問題児
続きです、よろしくお願いいたします。
「すみません、すみません!」
「イタクラ君? 確かに今回……。今回のコレはあなたのせいじゃないかもしれません。で・す・が! もう少し、何とかできなかったのかしら?」
「はい、本当にもう……すみませんとしか……」
――二度あることは三度ある。どうも……米つきバッタ一号――タケルです。
鞆音ちゃん……。理不尽なことって結構あるよね? 例えばそれはお金のことだったり。例えばそれは容姿のことだったり。例えばそれは――
「よろしいですか? イタクラ君も晴れて貴族となったのですから、もう少し自覚と言うモノをですね――」
「はい、こ、これからは気を付けます……」
「全くもう……。床にこんな大穴を開けて……。今日はどうやって寝るおつもりですか?」
――自分に責任はないはずなのに、寮監さんに怒られる状況であったり……。
最近、こうして床に近付くことが多かったからかな? なんだか『大地は友達』って、心からそう思えるんだよね……。
まあ……。それはともかくとして……。
「すいやせんっ! すいやせん! ほんっと、すいやせん!」
「プエッラ……。あなたと言うひとは……、タケル殿まで巻き込むだなんて……」
なんだかチラチラと……。隣の米つきバッタ二号さんが、僕の顔を見ながら「お前、やるじゃねぇか」みたいな顔をしているんだけど……。
どうしよう? 僕としては「お前もな?」と言うよりかは、「お前のせいでな?」と言いたい心境なんだけど……。
「さっせんっ!」
二号さんはいまも僕の隣でペコペコと、オルディに頭を下げている。そして一号である僕は、引き続き寮監さんに頭を下げて――
「「すみません!」」
――あ、ハモッた。
さて、どうしてこうなったんだっけ……?
あれは……そう。『貴族寮』の僕の部屋――その床が破裂した直後のことだった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっはっは……。ニム嬢、ひめさんもお久しぶりッスね?」
地面が破裂して煙が晴れると、そこにはひとりの女性が気まずそうに立ち尽くしていた。
さすがに夜も遅いって言う事で、プゥとトゥの姉妹は、ノムスさんとバラちゃんに任せて、『屋敷』まで送ってもらっているんだけど……。
「うふふ……。姐御さまも、お元気そうで。また会えてうれしく思いますわ?」
フィーはどうやらこの女性と親しいらしい。心の底からうれしそうにハグをしている。その視線が一瞬だけ、殺意混じりに胸部に向けられたことは、たぶん黙っていたほうがいいんだろう……。
女性は照れ笑いしながら、後ろ頭をポリポリとかいている。そうして手が動く度に、左肩から垂れているはちみつ色の三つ編みが、ゆらゆらと揺れているけれどまあ、それはそれとして……。
「……でか」
僕の目は、女性にくぎ付けだ。――女性に……。うん……。女性の主に一カ所へ。
「ああ、デカいな……」
思わずエスケもうなるほどに……そう、でかいんだ。たぶん、こっちの世界に来てからは一番の巨峰。さらしを巻いて窮屈そうにもかかわらず、とても主張が激しい。
ちなみに、女性の服装は、上はなぜかさらし一丁。下はスリットが入っていて、裾先が膨らんだズボン。全体的には、家令とかメイドと言うよりは、ダンサーっぽい感じかな?
「んっ? そう言えば……。もしかして、こっちのあんちゃんが、『イタクラ卿』ですかい?」
そんな女性は、皆からのあきれまじりの視線がむずがゆくなったらしい。話題の矛先を、自分から僕へと向けようとして、ペタペタと足音をさせながら僕に近付いて来た。
すると床に転がっていたニムちゃんが、ごろごろと一緒に近付いて来る。どうやら破裂した床の破片のせいで、ベッドに寝転がれないらしい。
そんなニムちゃんは、ある程度僕に近付くとスッと立ち上がり、口を開いた。
「そうで~? そう言えば、初めましちやったっけ~? ほいたら改めてタケル君~? こん人がウチの家令でメイドさんの『プエッラ=クンジェレ』やけんな~。エイラちゃん、こん人がタケル君やけんな~? ふたりとも、仲良うしちょくれ~?」
そう告げてニムちゃんは、プエッラさんの足をつんつんとつつく。するとプエッラさんは「へぇ?」とつぶやきながら、僕のことを品定めするように、ジロジロペロペロと……。
「って、はぁん! な、なめ――?」
いま、耳の中に舌が! こ、この人、人の耳をなめたよ!
