夜会の光
続きです、よろしくお願いいたします。
「と、言う事で、多分、トゥヴィスさんが、お相手だそうだよ?」
「タケル様、少しだけホッとしましたが、その『多分』は、よしてくださいませ……」
「あ~、そうなんや~? そうは言っちも、ウチは、まだ会っちょらんけどな~?」
――夜会の警備を担当していたスェバさんと、ちょっと会話してから数分。
僕は、フィーと、ニムちゃんと雑談を交わしていた。
どうやら二人とも、夜会用のドレスに着替え終わってから、暇していたらしい……。
そんなわけで、ちょっとだけ、僕が把握した、エスケの恋愛事情について、報告しています。
「それにしても……」
フィーは、少しずつ、僕の姿を、下から見上げていく。
「よお化けたでな~?」
そして、ニムちゃんも、まるで手品を見るみたいに、パチパチと、手をたたいている。
ヒラヒラが、かなり多めの貴族服に、『クヨウトモエ』が刻まれた、黒地のマント――
「なんだか、落ち着かない……」
――背中に、『家紋』を背負ったこの状態が、僕の正装だ。
『家紋』が、和風なせいか、洋風な服とちぐはぐな気がして、何だか、落ち着かない。
できれば、マントだけでも、取り外したいけど……。
「駄目ですわ?」
「ダメやけんな~?」
夜会では、それぞれの貴族が、自分の爵位に合わせた正装をして来るらしい。
どうやら、そう言った公の場で、正装をしていないと、反逆の意志ありって見られちゃうんだって。――まあ、僕の事情を知っている人たちだけなら、気にしないみたいだけど……。
「はぁ……」
――それはまあ、ともかく。
そんな感じで、フィーと、ニムちゃんにからかわれていると――
「イタクラ卿、失礼いたします!」
――控室のドアを、誰かがコンコンとたたき、ゆっくりと、開いて来た。
どうやら、夜会が、いよいよ始まるらしく、僕を呼びに来たとの事だった。
ああ、ついにこの時が来てしまった……。
ダンスのステップって、どんな感じだったっけ? ああ、こんな事なら、もっと練習しておくんだった……。
てっきり、『紋章学校』を卒業するまでは、一般市民だと思い込んでたから……。
そんな風に、僕があわあわしていると、うっかり声が出ていたのか――
「タケル様、大丈夫ですわ? わたくしが、お傍に付いておりますわ?」
――その両手で、僕の両頬を押さえて、そう言ってくれた。
そのおかげなのか、不思議と、僕の震えが止まっていく……。
「むぅ~……、あまり、二人の世界に行かんじょくれ~ん? ウチ、さびしいや~ん?」
「あっ、ご、ごめんね?」
「あら……、わたくしとした事が……」
まあ、そんなこんなで――
「さあ、存分に描け!」
――ジェネロ様の掛け声とともに、夜会の開始です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それでは、タケル様……」
「うん、もしかしたら、つまずいちゃうかもだけど、どうかよろしくね?」
薄暗い会場の中で、僕は、そっと、フィーの後ろに立つ。
「ふふ……、わたくしは少々のおちゃめくらい、全く気にしませんわ?」
フィーに、なだめられながら、僕はまず、フィーの右手に、自分の右手を重ねる。
「えっと、それで……」
次に、左手の指同士を絡ませる。パッと見は、フォークダンス……だよね?
「タケル様……、何だか、恥ずかしいですわね……?」
「あはは……、やっぱり、フィーも?」
「当然ですわ?」
「うん、じゃあ、行こうか……」
こうして、僕とフィーは、同時に右足を、前に出す……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――夜会は、まず、新規の貴族、つまり、僕の一歩から始まる。
静かだけど、じわじわと、おなかの底に響いて来る、クラシックな音楽。
その中を、僕とフィーは、ゆっくりと進んで行く。
――そして、その後をなぞる様に、他の貴族が付いて来る。一瞬、一瞬だけ、『百鬼夜行』と言う言葉が、頭に浮かんだのは、内緒だ。
まあ、それは、ともかくとして……。
薄暗い会場の中を、ろうそくの明かりを頼りにして、少しずつ、進んでいく。
すると、まるで僕の進んだ軌跡をなぞる様に、光の線が、ゆっくりと浮かび上がる。
「奇麗だ……」
「ふふ……、それは、わたくしの事ですの?」
「えっ? い、いや……まあ、確かに、それもあるね……」
夜会の会場では、あらかじめ、床一面に、びっしりと、『紋章』が刻まれている。
僕たちは、その『紋章』の線に沿って、踊りながら、ゆっくりと進む。
新しく、貴族になろうとする者は、『紋章力』を使って、とある『紋章』を、起動させなければいけないらしい……。
「『浮光紋』……と、言うのだそうですわ?」
フィーは、僕に合わせて、ゆっくりと、ステップを踏みながら、少しずつ、教えてくれる――
太古から、『アルティ』に受け継がれている『紋章』。
そのうちの一つが、『浮光紋』であるらしい……。
「正直なところ、全然、その役割が分からないのですけれど……」
それでも、『アルティ』だけに、『アルティ貴族』だけに受け継がれる『紋章』として、大切にされているとの事だった。
「言い伝えですと、新たな『器』を迎える為の、世界に訴えかける『紋章』なんだとか……」
「へぇ……?」
そんな感じで、いつのまにか、僕たちは、『浮光紋』の上を、一周していたらしい……。
「「「おぉ……、一周で……?」」」
僕とフィーの背後から、たくさんの、ため息や、驚きの声が聞えて来る。
どうやら、このダンス、本来ならば、『浮光紋』が起動するまで何週もするらしい。
そんな、周囲のざわめきに、呼応する様に、『浮光紋』は、さらに輝きを増していく。
そして、床から……、床に描かれた『浮光紋』から、たくさんの、丸い光が浮かび上がって来て――
「まるで、蛍みたいだ……」
――思わず、そんな言葉が、自然と、僕の口から出て来た。こっちにも、蛍っているのかな……?
