蟲の居所
続きです、よろしくお願いいたします。
「なるほどな……。それで『ムゥズ』たちと共闘か……」
「うん……」
その場に正座させられている僕の説明に、エスケは眉根を寄せてうなっている。
ゴキブリとムカデがくっついたみたいな『ルピテス』たちを退治した僕はいま。下水道在住の『ムゥズ・ルピテス』たちの根城――みたいな洞窟で正座させられている。
エスケが言うには――
「皆、心配していたんだ。それくらい、我慢しろ……」
――だそうです。
「ふっ、ふっ……。プエッラ、もう一個……いる?」
「そうでやすねぇ……。クロさん、いけそうっすか?」
『――チュフ……』
洞窟の奥から、バラちゃんがミディペットサイズの岩を持ってきた。そしてプエッラ姐さんになにやらを確認すると、そのまま流れるように黒い毛並みの『ムゥズ』――クロへと手渡す。クロは『――造作もない……』といった感じで、あごを撫でて、その岩を僕のひざのう――え――にっ?
「――って、重いから! それ要らない! 僕、何の罪人なのさ!」
叫ぶ僕から、クロやボス、そしてちゃとらが視線を外す。――こいつら……、僕を売りやがった!
まあ、正座しろと言った時のエスケの怒りっぷりからすると、仕方ない気もするけどさ……。
『ちゅ~う?』
ちゃとらは『仕方なかったんです!』と言いたげに、僕を少し離れた所から見つめている。うん……。まあ、仕方ないことって、あるよね?
そんな感じで僕とちゃとらが、悲劇に酔いしれたように見つめ合っていると、シーヴァ君が戻ってきた。
「アックス卿! 周辺の見回り、終わったよ?」
「ん? ああ、シーヴァ殿。すまないな、少し説教が長引いてしまった」
シーヴァ君。それとスェバさんは、僕と合流したあと、例の『ルピテス』――『ゴカデ』が他にいないか。そして『ゴカデ』の『召喚紋』がどこかにあるはずだと、下水道を探索しに向かっていた。
シーヴァ君の側では、どうやら他の個体も『召喚紋』も見つからなかったらしい。
「――でも、かなり昔のモノみたいだけど、その……イタクラ君が言う所の『ゴカデ』だっけ? そいつのものらしい『翅』はいくつか見つかったよ」
「ふむ……」
シーヴァ君から『翅』を受け取ると、エスケはなにやら難しい顔をして考え込んでいる。そしてチラリと『ムゥズ』たちに目を向ける。
『ヂュ……』
『チュフ……?』
『ちゅ?』
――ちゃとらたち『ムゥズ』は、その数を大きく減らしてしまった。時間が経てば、洞窟の奥にある『召喚紋』によって数が増えるとは言え、僕の持ってきた『ひまわりの種』に喜んでくれた彼らはもう出てこない。そのことだけが、なんだかさびしい。
そして残った『ムゥズ』たちのうち。ボスは右目と左足。クロは右耳。それぞれ『ゴカデ』の攻撃で酷く傷ついている。エスケやシーヴァ君、プエッラ姐さんによれば、「戦士としてはもう……」ってことらしい。
それでも……。
『ヂュッ!』
『チュッ!』
立派に戦い切ったボスたちは、満足そうに。生き残った『ムゥズ』たちと、ハイタッチを交わして、戦勝を祝っているみたいだった。
「それで……エスケ。僕はアレを勝手に『ゴカデ』とか呼んじゃってたんだけど、正式にはなんて言う『ルピテス』なの?」
あれはなんて言うか……やばい。『ゴカデ』と出会って、戦って、いま思い出してみて。
――どう考えても。アレは……。あの『ゴカデ』は、いままで出会った『ルピテス』とはなんだか感じが違う気がした。
