下水の小悪魔
続きです、よろしくお願いいたします。
――トトトトトトトト……。
――ドドドドドドドドド……。
――ゴロゴロゴロゴロ……。
下水道に無数の音が響き渡っている……。
「誰かっ! たすけ――てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
鞆音ちゃん。僕はいま、下水道のなかを高速で移動しています…………。大量のハムスターの背に乗って……。
『チュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュ~』
百は軽く超えているだろう数のハムスター――『ムゥズ・ルピテス』たちは、その背に僕を乗せ……。まるで大玉を転がすように僕をゴロゴロと転がしていく……。
僕にはもう……。僕が転がされているのか、地面が動いているのか、それともただ回っているだけなのか……。ゴロゴロし過ぎて、なにがなにやら分からない……けれど……。
「鼠いや。ムゥズいや……」
こうなってしまったいまなら分かる。なぜ……フィーがあんなにも、『鼠型』に恐怖していたのか……。こいつらを飼う人がいないのか……。
『チュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュ~』
――うん。ぶっちゃけた話。一匹一匹がどれだけかわいくても、百を超えたらそれは既に嫌悪感しか残らないよねって。……そういう事です。
『チュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュ~』
「あ……。でも、目をつぶって絨毯として考えれば……まだいけるかな?」
僕はそのまま目をつぶり、ふかふかに身を任せ、そして力いっぱい――
「エェスケェェェェェェ! 助けてぇぇぇ!」
――はぐれてしまったエスケたちに助けを求めて、限界まで声を出して叫ぶ……。
さて。どうしてこんな状況になってしまったんだろうか……。それは僕たちが下水道に入った時のことだった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふむ。あらためて……、準備は整ったか?」
エスケはすでに準備万端な僕やシーヴァ君、スェバさんのことは見ていない。その目はギロリと……。バラちゃん、そしてプエッラ姐さんへと注がれていた。
『鼠型退治』の当日。
目的地である『ヴァニィラ下水道』の入り口。そこで僕たちは待ち合わせをしていた。そして、戦闘準備や諸々用意してきた僕たちの前に、バラちゃんとプエッラ姐さんは、少しだけ遅れてやってきた――ビキニ姿で。
その後、静かに怒ったエスケの指示によって。ふたりは普段着に着替えて戻ってきた。プエッラ姐さんは、さらしとスリットが入ったズボン。バラちゃんはメイド服で……。
当然のことだけれど。エスケはまだまだ、不満そうだった。しかし、プエッラ姐さんとバラちゃんが言うには――
「やはっ? いやいや、これはアレっスよ? この格好があっしの戦闘衣でもあるんでやすよ? けっして……ふざけているわけじゃ、ありやせんぜ?」
「私はこの服が勝負服! なんだよっ!」
――とのことで、しぶしぶ了承していた。まあ、時間が押している……ってのも、理由だろうけど……。
そんなこんなで、僕たちは『ヴァニィラ下水道』へと足を踏み入れた。
しばらくの間は、とくに『ルピテス』と遭遇することもなく。僕たちは、めったに訪れることがない『下水道』を観光気分で、奥へ奥へと進んでいったんだ……。
「いないね……」
「まあね……。『ルピテス』として、いろんな意味で最弱って言われてるくらいだしね? その分、警戒心が強いんだと思うよ?」
僕が変わり映えのしない、『下水道』の風景に飽きてくると、シーヴァ君がクスクスと笑いながら教えてくれた。
――『ムゥズ・ルピテス』。生息域としては、森林や洞窟。そして今回のように『下水道』と……。幅広く目撃されており、単体でも群れでも弱い『ルピテス』らしい。人を襲うことはあまりないけど、ともかく嫌悪されているんだとか。
そんなのが、なんで絵本で――しかもかわいらしく描かれているのかは謎だけど……。ともかく弱いわりには、皆が嫌悪するから退治しようという人がいない。その結果、ポコポコと数が増える。そして、報酬金が高額になる。ある意味では、おいしい獲物だと思う。
そんな雑談混じりのトリビアをシーヴァ君から聞きながら、『下水道』を進んでいく。すると……。
『……チュ?』
ようやく第一『ムゥズ』……。発見しました。
『チュチュゥ……?』
茶色と白色のまだら模様。見た目は完全に、僕がよく知るハムスターだった。ただひとつ、違いがあるとすれば――
「――デカッ!」
そう……。思わず叫んでしまったけど……。目の前のハムスターはデカい。たぶん、バスケットボールと同じか、それより少し大きいくらい。
しかし、多少体が大きくても、ハムはハム。つぶらな瞳はまるで邪気を感じない。これ本当に『ルピテス』……?
僕と同様のことを考えていたのかどうか……。それは分からないけれど、プエッラ姐さんは、両手を前に突き出し、いまにも『ムゥズ』に飛び掛からんばかりに息を荒くしている。
その目はすでに正気を失いかけているようで……。
「や……やややぁ……。どうしよう? あ、あっし、あっしっ!」
こんな感じで、目をキラキラさせながら『ムゥズ』に近づいていってる。
そして『ムゥズ』にやられてしまったのは、僕やプエッラ姐さんだけではなく……。
「タケルっ! どうしよう? 私、倒せない! ぜったいに、持って帰るんだよ!」
「――クッ……。これは……」
バラちゃんとシーヴァ君もそうみたいだった……。
動揺が徐々に僕たちの間に広がっていく。思わず僕は、エスケに指示を仰ごうと、振り向く。すると――
「……ふむ。これならば……ヴィスへのお土産にも良いか……?」
――駄目だった。エスケもすでにやられていた……。スェバさんなんか、この状況を面白そうに、ニヤニヤ眺めているだけだし……。
こうなったらもう……。僕が動くしか……ないよね?