「そうですわね……」
あ、やっぱり、居るんだ……? その内、見に行こうかな?
しばらく、浮かび上がっていく光を見送っていると……。
「姫様、イタクラ卿……」
いつのまにか、エスケを先頭にして、数人の貴族たちが、僕とフィーの前に、ひざまずいていた。
「イタクラ卿、貴殿は、わずか一周で、『浮光紋』を起動し、『アルティ貴族』としての、格を示しました……」
「――格?」
いつもとは違う、エスケの畏まった態度に、内心、かなり驚きながら、僕は聞き返す。
「はい、『浮光紋』を、何周で起動できるかが、『アルティ貴族』としての、格を示すのです」
僕の質問に、エスケの隣にひざまずいているニムちゃんが、まるで別人みたいに、答える。
――今、僕の脳内は、全く別の驚きもあるけど……。
ともかく、一周で起動させた僕は、フィーの『私套』として、十分な格を示したって言う事らしい。
と、言う訳で――
「貴族入り、ほんに、おめでと~。これで、ふんと、対等な立場やんな~?」
「あぁ……、まさか、タケルにひざまずく事になるとはな、まるで悪夢だ……」
――僕は無事に、貴族の仲間入りが完了したらしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ、やっと肩の荷が下りた……」
「あぅ~……、フィーちゃん、ずりいわ~。貴族モードんタケル君と、ウチだっち、踊っちごたるに~……」
どうやら、儀式としての夜会は、あれで終了って事らしい。
後は、普通のダンスパーティらしいんだけど……。『私套』である僕は、フィー以外の人とのダンスは、駄目なんだってさ……。
僕だけじゃなくて、ドミナ様も『私套』だから、ジェネロ様とずっと一緒なんだけど……。
「違和感あるなぁ……」
視線の先では、ドミナ様が、まるで、恋をしているみたいに、うっとりと、ジェネロ様の後ろに立っている。
そう、『私套』は、公的な場では、決して、『冠』の前には立たない。これも、もちろん、昔からのしきたりって、事らしい。
僕の中では、もう、フォークダンスのイメージが強すぎて……。女性が、後ろから手を伸ばす事に、違和感がある。もしかしたら、僕の通っていた学校だけかもしれないけれど……。
こうして……僕は、無事に『アルティ貴族』、『第一王女の私套』としての、爵位を手に入れました。ああ、すごく疲れた……。
――それから、一日たって。
「タ~ケ~ル~君~、起~き~て~?」
「ん……、もう少し、寝かせてくださいなぁ……?」
「ふふふ……、タケル様、起きてくださいませ」
何だか、とてもくすぐったい……。かなり耳心地が良いけど……。――勘弁してよ、昨日から、緊張しっぱなしで、本当に疲れてるんだ……。
「姫様……、コンソラミーニ……、少々離れてくれますか?」
あぁ、何か急に、野太くなった……。
「えっと、お手柔らかに……」
「大丈夫です。――バラ、やれ!」
んんぅ? バラちゃん……?
「待ってたんだよ、お兄さん! ――『アクア・フゥネンム』!」
「――っ! ぶはぁっ? 痛っ、冷っ、何だ、これ?」
いきなり僕の顔面に、バチンッて言う、物凄い音と、衝撃が襲い掛かって来た。
「起きたか、タケル」
「起きたか……じゃないよ、全くもう……」
最近、エスケの教育方針から、『遠慮』って言う者が、いよいよ無くなった気がする……。
エスケは、さも普通に起こしたよ、と言わんばかりに、ニコニコと、僕の顔をのぞき込んでいる。
「で? こんな朝っぱらから、一体、何の用なのさ?」
抗議の意味を込めて、口をとがらせながら聞いてみると、エスケは、それはもう、うれしそうな顔で――
「タケル、『風紋羊』の素材を売り払った金は、全然、使っていないよな?」
――僕に、そんな事を、尋ねて来た。
もちろん、帰って来てから、そんなお金、使っている時間はなかった訳だし……。
「うん」
答えは、こうなるよね。
すると、エスケは、かなり興奮した様子で――
「さっそく、屋敷を買いに行くぞ!」
「………………はぇ?」
――僕の肩を急につかんで、そんな事を言いだした。
「タケル様? わたくし、お庭が広いとうれしいですわ?」
「あんな~? ウチ、あん『馬』が住める小屋があんと、ええっち、思うに~!」
ふと、『時刻紋』を見ると、時間はもう、昼近く……。
「ゆっくりと、寝かせて上げたんだよ!」
「そう……、ありがとね……、バラちゃん……」
話し合いは、僕が寝ている間に、とっくに終わり――
「幸い、わたくしのお部屋を用意する、と言う条件で、お父様からも援助金が出ましたわ?」
「何かな~? ウチんちも、出しちゃる言うちょったんえ~?」
「当然、ボキュからも、援助するぞ?」
――何だか、有無を言わせないつもりらしい……。