「知らん……。虫のような『ルピテス』など、ボキュは見たことも、聞いたこともない。『ルピテス』とは、『鼠型』、『牛型』、『虎型』、『兎型』、『辰型』、『蛇型』、『馬型』、『羊型』、『猿型』、『鳥型』、『犬型』、『猪型』の十二種類のみ。――それ以外の『ルピテス』は存在しない――はずだった。今日まではな……」
僕の言いたいことが伝わったのか、エスケは静かにこくりとうなずいて、ポツリとそんな風に言った。
「それって……?」
エスケの深刻な表情に、僕は思わずごくりと喉を鳴らして、シーヴァ君を見る。
「うん。俺もアックス卿と同じく。虫の『ルピテス』なんて、見たことも聞いたこともない。けど――」
シーヴァ君はそう言って、僕とエスケに改めて『翅』を見せる。すると、そんなシーヴァ君の言葉に続く声が、僕たちの後ろからかけられた。
「――存在自体は昔からあったみてぇだがな……」
「む……。戻ったか、スェバ」
「スェバさんっ」
スェバさんは、僕たちに向かって「よぉ」と手を上げる。そして上げた手と反対側の手に持っていたなにかを、ヒョイっとエスケに投げてから、口を開いた。
「たぶん、件の『ルピテス』の死骸ですぜ、坊ちゃん。かなりの年代モンだが間違いねぇ」
「この歯型は……? ――ふむ。タケルよ……。恐らくこの虫は、定期的に『ムゥズ』たちによって狩られているみたいだぞ?」
エスケはそう言うと、干からびてしまった『ゴカデ』を。小さくなってしまったその体に刻まれた、無数の歯の痕を、僕やシーヴァ君に見えるように掲げて見せてくれた。
――うん……。僕もなんとなく。ボスたちの、『ゴカデ』を見慣れてそうな様子から、もしかしたらなとは思ってた。
僕がエスケに向かって「分かってる」の意味を込めてうなずくと、エスケは大きくため息をつく。
「はぁ……。タケル、シーヴァ殿。それとスェバ……。引き続き『召喚紋』を探すぞ?」
「そうだね。さすがに、あの大きさ。しばらくは『紋章力』を回収しきれないだろうから、大丈夫だとは思うけど……。もしあの二匹が出てきたのが、だいぶ前だとすると……ね」
エスケが真剣な表情のまま。僕たちの顔を見渡してそう告げた。シーヴァ君もまた、エスケの意見に賛成らしく、青い顔で、苦笑しながら僕に「行こう」と言ってきた。
――そっか、すっかり忘れてたけど、アレが『ルピテス』なら、『召喚紋』がどこかにあるはずだよね……。
「しゃあねぇ……。坊ちゃん、俺ぁさっき、その『死骸』を拾った辺りをもう一度見てくる」
僕たち三人が互いの顔を見合わせて緊張していると、スェバさんはそう言うが早いか。クルリと体を反転させて、下水道へと走っていった。
残された僕たちも、さっそく手分けして『召喚紋』を探そう。そう話し合った時だった――
「やは? お三方、少々お待ちくだせぇ!」
「ギュっ」
「ヴェっ」
「グェ……! って、プエッラ姐さん?」
――プエッラ姐さんが、僕たち三人の襟首をつかんで、その動きを止めてきた。
プエッラ姐さんは、指を唇の前で左右に揺らしながら、「ちっちっち」とつぶやいている。そんなプエッラ姐さんは、ボールを抱えるように――クロを小脇に抱えていた。
「お三方……? 焦っちゃいけやせんぜ……? 行動が早いのは良いことでやすが、ここはひとつ、下水の住人にも聞いてみるべきだと。そう、思いやせんか?」
プエッラ姐さんはそう言うと、小脇に抱えられてむすっとしていたクロを、僕たちの前に突き出してきた。先ほどから、僕たちが真面目な話をしている横で、バラちゃんとふたりがかりで散々頬ずりされたり、モフモフされたりしていたからか、かなり不機嫌な様子だ。
