華麗なる家令
更新再開です。遅くなってしまい、申し訳ありません。
ともかく続きです、よろしくお願いいたします。
『貴族寮』内の、僕の部屋にカリカリと筆が動く音が響いている……。
「……」
「………………」
エスケとともにティチ先生から、三時間ほどの説教をくらってから一日後。僕は無事にヴァニィラ付近でも、屋敷を設置するための土地を確保できた。
「すっかり……空になっちゃった」
「ん? 財布か?」
「うん、『風紋羊』で稼いだ分がすっからかん」
それでも、ティチ先生と学校の紹介のおかげで、安く買えたんだけどさ……。
「ふむ。まあ、エプゥトとヴィスがいつでも会える距離に居られる――と言うだけでも、ボキュは満足ではあるが……」
「それでも、何とかしないとね……。ふたりの『紋章学校』入学とか、結構費用がかかるんだよね……」
そう。プゥちゃんとトゥ。僕の娘たちは、来期から貴族として、『紋章学校』に入学することになっている。そのための費用やら物入りなんだけど、正直なところ収入のあてが……ない!
カリカリと筆を動かし、校舎を壊した反省文を書き上げていく。まさか、こっちの文字を覚えてから最初に書く長文が反省文だなんて……。
「ふぅ……。終わった」
「む。こっちもだ」
そうこうしている内に、僕もエスケも反省文を書き終わり、ふたたび収入について話し合い始める。
エスケの話では一番いいのは、ルピテスを狩って換金すること。もしくは『召喚紋』を記章・破壊すること……らしいんだけど。
少なくとも学生でいる間は難しいかも……。校舎裏の森は、勝手に入ったらいけないみたいだしなぁ。
さて、どうしようかな? なにか考えないと、せっかくできた家族に貧しい暮らしをさせるっていうのもね。
「おふたりとも、お金のお話も大切だとは思いますが……」
僕とエスケが収入のあてを考えていると、いままで邪魔をしないようにと、静かにお茶を飲んでいたフィーが、右目をつぶりジトッと僕たちをにらみながらつぶやいた。
「ん、あ、そうだね。補習のことでしょ? 大丈夫だよ、ちゃんと覚えているって! 明日でしょ?」
「はい、その通りですわ」
そう。フィーが注意するように、僕たち『スクト』訪問組は、明日から数日間。ティチ先生から、欠席授業分の補習を受けることになっている。
「大丈夫ですよ、姫様。ボキュもタケルも、準備は万端ですから」
「そうそう」
「……そうですの? ならよろしいのですけれど……」
エスケのお墨つきがあると、さすがに信頼度が違うのか、フィーは「それなら」と、ほっとした様子で、ふたたびカップに口をつける。
補習自体は事前に課題を出されていて、それをおさらいするって言うだけではあるんだけど……。
問題はエスケが言う『準備』ってやつだった。ティチ先生が言うには――
「取り敢えず、『スクト』に関してのレポートを出せ。それと補習の実施で、『外部研修』扱いにすっからよ」
――と言う事らしい。一応、国の代表として行ったんだし、若干ふに落ちないけどさ……。
まあともかく、僕たちが昨日、ティチ先生に怒られている間に、実はシーヴァ君にレポートの素案を作ってもらっていて、それをパク……いや、参考にして何とかレポートも完成した。
これで来期からトゥと同級生――なんて事態は避けられるはず。
そう僕が内心でホッとしていると、部屋の扉をコンコンとたたく音がする。
「はい、どうぞ?」
「入るよ!」
「失礼いたします」
ノックの音に、僕が応えると、扉がバァンっと開いて、そこからバラちゃんが、そのあとに続けてノムスさんが入ってきた。
「あ、ノムスさん! ウールビィスから戻ってきたんですね」
「はい。お嬢さま方に関して、諸々の手続き、無事に完了いたしました」
「そっか。ありがとうございます。ノムスさん」
「いえいえ、おふたりとも当家のだいじなお嬢さまです。家令として当然の仕事をしたまでです。どうかお気になさらず……」
ノムスさんはそう告げると、僕に手続きに関しての報告を始めてくれた。
どうやら僕が思っていた以上に、『私套』と言う爵位は重要……と言うか、高い位であるみたい。普通の貴族なら『養子縁組』には、かなりの審査やら手続きやらが要るらしいんだけど、『養子縁組』を行うのが僕だと分かるとあっさりと終わったらしい。