驚いてプエッラさんを見ると、彼女は舌なめずりをしながら――
「やはッは……。初々しいねぇ? あっしは、生まれも育ちもアルティ! クンジェレってぇケチな貴族の『定紋』継承者でございやす。この世に生まれて十七と三百七十五日。コンソラミーニ家の『メイド・リーダー』にして『華麗なる家令』! まだまだ生娘、『プエッラ=クンジェレ』でございやす。フィリア姫殿下の『私套』、タケル=イタクラ卿。どうぞ以後、よろしくお願いいたします!」
――僕を見て、そう言って自己紹介してくれたんだけどぉぉ……。
「わ、わひゃりましたから……。耳、なめ……ないでぇ……」
「んはっ! なっかなかいい反応ッスね? こいつぁ、ひめさん以来の敏感さんだねぇ……」
なんだこの人……。会う人、会う人に……。こんな気持ちい……。い、いや、失礼なあいさつをしてるの……?
「あれ以来。わたくし、耳だけは……。駄目ですの……」
「ん~……? ウチは結構好いちょうけどな~。」
「皆さんおいしくいただかせてもらいやした……」
ああ……。やっぱりそうなんですね……。
それにしても、露出度と言い……。艶めかしい長めの舌と言い……。僕の警戒心がびんびんに反応している。――主にフィーの視線が怖くて……。
「えっと……。ともかく、僕が『タケル=イタクラ』です。プエッラさん、どうか以後、よろしくお願いいたします」
ちなみに、プエッラさんは『クンジェレ家』の長女であるらしい。いまは『コンソラミーニ家』の使用人として花嫁修業中、ついでに恋人募集中であるとのこと。
「んはっ! こちらこそ、いろいろと……。よろしくお願いいたしやす……ぬふ……」
そしてたびたび問題を起こす人みたいで、なんだか――
「――皆さん、大丈夫ですか! 先ほどのごう音はい……った……い?」
「あ、寮監さん……」
――とても嫌な予感がするなぁ……。とか考えてたら、寮監さんとオルディが、血相を変えて飛び込んできた。
ってことで――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――いまに至ります。
「いいですか? 今日のところは、イタクラ君に責任はないので、これでおしまいにします。しかし、今後また。このようなことがあれば、今度こそ罰を受けていただきますよ? よろしいですねっ?」
「はい……」
寮監さんはそれだけ告げると、ようやく僕に二足歩行で立つことを許してくれた。うぁぁ……。足がしびれてる……。こういう時は、おでこにツバをつけたら良いんだっけ?
「はぁ……。問題児がまたひとり、増えた……」
僕がふらふらしていると、オルディのため息が聞こえて来る。この騒ぎに駆け付けたオルディは、僕とプエッラさんを見比べて頭を抱えている。もしかしなくても、問題児の一人は僕だったりするの?
「その通りです」
「あ、やっぱりそうなんだ……」
心外です……。口を押さえながら、僕はそんな抗議の視線を向けてみる。でも駄目だ。冷たい目でにらみ返されてしまった……。
「やはぁ……。姐御にゃあ、またお世話になりやすぜ?」
僕とオルディが見つめ合っていると。米つきバッタ二号の変身を解除したプエッラさんが、そう言ってオルディに抱き付こうとする。
「……今度こそ、斬られたいのですか、エイラ?」
「いやはぁ……。相変わらず、姐御のガードはガチガチッスねぇ……」
ぺろりと舌を出しながらオルディに近付いたプエッラさんだけど……。オルディはその先の行動を読んでいたのか、剣を抜いてプエッラさんの喉に切っ先を突き付けている。
「おぉ……。オルディが騎士っぽい……」
「タケル殿……? 何か?」
「い、いえっ! 何も言ってません!」
こうしてその日は、皆に手伝ってもらって僕の部屋を片付けてから解散となった――んだけど……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ぬふふ……。夜ばい、よ・ば・いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ?」
「プエッラ嬢……。タケル様は姫様の『私套』でございます。ご成婚前にそのようなことは困ります。――バラ嬢っ」
「タケルのてーそーは、私とノムスのおじさんで守るよ!」
その日の夜、そんな攻防戦が繰り広げられていたらしいことは、翌日の僕を――フィーの視線的に――かなり震え上がらせてくれた……。




