貴族と養女
続きです、よろしくお願いいたします。
――僕たちが、『スクト』での『暴走』鎮圧……、『風紋羊』退治を行った後。
祝勝パーティで、つぶれて、それがどうやら、ファルメル様の『定紋』があふれたとか、何だとかで、パーティの翌日は、『スクト』の皆さんに、物凄い勢いで謝られた。
そして、その日は結局、僕も、フィーも、『アルティ』の皆は、二日酔いで動く事すら出来なくて、さらに、次の日まで、僕たちは、『スクト』で過ごしていたんだ。
「ふぉふぉ……、これに懲りずに、また遊びに来なさい」
「――父上、そこは、「遊びに来てください」……でしょう?」
「ふぉふぉっ、マロアや? お前も……、この後、しばらくはお説教じゃからの?」
「ぐぅ、やぶへびでしたか……」
出発の朝、僕たちは、ファルメル様、マロアさん、ヒウさん、ダーラさん、リウさんに見送られて、『馬車』に乗り込んでいた。
――どうやら、今回の『暴走』に関して、あちこちに助力を求めた事はともかくとして、僕や、ニムちゃん、シーヴァ君を襲った事は、やっぱり、大問題であるって事らしい。
マロアさんたちは、しばらくの間、『スクト』で反省……と言うか、再教育されるらしくて、ファルメル様が、とてつもなくヤル気を出している。
「――あれは、不覚であった……」
「バラちゃんがうらやましいッス……」
「――二人とも、自業自得だ、姫様が間違えたら、それをいさめるのも、付き人の役目だ……」
ちなみに、ヒウさんと、ダーラさんは、リウさんに付き人としての、心構えなどを、再教育されるらしい。
そして――
「ひいさま……?」
「――バラさん……、あたくしのわがままで、申し訳ありませんでした……」
「ううん……、私、ひいさまのお役に立てた?」
「ええ、こうして、優しい方々に出会うことができました……、『紋章学校』に戻るのが、今から、楽しみです」
――バラちゃんは、マロアさんたちからの訴えで、特におとがめなしって事になったらしい。
そして、どうやら、本格的に、『アルティ』に帰化して、どこかのお貴族様の元で、花嫁修業をするらしい……。
マロアさんは、バラちゃんに「知らない人に付いて行ったら駄目ですよ?」とか、まるで、遠くに出る妹を心配するみたいに、優しく、優しく、話し掛けていた……。
そして、それから、三日掛けて、僕たちは、『アルティ』に無事、帰って来る事が出来たんだ。――そこから、さらに、二日後……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕や、フィーが、無事に帰国した。――それが意味している事は、つまり……。
「――タケル様、まずは、背筋をピンっと……、そう、その様に伸ばしてください」
「うググ……」
「そのまま、おなかに力を入れて、そう、そして、でん部の筋肉を引き締めて……そうそう、お上手です。――後は、そのまま、片膝を立てて、右手を腰の後ろに、左手は胸に……そう、その状態を、ジェネロ様から許可が下りるまで維持してくださいね?」
「は、はいぃぃ……」
そう、出立前の約束通り、僕は今日、『無事、フィリア姫殿下を護衛し、連れ帰った』と言う手柄でもって、無事に貴族として、『アルティ』に向かえらえる事になった。
――そのために、略式ではあるけれど、礼儀をノムスさんに習っている。
「はい、今の感覚をお忘れなきように……、では、後は本番に備えて、身を清めてください」
ノムスさんは、そう言ってほほ笑むと、顔の横で、両手をパンパンと、たたき合わせる。
すると――
「来たんだよ!」
――白と黒の、シックなメイド服に身を包んだ、『僕の』……と言うか、『アルティ貴族:イタクラ家』専属のメイドさんが、やって来た……。
「さあ、タケルっ! お風呂のお時間だよ!」
「――バラ嬢……、『様』が、抜けておりますよ?」
「あっ、『様』!」
――礼儀とか、その辺は、まあ……、うん……、おいおい……、僕と一緒にお勉強していけば良いよね?
と、言う事で、バラちゃんのお勤め先の『どこかのお貴族様』とは、僕の事だったらしい。
バラちゃんは、もともと誰かの役に立つ事が好きだったらしくて、この二日間、意欲的に、『イタクラ家』専属メイドとして、奮闘してくれている。
――でも……ね……?
「絶対……、これは、違うんじゃないかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
「ふんっ、ふんっ!」
バラちゃんは、僕の体を、『土紋縄』で縛り上げて、グルングルンと、振り回した後に、僕を『アルティ王城』の大浴場へと、投げ入れてくる――
「よし、うまく抜けたよ!」
「ああああああああああああああああああああああああ――」
――そして、うまく『縄』を操作しながら、空中で、僕の服を剥ぎ取っていく……。
ノムスさんが、「主の着替えの手伝いも、お仕事ですよ?」と、教えてから、試行錯誤の末に、この結論に至ったらしいんだけど……。何だか、もう、ゲーム感覚だよね?