ただし……。
「ひとつだけ、どうしても「これだけは」と言う条件があります」
それはつまり、『貴族としての礼儀作法』を姉妹が学ぶこと。
最低限の礼儀作法を身につけておかなければ、いざ『紋章学校』に入学してもうまくやっていけないかもしれないし、『ちゃんと審査しましたよ』と言う、他の貴族に対する牽制にもなるってことらしい。
「ふむ。ならばタケルも一緒に学んではどうだ?」
「えっ? 僕も? そう言えば……、ちゃんと学んだことってないかな……」
「あら? それは良い考えだと思いますわ。プゥちゃんとトゥちゃんも、パパが一緒ならば寂しくはないでしょう」
って事でなし崩し的に、僕もふたりと一緒に学ぶことになってしまった……。さて、どうしようかな? 正直、父としての威厳を保つ自信が全くない。
「大丈夫だ。あの子たちは、そんなことは気にせん」
「そうかな? う~ん……。でも、やっぱり……ねぇ」
ちょっとは良い所を見せたいんだよね。僕としては……。
「なら、わたくしと一緒に、秘密の訓練でもなさいますか?」
「そう……だね。うん、よろしくお願いしようかな」
こうして、僕の『父の威厳』を獲得するための、努力の日々が幕を開けた……と思う。
それからしばらく、僕たちはお茶の時間を満喫していたんだけど――
「入るけんな~!」
――ノックの音とほぼ同時。ニムちゃんがバァンッと扉を勢いよく開けて入ってきた。なんだろうか、バラちゃんの扉の開け方はニムちゃん譲りなんだろうか?
僕がぼやっと考えていると、大きく両手を広げた状態のニムちゃんの後ろから、ぴょこんとラヴェンダー色の頭がふたつ飛び出してきた。
「あの……失礼します」
「た、ただいま帰りました!」
ニムちゃんには、僕とエスケ、そしてフィーが『反省文対応』している間。僕の娘たちの相手をしてもらっていた……とは言っても、日用品とかの買い出しなんだけど……。
「はい、お帰りなさい。ニムちゃんもありがとうね?」
「別に気にせんでんええよ~? ウチも、十分に楽しみんだけんな~」
ニムちゃんはそう言うと、僕のベッドの上に腰かける。そしてそのまま、買い物袋を漁り始めた……。おかしいな……。僕の部屋が最近、フィーやニムちゃんたちの私物になりかかっている気がする……。
そんな密かな危機感を抱かせるニムちゃんに対して、ラヴェンダーズはと言うと……。
「さあ、お嬢さま方、お席にどうぞ?」
「え、えっと……。はい……、ありがとうございます」
トゥはまだお嬢さま扱いに慣れていないのか、ノムスさんに『お嬢さま』と呼ばれてムズムズしている。
「ヴィス……お帰り……」
「エ、エスケ……様……」
トゥが戸惑いながらも、エスケの隣の席に腰かけると、途端にエスケとふたりだけの空間を構築し始めた……。
そしてラヴェンダーズのちっこい方。妹のプゥちゃんは帰って来てからずっと、指をくわえてフィーのひざを見つめていた。
「あら? どうしました、プゥちゃん? ママのおひざに座りますか?」
「あぅ……。い、いいの……よろしいのですか?」
フィーのそんな問い掛けに、プゥちゃんはビクッと体を大きく震わせたあと、フィーの顔を見上げて、「いいの? いいの?」と、尻尾が生えてたら勢いよく振ってそうなほど、うれしそうに聞き返していた。
「ええ。今日は少し、寒いのですわ? プゥちゃんがママのおひざを暖めてくれると、うれしいのですけれど……」
フィーは「困りましたわぁ」と、右手を右頬に添えてフゥッとため息をつく。そして、チラチラとプゥちゃんを見ながら、そのひざをポンポンとたたいている……。
「! が、がんばるです!」
何を頑張るのかは分からないけど、プゥちゃんはビシッと右手を上げてそう宣誓する。そして、嬉々としてフィーのひざによじ登っていく。
ヴァニィラに戻ってから数日。フィーとプゥちゃん、そしてトゥは、こんな感じで確実に母子としての仲を深めていた。そして――
「パ、パパさま、このクッキー、アーン!」
「ん? あ、うん……。ありがとう!」
「「うふふ……」」
――僕もそんな三人の空気に便乗して、父子としての仲を深めて……いけてると思う。っと言うか、トゥとフィーの笑い方と言うか、雰囲気が似てきたりもしている……。うん。僕たちはこんな感じでいいのかも……。
