す巻きと金策
続きです、よろしくお願いいたします。
「庭には二羽にわとりが――」
「やぁやぁ? 精が出やすねい、タケルちゃん?」
――早朝。
僕はいつもの……と言うか、『スクト』に行く前くらいから習慣を実施中です。内容としては、『紋章術』をより早く、正確に使いこなすための訓練。まあ、ぶっちゃけて言えばただの早口言葉なんだけどね……。
「らんぎり白蘭磯切りごまぎりそば――」
「ねぇん? ちょっとだけ、ちょっとだけこっちに来やせんか?」
おなかを押さえて、はっきり発音。うん。今日はノムスさん、バラちゃん以外にも観客がいるけど……。ここ最近ですっかり、慣れっこになったせいか、大して気にならない。
「巣鴨駒込こま――」
「『ソルマ・エスカッシャン』、『ソルマ・クンジェレ』」
――大して気にならない……はずだった。けれども、突如として発動された『武器化』は、なぜかふたつの山あいからニョキリと、茶色の太い杭を生み出した。
「……あぁん、大きい……!」
当然、そんなことで僕の集中力は――
「――こままままま……痛っ!」
――あえなく散ってしまった。せっかくこれまで順調だったのに……。
「タケル様、まだまだ……でございますね」
「タケル、ダサいんだよ……?」
ちょっと平常心を欠いてしまっただけなのに……。おかげで舌はかむし、ノムスさんには苦笑されるし、バラちゃんには指さして……って言うか、おでこに指を突き刺されて笑われるし……。もうっ――
「――プエッラ姐さんのせいですよっ!」
「やははっ。まだまだ修行が足りないねぇ? さすがにあっしも、コレだけで乱れるとは思いやせんぜ? ……脈はある……か……ぬふ……」
そう、その通りです。さすがに僕だって思春期なんですよ……。エロっぽい姐さんが、太い棒をソレッぽく胸にはさんでペロリ……だなんて動揺もするさ。それにしてもフィーがいなくて助かった……。
「大体、ニムちゃんの家令が毎日毎日……。朝っぱらから、こんなとこに来てていいんですか?」
「私もそれは気になりますな、プエッラ嬢? いままでも主を放りだしておいて、戻って来てからも放置とは……」
「ぶっちゃけ、私もおねむの限界なんだよ!」
僕、ノムスさん、バラちゃんの視線が一点に注がれる。そう……床に。床に転がるプエッラ姐さんへと……。
「やはっ。それはアレっスよ? ご愛きょうってぇやつッスよ。ニム嬢が起きるまでのお遊びでやすよ……」
プエッラ姐さんは人好きのする笑顔を見せながら笑う。どうやらニムちゃん、朝は弱いらしくて、こうやってプエッラ姐さんが多少のお遊びをしてから戻っても、すやすやと寝ていることがほとんどなんだとか……。
まあ……、それはともかくとして。ここ数日、プエッラ姐さんはほぼ毎晩。僕の元に『夜ばい』しにやって来ているらしい。
僕が『らしい』と言えるのは、ひとえにノムスさんと、バラちゃんのおかげ――つまりは、僕が起きないようにと、即座に対応して、バラちゃんの『土縄』で、す巻きにされているから、なんだけどさ……。
「それにしたって、いい加減にしてくれないと……。ノムスさんとバラちゃん……。連日の襲撃でふたりとも寝不足なんですよ……」
事実として。ノムスさんは僕たちが登校中に、仮眠を取っているらしいんだけど、バラちゃんなんかは、寝不足で授業中も起きているのがつらいらしい。せっかくの成長期なのに……。
「ややっ? それはどうにも悪かったッスね? これからは日時を決めて来やしょうか?」
僕がその旨を注意すると、プエッラ姐さんは本当にすまなそうな顔で聞いてくる。バラちゃんはそれを聞いて「あ、それは助かるんだよ!」なんて言っているけど……。
「いやいや……。夜ばい自体を止めてくださいよ……」
最近は朝起きると、プエッラ姐さんがす巻きにされている……。そんな光景にも慣れてきたんだけど、よくよく考えてみれば婚約者が……それも王族の婚約者がいる僕に対してはさすがにマズイ……と思う。
僕とノムスさんが、懇々とそんなことを訴えていると……。やがてプエッラ姐さんが、静かにすすり泣き始める……。
「だ、だって……。あっし、もう十八……。いや、十七歳と三百日強なんスよ? さすがにもう適齢期は過ぎてるし……。おっかあも、病床で「死ぬ前に孫が見たかったなぁ」だなんて、チラチラ見てくるし……。正直なところ、貴族のしかも、継承者にとっちゃあ、結婚相手が見つからないって、周りの目がつらいんすよぉぉぉぉぉぉ……」
プエッラ姐さんは、その後しばらく。「どちくしょう」だとか、「いき遅れって言うな」だとか、僕やノムスさん、バラちゃんを相手に心の限り愚痴っていたけれど……。
「プエッラ、泣いちゃダメ。拭いてあげるんだよ!」
「……あっ!」
バラちゃんが優しくそっと、手ぬぐいで涙を拭き取ろうとすると、小さく声を上げた。
「? なんか目の下に紋章があったよ……?」
その後、不思議そうに首をかしげるバラちゃんの手ぬぐいには……。
「………………『水紋』ですか……」
「………………えへっ?」
くっきりと『水紋』の跡が残っていた。どうやらウソ泣きだったらしい……。どうやったかは知らないけれど……。まさか『通紋』をこんな使い方するとは……って言うか、できるとは……。
後で聞いたら、ノムスさんも仕組みが分からないらしくて、「本当に……もったいない」と、プエッラ姐さんのことを評価していた。