「はい、ご到着~♪」
そして、ここからが慣れない……、いつぞやの、フィー専属のメイドさん達による、丸洗いのお時間です。
――こう、ね? もう、いろいろ見られた揚げ句に……、ほとんど『飼い犬』をかわいがるみたいな感覚で、丸洗いされるとね?
「あら? 今日はおとなしいんですね?」
反応も薄くなると言うモノですよ……。
そして、僕は、そのまま、「えっさほいさ」と運ばれて、これまた、いつぞやみたいに、着せ替え人形みたいに扱われて――
「はい、ご立派ですよ? ――ちゃあんと、貴族の風格が、現れていますよ?」
――そでとか、襟とかがヒラヒラとした、貴族っぽい服に着替えさせられました……。
「あら……、タケル様? もう、お着替えはお済みですの?」
「ふふ……、おかげさまで、悟りの境地だよ」
「? 良くは存じ上げませんが、準備がお済になられたのなら、参りましょうか?」
そうして、僕は、フィーに手を取られて、ゆっくりと王城内を進んで行く。
――やがて、毎度おなじみの、謁見の間に到着する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
謁見の間には、いつか見た様な『偉いよ!』って感じの人たちや、エスケ、セチェ爺、シーヴァ君、ニムちゃんと言った、多分、『アルティ』の貴族や、偉い人たちがズラリと並んで立っていた。
その人たちは、ジェネロ様が座る玉座までの花道を作り上げているみたいに、赤いカーペットの、両サイドに並んで、僕と、フィーに視線を送って来ていた……。
「――アルティ国王、ジェネロ=アルティ=シンソ陛下の御前である!」
――っと、確か、ここで、ノムスさんに習ったみたいに……。
僕は、スッと、背筋を伸ばして、その場にひざまずく。
すると、そんな僕の横を、フィーが通り過ぎて行って、静々と、ジェネロ様の隣に立つ。
――ジェネロ様は、多分……、両サイドに立っている、フィーと、ドミナ様を見ると、スウッと、深呼吸をして、口を開いた……。
「――汝、タケル=イタクラよ、汝は、この度、わが娘、フィリア=シンソの『スクト訪問』に同行し、その身を守り抜いただけではなく、『スクト』にて起こった『暴走』の鎮圧にも、多大な貢献をし、わが国と、『スクト』の友好関係を深きものとした……、ここに、その貢献に、敬意と、感謝の意を示し、汝、タケル=イタクラに、わが娘、フィリア=シンソの『私套』としての位を与える!」
頭を下げたままの、僕の耳に、両サイドの貴族の方々から、賛成の意を示す、拍手が送られる――
「――我、タケル=イタクラ、謹んで『私套』の位、頂戴し、フィリア姫殿下の『私套』として、御身を包み込み、その心と体を支え、癒やす事を誓いましょう!」
――さらに、拍手が強くなる。
さて、間違えないで、ちゃんと言えたかな……?
拍手が途絶えないって事は、多分、大丈夫なんだろうけど――
「――タケル=イタクラ殿、わたくしの『私套』として、末永く、よろしくお願いいたします」
――って、ちょっと考え事をしている間に、儀式が進んでいた。
僕の傍に近付いていたフィーが、肩に『クヨウトモエ』が刻まれた、黒いマントを掛けてくれる……。どうやら、これが、僕の『アルティ貴族』としての、正装になるみたい……。
それを合図に、僕はスッと立ち上がって、フィーの手を取り、玉座に座るジェネロ様を見上げる。
そして、そのまま、視線を左右に動かして、両サイドの貴族の皆様を見る。
「――ここに、誓約の儀は完了した! 皆の者、新たなる貴族に拍手を!」
こうして、ジェネロ様の締めで、僕の貴族入りは、無事に完了……って事らしい。
後は、このまま、お披露目と言うか、宴会に入るって事なんだけど、それが開かれる夜までは、皆、自宅で待機して、王城に入っては駄目なんだと。
――って事で、いまだに貴族としての自宅を持たない僕は……。
「ボキュの所に来ると良い」
と言う、エスケのご好意に甘える事にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王城から、わりとすぐの所に、エスケの自宅があった。
その中に、僕、フィー、ノムスさん、バラちゃんは、静かにお邪魔する。
「どうだ、気分は?」
「いや、全然……、実感ない」
「はははっ、まあ、その内、どうとでもなるさ!」
――エスケは、上機嫌でそう言うと、僕たちをテラスに招いてくれた。
そして、フッと真剣な顔つきになると、僕に話し掛けて来る。
「――で、爵位の説明は……いるか?」
「はい……、お願いいたします」
――さすが、エスケ……。