ゴクリと……。僕は喉を鳴らして『ムゥズ』に一歩近づく。そして万が一のためにと、ポッケに用意してきたモノを取り出す。
『――チュッ!』
「ふふふ……。どう?」
僕が取り出したモノに、『ムゥズ』が激しく動揺しているみたいだった……。
目の前の『ムゥズ』は、僕が右手で摘まんだソレを、体全体で必死に追いかけている。
「イ、イタクラ君……それは?」
シーヴァ君が僕と『ムゥズ』の様子に、衝撃を受けたかのように尋ねてくる。
僕はその反応を待っていたんだ……。
「これはね……」
僕はシーヴァ君の問い掛けに対して、もったいぶるように。摘まんでいたソレを、ピンと『ムゥズ』に向けて指ではじく。
『チュゥ……? ――チュ!』
僕がはじいたソレを、『ムゥズ』は最初は警戒していた。しかし好奇心には勝てなかったらしく。恐る恐るとソレを口に含むと、途端に尻尾をピンと立てる。
そしてソレを一気に平らげてしまうと、僕のそばにトットコと近付いてきた。ふふふ……。計算通り……!
そう。コレこそ、僕が『ムゥズ』をプゥちゃんへのお土産とすべく。つまりは『ムゥズ』を手なずけるために用意した秘策!
「これは……。そう、ヒマワリの………………種!」
「………………ヒマワリ?」
僕はそう告げると、ポッケからもうひとつ。ヒマワリの種を取り出し、シーヴァ君に手渡す。
どうやらこの国にはヒマワリがないらしい。シーヴァ君は不思議そうな表情で、僕から受け取ったヒマワリの種を眺めている。
「ほう……。タケル……、よく『ムゥズ』の好みが分かったな?」
「ん~……。僕が住んでたとこだと結構、常識だったんだよね……」
「はぁん……? それにしても坊主……。どっからこんなモン持ってきたんだ?」
それに関しては、ただの幸運だったんだよね……。
「いやぁ……。実は『イタクラ邸』の庭でたまたま見つけたんですよねぇ……」
まさか、ここまでうまくいくとは正直、思っていなかったよ……。僕は得意げに種をピンとはじく。
すると――
『チュッ! チュチュ!』
――僕の足にすがりつくように、『ムゥズ』が……。灰色に黒い縦じわが入った『ムゥズ』が、僕にはじかれた種へと、必死に手を伸ばしていた……。
「や……はぁん……」
「タケルタケル! 私、こっちの子、とっぴだよ? そっちの子はプゥちゃんの!」
「あれ……? もう一匹?」
そう……。気が付けば『ムゥズ』が一匹増えていたんだ。
そんな二匹が、小首をかしげて『チュ?』と鳴く様子に、プエッラ姐さんはもう撃沈。バラちゃんはそつなく、増えた一匹を抱き上げていたんだ……。
『チュチュ? チュッ!』
「あれ……? また、増え……た?」
本当にいつのまにか、さらにもう一匹増えていた。僕はつぶやきながら、目を擦ってみる。うん、見間違いじゃないよね……。
『チュ』
「おい……。こっちにも……いるぞ?」
僕がさらに増えた一匹と見つめ合っていると、隣でエスケがそんなことをつぶやく。
「おいおいおい……。坊ちゃん、それに坊主よぉ……。こいつぁ……。ちょいとおかしくねぇか?」
「確かに……。ねぇ……皆? いま、何匹いる……?」
スェバさん、シーヴァ君が、それぞれ別の方向を見ながら、そんなことを言いだす。
『チュチュチュ……?』
「や……ははっ? あっしも、さすがにこらぁ……」
「じゅーたんっ! タケル、あれでじゅーたん!」
あげくの果てには、プエッラ姐さんまでもが引きつった表情を浮かべるなか。バラちゃんだけが、はしゃいでいる。
増えていく『ムゥズ』に、バラちゃん以外がゾワゾワとくるものを感じていると、突如としてエスケが声を荒らげる。
「――おいっ! タケル!」
「は……。――えっ?」
その次の瞬間。僕の体がフワッと浮き上がる。エスケの叫び声が相変わらず、『下水道』内に響いているけど、その時には……。皆がそれに気が付いた時には、地面を覆い尽くすほどの『ムゥズ』に、僕は持ち上げられていた。
『チュチュチュチュチュ!』
僕を持ち上げた『ムゥズ』たちは、まるでみこしを担いでいるみたいに、僕を上下させながら、うれしそうにゴロゴロと転がし始める。
「は……? えっ、ちょっと! イタクラ君っ?」
「マズ……! 坊主ぅ!」
「ふゃ……?」
「あっ、タケル! 良いなっ!」
そして皆がそれぞれ叫び声を上げる頃には、大量の『ムゥズ』によって、皆はその場から身動きが取れなくなっていて……。僕と皆との距離はすぐに。互いの姿が豆粒に見えるくらいに引き離されていて――
『チュチュチュチュチュチュチュ~』
「助けて……」
――そして、いまに至ります……。いや……。本当に、誰か助けて……。
少し、更新が滞っておりました。申し訳ありません。




