の頭までよじ登って、ポカポカとたたいてきた。――わりかし……かなり……痛いっ。


「――だぁっ! 痛いよっ!」


 二匹の頭をわしづかみにしてテーブルの上に立たせる。


 そしてなにが言いたいのか問い質してみるけど……。


『チュフフンッ』


『ヂュゥゥゥゥ』


 さっぱり分からん。


「ん~……? ふんふ~ん?」


 エスケと目を合わせて途方に暮れていると、ニムちゃんがやって来てなにやらうなずいている。


「えっと……。もしかしてニムちゃん、分かるの?」


「なんとな~くやけど……。クロちゃんはな~? 『『(ムゥズ)型』は皆、きれい好きだ』っち言っちょるごたるよ(みたいよ)~?」


 バラちゃん並みの、驚異の翻訳力を発揮しながら。ニムちゃんはクロの主張を通訳していってくれる。


 それによれば――


 まず、僕たち人間の誤解があると。下水道を汚染していたのは『(ムゥズ)型』ではなく『ゴカデ』――『蟲型』であるとのことだった。


「むぅ……?」


 確認を取るように。エスケはニムちゃんから話を聞くと、ボスたちを見る。


『ヂューっ』


『チュフンッ』


 するとボスたちは『その通り』と言わんばかりにコックリとうなずいた。


 そっか、もしそれが本当なら無害ってのは解決するかもだけど……。


「どう思う?」


「ん……む」


 エスケはボスたちの様子を見てから、ドヤ顔のニムちゃんとボスたちを何度も見比べてはうなり、やがて腕組みして難しい顔になってしまった。


 仕方なく。そのままの状態のエスケを放置して、僕たちは『(ムゥズ)型』について雑談を始めていた。すると――


「そ、そのぉ……タケル様?」


「ん? なになに?」


 ずっと隅っこの席で僕――と言うよりボスたちと距離を取っていたフィーが、おずおずと手を上げる。なんだか、避けられているみたいで寂しかったからか、ちょっと――いやかなりうれしい。思わず食いつくように顔を向けてしまった。


「うふふ……。そのですね? えっと、『ムゥズ(鼠型)・ルピテス』はきれい好き……なんですよね?」


 僕の動きが面白かったのか。フィーはクスクスと笑いながら、そんなことを聞いてきた。


「うーん。たぶん、間違いないと思う」


 いま思い返してみれば、あのアジトとかもきれいだった気がする。下水道のなかって割にはきれいな空気だった気もするし……。


 目をつぶって記憶を呼び起こす。そして再度、確認するようにフィーの質問に「うん」と答える。するとフィーは、胸をなで下ろして息を吐くと、僕に――いやボスたちに向かって口を開いた。


「ならば……提案いたしますわ? ボス様、クロ様、下水道のお掃除を請け負っていただけませんか?」


「掃除の……請け負い?」


『ヂュヂュゥ……?』


 僕とボスの、疑問の声が重なる。


「それって、どう言うこと?」


「はい。先ほどからお話を聞かせていただいておりましたが……。どうやら『(ムゥズ)型』の皆様は元々人知れず。その……『ゴカデ』とやらと戦っていたとのこと。そして先ほどのボス様のお言葉? から、それ自体が下水道の浄化にもなっていると考えられます」


 うん。ちゃんと『ゴカデ』と言ってくれる辺り、フィーは分かっている! って冗談はともかくとして、僕はフィーの話に耳を傾ける。そして気が付けばエスケも。シーヴァ君もスェバさんも。さらにはボスとクロも。フンフンと興味深そうにフィーの話を聞いていた。


「――ヒッ……。っと、申し訳ございません。ともかく、それならばいっそのこと。浄化だけではなく。物理的な掃除なども、正式なヴァニィラ(学都)からの依頼としてお願いできないでしょうか?」


「――むっ」


「うん……。ありかもしれませんね……」


 エスケとシーヴァ君も、フィーの話に「そうかっ」って感じでうなずいている。


 取り敢えず、ふたりがなにかを考えている間に、僕なりに理解してみよう。


 えっと……。つまり、今回の『(ムゥズ)型退治』は、ヴァニィラ(学都)が下水道の汚染――衛生面とかその他もろもろ――を懸念して、害獣扱いの『ムゥズ(鼠型)・ルピテス』を退治すべく出した依頼なんだっけ?


 それでそもそも。ボスたち『ムゥズ(鼠型)』はその空気の汚染していた原因でもないし、きれい好きであると。


 それが立証されれば、『ムゥズ(鼠型)』は無害と認定されて、わざわざ退治する必要もないと判断されて、僕たちが負った下水道の修理費用も減額される?