「――プエッラ殿。そうは言うが、もしこいつらが『召喚紋』の場所を知っていたとして……だ。それならば、とっくの昔にこいつらが消しているんじゃないのか? ――第一、ボキュたちは、こいつらと会話なんざできんぞ?」
エスケはそう言うと、「ふゃはは……」とだらしない表情を浮かべながらクロのおなかに顔をうずめるプエッラ姐さんをにらみ付ける。
プエッラ姐さんは、エスケの反論を予想していたのか、嫌がるクロをきつく抱きしめながら――
「へい。あっしも、それは気になってやしたんでね? さっき、バラっちと一緒にいろいろと試してみたんでやすよ? へぇいっ! バラっち!」
「あいよだよっ!」
プエッラ姐さんが、パスッと指を鳴らす。するとそれを待っていたらしいバラちゃんが、クロと同様にむすっとしたボスを、小脇に抱えて近寄ってきた。
「はは……。クンジェレ卿とバラちゃん……。すっかり仲良しだねぇ……」
「うん。シーヴァ君……。僕の苦労、分かってくれる?」
クロとボスを抱えたプエッラ姐さんとバラちゃんを見つめながら、僕とシーヴァ君はそんなことをつぶやき合う。シーヴァ君が無言でくれたあめ玉は、きっと励ましのつもりなんだろうな……。
そうこうしているうちに、バラちゃんはボスを小脇に抱えたまま。洞窟の地面になにかを描き始めた。――ああ……。ボスは特に必要ないんだ?
「プエッラっ! できたよ!」
「やはっ。お疲れさんです!」
バラちゃんとプエッラ姐さんは、ビシッと敬礼し合う。そのままクルリと、プエッラ姐さんは僕、エスケ、シーヴァ君の顔を見渡して腕を組む。――デカイな……。
「ん……んんっ! えっと、タケルちゃん? さすがのあっしも、そこまで凝視されるのはちょっと……照れやすんで……」
「――あっ。ご、ごめんなさい……」
プエッラ姐さんは、珍しく顔を真っ赤にしてそう言うとクロを胸元に抱きかかえ直して、ふたたび話し始める。
「ええっとでやすね? アックスのだんなが言うように、あっしもクロさんたちが、もしかしたら『召喚紋』の場所を知らねえんでは? と言うよりかはそもそも『召喚紋』を消す。そんな発想自体がなかったんじゃねえのか? そう思ったんでさぁ」
もしかしたら、『ムゥズ』たちは『召喚紋』の場所は知っているけれど、それを消す。消せると言うことを理解できていなかったんでは?
プエッラ姐さんはそんな仮説をもとに、クロたちとあそ――実験していたらしい。
その実験の内容とは……。
「ずばりっ! 私が描いた『兎型』の『召喚紋』を、消せるかどうかだよ!」
ジタバタともがき続けるボスを抱えたままのバラちゃんは、地面に描いた『召喚紋』を、僕たちに見せつけてくる。――また、なんて危ないことを……。帰ったらノムスさんに報告だな……。
どうやらプエッラ姐さん。以前、僕とニムちゃんとで行った討伐実習の時、ニムちゃんが記章していた『召喚紋』を。それが描かれていた手帳を勝手に持ってきたらしい。
「おまっ……。――ふぅ……。プエッラ殿……? 少し……軽率ではないのか?」
「やはは……。ま、まあまあ。すぐに消しやすから……。ん……で。こうやって線を足して……と」
ヒクヒクと頬の肉を震わせるエスケに、さすがにまずいと感じたのか、プエッラ姐さんは、焦りながら、そう言って不完全な『召喚紋』に線を注ぎ足す。
「さて。ここからが見ものでやす。――クロさん、もう一度。お願いしやす!」
プエッラ姐さんはそう言うと、谷間からひまわりの種を取り出す。そしてそれをクロの前でちらつかせる。
『………………チュフ』
するとクロは、『………………チッ』といった感じで舌打ちして、プエッラ姐さんの手から種を奪い取ると、シュタっと姐さんの腕から地面へ降り立ち、とっとこと『召喚紋』の前に立った。