さてさて。そんな問題児――プエッラ姐さんだけど、人望はあるらしい。
プエッラ姐さんが、学校に戻ってきてからよく見るのは――
「プ、プエッラ姐さん! あの女性との仲、とりもっていただけないでしょうか!」
「プエッラ姐さん……。意中のあの方を射止めたいのですが……」
――こんな感じの人生――主に恋愛――相談をされている光景だ。
その度に――
「あっしの春はまだかねぇ……」
――なんて、わりと絶望した感じでつぶやいている。
そしてそんなプエッラ姐さんに対して、ある日フィーがこう言った……。
「よろしければ、わたくしがお見合いをセッティングいたしましょうか? わたくしのつてであれば、『クンジェレ家』につり合う家柄の方をご紹介できると思いますけれど……」
まあ半分は親切。もう半分は「だからタケル様に夜ばいは止めてくださいまし」って感じなんだけど……。そう提案されたプエッラ姐さんはと言えば……。
「いやはは……。お心遣いはありがてぇんですが……。やっぱり、こう……ね? 出来ればお見合いじゃあなくて、恋愛通してラヴラヴな感じが……ねぇ……?」
そんな感じで、フィーに向けて恋愛結婚に対しての熱意を語っていた。チラチラとこちらを見ながら……。
正直、そんな乙女な思考しているんだったら、僕への夜ばいを止めてもらいたい。いまはノムスさんたちが防いでくれているけれど、もしそれがなければ、僕の理性がとても危ういのです……。プエッラ姐さん、露出が多すぎるし……。
そんなことを考えながら僕は、今日も地面に転がっているプエッラ姐さんに視線を落とす。
「やはっ。そんなアツい視線……。来やすか? 来ちゃいやすかっ!」
「どこにですか……。行きませんってば……」
プエッラ姐さんは、パッと「花開きましたよ!」って感じで興奮し始めた。
「またですか……」
しかし、そんなつぶやきとともに、フィーがやってくると、気まずそうに「あいた~っ」って感じで目をギュッと閉じる。まあその理由は――
「ハハハ……。エイラ、あなたと言うひとはまったく……。まだ懲りていなかったんですか……?」
「うぅ……姐御。か、勘弁――」
「――しませんよ? ちょっと、こっちに来なさい!」
――オルディからの折檻が待っているからなんだろうけど……。
それにしても夜ばい、捕まる、僕をからかう、オルディに見つかる、そして連行。ここ最近は、ほぼこの流れだ。これでこの後は、ニムちゃんを起こしに行くと言うんだから……。正直、プエッラ姐さん自体はいつ寝ているんだろうかと不思議でならない。
「ふむ。最近は朝の習慣になってきたな、タケル? にぎやかで良いじゃないか?」
「あぁ……。エスケ……。そう言うなら、代わる?」
そんな連行されていくプエッラ姐さんと、引きずるオルディを眺めていると、そんなことを言いながら、エスケが遅れてやって来た。
エスケは「遠慮する」と言いながら、僕に数枚の紙――手配書を渡してきた。
「これは……?」
「例の金策の話だ。無事に補習も終わったことだ。そろそろ……な?」
確かに……。そろそろお財布を満たしていかないと、来期の娘たちの学費が危ない……。と言うことでエスケは早速、金策のあてを見つけてきたらしい。
その内容は、どうやら近隣にまたルピテスが発生したらしく、その駆除を行って欲しい。と言うモノであるらしい。
いまのところは、『召喚紋』も見つかっていないらしく、それら諸々の賞金を目当てにしてルピテス狩りをしようと言うことらしい。
「ん~。どうしようかな……。ねぇエスケ、今回発生したって言う、ルピテスの種類は?」
取り敢えず、僕たちで対処できそうなモノかどうかくらいは聞いておこうかな……?
「んむ? 確か……『鼠型』だったはずだ」
「『鼠型』かぁ……。そう言えば、一回も出くわしたことないなぁ……」
戦ったことないからなぁ……。どうしよう?
僕がそんな風に悩んでいると、フィーがスッと手を上げた。
「ん? どうしたの、フィー?」
「……タケル様、わたくしはいつ、いかなる時も、タケル様とともにありたいと思っておりますわ……?」
「え、う、うん……。ありがとう……?」
急にそんなことを言いだしたから、反応に困ってしまう。そんな僕にほほ笑みかけながら、フィーはさらに続ける。
「でも、わたくし……。『ムゥズ・ルピテス』は駄目ですの! と、特にヴァニィラ付近となりますと、発生場所は下水でしょうし……」
「――えっ? そうなの……?」
真っ青な顔をして、そう叫ぶフィーの言葉を確認するように、僕はエスケに振り返る。するとエスケは、黙ってコクリとうなずく。どうやら、かなりの汚れ仕事であるらしい。つまりは、フィーは反対。もしくは行きたくないってことか……。
フィーの反対で僕が渋っていると見たのか、エスケは「ゴホンッ」とせきばらいしてから口を開いた。
「しかし……だな? 『鼠型』は、小さく、素早く、群れるタイプだ。『紋章術』のしかも、『通紋』の細かい制御を覚えるならば、うってつけの練習台だぞ?」
「うむむ……」
そう言われるとなぁ……。正直、授業でも「制御が雑」って言われることが多いしなぁ。
「……よし、やるよ!」
こうして僕とエスケは、『イタクラ家』の家計問題対策に動き始めたんだ……。