「いや。無害認定だけだと難しかった……が」


「そうだね。でも、姫様が仰ったように。ヴァニィラ(学都)の清掃業者と提携でもして、下水道をきれいに保ってくれると言うなら、それは無害じゃ――害獣じゃなくて益獣と判断されるかもしれないね……」


 エスケとシーヴァ君はそう言うが早いか。報告書と向かい合ってなにかを猛スピードで書きこんでいく。


 ――これはもう。僕が手伝うことはないかなぁ……っと、ふたりの様子をぼんやり眺めていると、服のそでがグイグイと引っ張られる。


『ヂュッフ』


 ボスだった。ボスはその小さな手の親指と人差し指を使って、小さな円を作り出している。


「ええっと……。報酬を寄越せって?」


『ヂュッ』


 うーん……。よくよく考えてみれば……。たしかに『(ムゥズ)型』たちにとっては『退治しないから掃除しろ』はあんまりな話だね……。


 そうなると、報酬……か……。どうしたら――


「――『種』」


『――ッ!』


 僕がボスと向き合ってうなっていると、書類に目を落としながら。エスケがぶっきらぼうに言い放った。


 ボスはその言葉に強く反応し、がく然とした表情でエスケの次の言葉を待っている。


「たしかに、タケルの心配するように『退治しないから』ではちと傲慢(ごうまん)だ。ならば……だ。ボキュたちはお前らに『ひまわりの種』と『召喚紋(コジェ)の保護』を提供しよう」


 つまり……。『(ムゥズ)型』たちは下水道を掃除する、清潔に保つ。僕たちは『(ムゥズ)型』たちに食料――いや『ルピテス』の『(ムゥズ)型』たちにとってはし好品であるらしい『ひまわりの種』と、繁殖のために必要な『召喚紋(コジェ)』の保護を提供するってことか。


 どうなんだろう? これで納得してくれるのかな? っと言うか、ボスってもう群れのボスではなかったんじゃない?


「――タケル。『種』の栽培はできるか?」


 頭を捻っていた僕に、エスケが聞いてくる。


「ふぁっ? あ、うん。この屋敷って植物が育つの早いみたいだから、大丈夫だと思うよ?」


 管理人さんいわく。わが家の畑は『早熟』『長持ち』『高品質』がモットーらしいです。


『ヂュッ』


「ふっ」


 そしてなんだか置いてけぼりの僕をよそに。エスケとボスの間で固い握手が交わされている。ニムちゃんが言うにはボスが『仲介業者』として現在のボスに口を利いてくれるらしい。


 その足でボスとクロは下水道へと向かってしまった。


 そして二匹が去ったあと。


「ふむ。これで赤字がチャラになってくれるといいんだが……」


「そうだね」


「あはは……。借金が出来ないだけでも良かったよ……」


 エスケ、シーヴァ君、僕は机に突っ伏して赤字の解消を喜んでいた。


「ふゃっはぁ……。あっしも少しホッとしやした……」


「あ~。エイラちゃん、さっきお部屋で泣きそうやったんはそれでやった~ん?」


 プエッラ姐さんも『炎紋(フラーマ)(クンジェレ)』の件があるから、かなり気にしていたらしい。――だから、その泣きそうってのを男性の前でも出せばいいのに……。


「でもこれで、あとは新しい金策を考える余裕ができるね、アックス卿」


「そう……だな。すまんがその時はまた、力を貸してもらえるか? シーヴァ殿?」


 あ、そうだったね。一気に問題が解決したと思ってたけど。プゥちゃんたちの学費が出せないんだった……。結局は振り出しかぁ……。


 エスケとシーヴァ君がパァンっと、いい感じにハイタッチしていると――


「あの……、ちょっとよろしいでしょうか?」


「ん? なになに?」


 またまたフィーが。おずおずと手を上げていた。


「姫様……?」


 いぶかしげな表情を浮かべたエスケが、フィーの方に向き直る。するとフィーは、なんだか申し訳なさそうな。そんな感じで口を開いた。


「あの……。皆様お忘れのようですが……。その『ゴカデ』――新しい『ルピテス』の情報が本当であれば、かなり高額な賞金が出ますでしょ?」


「………………」


「…………………………」


「………………………………」


「……………………………………」


「――あぁ……」


「そう言や、んな制度もあったっけか?」


 僕、エスケ、シーヴァ君、プエッラ姐さんが閉口する。そんな僕たちを哀れみの目で見ながらオルディがうなずき、スェバさんがポンと左手のひらを右拳で打つ。


「――はぁ……。アックス卿……。昔も今も。本当にもう……。トゥちゃんが絡むと視野が狭くなるんですのね……」


 フィーはあきれ顔でそう言い放つと、オルディになにやら耳打ちをする。どうやら手続きのたまに動いてくれるらしい。


 そして後日。『(ムゥズ)型』が益獣であると言う情報と、『(ドゥラアコ)型』以来数百年ぶりとなる『新種ルピテス』の情報によって……。


「ど、どどどどうしよう、エスケっ」


「落ち着けタケル……」


「――アックス卿。手が震えてるよ……?」


「ま、まずは車輪でやすねっ。クロさんらに敬意を払って。でっかい車輪を立てるんでやすよね……?」


 僕たちは無事。――なのか、どうなのか分からないけれども。思わぬ大金を手にしてしまった。

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