そして拳をキュッと握りしめ。
『チュフゥゥゥゥゥ!』
そのまま『召喚紋』に向かって振り下ろす――が。
「へぇ……」
「――っ!」
「どう言う……こと?」
クロの拳は、『召喚紋』の少し手前で止まっていた。クロ自身は、その表情からも。拳に込められたであろう『紋章力』からも分かるように、必死で拳を前に進めようとしているらしいんだけど……。
「ふゃはぁ……愛らしい。――ッと……。えっとでやすね? どうやら『ムゥズ』たちには、自分たちの『召喚紋』はともかく。ほかの『召喚紋』には、触れることはできても、破壊するようなことはできねぇみたいなんっスよ」
いまも僕たちの前では、クロが必死になって、拳をぶんぶん空振りさせている。
プエッラ姐さんは、デレッとした顔でクロを拾い上げ、胸元で抱きしめると、ほかの『ムゥズ』を呼び寄せて、同じように『召喚紋』を殴らせる。
どうやら、どの『ムゥズ』も同じみたい……。
「あのね、タケル……。あんまり無理してやらせると、『ムゥズ』たち弱っちゃうから、もうやめさせるんだよ……?」
「え……? そうなんだ……」
僕がジッと『ムゥズ』たちが『召喚紋』に突撃するさまを見ていると、バラちゃんが不安そうに、ボスを抱きかかえながらそう言ってきた。
すると、それを聞いていたらしいシーヴァ君が、『召喚紋』を消すために立ち去って行くバラちゃんの背中を見ながらポツリ――
「――まだ仮定の話だけど……。もしかしたら、『ムゥズ』だけじゃなくて、『ルピテス』たちは、『召喚紋』を消せない生態とか、なにかがあるのかもね……」
――そう言って、しきりにうなずいていた。そしてどうやら、『ルピテス』の生態に興味が湧いたらしくって、帰ったら図書館を漁ってみるとのことだった。
「う~ん……。よく考えてみたら、『ルピテス』ってなんだろうね?」
シーヴァ君の好奇心に引っ張られて、僕もなんだか興味が湧いてきた。――シーヴァ君に便乗してみようかな……。
「んやッはぁ……。おふたりさん。そいつぁあとでやるとして、いま見てもらったように、クロさんたちはたぶん。いや、もしかしたらなんでやすが……。『召喚紋』の場所。やっぱり知っている気がするんでやすよ……」
プエッラ姐さんはそう言うと、足元でちょろちょろしている『ムゥズ』たちを見る。
「――やあっ!」
『チュっ!』
どうやら『ムゥズ』たちは、バラちゃんが実験用の『召喚紋』を消す様子に驚き、興味を示しているらしい。どや顔を浮かべるバラちゃんに向けて、ペチペチと拍手の真似事をしている。そして僕の足元でも、ちゃとらが興奮気味に尻尾を立てている。
さて……。こうなると、あとの決断はエスケ次第かな……?
どうするのか、聞いてみようとエスケを見ると。
「ふむ……。駄目でもともと……。試してみるか? なぁ、タケル、シーヴァ殿?」
「――うん。そうだね」
よし。無事にエスケの賛同も得られたことだし。僕もひと仕事――している感じを出そう。
「ねぇ、ちゃとら? 君たち、あの化物が出てきた、アレみたいな図柄。知ってたりしないかな?」
この子たちは、僕たちの言うことをちゃんと理解している。それは短い時間ではあるけれど、この子たちとともに戦った僕には分かる! ――気がする。
僕の問い掛けに、ちゃとらはしばらくの間、コテンコテンとせわしなく小首をかしげていたけれど……。
『ちゅうっ!』
やがてそんな『知ってるぜっ!』と言っているような、元気いっぱいな返事とともに、洞窟から飛び出して、僕たちを手招きし始めた。