緊張で、すっかり、その辺の知識がぶっ飛んじゃったのを、把握してたらしい。
と言う事で、エスケは盛大なため息をついて、僕に爵位についての説明を始めてくれた。
まず、爵位自体は、『武力国家:ヴィース』以外で、同じ位が存在しているらしい。
その内容は――
『冠』:その国で一番偉い人や、その跡継ぎ。ジェネロ様とか、フィーが、これであるらしい。
『台座』:為政者としての『冠』を支える人、相談役。『アルティ』だと、セチェ爺とか、摂政の人。
『私套』:私人としての『冠』を支える人。――僕や、ジェネロ様の妻である、ドミナ様が、該当する。
『公兜』:為政者としての『冠』を手伝う人、多分、地球で言えば、武官と、文官。エスケや、ニムちゃんの家は、これにあたるらしい。
『支爵』:『私套』や、『公兜』を支える人。シーヴァ君や、オルディの家が、それにあたるらしい。
『旗爵』:地球で言えば、『騎士』みたいな感じ。『火紋隊』とか、『風紋隊』の騎士達の多くは、これにあたるらしい。
『銘爵』:名誉貴族みたいな感じ。一代限りの、何かしら功績をのこした人だけらしい。――たまに、『紋章』を新たに発見して、『定紋』化できると、上の貴族に成り上がれるらしい。
ちなみに、これらは、もともとが、活躍していた英雄とかの『紋章』を、モデルにしているらしくて、爵位とは別に、それぞれの『定紋』持ちがいるらしい。
「大体の概略は、こんなもんかな?」
「――はい」
「お疲れさまでございます」
「褒めてあげるよ!」
――一気に、まくし立てる様に、説明し終えたエスケに、フィー、ノムスさん、バラちゃんが、拍手を送っている。当然だけど、僕も。
そして、そんな拍手を受けているエスケは――
「ふ……、ふふふ……、やっと、やっとだ……」
――今まで見た事がないような、うれしそうな顔で、ほほ笑んでいた。
「タケル……、ボキュとの約束……、覚えているな?」
「うん、当然でしょ?」
エスケのほほ笑みに、僕もまた、不敵な笑みをイメージして、表情を作ってみる。
「あら、もしかして……」
フィーは、僕とエスケの約束を思い出したみたいで、何だか、ニヤニヤとしている。――小さな声で、「ニムちゃんを呼べば……」と、言ってるあたり、面白がってるよね……?
――だって……。
「やっと、やっとこれで、準備が整った……」
これから僕は、子持ちになる。――養子なんだけど……。
エスケには、相思相愛の相手がいる。でも、その相手は、アックス家に仕えるメイドさんであるらしく、身分的にエスケとの結婚が許されない。
そこで、エスケは考えた、まずは、フィーと結婚して愛人にしちゃえと、でも、それは僕によって、阻止されて、その時、改心したらしい。
そして、それならもっといい方法がある。そうだ、有力な貴族の養子にしてしまえば良い。
と、言う事で――
「今から、連れて来る……」
――約束の時が来た訳です。
しかし、不安ではあるよね。
――エスケの恋人って言う事は、つまり、僕ともそんなに年齢が変わらないって事なんだろうし……。
正直、同い年位の女の子を、自分の娘として、接する事が出来るんだろうか……? 難しそうだなぁ……。下手したら、相手の方が年上だったり?
「タケル様……、タケル様の養子と言う事は、わたくしにとっても、義娘ですわ? ――ゆっくりと、家族になっていきましょう?」
と、僕が不安になっていると、フィーがそう言って、僕の手を握ってくれた。
「フィー……、うん、そうだよね?」
僕とフィーは、それからしばらくの間、手をつないで、その時を待っていた……。
「私も、だよ!」
「ふふ……、では、私も」
そして、バラちゃんと、ノムスさんも、その上に、手を重ねてくれた――
「待たせたな……、さあ、自己紹介をするんだ……」
――そして、そんなやり取りをしている内に、エスケが、一人のメイドさんの手を取って、戻って来た。
「は、始めまして、こんにちは!」
髪の色と、目の色は、鮮やかな、ラヴェンダー色、髪型は、頭頂部付近から、尻尾を垂らしたアップテール。うん、均整の取れた体格……。
エスケから紹介された、そのメイドさんは、ピシッと背筋を伸ばして、かちこちに緊張しながら、ペコリと頭を下げて来た。
対する、僕たちはと言えば――
「……」
「…………」
「………………」
「よろしくだよ!」
――何と言えばいいのか、バラちゃん以外、固まっていた。
「ふふ、バラとは仲良くなれそうだな?」
「は、はい……、坊ちゃま……。――あ、改めまして、わたしは、エプゥト、ことしで、九つになります!」
――鞆音ちゃん、叫んでも良いかな? 心の限り、「アウトッ?」ってさ……。




