術化(ティンクチャー)と武器化(エスカッシャン)
続きです、よろしくお願い致します。
※2014/11/13:ルビ振り等若干修正。
目を覚ますと、医務室みたいな所に寝かされていた。
「あれ? 僕、どうしたんだっけ?」
「タケル殿は『通紋』の実践中に鼻血を出して倒れたのですよ?」
まだ少し、ふらつく頭を押さえているとずっとそこに立っていたのか、オルディさんが教えてくれた。
「姫様も「私がちゃんと教えなかったから」と、随分心配しておいででしたよ?」
「あ、そうか……後で心配かけてごめんって謝らないと……」
オルディさんは「よろしくお願いしますね」と言って、僕に今日はもうこのまま休む様にと言い聞かせて退室しようとする。
「そうだ! 結局、僕って何で倒れたんですか? もしかして、ヘラルドライトの人間じゃないから……ですか?」
もしそうなら、僕はこの世界で生きていくのが難しいって事なんじゃ……。
僕の心配を他所に、オルディさんはクスクスと笑っている。
「心配しないでも、大丈夫ですよ? 今日、タケル殿が倒れたのは単純に、火紋と水紋の二つを同時に使おうとしたせいです」
オルディさんは「先に伝えておくべきでした」と頭を下げて説明してくれた。
基本的に『紋章術』は二つ以上――特に火と水の様な相性の悪い『紋章』の同時展開は身体にかかる負担が大きすぎて出来ないらしく、普通は一度『術化解除』して、次の『術化宣誓』を行うって事らしい。
「基本的にって事は……?」
「はい、使える方もいらっしゃいます」
オルディさんは「それでも、『通紋』までですけど……」と付け加える。
「そっか……理由が分かって少し安心しました」
「はい、ですからもう、ゆっくりと身体を休めて下さい」
そして、今度こそオルディさんは退室する。
「あ……、そう言えばここに来て、初めて一人だ」
今日一日、色んなことが有りすぎてゆっくり考え事をする時間が無かったや。
鞆音ちゃん……心配してくれてるかな? 告白の返事、良いのが貰えてたんだろうか……?
――考えだしたらキリがない。
ともかく、今はここで生きていくためにも『紋章術』を勉強しなくちゃ。
「……『アクア・アージェント』……」
目の前に、青い紋章が現れる――。
僕はその紋章をつついたり、手の平で触れてみたり、舐めてみたりと試してみる。
どうやら、宣誓して出現した紋章に触れる事は出来るみたいだ。
「……『アクア・インアージェント』」
僕の目の前の紋章が消える。その後も、火・風・土の紋章を試してみる。
どの通紋も問題無く起動できるみたいだ。
じゃあ、いよいよ本番だ……。
「……『コンスタント・アージェント』」
目の前に、九つの『三つ巴』を配した紋章――我が家の『家紋』が浮かび上がる。
いったいどういう事なんだろう……?
「えっと、『コンスタント・インアージェント』」
……良かった、消えてくれた。
その後も僕は眠くなるまでと思って、何回も紋章を出したり消したりしてみる。
そんな中で、ふと思った。
「『武器化』って、出来ないのかな……?」
僕は、ピグエスケさんの事を思い出していた。あの時はよく見ていなかったけど、燃え上がる炎がピグエスケさんの手の中で斧の形を取っていくのは格好良かった気がする。
「試すぐらい、良いよね……?」
えっと、何だっけ……? 『武器化』の宣誓は――。
「あ……。そうだ『シールド』だ。『アクア・シールド』!」
目の前に青い紋章が現れる……。
「えっと、『術化』と変わりない様に見えるけど……やっぱり、無理なのかな? と言うか、よく考えてみたら、この後どうすれば良いか知らないや……」
やっぱり、僕は『術化』使いって事なのかな? 残念だけど、こればっかりは仕様が無いか……。
「ふぁ……」
ん、やっと睡魔がやって来たみたいだ……。詳しい事は、また明日聞こう――。
――翌日――
「『武器化』について、ですか?」
昨日と同様にフィリアの私室でお茶しながら『武器化』について尋ねてみた。
「うん、もしこの先、また誰かに襲われたりした時に『武器化』の宣誓とか知ってれば、戦うにしても逃げるにしても有利になるかなって」
本音は試してみたいって言うだけだけど……。
「そうですわねぇ……。オルディ? 説明、お願い!」
「姫様……」
オルディさんが「はぁ」とため息をついている。
「分かりました。タケル殿の考えは至極当然です。知識だけであれば、私から説明できますし、城にいる『武器化』使いに実演して貰う事も考えてみましょう」
そう言ってオルディさんはニコリと微笑む。
「あぁ、良かった! 実は、昨日の夜試してみたんですけど、やっぱり僕が『術化』使いだからなのか、術化宣誓の時と同じ紋章が出ただけで何も起きなかったんですよ。実演して貰えるなら、本当に助かります」
その瞬間、部屋の空気が固まった気がした――。
「タケル殿……、今何と?」
オルディさんは頬をひくつかせながら、僕の顔をゆっくりと覗き込む。
「え、ちょっと、怖いですよ? オルディさん……」
たまらず、フィリアに助けを求めようとすると、フィリアは手に持ったカップをカタカタと震わせながら表情が完全に固まっていた。
「タケル殿、もう一度聞きます。『武器化』を試したのですか?」
「え? はい、だけど何も起きなかったんですってば」
僕が「だから実演が見たいなって」と言いかけた時にオルディさんが僕の肩を掴んで、改めて笑顔を作る。
「良いですか? タケル殿……。『術化』使いが、『武器化宣誓』を行っても、何も……何も起きません! 普通なら……」
「え? はい、だから――」
「タケル様、オルディはこう言いたいのです。何も――つまり、紋章すら浮かばない、と」
オルディさんは僕の肩を掴んだまま、何度も頷く。
「えっと、つまり?」
「タケル殿は……『術化』と『武器化』の両方を使えるかも知れない、と言う事です」
オルディさんは僕の肩から手を離すと「頭が痛くなってきた……」と言ってこめかみを押さえた。
「えっと、フィリア。それって、凄いの?」
「そうですわね、わたくしが知っている限りではこの世界で四人ほどですわね……歴史上」
それを聞くとオルディさんは「しかもそれが『コンスタント』持ちとか……」と呟いて、今度はお腹を押さえ始めた。ストレスに弱いのかな……?
「僕は、どうすれば良いの?」
「取り敢えず、お父様に相談してみますわ」
そう言うと、フィリアはオルディさんと一緒に王様の所に行くと言って出ていってしまった。
「えっと、僕はここで待てばいいのかな……?」
――十分後、僕を放置していた事に気付いたオルディさんが僕を呼びに来た。