さてさて。こうして団らんの時間を過ごしながら、僕はさっきノムスさんから伝えられた『礼儀作法』の学習について、トゥとプゥちゃんにふたりもそれでいいかと尋ねてみる。
「あたしは問題ありません。と言うよりも、あたしたち姉妹を『家族』にしてくれたお父様と、姫母様に恥をかかせないためならば、ぜひとも、学ばせていただきたいです」
「エ、エプゥトも、パパさまと一緒ならがんばる……しょ、しょーじんします!」
「あら、じゃあ、わたくしはお弁当でも用意して、応援いたしますわ? ふふ……。なんだか、運動会みたい……」
どうやらふたりとも、やる気満々みたいだね……。応援すると言ったフィーに、声をそろえて「お願いします」と告げている。
「……ん?」
「お茶とお菓子のおかわりだよ!」
またひとつ、家族の絆を深めていると、気を利かせたらしいバラちゃんが、追加のお茶とお菓子を持って来てくれた。
「さぁ、タケル! くらえ! そして私をねぎらうんだよ!」
「んぐっ?」
違ったらしい。どうやら気を利かせた代償に、僕のひざの上を差し出せということらしい。バラちゃんは僕の口に大量のクッキーを詰め込むと、そのまま僕のひざの上に乗っかってきた。
「プゥちゃん……。おとなのレディには、こんなやり方もあるんだよ!」
「バ、バラちゃん。すごい、かっこいいです」
なぜかこのふたりは、師弟みたいな関係を築いている……。バラちゃんは、プゥちゃんに対してお姉ちゃんぶりたいらしく、プゥちゃんはそんなバラちゃんに憧れてしまったらしい……。いったいどうしてこうなったんだろう……?
ゲホゲホとむせる僕に、バラちゃんは続けてお茶を突っ込んで来る。どうだと言わんばかりに僕の顔を見るバラちゃんと、プゥちゃん。
チラリと周りを見ると、フィーはにっこりと「分かっていますわよね?」って感じ。ニムちゃんは「いいな」って感じ。エスケとトゥは……いまだにふたりの世界……。
「うん……。おいしい」
「ふふんっ!」
「バ、バラちゃん、すごい!」
ドヤっと胸を張るバラちゃんを、プゥちゃんが手をたたいて褒めたたえている。本当に何だこれ?
その後、バラちゃんの「やってみるんだよ」と言う指示の元。プゥちゃんが、フィー、トゥ、エスケ、ニムちゃん、ノムスさん……と、クッキーを押し込んでいく地獄絵図が展開されたりしたけれど……。
「ゲホッ……。そ、そう言えばコンソラミーニ卿」
「ケホッケホ……。ん~? なんなん、ノムスさん?」
「いえ、私がこちらに戻る際に、コンソラミーニ卿の家令とご一緒したのですが……」
どうやらノムスさんは、ヴァニィラに戻る馬車の中。ニムちゃんの家令と相乗りしたんだってさ。それでこの部屋に来るまで一緒だったらしいんだけど、気が付けばいなくなっていたらしい。
「え~? そうな~ん? それやったら、もうちょこっと早う言っちくれれば良かったんに~。あん子、たぶん自分の話題が出るまで隠れてるっち思うんよ~」
ニムちゃんは一瞬だけ。パッと華やいだ笑顔になったけれど……。すぐに苦虫をかみつぶしたような顔になって、そう告げた……。
また何だか面倒くさい人っぽいな……。
僕がそう思ってしまった、その時だった――
「あ~っはっはぁ!」
「――あっ! しもうた!」
――笑い声とともに、いきなり地面が爆発……いや、破裂した。
「――っ! タケル様、姫様、お嬢さま方!」
とっさのことにも関わらず、ノムスさんが先頭にたつ。
「タケル! 『ソルマ・シールド』、『ソルマ・フゥネンム』!」
「え、え? バ、バラちゃん、なにっ?」
そのあとに続いて、バラちゃんが『土縄』を出し、円形のゴザみたいに編み込んで僕の前に展開する。
「じ、地面が! プゥちゃん!」
「マ、ママさま?」
僕の後ろでは、フィーがプゥちゃんをかばう様にギュッと抱きしめ――
「きゃっ!」
「ヴィス、こっちに!」
――その隣では、エスケがトゥのことを同様に抱きしめている……。
そんな緊迫した状況で……、笑い声の主は……。
「あ~っはっ……はっ………………。もしかしてあっし……やり過ぎたっスか?」
もくもくとした煙の中でそうつぶやきながら、徐々に声のトーンを落としていった……。
当初から予定していたメインキャラ、最後の一人です。
それと、ちょっとだけあらすじを変更しました。




